第16話 得をする構図
「こんな部屋、あるんだ?」
と、ボクは言った。
「天下の鷹宮探偵事務所が、わざわざサンシャイン60に事務所を構えてるんだ。
会議室くらいあるよ」
会議室という割には、安藤食品の簡素な会議室と違い、クラシックな格調を感じる。
タブレットが置かれた机を挟んで椅子に座るが、どうしてもカズヤの話が気になってしまう。
「なに?
私の顔になにかついてる?」
「ついてるよ。
目と鼻と口が」
「私をバケモノだと思ってるの!?」
うまくごまかせた自信がない。
「バカみたいなことを言ってないで、失踪の謎を考えましょう」
「そう言ってもなぁ。
行夫さんが、本当にましろさんに行ったのか、それともましろさんには行ってないのか、それすら分からないからなぁ」
「たしかに、話をある程度は絞らないと、考えようがないよね。
事件に巻き込まれた可能性も、自発的失踪の可能性もある。
だけど、今回は―行夫さんが、本当にましろさんに行った―という前提で話を進めましょう」
「分かった。
まずは、なぜ行夫さんはましろさんに1人で行ったのか。
妻の幸恵さんは、行夫さんのことをワイワイするのが好きで、1人でましろさんに行ったのを不思議がっていた」
「配偶者の違和感は尊重すべきね。
でも、二階堂くんの話は正確じゃない。
なぜ1人で行ったのか―とは限らない。
なぜ1人で行くと幸恵さんに言ったのか―の可能性もある」
「ああ、本当は2人以上でましろさんに行ったケースだね。
この場合、なぜ行夫さんがウソをついたのかという謎が生まれる」
「そう。
スマホ…じゃなくて、ケータイを持ってなかったんだから、連れがいるって言った方が幸恵さんは安心するだろうし」
「1人でましろさんに行った方が納得できるなぁ。
義父から社長を引き継ぐので不安で不安でしかたない。
だから1人でまっしろさまにお願いしたかった」
「うーん、もし二階堂くんの説を取ると、どっちのまっしろさま?
並山か、冬禁山か」
「そりゃ、並山でしょ。
1月に冬禁山に行くなんて危険すぎるって、少し調べれば分からんだから」
と、神馬さんが置いたタブレットを見ながら答えた。
「分かった。
行夫さんの行動については、もう深堀りできそうにない。
二階堂くん、他に気になった点は?」
「会った順番だと、佐久間さん。
営業部長の。
彼の話は、失踪により急きょ幸恵さんが社長になった経緯が中心だった。
これって役に立った?」
「それはそれで、有益だったけど。
栄吉社長は、昔ながらのおじいちゃんなんで、女性の幸恵さんがすんなりと社長にならなかった。
つまり、男性の血筋が良かったけど、いなかったので女性の血筋で妥協した」
「でも、不思議だよなぁ。
行夫さんは男だけど、栄吉さんの血は入ってない。
でもお婿さんならOK。
どうして、そうなるんだろ?」
「2004年に生まれてない私たちが、当時ですら古風な考えを理解するのは無理だよ。
で、他に気になる点は?」
「会った順番だと、山谷さん。
なんかパッとしない人だなぁ。
行夫さんとは親せきだっけ?」
「甥ね」
「親せきって聞いたときは、おっ!って思った。
けど、栄吉さんとは血がつながってないんだよね。
娘さんがK大生ってことしか、印象にないよ」
「六本木さんから、真実ちゃんに乗り換えるの?
―真実の愛だけに」
「山谷さんのしょうもないギャグと同じくらいヒドイね」
「目と鼻と口がついている、よりマシ」
やっぱり辛辣―
「そのしょうもない山谷さんをぼろクソに言っていたのが、飯島さん。
食品開発課長だ。
飯島さんも、失踪より、会社内部の話だったね」
「庶務課長の水口さんが登山好きと、教えてくれた」
「でも、水口さんは、短大入学と同時に山登りはやめちゃった。
しかも九州出身で、関東の山のことは分からない。
これじゃあ、行夫さんにとって戦力にならない。
ましろさんは埼玉県にあるし」
神馬さんが、フゥーとため息をつく。
「あのね、二階堂くん。
水口さんは九州出身で高校は登山部、短大入学と同時に山登りをやめた―
これって水口さん自身が言ってるだけ。
本当か分からない」
「おい、おい、ちょっと待ってよ。
水口さんがウソついたって言うの?
なんで?」
「分からない。
現時点で、水口さんの話が本当だと断定できないって言ってるだけ。
ただ、少し気になることがある」
「なに?」
「水口さんが、池田さんの名前を挙げたこと。
さりげなく、私たちの関心を池田さんに向けた―という意地悪い見方もできる」
「名探偵ってのは、食い意地が張ってるだけじゃなく、意地も悪いのか」
「私がいつ、食い意地を張ったのよ!?
ちゃんとお稲荷さんを分けてあげたじゃない」
あれは、分けてくれたんじゃない。
ねじ込んで来たんだ。
「山菜きのこうどん事件」
「どこが事件なの?
それなら、前提を変えて、行夫さんの失踪が事件と考える方が意味がある」
「じゃあ、これが事件だとしたら、名探偵はどう考えるの?」
「たとえば…
やっぱ、水口課長は気になるわ」
「しつこいね。
どうして、水口さんにこだわるの?」
「私が前にこう言ったの、覚えてる?
―得をするのは誰か?―これが、犯人特定の王道」
「ああ、言ってたね。
水口さんが出世したいから、行夫さんの社長就任を阻止するために殺したってこと?」
「飯島課長の話を信じるなら、ね」
「さすがに話が飛躍しすぎじゃないか?
幸恵さんも、池田さんが山好きって話してたじゃないか。
いや…違う」
―でも、池田さんって山に詳しかったかしら?―
「幸恵さんと水口課長で、話が一致してるのは、池田さんって人がいたこと。
数年後、定年で退職したこと。
定年の少し前から、元気がなくなったこと」
「奥さんがひき逃げで亡くなった。
それから、元気がなくなった」
「今、二階堂くんが言ったのは、幸恵さんの説であって、水口課長の説ではない」
え?そうだっけ?
「二階堂くん、大丈夫?
行夫さんが失踪する、池田さんの奥さんが交通事故にあう、池田さんが定年で退職する。
この3つのデキゴトが、数年以内に起こった。
仮にここまでは正しいとする」
「あくまで仮なんだ」
「だって、水口課長は、ひき逃げについて何も語ってない。
幸恵さんの証言だけ。
だけど幸恵さんがウソをつく理由はない。
だから仮に正しいとしたの」
意外と厳密に分析してるんだな―感心した。
「2人で一致しないのは、池田さんの元気のなくなった時期。
水口課長は、行夫さんが失踪した直後。
幸恵さんは、ひき逃げの直後。
“いつから元気がなくなったか”がズレている」
「幸恵さんは、水口さんの勘違いと言ってたよ」
「勘違いと言うより、記憶違いだと思う。
なにしろ2004年のことだから」
「じゃあ、水口課長の記憶が間違っていたのか」
「いや、そうとも言えない。
だって、幸恵さんは、池田さんの名前を聞いても、しばらく思い出せなかった。
そんな状態だよ。
幸恵さんが正しく水口課長が記憶違いをしていると、断定できない。
結局、会社の人たちに聞いたけど、断定できないことだらけだった」
「じゃあ、どうするの?」
「幸恵さんに言ったとおり。
真白線に乗る。
2人でね」
「車を使わないんだから、1人で行けばいいじゃん。
2人で行く意味があるの?」
「だって、私、方向オンチだもん。
迷ったらどうするの?」
池袋駅から真白線の終点まで、直通で1本だ。
どう迷うんだろう?




