■第1章:一番弟子
古城の朝は静かだった。
石造りの壁はひんやりとしていて、窓から差し込む光だけが、この場所にやわらかな温度を与えている。
小さな机の前で、シャーロットは一人、カップを両手で包んでいた。
生活魔法で温めたそれは、わずかに湯気を立てている。
静寂を破るように――
「ちょっとアンタ!!」
勢いよく扉が開いた。
ルミナ・ヴァルティア。
赤い髪を揺らしながら、苛立った表情で立っている。
「なんでアンタが先に起きてるのよ!!」
シャーロットは振り返る。
「おはよう、ルミナ」
穏やかな声。
その手には、もう一つカップがある。
「……それ、私の分は?」
「あるよ」
当たり前のように差し出される。
ルミナはそれを受け取りながら、不満そうに睨む。
「……なんで用意されてるのよ」
「飲むかなって思って」
「そういうとこよ!!」
机を叩く音が響く。
だが怒りはどこか空回りしている。
ルミナはカップを一口飲む。
「……ちょうどいい温度」
「よかった」
その一言が、また気に食わない。
「私はね!一番弟子なの!!」
声を張る。
「セレスティア様の弟子の中で、一番強くて、一番優れてるのは私!!」
びしっと指を突きつける。
「アンタはライバルなの!分かってる!?」
少しの沈黙。
シャーロットは首を傾げて――
「うん、わかってるよ。ルミナはすごいよ」
それだけ言って、立ち上がった。
そのまま部屋を出ていく。
「……は?」
ルミナが取り残される。
古城のキッチン。
シャーロットは手早く朝食の準備を始める。
パンにサラダ、トマトスープ。
三人分。
当たり前のように、最初から三つ。
生活魔法で火加減を整え、スープを仕上げる。
しばらくして、足音。
「……ちょっと」
ルミナが入り口に立つ。
「なんで……行くのよ」
「朝ごはん、作るって言ったでしょ」
振り返らずに答える。
「……あたしの話、終わってないんだけど」
「うん、あとでちゃんと聞くね」
淡々とした返事。
ルミナは苛立ちを抱えたまま、椅子に座る。
食事は静かに終わった。
シャーロットは三人分の皿を片付けに行く。
その間にルミナは立ち上がる。
「……あたし、課題やるから」
セレスティアに与えられた課題。
魔法の制御。
ルミナは部屋へ戻る。
部屋の中。
何度も魔法が弾ける。
「なんでよ……!」
うまくいかない。
焦りが募る。
――シャーロットと、戦ったことがない。
「……それで何が“一番”よ」
苛立ちが漏れる。
その時。
「少し、よろしいかな」
セレスティアが現れる。
「君にとって“一番弟子”とは何だろう?」
問いかけ。
ルミナは答える。
「誰よりも強くて、優れてることよ」
しかし――
「では、シャーロットはどうかな」
その一言で揺れる。
感情が溢れる。
「なんであんな顔してるのよ……!」
焦りが露わになる。
「戦いたい」
ルミナは言い切る。
セレスティアは頷く。
「では、戦うといい」
中庭。
二人は向かい合う。
「ルミナの好きなようにいいよ」
シャーロットの言葉。
ルミナは最大級の魔法を放つ。
だが――
セレスティアが間に入る。
「そこまでだ」
そして、真実が明かされる。
「シャーロットには適性属性が一切ない」
生活魔法しか使えない。
戦えない存在。
シャーロットは小さな火を灯す。
「これが、わたしの魔法だよ」
あまりにも弱い火。
さらに――
「わたし、スラムにいたんだ」
過去が語られる。
孤児だったこと。
死にかけていたこと。
セレスティアに拾われたこと。
「ここでごはん食べて、話して……それで十分かなって」
その言葉。
ルミナは崩れる。
「なんなのよ……」
価値観が壊れる。
シャーロットは謝る。
「ごめんね、ちゃんと話してなかった」
そして――
「ルミナが一番弟子だよ」
ルミナは泣き崩れる。
「そんなの違うでしょ……!」
シャーロットはそっと近づき、
優しく撫でる。
ルミナはしがみつく。
「わかんない……」
シャーロットは抱き返す。
そして言う。
「よろしくね」
「お姉ちゃん」
その一言。
ルミナは震える。
涙が止まらない。
セレスティアは静かに微笑む。
一番弟子という言葉は、ここで終わる。
そして――
三人の関係は、
少しだけ形を変えた。




