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第14話 会社という縮図

山谷(やまたに)と申します」


その男は、気が弱そうな中年。

資料に視線を落とすと、営業部長代理とある。


佐久間部長の部下なのに、山谷が年上に見える。

気のせいか?


「あのう、今さら2004年のことを聞かれても、困るのですが」


「安藤社長から弊社(へいしゃ)に依頼がありましたので」


「あのう、どうして、社長はいまさら2004年のことを調べてるんですか?」


ネクタイはヨレヨレで、顔はオドオドしている。


「悔いが残らないようにと、お聞きしてます」


「ああ、そうなんですか。

でも、2004年のことですから、記憶がありません」


「当時、専務だった行夫(いくお)さんが、突然いなくなった。

しかも、社長候補だったんです。

なにも覚えてないんですか?」


「それは、まあ、親せきとして、大騒ぎはしましたけど」


横を見ると、神馬さんも驚いている。

聞いてなかったようだ。


「ご親せき…なんですか?」


「ええ、行夫専務とは親せきですが…

だから呼ばれたかと…」


ミステリーで親類が出てくれば、相場が決まっている。

―莫大な遺産をめぐる争い―

もしや―


「行夫さんとは、どのような関係で?」


「私の母が、行夫専務の妹。

つまり、私は行夫専務の(おい)です」


近い血筋?

いや、行夫さんの甥だから、栄吉社長の血が入ってない。

古風な栄吉社長が、この男を後継者とは考えないだろう。


「では、行夫さんの甥だから、安藤食品に入社したんですか?」


「はい。専務のツテで」


ツテじゃなくコネだろ。

山谷さんも自覚しているのか、目線を下に向けてしまった。


「行夫さんが遭難した時、ご親せきは大騒ぎしましたか?」

「行夫さんはどんな人でしたか?」

など、話をいろいろ振ったが、役に立つ答えが出て来ない。


「最後にお聞きします。

行夫さんが、登山のことで相談しそうな人はいますか?」


「あのう、それは、どういう意味でしょうか?」


「会社の人でも、ご親戚でも、誰でもいいですから、行夫さんの周りに山にくわしい人はいるか―

という意味です」


「思い当たりません。

私の苗字は山谷ですが、山にも谷にも縁がありませんので」

という、()()()()()()おやじギャグで話は終わった。


――――

「ああ、山谷部長()()ね」


飯島と名乗った男は、代理に力を込めている。

資料には、食品開発課長とある。


「そこは、察してよ。

社員が60人の会社で、部長代理なんて必要ないから。

しかも、佐久間部長の下にポスト作って。

佐久間部長が年下なのに、かなり無理やりだよ。

今日だって、取引先との打ち合わせ、佐久間部長は彼を連れていかないし」


2004年の失踪は「そんなの、覚えてない」で終わったが、山谷部長代理がいかに()()()()()()か、ペラペラ話してくれた。


「山谷部長代理は、登山に興味がないんですよね?」


「たぶんね。

でも、なんで?」


「行夫さんは、登山に興味がなかったとお聞きしています。

もし、ましろさんに行ったとすると、誰か登山にくわしい人に相談したと思うんですけど」


「ほぅ、鋭いね。

さすが、鷹宮(たかみや)探偵事務所さんだ」

と、納得してくれた。


「そう言えば、水口(みずぐち)課長は登山()きだった気がする」


ボクは思わず、資料を見る。


水口佳奈/庶務課長


次の社員だ。


「行夫さんが、水口課長にましろさんについて相談を?」


「いや、それはわからない。

彼女は若いからね。

そもそも、あの2人に交流あったかな?

本人に聞いてみれば?」


交流―理由はないが、どこか怪しい響き。


「はい、そうします。

水口課長はお若いんですか?」


「私に比べれば、ね。

実力はあるよ」


話がいったんここで止まった。

隣の神馬さんは、なにか考えている。


「安藤食品は、ちゃんと女性を登用するんですね」


「ああ、やっぱ、社長が女性だから。

いや、勘違いしないで。

現社長が、女性をひいきしてるわけじゃないよ。

水口さんは実力で庶務課長になったんだ」


「逆に言えば…栄吉社長なら女性は登用しなかった?」


「あまり言いたくないけど、そうだろうね」


「では、行夫さんが社長になってたら?」


「行夫さん?」


今度は、飯島が考えている。


「行夫さんは、栄吉さんほど古い考えじゃなかった。

でもさ、お婿(むこ)さんだから」


「だから?」


「これは一般論として聞いてね。

義理の父を引き継いで、婿が社長になった。

それまで義理の父がやってきたことをいきなり無視し、自由な人事(じんじ)ができるか?

かなり難しいよ」


「でも幸恵(さちえ)社長は、女性である水口さんを登用した」


「そりゃ、実の娘だから。

父親は、娘には嫌われたくない。

絶対にね。

ところで、話が逸れてるけど、まだ続けるの?」


「いいえ、もう充分です。

大変参考になりました」


――――

「趣味が山登り?

いつの話をしてるんですか?」


水口と名乗った女性は、不満そうな顔をした。


「行夫さんが、ましろさんで遭難した時です。

つまり2004年」


「そりゃ、当時の私もまだ20代前半で若かったけど、その時はとっくに登山なんてやめてました。

登山をやってたのは、高校生。

登山部だったんで」


「高校を卒業して、山登りをやめたんですか?」


「短大に入ってやめました。

短大って2年間しかないから、1年生から就活しないと間に合わないんです。

当時はネットの情報も少なかったんで、知らなかった。

失敗でした」


「でも、まったく山登りを知らない行夫さんから見れば、あなたは山登りの専門家ですよね?」


「専務と20代前半のヒラ社員ですよ。

採用面接の時しかマトモに話したことなかったはずです」


今までで、最もテキパキ返答してくれる。

頭の回転が速く、有能なのだろう。


「そもそも、関東の山は分かりません。

短大に入るまで、九州にいましたから」


「では、行夫さんがましろさんに登る時、相談しそうな人はいませんか?」


「そりゃあ、池田さんじゃないですか?」


池田―

今まで出てきてない名前だ。


「池田さんって(かた)が、山のことにくわしいんですか?」


「ええ、そうです。

話が通じると思ったのか、山の話を振られちゃって。

こっちは20代の女性で、向こうはおじさんですから、イヤだった。

だから覚えてるんです」


「話を振られたってことは、池田さんも庶務課だったんですか?」


「違いますね。

でも、どこの課だったか、覚えてません。

行夫専務が遭難した数年後、いなくなっちゃいましたから」


「退職しちゃったんですか?」


「はっきり覚えてませんが、定年だった気がします。

そう言えば、行夫専務がいなくなってから、私に山の話を振らなくなりました。

いや、私にだけじゃなかったわ。

みるみる元気がなくなった感じ」


「行夫さんが山で遭難したからでしょうか?」


「かもしれませんね。

池田さんは、ニワカの私と違って、かなり山に詳しかったのでショックを受けたのでしょう。

ところで、これって行夫専務の遭難と関係あるんですか?

関係がないなら、仕事があるので、終わりにしてほしいんですけど」


――――

疲れた―

パイプ椅子に深くもたれかかる。

しばらく動けそうにない。

ありがたいことに、幸恵さんがこの部屋に来てくれると言ってくれた。


「二階堂くん、気になったことある?」


「知らない名前が出た。

池田さんだ」


「池田さんのことは、幸恵さんに聞くべきでしょうね。

ほかには?」


「いやー、会社って複雑なんだねぇ」


「いずれ役員になるのに、ずいぶん甘ったれたことを言うのね?

二階堂財閥の将来が心配だわ」


神馬さんは元気だ。


「ただ、二階堂くんの指摘は鋭い。

安藤食品も、人間関係の縮図だね。

悪い意味で。

だからと言って、幸恵社長にズケズケ聞くわけにもいかない。

どこまで突っ込むべきか、悩ましい」


そう、幸恵さんはクライアント。

気分を害すことは言えない。


トントン―

優しいノックが聞こえた。


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