第17話 真白線の再会
「次の登山口駅より真白線に入ります」
車掌のアナウンスとともに、乗客たちが降りていく。
誰も乗って来ることなく、電車は動き出した。
車両には、ボクと神馬さんの他は、おばあちゃんが1人いるだけ。
ちょっと気まずいことに、ボクらとおばあちゃんが、真正面に座る形で残されてしまった。
席を移動するのも、感じ悪いし―
神馬さんは、真正面のおばあちゃんを気にすることなく
「行夫さんがいなくなった当時も、真白線はガラガラだったのか?
ガラガラだと…どうなる?
もし誰かと一緒だったなら…」
などと、ぶつぶつ考え続けている。
おばあちゃんと視線を合わせたくなかったので、ポケットから地図を取り出し、視線を落とす。
<南>
祖母山=登山口駅
母山=登山口駅
並山=旧庁舎駅
冬禁山=旧庁舎駅
難山=僻真白駅
<北>
神馬さんのつぶやきが終わった。
「どこで降りるの?」
「とりあえず、登山口駅で降りてみよう。
駅の周りがどんな感じか見たいし。
旧庁舎駅と僻真白駅の周りって何もないらしい」
正面から視線を感じる。
あのおばあちゃんが、チラチラこちらを見ている。
神馬さんではなく、どうもボクを見ている気がする。
自意識過剰だと思うが、気になってしまう。
小さい声で
「ねえ、ボクの顔に何かついてる?」
と神馬さんに聞く。
大きい声で
「はーい、ついてるわよ。
目と鼻と口が、ね。
二階堂くーん、分かりましたぁ?」
と神馬さんが答える。
すると、もっと大きい声が、車両に響き渡った。
「まぁ、やっぱりマモルおぼちゃん!
お懐かしい!」
ええええぇぇぇ―
思い出した。
「え?二階堂くん、知り合いなの?」
「まっくろさまを邪教だと教えてくれた人だよ」
「行商さん?」
「そう」
「だったら、向こうで話してきなよ」
おキヨさんの隣に移動する。
「おキヨさん、どうしたの?
今日は大きな風呂敷ないけど」
「ありがたいことに、先月で引退の運びとなりましてねぇ。
娘がねぇ、さすがに85才になったんだから引退しろって心配するもんで」
85才!?
まったく見えない。
あの頃は、もう70代だったの?
かなり若く見える。
「いやあ、大きくなりましたなぁ。
あの頃は、私がマモルぼっちゃんのおしめを変えてたのに」
神馬さんが思わず吹き出した。
「おしめじゃない、紙パンツ!」
「わしゃぁ、そんなハイカラな名前、よぅ分からんのですわ」
と言いながら、神馬さんをチラッと見た。
「バレンタイン、覚えておられますか?
1個ももらえなかったと、あまりにもマモルぼっちゃんが泣きわめくので、私が手作りクッキーを差し上げました。
これも懐かしゅうございます」
そんな記憶はまったくない。
断じてない。
神馬さんが笑いをこらえらず、下を向いている。
「あれま、えからしいステディさんが笑っておる。
ホント良かった」
えからしい?
辛子のこと?
神馬さんが辛辣って見抜いたの?
で、ステディさんって何?
「たしかにマモルぼっちゃんは、大きくなりました。
けどまだ中学生、いろいろ気を付けてください」
「中学生じゃないよ!」
「もう高校生ですか」
「大学生だよ!」
「ほぇー。
年を取ると、時間の感覚がおかしくなりますなぁ」
いくらなんでも、おかしくなりすぎだろ!
「それでも、マモルぼっちゃま、やはり行動には気を付けないと。
大学生が女子中学生を連れまわしてはなりません」
神馬さんは意味を悟ったらしく、顔を真っ赤にし下を向けている。
今度は、ボクが笑いをこらえる番だ。
「本当にそうだ。
おキヨさんは、いつも正しい。
気をつけるよ」
「さすがでございます。
ところで、マモルぼっちゃま。
女子中学生と一緒に真白線で何をしてるんですか?」
「実はアルバイトをやっていて」
黒いケースから名刺を取り出し、おキヨさんに渡す。
名刺を手にしたおキヨさんは、目を丸くした。
「まぁ、マモルぼっちゃま。
大学生なのに社会勉強とはご立派です。
しかも鷹宮探偵事務所と言えば、一流の仕事ぶりで有名。
そう言えば、知り合いも鷹宮探偵事務所に浮気を暴かれ、四苦八苦したことがありましたなぁ。
ということは、浮気現場がこの辺りなんすか?」
なぜ真白線に乗ってるかを説明した。
「2004年にましろさんで男性が遭難?
その頃、登山口駅ちかくで商いをさせていただいてたけど…
覚えとらんなぁ」
おキヨさんは、ボクを中学生と間違えた。
おキヨさんの記憶力に期待するのはやめておこう。
「おキヨさんは、なんで真白線に乗ってるの?」
「登山口駅でお世話になった人たちへ、最後のあいさつを。
ああ、二階堂さまのところにも、いずれごあいさつにうかがいますわ」
ここで車掌のアナウンスが。
「まもなく、登山口駅。まもなく、登山口駅。通称・祖母山と母山の最寄り駅はこちらとなります」
おキヨさんのあとから電車を降り、駅のホームを歩く。
前を行くその歩みは、85才とは思えないほどしっかりしている。
その人生そのもののようだった。
木造ではなく鉄筋ではあるが、古びた駅舎に入ると、老若男女問わず20人以上の人たちがおキヨさんを囲んでいた。
制服を着た女性までもが「キャー!おキヨさーん」と騒いでいる。
もしかして本物の女子中学生?
おキヨさんの両手は、すでに渡されたプレゼントでいっぱい。
場を壊す必要はない。
近づくのはやめておこう。
「おキヨさんって、あなたと違って人望があるのね?」
「おキヨさんって、ボクと同じで人望があるんだよ!」
しょうもない会話をしていると、おキヨさんは高齢男性と話しはじめた。
おキヨさんは機嫌よく話しているが、男性がなぜか少し驚き、軽くこっちを見た。
根拠はないが、ボクたちではなく、ボクだけを見たように感じた。
あんな男性、知らないけど―
「私たちはお邪魔ね。
ここを出よう。
おキヨさんも用があれば、二階堂財閥か二階堂くんに連絡するでしょ?」
「ボクに?」
「さっき名刺を渡してたじゃない。
二階堂くんに会いたければ、鷹宮探偵事務所の二階堂衛ぼっちゃま宛てに連絡するわよ、きっと」
と言いながら、神馬さんは駅舎を出て、改札を出て行った。
神馬さんを追い、改札を出て外に出ると、すぐに祖母山と母山が黄色く染まってるのが視界に入る。
だが、神馬さんは紅葉に興味がない。
出口から駅舎を眺めたと思ったら、駅周辺の地図を見に行ってしまう。
風流のカケラもない女性だ―
「ねぇ、二階堂くん。
いくら埼玉の田舎でも、喫茶店はあるんだね。
チェーン店じゃないけど」
埼玉県民が聞いたら怒りそうなことを平気で言った。
そして、また食べ物だ。
―山より喫茶店―
また食い意地を張るかと思いきや、すぐに旧庁舎駅へ電車で移動。
さらに終点・僻真白駅へ。
神馬さんの感想は2駅とも
「こんな辺鄙なところを歩てたら、目立つ」
だった。
神馬さんの言う通りで、駅舎は今どき木造、駅前は何もない。
関東地方にまだこんな駅があるのかと、驚いてしまった。
「見るべきものは、見た。
じゃあ、帰りましょ」
神馬さんが紅葉を見てないのは分かったが、見るべきものがなんなのか、分からない。
「ああ、言い忘れてた。
幸恵さんから連絡があった」
「なんだって?」
「元従業員に会わせてくれるって。
だけど1人だけ。
他は全員、断れられたそう。
次は、その元従業員に会って話を聞かないと」




