第13話 次期社長が消えた日
社員がドアを開けてくれると、正面に机があり、その両側にパイプ椅子が三脚ずつ並んでいる。
他に物はなく、簡素な打ち合わせ用の部屋といった印象だ。
その若い男性社員(石橋と名乗った)は「どうぞおかけください」と言ってくれたが、クライアントが来る前に座るほど、非常識ではない。
幸恵さんがドアを開け、入って来るなり
「お掛けになっていただいて、良かったのに」
と、丁寧な口調。
幸恵さんがドアの正面に座ったので、ボクたちはドアに背を向け座る。
メインは探偵の神馬さん。
助手だから黙っていよう。
神馬さんが、調査報告する。
祖母山、母山、並山に2人で登ったのを説明すると
「わざわざ、そんなことまで、してくれたんですか?」
と、本当に申し訳なさそうな顔をした。
神馬さんが、並山で道を間違えたことを伝えた。
意外だった。
神馬さんがそこまで話すとは思わなかった。
「まぁ、それは危なかったですね。
無事で本当に良かった」
やはり、この人が納得できる結末を迎えてほしいと、思ってしまう。
「旦那さんが、並山で遭難した可能性はないでしょうか?」
「警察の方が、かなり捜索したと聞いています。
お二人が登った3つの山は。
地元の警察は、ましろさんの捜索に、かなり慣れてるそうです」
祖母山・母山・並山での遭難は考えにくそうだ―
「では、冬禁山は、どうでしょうか?」
「1月でしたので、そんなに深く捜索してなかったと、記憶しています。
捜索する皆さんの安全確保もありますし」
「たとえば、運命の分岐点だと、どのあたりまで捜索したのでしょうか?」
「運命の分岐点…ああ、そうでしたね。
登山家はそう呼んでいると、あの時、聞きました。
ありがたいことに、まっしろさま方面は、湖まで探したそうです。
ただし、危険なので、他の山ほど重点的にではないですが。
湖がないルートは捜索しなかったようです。
危険すぎるので」
まぁ、あそこで左に曲がる人はいないだろうが―
「そもそもなんですが、旦那さんは、どうしてましろさんに行こうと思ったんでしょうか?
登山の経験、ほとんどないんですよね?
という事は、登山に興味が無さそうですが」
「―考えたことがありませんでした。
当時、警察からも聞かれませんでしたし」
事件じゃないので、警察も聞かなかったのか?―
「主人がましろさんに行ったの、考えてみると不思議ですね。
ただ―」
一拍置き
「社長になるのが近づいて、不安だったのかもしれません。
その重圧から逃げたくて。
だから神様、まっしろさまにすがろうとした」
まっしろさま―並山・冬禁山どっちだ?
並山で遭難してないなら、冬禁山で遭難したことになる。
いや、行夫さんは軽装だったと、最初に会った時、話していた。
だったら、並山で遭難したのを発見できなかった?
ボクは、頭が混乱していた。
「旦那さんは、アクティブな方でしょうか?
つまり、未経験でも、1人でガンガン山に登っていくタイプでしたか?」
「いや、むしろ慎重な性格だと思います」
慎重な性格なのに、1人で軽装で登山に行った?
ボクは、さらに混乱してしまう。
「となると…
登山にくわしい知り合いが、いらっしゃったのでしょうか?」
「主人は、1人で行くと言ってましたが」
「1人で行くからこそ、事前に相談したんじゃないでしょうか?」
「ああ、そう言う意味ですか。
正直言って、思い当たりません。
ただ、学校関係とか、すべての交流関係を把握してるわけでもありませんので…
庶務課長の水口は、若いころに登山をしていたと聞いたことがあるような、ないような…
あとで聞いてみてください」
と言って、紙を渡してくれた。
同じ内容が2セット。
ボクの分まで用意してくれている。
今日、会わせてくれる社員リストだ。
最後に庶務課長・水口とある。
クイッ―
新人探偵が、かわいさ100%の笑顔を向けてくる。
「二階堂くん、なにか質問はある?」
え?
まずい。
前回、しくじって神馬さんにブチ切れられた。
「ええと、その、なんとお聞きすればいいのか難しいのですが…」
「遠慮なくどうぞ」
仏の幸恵さんに遠慮してるのではなく、鬼の明日翔さんを恐れてるのだ。
「旦那さんは、休日で出かける時、1人で行動することが多かったんでしょうか?」
幸恵さんの表情が、曇ってしまった。
しまった!
また、やってしまった!
「いえ、登山に興味がなく、経験も浅いのに、1人で登山したのが気になっただけなので」
と、しょうもない言い訳をしてしまった。
「そう言われると変ね。
主人は、多くの人とワイワイするのが好きなタイプでした。
普通なら友達と行くところを…。
まっしろさまのお願い、1人でしたかったのかしら?」
気まずい空気になってしまった―
「ああ、ごめんなさい。
もういいかしら?
じゃあ、社員を呼んできますね」
と、部屋の外に出て行った。
「あのさぁ、二階堂くん」
ボクは黙っておく。
余計なことは言わない。
「なによ、あのいい質問は?
私がお口あーんしてあげた、お稲荷さんの効果?」
ねじ込んできた、の間違いだろ。
仮にお稲荷さんだとしても、スーパーではなく、まっしろさまの効果だ。
――――
「佐久間と申します」
その男は押しが強そうな中年男性。
資料に視線を落とすと、営業部長とある、
「社長のお願いだから協力しますが、2004年のことなんて覚えてませんよ。
そんな頭があれば、大手企業に勤めてます」
こう言って、ゲラゲラ笑う。
かなりはっきり言って来るが、これくらいの押しがないと営業部長にはなれないのかもしれない。
「と言っても、もうじき社長の専務が行方不明になったんだから、まったく覚えてないってことはないでしょう?」
「ああ、遭難事故じゃなく、そっちでいいの?」
「では、とりあえず、そっちからお願いします」
「そりゃ、大騒ぎになったよ。
もうじき社長になる行夫専務が、急にいなくなったんだから。
栄吉社長、もう80代だったんじゃないかな。
そんなに長く経営なんてできないよね。
じゃあ―次の社長、どうするの?―って」
「で、幸恵さんが継ぐことになった」
「消去法だろうね」
「すんなり決まらなかったんですか?」
「栄吉社長は、古い考えの人だから。
いや、古いって、今から見れば古いって意味。
当時の80代男性だったら、ああいう考えも普通―って感じ」
「ああいう考えとは?」
「社長は男、ってこと。
今、そんな考え、ほとんど消えちゃったけど」
神馬さんが、タブレットを取り出し、調べ始めた。
「男女雇用機会均等法が施行されたのが、1986年ですね。
2004年だと、20年も経ってない」
「人の意識なんて、すぐには変えられないさ。
大企業なら、意識を変えてかないと世間から袋叩きにあう。
でもうちは中小企業。
70代80代の社長に―職場における男女平等―って考えは、なかったね」
「栄吉社長は、しぶしぶ幸恵さんを社長にしたと?」
「一人娘の幸恵さんにお婿さんを取ったんだから、そういうことでしょ」
「景一さんは、どうだったでしょうか?」
行夫・幸恵夫婦の一人息子―
「ああ、景一常務?
当時は、20代?30代前半?
若かったから、安藤食品に入社してなかったよ。
いくら男性の血筋でも、安藤食品のことがまったく分かってないのに社長は無理でしょ」
「景一さんは、なぜ安藤食品に入社しなかったんでしょうか?
唯一の直系の男性ですよね」
「男性の血筋にこだわっていたのは、栄吉社長だけだよ。
景一常務の世代で、男性だの血筋だの言われても困るんじゃない?
大企業ならともかく、こんな中小企業じゃあ魅力ないしねぇ」
営業部長は、腕時計をチラッと見て
「もういいですか?
取引先との約束がありまして」
「最後に1つだけ。
行夫さんは、ましろさんで遭難したと思われます。
行夫さんが、登山について相談しそうな社員、心当たりありませんか?」
「うーん…わからないですね」
「ありがとうございました」
佐久間営業部長は、ドアを勢いよく閉め、出て行った。
「タブレット、活用してるね」
「就活のために買った。
あーあ、就活ってお金かかるんだよねぇー」
神馬さんの就活は特殊だが、一般的な就活もお金がかかる。
「あーあ、私にコネがあればなぁー。
ああ、私も有力なコネがあった!」
「すごいじゃん!」
「何、言っているの?
あなたのこと。
二階堂財閥に探偵部門ないの?」
「ない」
ここで、コンコンと、ドアをノックする音がした。
次の社員だ。




