■第2章:降りる理由(後編)
食後。
いつものように、静かな時間。
シャーロットは皿を片付けている。
水音が、ゆっくりと流れる。
ルミナは椅子に座ったまま、ぼんやりしている。
「……ねぇ」
ぽつりと。
シャーロットが振り返る。
「なに?」
ルミナは少しだけ視線を逸らして――
「町、行ったことあるの?」
一瞬、間。
シャーロットの手が止まる。
「……ない」
小さく答える。
「スラムにいた時も、あんまり外出なかったし」
「……そっか」
ルミナはそれ以上言わない。
でも――
少しだけ考えている。
セレスティアが口を開く。
「なら、行くといい」
二人が同時にそちらを見る。
「外を知るのは悪くない」
淡々と。
でも、否定はしない。
シャーロットの目が少しだけ明るくなる。
「……いいの?」
「構わん」
短く答える。
ルミナが腕を組む。
「ちょうどいいわね」
ぽつりと。
「私も行く」
当然のように言う。
「……え?」
シャーロットが少し驚く。
「なによ、その顔」
「別に、あんた一人で行かせるわけないでしょ」
そっぽを向く。
「危なっかしいし」
ぼそっと付け足す。
シャーロットは少しだけ笑う。
「ありがとう」
「……別に」
即答。
でも、拒否ではない。
セレスティアが立ち上がる。
「なら私も同行する」
完全に決定。
翌朝。
まだ日が昇る前。
シャーロットは一人で起きる。
静かなキッチン。
パンを温める。
スープを整える。
「……こんな感じかな」
小さく呟く。
少しして、
ルミナとセレスティアが来る。
「早いわね」
ルミナが言う。
「えへへ」
シャーロットが笑う。
「準備した」
三人で食事をとる。
昨日よりも、少しだけ自然な空気。
「行くか」
セレスティアが言う。
三人と一匹で外へ出る。
シュバルツも一緒だ。
古城の外。
石の道。
風の匂いが変わる。
シャーロットはきょろきょろしている。
「……すごい」
小さく呟く。
見たことのない景色。
全部が新しい。
ルミナは少しだけ笑う。
「そんなに珍しい?」
「うん」
即答。
「えへへ」
そのまま歩く。
やがて、町に着く。
人の声。
荷車の音。
匂い。
生活の空気。
「……こんな感じなんだ」
少しだけ驚く。
ルミナが横から聞く。
「で、何しに来たの」
シャーロットは少しだけ得意そうに言う。
「野菜」
手提げを持ち上げる。
「売るの?」
「うん」
「えへへ」
中を見せる。
野菜が、ほんの少しだけ綺麗に見える。
ルミナとセレスティアがそれを見る。
一瞬だけ、視線を交わす。
「……全部、買うわ」
ルミナが言う。
「え?」
シャーロットがきょとんとする。
セレスティアも頷く。
「知り合いに渡す」
淡々と。
シャーロットは少し驚く。
「ほんと?」
「うん」
「えへへ」
嬉しそうに笑う。
少し離れた場所。
ルミナが小さく呟く。
「……これ、どうするの」
セレスティアが答える。
「使うしかないな」
現実的。
町を歩く。
その途中――
シャーロットが足を止める。
「……あ」
本屋。
並んだ本。
その中の一冊に目が止まる。
「料理の本……」
少しだけ、目が輝く。
「えへへ」
値段を見る。
そして――
「……足りる?」
ルミナに聞く。
ルミナは一瞬見て、答える。
「足りない」
はっきり。
シャーロットの動きが止まる。
「……そっか」
少しだけ残念そう。
でも――
本は離さない。
ページをめくる。
その様子を見て、
ルミナがぽつりと呟く。
「……働くわよ」
シャーロットが顔を上げる。
「え?」
「覚えさせる」
短く。
そのまま歩き出す。
「ついてきなさい」
向かった先は、パン屋。
「いらっしゃい」
店主が声をかける。
ルミナが前に出る。
「この子、使える?」
唐突。
店主がシャーロットを見る。
「……やってみるか?」
シャーロットは少しだけ考える。
「……やってみる」
小さく答える。
「えへへ」
小麦。
水。
手探り。
でも――
きらり。
ほんの少し、整う。
生地がまとまる。
「……いいな」
店主が呟く。
焼き上がる。
パン。
香りが広がる。
外まで。
人が集まり始める。
「なんだこの匂い」
ざわめき。
行列。
シャーロットが驚く。
「……すごい」
「えへへ」
ルミナがすぐに言う。
「抑えなさい」
低く。
「一点だけ」
「……うん」
頷く。
その後、
ルミナが横について教える。
「広げない」
「必要な分だけ」
シャーロットは真剣に聞く。
「……うん」
時間が過ぎる。
一段落。
店主が笑う。
「助かった」
賃金を渡す。
そのまま本屋へ。
シャーロットは迷わず本を手に取る。
「これください」
お金を出す。
初めての買い物。
本を受け取る。
ぎゅっと握る。
「……買えた」
小さく呟く。
「えへへ」
帰り道。
空は少し暗くなっている。
ルミナが横を見る。
「……楽しかった?」
シャーロットは即答する。
「うん」
少しだけ間を置いて、
「また行きたい」
素直な言葉。
ルミナは小さく笑う。
「そう」
短く。
でも――
否定はしない。
古城に戻る。
静かな夜。
シャーロットは買った本を開く。
真剣な顔。
「……こうするんだ」
ルミナがそれを見る。
「……覚える気ね」
ぽつりと。
シャーロットは頷く。
「うん」
外の世界。
新しい経験。
そして――
ほんの少しの変化。
まだ小さい。
でも確実に、
何かが動き始めている。




