■第2章:降りる理由(中編)
「できたよ」
パンとサラダ、トマトスープ。
三人分。
いつも通り、丁寧に並べる。
ルミナは少しだけ間を置いて、椅子に座る。
ちらっと、シャーロットを見る。
「……なによ」
思わず口に出る。
シャーロットは変わらずニコニコ。
「お姉ちゃん、おはよう」
一瞬、時間が止まる。
「……っ!!」
顔が一気に赤くなる。
「ちょ、ちょっとアンタ!!」
慌てて立ち上がる。
「やめなさいって言ったでしょそれ!!」
シャーロットは首を傾げる。
「え、だめだった?」
「だめとかじゃなくて!!」
言葉に詰まる。
「その……心の準備があるでしょ!!」
「心の準備?」
「あるのよ!!」
完全に勢い。
数秒の沈黙。
ルミナはゆっくり座り直す。
まだ顔は赤いまま。
「……はぁ」
深くため息をつく。
「……呼ぶなら……」
小さく、ぼそっと。
「その……もうちょっと……」
言葉が続かない。
シャーロットはじっと見ている。
「……優しく言いなさいよ」
言ってから、さらに顔が赤くなる。
「……うん」
シャーロットは素直に頷く。
そして、少しだけ間を置いて――
「お姉ちゃん」
さっきより、少しだけ柔らかく。
「……っ!!」
ルミナが固まる。
「だからそういうのが!!」
もう一度ツッコむが、
さっきより勢いは弱い。
そのまま、スープを一口飲む。
「……おいしい」
ぼそっと。
シャーロットは嬉しそうに笑う。
「よかった」
ルミナは視線を逸らす。
「……なんでそんな普通なのよ」
「昨日、あんなだったのに」
シャーロットは少しだけ首を傾げる。
「昨日も今日も、お姉ちゃんはお姉ちゃんでしょ?」
その一言。
ルミナの動きが止まる。
「……っ」
何も言えない。
昨日のことが、全部蘇る。
でも――
その呼び方が、自然に入ってくる。
「……ずるい」
小さく呟く。
「なにが?」
「全部よ」
意味は言わない。
そこへ――
「おや、いい匂いだね」
セレスティアが入ってくる。
二人の空気を見て、少しだけ目を細める。
「なるほど」
小さく、笑う。
ルミナはそっぽを向く。
「……別に普通よ」
でも、その声は少しだけ柔らかい。
朝食が終わる頃。
古城の窓の外から、かすかな鳴き声が聞こえた。
「……にゃあ」
小さく、弱い声。
シャーロットがぴくっと反応する。
「……ねこ?」
椅子から立ち上がる。
ルミナも顔を上げる。
「……なに?」
もう一度。
「にゃあ」
今度は少しだけ近い。
シャーロットはそのまま窓の方へ歩く。
カーテンを少しだけ開ける。
そこにいたのは、
小さな猫。
まだ子猫。
少し汚れていて、やせている。
「……!」
シャーロットの目が柔らかくなる。
「お姉ちゃん、ねこいる」
振り返って言う。
「え、どこ!?」
ルミナが勢いよく立ち上がる。
「ちょっと見せなさいよ!!」
そのまま横に並ぶ。
子猫と目が合う。
「……っ、かわいい……」
思わず漏れる本音。
ゆっくりと手を伸ばす。
しかし――
「にゃっ」
子猫は一瞬で後ろに下がる。
「……あ」
さらに一歩近づくと、
逃げる。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!!」
完全に逃げられる。
「なんでよ!!」
シャーロットはゆっくりとしゃがむ。
何も言わない。
手も伸ばさない。
ただ、目線を下げる。
数秒。
子猫がちらっと見る。
そして――
とことこと、近づいてくる。
ルミナの目が見開かれる。
「……は?」
子猫はそのまま、シャーロットの足元へ。
「にゃ」
すり、と体を寄せる。
シャーロットは少しだけ笑う。
「おはよう」
そのまま撫でる。
子猫は逃げない。
むしろ、気持ちよさそうに目を細める。
ルミナは固まっている。
「……なんで?」
信じられない顔。
「なんであんたには寄るのよ……」
シャーロットは首を傾げる。
「なんでだろうね」
「……ずるい」
ぼそっと。
「この子、飼ってもいいですか?」
シャーロットがセレスティアに聞く。
セレスティアは少しだけ目を細める。
「君たちが世話をするなら、問題ない」
「やった」
シャーロットが笑う。
「……別にどうでもいいし」
ルミナはそっぽを向く。
でも、耳はしっかり聞いている。
「シュバルツ」
シャーロットが名前を呼ぶ。
黒い毛並みの子猫。
「うん、シュバルツだね」
満足そうに笑う。
シュバルツが「にゃ」と鳴く。
キッチン。
シャーロットは鼻歌まじりで動いている。
パンをこねる。
そのとき――
ほんの一瞬、
生地が、きらりと光る。
だが、気づかない。
スープを温める。
空気が、少しだけ整う。
シュバルツはミルクを飲んでいる。
その毛並みが、わずかに艶を帯びる。
「……あれ?」
ルミナが呟く。
一口食べる。
「なんか……やけに美味しくない?」
体に染みる感覚。
疲れが抜けるような感覚。
セレスティアは静かに皿を見る。
シャーロットは首を傾げる。
「普通だと思うけど」
本気でそう言っている。
違和感は、まだ小さい。
でも確実に、
“何か”が混ざり始めている。




