第19話 駅員の証言
「水口さんは登山に詳しいと、聞きました。
本当でしょうか?」
「うーん、そうだったかなぁ…
ああ、高校の時に山岳部だったと聞いたことがある。
だが、高校だけ。
九州からこっちの短大に入学したが、同時に登山は一切やめたはずだ。
就職活動の関係で」
「あと1つだけ。
池田さん、急に元気がなくなったと聞いたのですが、事実でしょうか?」
「ああ、定年退職するときには、かなり落ち込んでいた。
というか、おかしかった」
「おかしかった?」
「言葉で表現しにくいんだけど…たんに落ち込んでいたとも違う…」
歯切れが悪い―
「では、池田さんがおかしくなったのはいつですか?」
「あっ、そうか!
行夫専務がいなくなってから…じゃあ、ない。
社長が交代してから、急におかしくなった」
「栄吉さんから幸恵さんに変わったときですか?」
「ああ、そうだ。
思い出した、間違いない。
でも、なんで社長が交代したら、池田君はおかしくなったんだ?
だれが社長になっても、池田君には影響はないはずだが」
「どういう意味ですか?」
「はっきり言って、池田君はあまり能力が高くなかった。
彼は、だれが社長になっても出世とは無縁だったよ」
――――
「疑問のいくつかは、解消された」
「いくつかって、なんのこと?」
登山口駅に近い喫茶店にて、ある人物を待っている。
その人物は、まだ来てない。
ちょうどいいとばかりに、藤原さんの話を2人で整理している。
「最後の―念のため―に聞いたこと。
まずは、水口さん。
九州出身で、関東地方の山には詳しくない。
彼女の話は本当だったと、断定していいと思う。
庶務部長として、人事のプロだった藤原さんがまったく同じことを言ってたんだから」
―現時点で、水口さんの話が本当だと断定できないって言ってるだけ―
神馬さんは、こう言っていたが、藤原さんの話を聞いて、本当だと断定した。
「次は登山にくわしい池田さん。
元気がなくなった時期の問題。
二階堂くん、覚えてる?」
―2人で一致しないのは、池田さんの元気のなくなった時期。
水口課長は、行夫さんが失踪した直後。
幸恵さんは、ひき逃げの直後。
“いつから元気がなくなったか”がズレている―
「行夫さんが失踪した直後、と言ったのが水口さん。
奥さんがひき逃げされた1年後、と言ったのが幸恵さん。
神馬さんは、勘違いと言うより記憶違いと言ってたね」
「そう。
水口課長か幸恵さんが、記憶違いしているのだろうと。
でも、違っていたみたい。
水口課長も幸恵さんも、2人とも記憶違いをしていた。
ただし、水口課長のほうは微妙なズレだけど」
「藤原さんの説を取るんだね?
でも3人の証言がズレているのに、藤原さんの説を取るのはなぜ?」
「藤原さん、すべてのことにしっかり答えてくれた。
庶務部長ってのは、さすがね。
証言の精度が違う。
ヘビースモーカーじゃなきゃ、パーフェクトなんだけど」
ボクは
「たしかに」
と、苦笑い。
「今までの証言と矛盾は一切ない。
だから、藤原さんの話が、ここだけ間違っている可能性は低いと思う。
しかも池田さんについて、踏み込んだ話も聞けたし」
「え?
池田さんが、あまり能力がなかったってこと?」
「あぁ、たしかにそれも興味深い。
けど、私が気になったのは、藤原さんが池田さんのことを何て言ったか?
おかしかった、と言った。
元気がない・気落ちしたと、かなりニュアンスが違う。
もし、藤原さんがもっとも信用できる証言者なら、どうなる?」
「ということは、
―池田さんがおかしくなったのは、栄吉さんから幸恵さんに社長交代した時―」
「遅れてすいません。
高橋です」
待っていた高齢男性が、店に入ってきた。
「何か召し上がりますか?」
とボクが聞く。
好々爺な感じの男性は
「さっきお昼ご飯を食べたばかりなんでね。
かと言って、何も注文しないわけにもいかないし」
と、向かいの席に座る。
「ああ、マスター」
と遠くにいるおじさんを呼び
「アールグレイをください」
時間のせいかもしれないが、お客さんは誰もいない。
そしてアルバイトもいない。
この場所を指定したのは先方だったが、周りを気にしなくて話ができるので良かった。
探偵事務所は、個人情報に敏感であるべきだから。
「おキヨさんから聞いて驚いたよ。
二階堂家のマモルぼっちゃまが、目の前にいるなんて。
あなたの話は、私もまだ現役のときによく聞いていたから」
そう、この男性は、登山口駅でおキヨさんと話していた男性。
「で、あの時、二階堂さんと一緒だった方ですよね」
神馬さんは、ピンク色の名刺入れからサッと名刺を出し、差し出す。
その動作は、素早く、しかも手慣れていた。
「株式会社鷹宮探偵事務所の神馬と申します」
高橋さんが名刺を見ながら、目を丸くする。
「二階堂さんの上司だったんですか。
私は、てっきり…
いやいや、失礼しました。
それにしても、おキヨさんに言われたんで、御社に連絡したのですが、迷惑じゃなかったでしょうか?」
「いえいえ、そんな。
まさか2004年当時、登山口駅で駅員だった方からお話を聞けるとは思ってなかったんで」
と、神馬さんは謙遜した。
「だけど、2004年なので、記憶があいまいです。
遭難した方の名前も、はっきり覚えてません」
しばらく、上司に任せることにした。
「安藤行夫さんです」
「ああ、そんな名前でしたかなぁ。
そう言えば、安藤ナントカという会社の重役だったのを思い出しました」
やっとアールグレイが到着した。
少し遅い。
客がいない理由も、なんとなく分かる。
神馬さんが、タブレットを見ながら
「行方不明になったのが、2004年1月17日の土曜。
19日の月曜、警察に届け出をしたそうです。
当時の状況は、どんな感じでした?」
「登山届が出てない。
だから、警察もどの山のどこを探せばいいんだって感じでしたね。
たしか、会社の方も集まっていたと思います。
と言っても、10人くらいでしたが」
藤原さんも、そんな話をしていた。
役員・幹部・親類で3つの駅に行ったと。
「気持ちは分かるけど、できることはありませんでした。
警察が捜索してますから」
「警察が捜索した範囲を覚えてますか?」
「祖母山・母山・並山は、かなり捜索したはず。
冬禁山は、一部分だけでしたね
1月は危険だから、まっしろさまのルートしか探さなかったと聞いています」
運命の分岐点を右に曲がるルート―
「防犯カメラには、映ってなかったんでしょうか?
ぱっと見た限りでは、登山口駅と旧庁舎駅には防犯カメラがありました。
けど、僻真白駅では見つけることができませんでした」
「探偵事務所の方は、いろんなところをよく見るんですね。
旧庁舎駅には、まだ防犯カメラはなかったですね。
あの3つの駅で防犯カメラがあったのは、登山口駅だけです」
ボクは忍ばせておいた地図に目を移す。
<南>
祖母山=登山口駅
母山=登山口駅
並山=旧庁舎駅
冬禁山=旧庁舎駅
難山=僻真白駅
<北>
「ということは、真白線で祖母山や母山に行こうとした場合は分かるけど、並山・冬禁山・難山に行った場合は、分からない?」
「そうですね」
「じゃあ、ましろさんはどうでしょうか?
入山口に防犯カメラはなかったんですか?」
「祖母山だけありました。
ほかの山にはありません。
今では考えられないことですが、2004年当時、防犯カメラはそこまで設置されてませんでした」
「そうですか…」
神馬さんは考え込んでしまい、会話が途切れてしまった。
おキヨさんとの縁で、高橋は協力してくれている。
ここはボクが会話を引き継ぐべきだろう。
「すごいですねぇ。
2004年当時の防犯カメラについて、はっきり覚えているなんて」
「そう言われると…
なんでだろう…
ああ、そうだ。
親せきの方が、かなりしつこく聞いて来まして」
「安藤さんが?」
「いや、安藤という名字じゃなかった気が…」
え?
ということは―
「山谷さんですか?」
「そう、山谷だった。
まちがいない。
不謹慎だけど、山の遭難事件で山やら谷やらって思ったから」
ここで、まさかの山谷さんが登場――。
ボクと神馬さんは、思わず目を見合わせた。




