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第15話 記憶はズレている

「お役に立ちましたか?」


「はい、とっても」


幸恵(さちえ)さんは、「本当?」と言いたげな顔をした。


「たとえば、水口課長は、山登りなら池田さんと教えてくれました」


「池田さん?」


幸恵さんは、言葉を失ったように黙った。


「あれ?名前、間違ってますか?」


名前は合っている。水口さんは、たしかにそう言った―


「ああ、あの池田さんね。

とっくの昔に辞めちゃってたから、忘れてました。

でも、池田さんって山に詳しかったかしら?」


「水口課長は、そうおっしゃってましたよ。

2004年当時、話題になりませんでしたか?」


「まったく記憶にないので、主人が遭難したとき、池田さんがどうこうって話はなかったはずです」


じゃあ、水口さんがウソをついてる?―


「池田さんは、ご主人が遭難した後、みるみる元気がなくなって、数年後にいなくなった。

水口さんは、こうおっしゃってます」


「ああ、それは水口の勘違いです。

実は、主人の遭難からちょうど1年後、池田さんの奥さんが急に亡くなったんです」


「え?そうだったんですか?」


「交通事故。

しかもひき逃げ。

結局、犯人は捕まらず。

池田さん夫婦には、子供いなかったから余計にショックよね。

ショックから立ち直れないまま、数年後に60才を迎えました。

状況が状況なので、定年後の再雇用も提案しましたが、池田さんは辞退。

もう生きる気力がない、って感じでしたよ」


「それは、おツラいですね」

と言った神馬(じんば)さんが、ツラそうな表情をしている。


だが、すぐに

「ところで、先ほど話をお聞きした山谷(やまたに)さんは、ご主人の(おい)だったんですか?」


と、探偵らしい会話に戻った。


「ええ、そうですが…主人のことがあってからは、親せきって感じでもないです。

ただ、孫の(なお)だけは、山谷さんの娘さんと仲良くしてます」


直くんではなく、直ちゃん―


「大人同士は、親戚としてつきあいがないのに?」


「同い年なんで。

山谷さんの娘さん、真実って書いてマミって名前。

K大学に通ってる秀才。

だから直と頭のデキは違うはずだけど、仲がいいわ」


K大学と言えば、国内屈指の私立大学だ。

K大学生と聞くだけで、バラ色の将来が約束されている感じがする。

ヒガミだろうか?


「もし可能なら、ってことでお願いがあるのですが」


立て直しが早い。


「なんでしょうか?」


「ご主人の遭難のことを知っているけど、すでに退職した人たちに話を聞くことは可能でしょうか?」


「探してはみますが…かなり難しいと思います。

2004年なんてかなり昔ですから、もう交流はないです。

お亡くなりなっている方も多いと思います」


「可能なら―と言う程度なので」


「どんな人がいいんですか?」


「2004年当時のことをよく知っている人―ですね。

その判断は、お任せします」


「分かりました」


「あと、これも可能なら、なんですが…

ご子息に話を聞くことは可能ですか?」


景一(けいいち)ですか?

でも、なぜ?

景一は、まだ安藤食品に入社してませんでした。

なにも分かりませんよ」


「当時、安藤食品と関係なかった(かた)の意見も聞きたかったもので」


「景一は、今、いません。

佐久間と一緒に出払っております」


山谷(やまたに)さんが、連れてってもらえなかった約束か。


「じゃあ、いらっしゃらないんですね?」


「会社も工場も自宅も同じ敷地ですが、どこにもいませんよ」


温和な幸恵さんなりの、やんわりした拒絶に見えた。


「分かりました。

では、別方面で調査は続行します」


「別方面?」


「次は真白(ましろ)線に乗ってみたいと思います。

今までは、二階堂の運転で山に行ってましたので」


「まぁ、電車で行けば楽なのに、どうして?」


「せっかく、女が男をこき使える時代になったから」


「まぁ。

二階堂さんもお気の毒ね」

と、クスリと笑い、同情してくれた。


――――

「神馬さんの件、まだやってるの?」


学食のざわめきの中で、カズヤがいきなり切り出した。


「ああ、やっているよ。

神馬さんは、今日、授業がないから鷹宮(たかみや)探偵事務所にいる。

ラーメン食べ終わったら、ボクも行くんだ」


「あれから、ずっと考えてたんだけど」


「なにを?」


「神馬さんって、どうして探偵事務所でアルバイトしてるんだ?」


「就活に失敗できないから、今から就活してるんでしょ?」


「そう言う意味じゃない。

なんで就活先が探偵事務所なんだ?―って意味」


「え?」


ここでやっと、ボクは箸を止めた。

コネ入社について話したとき、神馬さんはこう言った。


―二階堂財閥に探偵部門ないの?―


うちの会社に入社したいとは言ってない。


「だってさぁ、施設から苦労してC大学に入ったんだろ?

なのに探偵事務所?

学歴、関係ないじゃん」


わざわざ探偵事務所である理由―考えたこともなかった。


「神馬さんの両親が亡くなった理由、聞いたことある?」


え?

急に話が飛んだ。


「いや、ないよ」


「ここからの話は、何の根拠もない妄想だと思って聞いてほしい。

もしかして、神馬さんの両親って、自然死じゃなかったんじゃない?」


「いきなり、どうして、そんな結論になるんだ?」


「まぁ、ちょっと聞いてくれ。

日本の医療技術はかなり高い。

今の世の中、そうそう人は死ななくなった。

考えてくれ。

オレらの周りで、亡くなった人って滅多にいないだろ」


「たしかに」


「でも、子どもがまだ幼い時点で、親が1人ならまだしも、2人とも自然死って確率が低くない?」


言葉が出て来ない。


「もちろん、確率はゼロじゃないよ。

医療水準が上がったと言っても、女性にとって出産は命がけだ。

悲しいことだが、神馬さんを出産した時、亡くなってしまった。

その後、お父さんはガンになってしまった。

若い年齢のガンは進行が早く、発見が遅れ手遅れに。

こんなケースもありえる。

だけど…」


「神馬さんの両親は、事件に巻き込まれて亡くなった。

こっちの可能性が高いってこと?」


池田さんのひき逃げ事件を聞いたとき、ツラそうにしてた神馬さん。

彼女の顔が、自然と浮かぶ。


「事件とは限らない。

事故かもしれない。

それでな、事件または事故の真相が不明だとしたら?

探偵事務所にいれば、いつか真相解明のチャンスが来る。

神馬さんは、そう考えたんじゃない?」


「だったら、警察に就職すればいいのに」


「刑事は事件を選べないだろ」


「ああ、そうか」


「というか、警察が役に立たなかった」


「犯人を捕まえられなかったってこと?」


「そうかもな。

そもそも刑事事件じゃなきゃ、警察は手を出せないし。

民事不介入ってヤツ」


「なんだ、その難しい単語は?」


「簡単だよ。

警察は犯罪しか捜査しません―っていうルールだ」


「ああ、なるほど。

警察が悪くなくても、警察を当てにできないケースもある」


カズヤはスマホを取り出し

「ああ、悪い。

これからデートなので、お先に失礼」


黒い容器を載せたトレーを持って、返却口に向かって行った。


ボクのラーメンは、冷めてしまった。

ボクの食欲も、無くなってしまった。

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