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文学少年の恋物語 〜令和版源氏物語〜  作者: AYASAM
1年生夏休み
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63/117

花火デート

 八月も終わりが近づき、夏休みは残り僅かになった。

課題のほうは順調に進み、明日か明後日には終わるだろう。

例のごとく、勉強で午前はつぶれてしまったが、今日の午後はいつもとは違って予定があるのだ。

始まりは数日前にさかのぼる。


~~~~~~~~~~~~~~


 俺はソファーから立ち上がって、大きく背伸びをした。

あーあ、今日も疲れた。

まあ、リビングで本読んでだらだらしてただけだけど。

もう夕方の五時か。今日の夕飯……は明里が作ってくれるから問題ないか。


スマホを開いて、ネットサーフィンでもしよう。


ピロリン♪


誰かからラインの通知が来たみたいだ。

アプリを立ち上げて、トーク画面を開く。

送り主は……なんと、日代さんだ!

夏休みは文芸部以外の人と交流する機会がほとんど無いので、こうやってクラスメイトとチャットできるのは嬉しく思う。クラスの人気者の日代さんとなれば、それはもう最大級の栄光だ。



「来週、隣街で花火があるんだけど一緒にどうかな?」


花火の誘いか、断る理由は全くない。


「いいよ。行こう」


俺は二つ返事をした。もし断わったならそれは処刑もの。



「よかった。来週の土曜日、河川敷で開催される花火大会なんだけど、詳細は今送るリンクに載ってるから」

「わかった」


ポン!


テキストやURLが送られてきたときの効果音だ。そのURLを押すと、花火大会の公式サイトに飛び、スケジュールを確認できた。


「待ち合わせの時間と場所だけど、七時に駅前でいいかな?」

「うん、それでいいよ」

「おっけー。じゃあ、当日に駅で会おうね。バイバイ」

「うん、また」


~~~~~~~~~~~~~~


 回想シーンを終わりにして、今から支度をしなければならない。

着ていくものだが、浴衣というものは持っていないので、私服で行くことにする。 途中、浴衣のレンタルをしている店に寄って、浴衣を借りようと思う。


洗面所で顔を洗い、身だしなみを整えて、俺は出発した。



今夜見に行くのは、『ファイアワークス・ファンタジー』という花火大会だ。

この花火大会は、以前は『花火劇場』という名前だったらしいが、数年前に改名されたそうだ。

ちょうど百年前に初開催されて、今でも続いているという、非常に歴史の長い花火大会だ。


この花火大会は三日間開催されていて、さらに一日で昼花火と夜花火のニ種類に分かれているので、すべて見ようと思えば計六回見ることができる。

昼と夜、そして何日目の花火であるかによって、それぞれテーマが違うので、マニアにはたまらないイベントだ。俺はマニアではないが、まず間違いなくそうだろう。

なお、昼花火は六時頃、夜花火は八時頃に開始される。場合によっては開始時間が前後することもあるだろう。


観光客数は毎年二十万人くらいで、結構な人数が来るらしい。

昔一度だけ、父と二人で行ったことがあるのだが、その時は開始時間の少し前に会場に到着したため、人ごみに呑まれて、落ち着いて花火を見るどころではなかった。昼花火から引き継いで見る人もいるだろう、場所取りはかなりの難易度だ。


とまあ昔のことを思い出しながら、今は商店街の通りを歩いている。

予想どおりではあるが、どの店も閉店していた。花火大会に総動員というところだ。


大通りに出て、そのまま南下していく。

途中で浴衣レンタルの店に寄って、手頃な浴衣に着替えた。


それから十分弱歩いて愛表(あいのもて)駅に到着した。

駅前には円状の広いスペースだ。

その真ん中には、髭をモサッと生やした外国人の石像が建てられている。この駅を建築した代表者だそうだ。


この外国人像の前が、地域に住む人々の待ち合わせ場所としてよく使われる。中学では事あるごとにこのスポットを待ち合わせ場所として使っていたものだ。



像の周りに何人か、同じくして誰かを待っている人たちがいるが、その中に日代さんらしき人影は見当たらなかった。俺が先に着いたということだ。ひとまず安心した。



 十数分後。


「お待たせ」


声のした方に視線を向けると、そこには日代さんがいた。息が少し荒いのは、急いで来たのだろう。


「ふぅ。ごめん、待ったよね?」


日代さんは軽く衣装を整えながら、申し訳なさそうに訊いてきた。遅れたのは、ほんの数分程度だ。


「いや。俺も数分前に来たから、そんなに待ってないよ」

「はぁ。よかった」


日代さんは安心したようで、ぱっと笑みを浮かべた。そこで俺は彼女の浴衣姿を観察した。


その第一印象は、華々しかった。

生地のベースは白色で、桜の花の絵がところどころに入っている。帯は鮮やかな赤色で、これにも桜の花の刺繍が入っている。

髪は後頭部で一つにまとめている、いわゆるポニーテールだ。髪留めも桜の花だ。

靴は下駄。白い靴下を履いている。慣れない靴で走るのは、危ないからあまりやってほしくない。


「古倉くん、浴衣似合ってるね」


「え? ああ、どうも……」


急に自分の浴衣を褒められて、我に返った。

どこにでもありそうな地味な浴衣を選んで着て来たが、側から見ても似合ってるようなので安心した。



「えっと、私の浴衣、どう……かな?」


日代さんは上目遣いに聞いてきた。

紳士たるもの、会った直後で胸に抱いた印象なりを伝えるべきなのに、先に褒められた上、彼女に促されて答える形になってしまった。流石に観察し過ぎた。

普段の恰好とは違い、体躯や美貌が強調されていたのだから仕方ない、と心のなかで自己弁護。


「とても似合ってます」


ストレートに言葉が出てきたが、言った後にだんだん恥ずかしくなって、目を逸らした。


「ありがとう」


ガラス細工のように透明で美しい声が、駅前の静寂さの中、俺の鼓膜を振動させた。




 俺たちは駅に到着した。目的の方向に向かう電車は、完全に満員だった。学生、家族連れ、そして老人。車両に乗る人々の年齢層は広い。浴衣を着た人が数多く見られるため、大半が花火大会を目指しているのだろう。

非常に混んでいるため、当然着座することはできず、手すりにつかまりながら扉のそばに突っ立っているわけだが、数センチメートル先に日代さんの顔がある。これはちょっとよろしくない気がする。ああ、いい匂いが……。

群衆の圧力と、彼女から発される芳香で、だんだん頭が混乱してくる。車酔いとは違い、不快なような快なような、表現しがたい感覚に襲われる。


 目的地の最寄り駅は、二駅先にある。

電車の扉が自動で開き、人が雪崩のように流れ出ていく。俺たちはその流れに乗って、電車外へと飛び出した。群れで行動していた魚が急に散り散りになったようなイメージ。蜘蛛の子を散らすという表現がふさわしいか。


「はあ、解放された」


新鮮な空気を吸ったおかげで、頭がスッキリしてきた。


「電車、かなり混んでたね」

「うん。人ごみに酔った」

「わたしも。みんな考えることはおんなじだね」


日代さんが嫌味っぽく言うのを、俺は「まあ仕方ないよ」と完結した。



 河川敷までは徒歩で十分ほどだった。

河川敷へと続く道は、もう屋台が並んでおり、既に賑わっていた。

「花火、どんな感じになるのかな」「どうだろー。とにかく楽しみだね」なんていうたわいない話をしながら歩いていると、すぐに目的地へと到着した。


「えっと、どこで見よっか?」


「そうだねー……」


会場に喧噪が広がる中、交通整理された通路の上をゆっくり歩きながら考える。

花火を打ち上げる場所に近いと、見上げるようになり最後のほうで首が痛くなるため好ましくない。逆に遠過ぎるのもそれはそれで良くない。いやまあ、会場内ならいくら離れても遠過ぎることはないか。

そういえば、『打ち上げ花火、地球から見るか、宇宙から見るか』という名のSFのアニメ映画が最近公開されていた。話題作なようで、見に行くか迷うところだ。


「ここでいい?」


日代さんの呼びかけによって、俺の思考は中断された。やばい。またしてもやらかしてしまった。

これはもう、紳士失格の烙印を押されても文句は言えないな。


「えーっと、うん、そうしよう」


今回もあまり早い時間帯に会場に到着したわけではないため、良い場所は取れないと思っていたが、それなりの場所を見つけることができたな。よかったよかった。

見つけたのが俺じゃないことは、彼女がつっこんできたときに謝りましょう。本当に申し訳ない。




「なんか、喉乾いてきちゃった」


 日代さんがそうつぶやいた。これは今までの非を挽回するチャンスかもしれない。


「なら何か買ってくるよ」


俺は召使い役を買って出た。もう、なんでもお申し付けください。誠意をもって準備させていただきます。


「本当? じゃあお願いしよっかな~」


「うん。……あ、ついでに何か食べるものも買ってこようか?」


「おまかせします。ただし、花火に間に合うようにね!」


「はい!」



俺は駆け足で屋台に向かった。

お茶を二本買って、それからたこ焼きを買った。

長蛇の列になっていたが、店側の手際が随分と良いようで、十分もかからず手に入れることができた。

陣地に戻る際は食べ物が偏らないよう慎重に進んだ。


「お待たせしました。濃ーいお茶です」


「おーありがとう」


俺たちは濃ーいお茶のキャップを同時に開け、口をつけた。


「うまい」「おいしー」


ピッタリと言葉が被ったため、なんだか恥ずかしくなった。


「やっぱり濃ーいお茶に限るね……」


俺はそう言いながら、日代さんの様子を伺った。お茶には『生茶』『天鷹』『濃ーいお茶』の三大派閥がある。お菓子で言う『きのこ』『たけのこ』のようなものだ。

もし彼女が違う派閥だったなら、ここは戦場になること間違いなしだ。


「おー、古暮くんわかってるー」


日代さんはうんうんと頷いてくれた。よかった、派閥が同じだったようだ。


「あ、あと、たこ焼きも買ってきたけど、食べる?」


「うん、食べる食べる!」


日代さんが笑顔でこちらを見つめる。俺はビニール袋から、たこ焼きのパックを取り出そうとした。


「……あ!」


ここで問題が発生した。串の本数! 

二人でたこ焼きを食べることを考えていなかった。本当に、今日の俺はどうかしている。


「あ、あのー……串が一本しかないんだけど?」


俺は串を持ち上げ、恐る恐る聞いた。

すると彼女は困惑した表情を一瞬浮かべたが、すぐに元の顔に戻った。


「……私はだいじょぶだよ」


日代さんは、俺の目を見た。


「え……?」


俺は困惑した。だいじょうぶって、それはどういう……。


「……」


何か深い意味があるのではないかと目線で問いかけるが、何も反応はなかった。

結果として、二人してただただ見つめ合っているという状況に。


「あ、あのそれ、日代さんが全部食べていいよ」


俺はたこ焼きの入っている透明な容器を示しながら言った。どちらか一方が平らげるのなら、串の本数は問題にはならない。

本音を言えば小腹が空いていたのだが、自分で買ってきて自分だけで全て平らげるというのは、どこか気が進まないということもあるし、これ以上禁忌を犯すといつ雷が落ちるかわからないので、これが最善の提案なのだ。


「じゃあさー……」


彼女はたこ焼きを串に刺すと、俺に微笑んだ。そして、


「あーん……」


何の抵抗もなく、俺の方にそれを持ってきた。

その顔がほんのり赤いように見えるのは、人が密集して暑いせいか、それとも別の理由があるのかーーってそうではなく、これはまさか!?


「古暮くん、お腹空いてるんでしょ?」


日代さんは笑いながら、決めつけるように訊いてきた。もしや顔に出ていたのだろうか。


「えっと……うん」


俺は正直に頷いた。肩身が狭くなる一方ですね。


「ふふ。じゃあ、食べなよ」


そう言って、日代さんは微笑んだ。


「……わかった」


俺は頷いて、日代さんの差し出してくれているたこ焼きを勢いよく頬張った。


「あっつひけど……うん、美味しい」


外はカリッと、中はフワッと。

タコの食感もしっかり感じられた。よかった、昔みたいにタコが入ってないなんてことが起きなくて。


「じゃあ、私もひとつもらっていいかな?」


日代さんは、そう問いかけながら、俺に串を渡した。串を渡した?


「う、うーんと……わかった」


その串でいいから、私に食べさせてくれというのか。

ーーいやここはラブコメっぽい表現で「『あーん』の権限を移譲する」というのか!

うんまあ、日代さんが気にしないのならやるべきだろうな。いや、やらざるを得ないね。


「あ、あーん……」


彼女の口元に、例のそれを持っていく。しっとりと水気を含んだ薄紅色の唇がゆっくりと開かれた。


そして、たこ焼きにパクッとかぶりついた!


「あっふい……」


日代さんは口に手を当てながら咀嚼してそれを飲み込むと、「美味しい」と感想を述べた。

熱がりながらも飲み込んで感想を言うまでの一連の動作を、こんなに近くで眺められるとは……。


普段は拝むことができない、非常にレアで煌びやかな姿を、俺は記憶に深く刻み込んだ。





 まもなく夜花火が始まる。

二日目である今日の夜花火は四部で構成され、それぞれテーマがあるようだ。まずは第一部からだ。


「それでは第一部、花火の庭園です」


ヒューーー、ドーーーン


大きな花が夏の夜の空に咲いた。

「うぉー!」「ひゅー!」「たっまやーーー!」

歓声と拍手が起こる。

そこから何発も連続で上がり、空にカラフルな庭園が出来上がっては消えていく。


ドーン、パラパラパラ


これは『千輪』と呼ばれる花火だ。

大きく花火が炸裂し、遅れてパラパラという小さな花火が開いた。花が咲いて、散っていく様子を表現しているのだろう。


「凄い!」や「綺麗!」などと感想を言いながら、俺たちはその壮大な光景に見とれていた。



 休憩を挟みながらも花火大会はニ部、三部と順調に続いた。

ニ部は宇宙の神秘で、ミステリアスな演出がなされ、森羅万象を表現していた。三部は自然の咆哮といい、様々な動物をモチーフにした花火があがった。自然の壮大さを表現した作品だった。


そしてついに最後、四部だ。一時間近く続いてきた花火大会も、この部を残すのみ。

テーマは人生。どんな作風になるのか。


ヒューーー、ドーン、パラパラパラ


この世界に生を受けるところから始まる。


ドーン、ドーン、バーン、バーン


成長し、少年から青年へ。


ドーン、バーン、ドーン


中年から老年。そして、


パラパラパラ


人生が終わる。


最後には、『柳』という、ー枝の垂れた柳のように見える花火が幾度も重なって、それはまるで、すがすがしい晴れの日に家族全員に見守られながら息を引き取る老人の姿を連想させた。


こんなにも鮮明に一人の人間の生涯を表すことができるなんて……俺は恍惚としていた。

ふと横を見ると、日代さんも目を輝かせていた。






「それでは、皆様、今回この様な素晴らしい花火を作ってくださった花火師の皆さんに、感謝の意を示しましょう」


 ピカピカピカッ!


司会の人がそうアナウンスした後、観客席にいる人達が一斉にスマホを頭の上で振り始めた。

俺も賞賛を込めてスマホを左右に大きく振った。すると、

ドーン、パラパラパラ!


と、花火師たちが一発の大きな花火でもって返答した。

その後、誰かの拍手が周りの人々に伝達し、壮大な拍手喝采の嵐が巻き起こった。



「それでは花火大会を終了します。皆様お帰りの際はお気をつけください」


「じゃあ、帰ろうか」


「そうだね」




 帰りの電車はというと、やはり混んでいた。といっても、来た時と同じようなものだった。

電車を降りた後、駅前で少し立ち話をした。


「花火、とっても綺麗だったね」


「そうだね。あのラストの部分は感動した!」


「うん。花火であんなにも上手く表現出来るなんてホントに凄いよね」


「そうそう」


俺は話で盛り上がって、かなり気分が高揚していた。


「古暮くん」

「また来ようね」


日代さんは薄く微笑んだ。


「うん! もちろんだよ。また来よう」


俺がそう応えると、日代さんはにこりと笑った。




 その後はあまり会話をせず、並んで黙々と歩いた。会話が途切れて気まずいかと思ったが、決してそんなことはなく、ふたりの足音が重なっていることに安らぎを感じた。



「ここまででいいよ」

「そう?」

「うん。すぐ近くだから」


俺は日代さんと向かい合った。街灯が照らしているが、その表情をはっきりと捉えることは叶わない。


「今日はありがとね」

「いえいえ、お礼を言うのはこっちの方だよ。誘ってくれてありがとう」


俺は静かに応えた。一日がこんなに早く終わってしまうとは……。


「じゃあ、また学校で」

「うん」

「バイバイ」



彼女は軽く手を振ると、路地の中に消えていった。

俺はその姿が消えたのを確認すると、はあと間延びした息をもらした。


空を見上げると、数え切れない程の星が一面に広がっていた。

さっき見た華美な花火の輝きとは違って、穏やかで今にも消え入りそうな光だ。



その星の中に、一つだけキラキラと輝く星を見つけた。


それと同時に、普段とは違う日代さんの身なりや表情が思い浮かんだ。


華やかな浴衣姿。たこ焼きを食べる一連の動作。薄紅色の麗しい唇。


学校で会う時とは違って、時折見せる上品さが非常に魅力的で、俺はその度に心を揺さぶられた。




俺は星空を見ながら、今日の出来事をずっと忘れないと心に刻み込んだ。





生憎私は花火大会に行ったことが無いので、想像で書きました。

こんな青春時代を過ごしたかったなあ。


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