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第18話 社長にIFはない

目が少し痛い。

肺も、少し苦しい。


「で、何を聞きたいの?」


たばこの煙で、かすんで見える高齢の男性。

彼が神馬(じんば)さんに質問を促したのだ。


悪い人ではない。

ただ、時代に合っていないだけ―


「藤原さんは、安藤食品でどのようなポジションだったんですか?」


「最後は庶務部長だった」


「ということは、社員のことには詳しいんですね」


「まぁね」


かすんでしか見えない藤原さんが、喜んでいるのがはっきりと分かった。


行夫(いくお)さんが、ましろさんで遭難した時のことを覚えてますか?」


「ああ、覚えているよ。

2004年だっけ?

古すぎて正確には覚えてないけど、あの付近に探しに行ったのは覚えているよ」


「あの付近ってましろさんですか?」


「そうだよ。

と言っても、山には行かなかったなぁ。

警察が本格的に捜索してるのに、我々シロウトが行っても邪魔だし。

だから3つの駅に行った。

駅員さんも対応してくれた。

ああ、言っておくけど、もちろん社員全員じゃないよ。

会社業務を止めるわけには行かないからね。

役員とか幹部とか、あと行夫専務の親類だけ」


「なるほど、会社として最大限の努力をしたんですね」


「ああ、そうだね」


神馬さんの質問が、ここでで止まった。

神馬さんを見ると、何かを考えているようだ。


「警察は最大限の努力をした。

会社も最大限の努力をした。

でも、行夫さんは見つからなかった。

ということは」


神馬さんが、変なところで一拍置く。


「―行夫さんは山で遭難したのではなく、失踪した―

その可能性はありませんか?」


煙の向こうで、、藤原さんが困惑しているのが分かる。


「どういう意味?

行夫さんが、自分の意思でいなくなったと?

いや、そうではなくて…」


「私たちは、状況を見ていません。

だから藤原さんの意見をお聞きしたいんです」


「考えたこともなかったな…

だが、失踪する理由が思いつかない」


「分かりました。

とりあえず、行夫さんがましろさんで遭難したとの前提で話を進めます。

私たちがわからないのは、なぜ行夫さんがましろさんに行ったのか?」


「そりゃ、まっしろさまだったんじゃない?

まっしろさまって知ってる?」


「はい。私たちも並山(なみやま)にあるお稲荷さんを拝んできました。

さすがに冬禁山(とうきんざん)の湖は、行くのをやめましたが」


「お婿さんとして会社を引き継ぐ。

プレッシャーは半端ない。

神さまにお願いしたくなるってもんだろう」


「行夫さんが、まっしろさまに行くとすれば、並山(なみやま)冬禁山(とうきんざん)、どっちでしょうか?」


「そりゃ、並山(なみやま)でしょ。

1月に冬禁山(とうきんざん)に1人で行くなんて、行夫専務はそんな無謀なことをするタイプじゃない」


「タイプですか…そう言えば…

行夫さんはみんなでワイワイするタイプ―幸恵(さちえ)さんは、こうおっしゃっています。

藤原さんの印象も同じですか?」


「ああ、そうだね。

だけど、それがなにか?」


「こういうタイプって、自分の知らないことを平気で他人に相談しますよね。

内向的な人はモジモジしちゃいますが。

もし、行夫さんが、安藤食品の誰かにまっしろさまについて相談するとしたら、思い浮かぶ人はいますか?」


「そりゃ、池田君だろうね」


「営業課の?」


「ああ、そうだよ。

池田君を知っているのかい?」


「庶務の水口課長から名前をお聞きしました」


藤原さんは、“えっ?”と軽く首をひねる。

元庶務部長だが、水口課長を知らない?


「たしかに池田君は、かなり山に詳しかった。

行夫さんが、まっしろさまについて相談するなら、まず池田君だろうな」


「池田さんは、山に詳しいんですか?」


「学生時代からずっと登山を続けてたくらいだからね。

でも、2004年当時、行夫さんが池田さんに相談したという話は出なかった」


幸恵さんは、池田という人物すら忘れていた。

そう言う話はなかったのだろう。


「では、池田さんの名前を出した水口課長はどうでしょうか?

水口課長も登山経験があるようですが」


「水口さんという(かた)は、知らないのだが…」


「2004年当時、すでに入社していたとお聞きしましたが…。

庶務課長の水口さんですよ、女性の」


“ああ!”という顔をした。


「あの水口さんか。

まさか庶務課長になったとは」


「意外ですか?」


「いや、彼女は優秀だったよ、すごく」


「女性が庶務課長になったのが意外?」


「たしかに、女性が庶務課長になることはないと、どこかで思い込んでいたのかもしれないな。

どこの組織でもお金と人事(じんじ)に携わる部署が花形だ」


あぁ、だから庶務部長の話の時、うれしそうにしてたのか―


「だが、幸恵社長になったんだから、別に不思議でも何でもないわな」


「では、幸恵社長にならなかったら、水口さんは庶務課長になれなかったと?」


「質問の意図がよく分からんが…

もしかして、水口さんが行夫専務の失踪に関わっていると?」


「かなり薄い仮定ですけど」


「うーん、水口さんが庶務課長になったのは、実力だと思う。

もし―女性の実力を評価する幸恵常務が社長になった―と言うのなら、それは結果論だ」


藤原さんは、右手に持ったタバコを動かす。

灰皿に灰を落とした。

落とすだけなので、残念だが喫煙は続く。


「納得してないようですね。

年寄りじみた話になってしまうが…

―歴史にIFはない―って知ってるかい?」


「起きてしまった事実は変えられない―っていうヤツですよね」


「安藤食品だと―社長にIFはない―ってこと。

つまり、幸恵さんが社長になったんだから、幸恵さんが社長にならなかった場合を考えても意味がない」


「そうでしょうか?

幸恵さんが社長に決まる前には、あらゆるIFがあるんですから」


「だがね、栄吉社長が継続するIFだってあったんだ。

もし栄吉社長が継続したら、水口さんの出世は遅れただろう」


「え?

栄吉社長が続く可能性があったんですか?」


「ああ、これには段階があってね。

失踪後、幹部社員から社長を出すって話もあったんだ。

幸恵常務は気分を害するだろうから、みんなで秘密にしてたけど」


「誰が幸恵さんを社長にするって言いだしたんですか?」


「栄吉社長だよ。

幹部社員は誰も引き受けなかった。

だから栄吉社長は、自分の続投も考えた。

けど、自分の年齢を考え、幸恵常務を社長にした」


「それ、間違いないですか?」


藤原さんは、右手に持ったタバコを動かす。

灰皿にタバコを押し付けた。

やっと喫煙が終わった。


「私も社長を打診されたよ。

でも、断った。

他の幹部社員も同じ気持ちだったんじゃないかな。

あまり言いたくないが、こんな中小企業の社長なんて、やりたくない」


「でも、社長ですよ」


「オーナー一族で全株式を持ってるんだから、社員が社長になったってうまみがない。

だからよほどのお人よしか、なにも分かってない無能じゃなきゃ、こんなの引き受けないよ」


神馬さんがチラリとボクを見た。

将来はオーナー一族の役員、ということだろう。


「そのオーナー一族は、みんな納得だったんですか?

たとえば景一(けいいち)さん・ホタルさんの夫婦は?」


「どうして景一さん夫婦の話?」


「景一さん夫婦にお会いしたかったのですが、幸恵さんに断られてしまって。

なにか理由があるのかと」


藤原さんは、フフフと笑う。


「会社の問題じゃないだろう。

嫁・姑がすごく仲良しって話、どこでも聞いたことがない。

念のために言っておくけど、あの2人がケンカしてるわけじゃない」


「景一さんは、2004年当時、安藤食品に入社してなかったですよね」


「そう、まさにそれが問題。

景一さんは、安藤食品に入社するつもりはなかった。

だが、父が山で行方不明になり、母が会社を引き継いだ。

この状況を見て、景一さんは安藤食品に入社を決断する。

これって美段?

いや、少なくともホタルさんにしたら、話が違う」


「景一さんは、入社前、何をしてたんですか?」


鮎河(あゆかわ)アソシエイツに勤務」


ずっと黙っていたボクが思わず

「え?」

と、声を漏らしてしまった。


「知ってるのかい?」


地域は違うが、少しだけ取引がある会社だ。


「あの地域では、大手だと聞いております」


「よく勉強してるね。

地元では鮎河財閥なんて呼ばれとる」


ここで神馬さんが会話に戻り

「財閥をやめて中小企業に入った、と。

そりゃ、ホタルさんにしたら約束違反」


「まぁ、そうなっちゃうよね。

でも、私は会ったことがないが、景一さん夫婦には娘が生まれた」


生まれたって、もう20才だぞ―


(なお)さんのことですか?」


「そう、たしか、そんな名前だったな。

直さんが母と祖母のあいだを取り持っている。

人づてだが、そう聞いてるよ」


―子はかすがい―

―孫はかすがい―


なんて考えてると、神馬さんが締めに入った。


「あくまで念のため―の質問、よろしいでしょうか?」


「なんだい?」


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