■第2章:降りる理由(前編)
古城の朝。
昨日と同じようで、少しだけ違う朝。
キッチンには、いつものようにシャーロットがいた。
パンを切り、野菜を洗い、
生活魔法で鍋の温度を整える。
トマトスープの香りが、静かに広がっていく。
三人分。
当たり前のように、三つ。
控えめな足音。
少しだけ、ためらうようなリズム。
扉の前で、一瞬だけ止まる。
そして、ゆっくりと開く。
ルミナが入ってくる。
昨日のことを思い出しているのか、どこかぎこちない。
目も、少しだけ泳いでいる。
シャーロットは気づく。
振り返って――
いつものように、にこりと笑う。
「おはよう」
一拍。
「お姉ちゃん」
その一言。
ルミナの動きが止まる。
「……は?」
理解が追いつかない。
顔が、みるみる赤くなる。
「な、な、なに言ってんのよアンタ!!」
声が裏返る。
「お、お姉ちゃんって……なにそれ!!」
完全に動揺している。
シャーロットは首を傾げる。
「昨日、そう呼んでいいって思ったから」
自然に言う。
「思ったからじゃないでしょ!!」
即座にツッコむ。
「誰がそんなの許したのよ!!」
シャーロットは少しだけ考える。
「……ルミナ?」
「許してない!!」
即答。
顔は真っ赤のまま。
視線も定まらない。
「やめなさいそれ!!今すぐ!!」
シャーロットは少しだけ困ったように笑う。
「じゃあ……ルミナ?」
「それでいい!!」
食い気味。
数秒の沈黙。
ルミナはその場に立ったまま、落ち着こうとしている。
でも落ち着かない。
「……あんたね」
ようやく声が戻る。
「なんでそんな普通に言えるのよ……」
ぼそっと。
シャーロットはきょとんとする。
「だめだった?」
ルミナの顔がさらに赤くなる。
「だめとかじゃなくて……!!」
言葉が続かない。
「……そういうのは……」
小さくなる声。
「……急に言うもんじゃないでしょ……」
シャーロットは少しだけ考えて――
ルミナの方を見る。
「一番弟子、姉弟子」
ゆっくり言葉にする。
「二番弟子、妹弟子」
少しだけ間を置いて、
「お姉ちゃんと、妹の関係でしょ?」
ルミナの動きが止まる。
そのまま、シャーロットは続ける。
「……わたし」
ほんの少しだけ、声が揺れる。
「今まで、姉妹とかいなかったから」
目が、少しだけ潤んでいる。
「だから、いいなって思って」
まっすぐ見る。
「ルミナがお姉ちゃんだったら、いいなって」
静かに、そう言う。
沈黙。
ルミナの顔が、また赤くなる。
さっきとは違う。
言葉が、出ない。
「……っ」
口を開いて、閉じる。
何か言おうとして、言えない。
「な……なにそれ……」
やっと出た声。
「ずるいでしょ……」
小さく、漏れる。
「そんなの……反則でしょ……」
視線を逸らす。
でも、逃げきれない。
胸の奥が、じんわり熱い。
「……っ、べつに」
腕を組む。
完全に照れ隠し。
「お姉ちゃんとか……」
ぼそっと。
「……嫌じゃないけど」
ほとんど聞こえない声。
すぐに顔を背ける。
「でも!!」
急に声を上げる。
「だからって調子乗るんじゃないわよ!!」
「呼び方は……その……」
言葉に詰まる。
「……考えとく」
完全に逃げ。
でも、拒絶ではない。
シャーロットは少しだけ笑う。
「うん」
それだけで、満足そうに。
キッチンにはまた、朝の匂いが戻る。




