表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
文学少年の恋物語 〜令和版源氏物語〜  作者: AYASAM
1年生1学期
PR
27/117

放課後デート

初放課後デート会です。

 6月10日の金曜日。

帰りのホームルームが終わるやいなや、俺はすぐさま勉強道具を片付けて立ち上がった。

珍しいことに、今日の放課後は予定が入っている。

隣の琴吹さんに部活を休むことを伝えて挨拶を交わし、席を立つ。

続々と教室を出るクラスメイトに続き、教室の出口へと差し掛かる。

そのとき、今日の放課後を共に過ごす相手である女子ーー日代さんと目が合った。

彼女は無言でにこりと笑う。

「また後でね」ーーそう伝えてきていることを察し、俺は会釈で了承を示す。

会話を交わすことなく、学校をあとにした。


===

 事は数日前の夜に遡る。

自室にて宿題をやり終えるかといったところで、一通のラインが来た。


「古暮くんって甘いもの好き?」


体育祭でさらなる人脈を得ることができた俺だが、一体誰からだろうと多少期待を膨らませながらラインを立ち上げる。

メッセージの送信主を見ると、なんと日代さんだった。

彼女とは体育祭で互いの健闘を軽く称え合った程度で、そのほかには事務的なやりとりを少々交わしただけ。学校に関係ない話をするのはこれが初めてだ。

俺は勉強の手を止めてチャットを送る。


「好きだよ」


すると、すぐに既読が付いて返信がある。


「今お電話してもいいかな?」


なんと、日代さんの生の声が聞けるというのか。緊張してきた。

しかし、ライン通話はすでに経験済み。臆することはない。


「いいよ」


そう返すや否や電話がかかってきた。通話ボタンを押してスマホを耳に当てる。


「あ、古暮くん?」

「うん。こんばんは、日代さん」

「こんばんは。急にごめんね」

「いやー、全然。宿題はもう終わったし」


実際宿題はあと少し残っているが、それほど時間はかからないので、大丈夫だ。


「そっか。ならーー古暮くんってスイーツの中では何が好き?」


スイーツーー言葉の意味からするといろんなお菓子が当てはまるわけだが、その中で一番好きなものはなんだろうか。今一度振り返ってみる。

一番食べているものは……アイスだろうか。その他には菓子パンが頻度としては多いわけだが、順当に答えよう。


「アイスかな」

「おー、いいね。私も好き」


日代さんも同意見らしい。アイスはたいていの人が好んで食べているだろうから、この返答は正解だろう。


「特に好きなアイスってある?」


そう聞かれたので、最近よく食べるアイスを思い出してみる。最近はハピコやクールフリッシュといった、ちまちま吸う系のアイスにハマっている。


「格別好きとかはないけど、最近はハピコとかよく食べてるよ」

「あー、王道だね。味も色々あるし、友達とシェアできるのがポイント高いよね」

「わかるわかる」


一昔前は真っ二つに折るアイスがあったが、今はハピコが一強だ。他のメーカーが取って代わることはないだろう。


「クレープ系のアイスって好き?」

「うん。毎日は食べないけど、たまに無性に食べたくなるんだよね」

「あーめっちゃわかるー」


クレープのアイスは外装を破らなきゃいけないから多少面倒ではあるが、その面倒さを乗り越えた先の味はたまらないのだ。思い出したら食べたくなってきた。


「古暮くんはどの味が好きとかある?」


バニラ、チョコはもちろん、抹茶もいい。


「普通にバニラとかチョコもいいし、最近は抹茶をよく食べてる」

「あー私も抹茶好きだな。甘くて渋いっていうのがいいよね」

「そうそう。絶妙なバランスだと最高だよね」


まさか同士がいるとは思わず、テンションの高い返事をしてしまった。抹茶好きはなかなかお目にかかれないため、これは仕方がない。


「思わぬ共通点だね。仲良くなれそう」


日代さんの言葉に「同感です」と返す。人脈を得るチャンスかもしれない。


「古暮くんは食べ歩きとかするの?」


次なる質問が飛んできた。ここは正直に応える。


「休日に外食することはあるけど、食べ歩きはしてないな」

「そっか。私さ、結構食べ歩き好きなんだよね」

「じゃあ、スイーツのお店には詳しいんだね?」

「うん。ものすごく自信あるよ」


大きく頷く日代さん。どうやら、かなりの玄人のようだ。


「どこかおすすめの店ってある?」


すると、有名なグルメサイトのURLが送られてきた。


「今URL送ったお店さ、つい最近LUCUA(ルクア)内にできたんだけど、知ってるかな?」


LUCUAは愛野駅前にある大型ショッピングモールだ。通学路だったら通りがけに見かけるかもしれないが、あいにく家から距離があるため、用事がないと行かない。

モール内の主要スポットは把握しているが、飲食エリアには最近あまり足を運ばない。よって新しい店など知りようがない。


「初耳」

「そっか。私、まだこのお店に行ってないんだけど、友達がめっちゃ良いって言ってて」


URLをタップして店を確認する。

店名はAmour(アムール)Douceur(ドゥスール)Accueil(アクイユ)という。

内装はおしゃれで落ち着いた雰囲気。メニューも豊富で、洋菓子全般を扱っているようだ。

レビューは☆4.2で、件数は5件。まだ少ないが、概ね好評らしい。


「もし良かったら今度一緒に行ってみない?」


なんとお誘いが来てしまった。断る理由は皆無だ。


「いいよ」

「ほんと?」

「うん。写真のクレープがすごく美味しそうだ」

「だよね。本格的な感じ」


お店のホームページの写真についてあれこれ語りつつ、具体的な予定を詰めていく。


「えと、金曜の放課後って空いてる?」

「空いてる」

「良かった。じゃあその時でいいかな?」


いいよと返事をする。金曜日も部活に行ってはいるが、本来の活動は月木なので休んでも問題ないと先輩は言っていたので大丈夫だ。一応言伝てはしておくか。


「ありがとう。じゃあまた学校で」

「うん。またね」


===


日代さんとのやりとりを回想しながら家に到着した。

玄関を開け「ただいま」と挨拶すると、明里が「おかえり」と出迎えてくれた。

彼女は部活動に入っていないので、たいていは先に帰っていることが多いのだ。


「今から出かけてくるから」

「はい。夕食は作っておきます」


明里が笑顔を見せる。いつもは俺が夕食を作っているのだが、今日は任せることにした。

妹が料理してくれるというのは本当に助かる。もしできないとなると、作ってから行かなくてはならないからな。


「頼む」


俺はそう言い残し、階段を上がって自室へ向かう。

スマホでラインのチャット履歴から、集合時間と場所を再確認する。


時間は17時。場所はLUCUAの北西入口前。


今はちょうど16時半なので、集合時間まで30分ある。

LUCUAまで十数分かかるので、もたもたしている暇はないな。


部屋のクローゼットを開き、今日着ていく服を取り出す。

日代さんからもらった情報から考えて、今回はおとなしめの服で行くのが良い。

服を買いに行く時間はなかったので、今持っているもので何とか構築するしかない。

一応事前調べでどんな服装が良いかをインプットしてはいる。

派手なものやぼろぼろなものを避けて、色は薄いものが良いとのことだ。

俺は派手な服は持っていないが、ジャージや運動服はたくさん持っている。これらは今回不採用だ。


半袖白Tシャツと濃い茶色のパンツがあったので、これらを着る。

そしてさらに父のクローゼットから拝借した黒の長袖テーラードジャケットを羽織る。

持ち物はスマホ、ハンカチ・ティッシュ、それに絆創膏ぐらいか。

全部ジャケットのポケットに入るので、カバンは持たなくても大丈夫だろう。


準備完了。鏡を見る分には完璧なのだが、最終確認が必要だ。

自室を出て、リビングに行く。明里はエプロンを着て夕食の準備をしていた。


「明里、俺の格好変じゃないか?」

「大丈夫です。とても良いと思います」

「そうか。なら安心した」


俺はふうと一息吐く。これで身支度は万全だ。


「それじゃ行ってくる」

「はい。いってらっしゃい」


俺はリビングを出て、家をあとにした。


LUCUAの西口は、夕方の買い物客で賑わっていた。

地下の駐輪場に自転車を止めて時計を見ると、時刻は16:50。ちょうどいい時間だ。

地上に出て入口の周囲を見渡していると、早足で近づいてくる日代さんの姿が見えた。


「ごめん古暮くん、待った?」

「いや、ちょうど今来たところだよ」


そう返し、息を整える彼女の全身を観察する。

淡いベージュのブラウスに、紺色のスカートという落ち着いたコーデ。思わずハッとしてしまう。

制服姿しか知らなかったが、これは非常に貴重だ。この光景を目に焼き付けておく。


「すごく似合ってるね、その服」


思ったままを口にすると、日代さんはぱっと表情を緩めた。


「ありがとう。古暮くんも、なんか大人っぽいね。ジャケット似合ってる」


褒め返される。明里に言われるのとは違って、妙にくすぐったく感じる。


「じゃあ、行こうか」

「うん」


軽く会釈を交わし、二人並んで歩き出す。


LUCUAの入口を抜け、レストランやカフェが集まるエリアへ向かって進んでいく。

平日のこの時間はほとんど来たことがなかったので、とても新鮮だ。

人々の雰囲気はどこかゆとりがある。一週間が終わって明日は休みだからか。


LUCUA自体には週末に来ることが多いが、一階の食事エリアにはあまり足を運ぶ機会がない。たいていは4階のフードコートで済んでしまうからだ。

なので、事前にルートを調査しておいた。道は思ったより複雑ではなく、無事迷うことなく目的の場所へと到達することができた。


「あ、ここだね」


ガラス張りの外観が目を引く店が現れた。

扉の上には、洒落た筆記体でAmour(アムール)Douceur(ドゥスール)Accueil(アクイユ)と書かれている。


「名前が高級感あるよね」


フランス語で愛と優しさのおもてなし。あるいは愛情と甘みでお迎えといった意味だ。

洋菓子店にぴったりの名前と言える。


「うん。でも友達曰く、雰囲気は落ち着いてて入りやすいんだって」


ドアを開けると、鼻腔を甘い香りが通り抜ける。

そして店内に入ると、柔らかい照明と木目のインテリアが迎えてくれた。

壁にはフレーム入りの小さな写真や雑貨が飾られ、どこか温かみがある。

奥のカウンターの上には、色とりどりのクレープやケーキの写真が並び、甘い香りが漂っていた。


「いらっしゃいませ。何名様ですか?」

「二人です」

「承知しました。ニ名様、席へご案内いたします」


執事風の服を着た若い男性の店員の後に続いて進む。客は二組しかいなく、席は空いていた。

俺たちは窓際の二人掛けのテーブルに腰を下ろす。

テーブルクロスは清潔な白。外からの光が柔らかく差し込み、落ち着く雰囲気だ。


「なんか……想像以上におしゃれだ」

「うん。カフェっていうより、ちょっとヨーロッパの食堂みたいな感じ」


互いに視線を巡らせ、内装やインテリアを観察する。なんだか別世界に来てしまったかのようだ。

ひとしきり観察してから、手元のメニューを視界に捉える。

少し厚みのあるA4サイズのメニューが置かれていた。

表紙はマット加工された淡いベージュ色に、金の箔押しで店名が刻まれている。

丁寧に開いたところで、


「失礼いたします。お冷でございます」


さっきの店員さんがやってきて、お水をそっとおいてくれる。


「本日のおすすめは桃苺クレープです。こちらになります」


店員さんがメニューの一部を手のひらで示したので、目を通す。


===

桃苺クレープ ~ベリーソースとバニラの調べ~ ¥850(税込)

===


事前に調べた情報にはなかったので、期間限定メニューなのだろうか。

本格的なフランスのスイーツといった感じ。写真からでも甘酸っぱさが立ち上がる。気づけば唾を飲み込んでいた。


「ご注文はQRコード、口頭どちらにも対応しております。お呼び出しはそちらの呼び出しボタンを押してください」


壁際のテーブルの端の方に、黒い楕円形の押しボタンが置かれている。近くにはQRコードの貼られたアクリルスタンドが置かれていた。


「ごゆっくりどうぞ」


店員さんは一礼し、カウンター席の方に戻っていく。それを見送って、再びメニューを見る。

写真は一枚一枚が光沢紙のように鮮やかで、苺の赤や抹茶の緑が目に飛び込んでくる。

文字は手書き風のフォントで柔らかい雰囲気を出しつつ、日本語と英語が併記されていて海外のカフェ感がある。


洋菓子のカテゴリーが複数あるなか、クレープのページだけでも十種類以上用意されている。

「苺ミルフィーユ」「バナナチョコ」「抹茶カスタード」「レモンチーズケーキ」「アールグレイクリーム」など、甘党の心を直撃するであろう名前が並んでいる。

価格帯はだいたい一つ800円から1,050円。ドリンクセットにすると1,200円前後で、学生の財布にも手が届く絶妙なラインだ。


「うわ、迷うなこれ…」

「ねえ古暮くん」

「うん?」

「それぞれ違うものを頼んで、シェアしない?」


日代さんがそう聞いてくる。

せっかく初めて来たのだから、いろいろな味を楽しみたいか。


「ああ、いいよ」

「やった」


彼女の顔がぱっと華やいだ。俺も微笑みかえす。

それからしばし悩んだ末、俺は桃苺クレープ 、日代さんは柑橘クレープを選んだ。どちらもアイスティーのドリンクセットだ。

俺が2人分の注文をQRコードでささっと済ませる。


「注文完了しました」

「ありがとー。楽しみ」


日代さんは期待を膨らませるような表情を見せた。



「失礼いたします。アイスティーでございます」


 注文から程なくして飲み物が来る。どちらも同じものを頼んだので、店員さんは迷うことなくアイスティーをサーブしてくれる。


喉は渇いていないが、一口飲んでみる。

独特の酸味……レモンっぽいけど違うか。アールグレイという種類らしいが、なんだか大人の味って感じだ。後味は意外とさっぱりしてて好きかもしれない。

向かいの日代さんはというと、感心したような顔をしている。味は良い方なのだろうか。


ドリンクのレビューもほどほどに、ここからは雑談タイムだ。さて、何を話したものか……そうだ、それぞれの出身中学の話でもしてみるか。


「そういえば日代さんは北東中出身だったよね」

「うん」

「優等生だ」


北東中は県でも屈指の進学校だ。一番ではないかもしれないが、かなり上位の方だと認識している。


「あはは。優等生ってほどでもないよ」

「少なくとも北中よりはいいんじゃないかな?」


俺の出身中学校である北中はそれほど頭は良くない。県では中の上といったところだろう。


「そうなのかな?」

「おそらくね。だって俺、同級生で一人も知り合いいないし……」


入学当初は苦労させられた。いや、いまでも人脈の少なさには苦労しているところだな。


「北東中からは何人北高に入ったの?」

「正確にはわからないけど、半分近くは入ってるから、60人ぐらいかな」

「え、そんなに?」


これは驚きを隠し得ない。まさかクラスの半分が北高に入っていたとは。羨ましい。


「じゃあ、学力の差がはっきりしたじゃん」

「そうかなー」


日代さんが頭を捻りつつも頷く。進学先で比較することで、学力の差を間接的に示すことができたのではないか。


「まあ学力は高いかもしれないけど、部活動の大きな実績ってほとんどないし」


日代さんが姿勢を少し崩しながら言う。言われてみれば確かに、北東中は部活動で実績を上げたというのは聞いたことがないな。勉強に力を入れているため、部活動はそれなりといったところだろうか。


「その点、北中は実績あるよね。運動部も文化部も」

「そうだね。全国常連の部活もいくつかある」


学力がほどほどな分、うちの学校は部活動に力を入れている節がある。

運動部はほぼすべてがガチ勢だったし、吹奏楽を筆頭に文化部も優秀な成績を収めることが多かった。


「確か吹奏楽部、有名じゃない? いっつも全国金賞だよね」

「そうそう。人数もいっぱいいるし」


北中の吹奏楽部は全国でトップレベルといっても過言ではない。


「三年連続で全国出場して、いずれも金賞を取ってる」

「え、すごい! っていうか古暮くん、なんか誇らしげだね?」


日代さんが興味深そうな表情をする。彼女の言う通りで、誇らしいのには理由がある。


「俺の父、音楽家なんだけど、毎年コンクールの時期は北中で指導してるんだ」

「へえ! お父さんがコーチしてるってこと?」

「うん。臨時だけどね」

「臨時? ……顧問の先生とは別?」

「うん。先生じゃないよ。ボランティアでやってるから」


俺は日代さんに丁寧に説明する。

父は音楽家。詳しく言えばサクソフォン奏者で、有名なジャズバンドに所属している。

北中には知り合いのツテがあったので、無報酬で生徒に指導をしているのだ。

お金をもらった方が良いのではと思ったが、音楽を広める活動の一環なのだから無償で良いのだという。本業はジャズバンドなので、それに影響しないよう日程調整しているみたいだ。


「ふーん。三年連続って、古暮くんのお父さんすごすぎない?」

「うん」


ついニヤけてしまう。父が褒められたことが素直に嬉しい。


「そうなんだー。じゃあ古暮くんも楽器とか習ってるの?」

「うん、ピアノを習ってた」


他にも多くの楽器を弾けるが、ここでは良いだろう。


「いいねーピアノ!」


日代さんが目を輝かせる。


「私、楽器は全然だから、尊敬するなー」


少し前のめりになって褒めてくる。顔が近くなったので、少し照れて視線をそらしてしまう。


「音楽はいつでもどこでも誰でもできるから、おすすめだよ」


音楽を布教してみる。父の意思を継いでというわけではなく、純粋に音楽は楽しいという理由からだ。


「うーん。そうだね。趣味の一つにするのはいいかも」

「ぜひ」

「じゃあちょっと調べてみる」


日代さんはふっと笑みを浮かべる。どうやら興味を持ってくれたようだ。

あまりガツガツ勧誘するのも良くないので、これくらいにとどめておこう。



「おまたせいたしました。こちらが桃苺クレープ ~ベリーソースとバニラの調べ~でございます」


 ちょうど話が切れたタイミングで料理が運ばれてきた。俺が「はい」と返事をすると、店員さんが慣れた動作で料理、それからフォーク類を置いてくれた。


「こちらが柑橘クレープ ~オレンジソースとヨーグルトの調べ~でございます」


今度は日代さんが返事をして、彼女の目の前に料理が置かれる。


「ごゆっくりどうぞ」


店員さんが一礼して去っていくのを見送って、目の前に置かれたお皿に注目する。


左側にふんわりロール状に巻かれた長いクレープ。その上には白桃が三切れ、きれいに乗せられている。

その右側の中央部には白いバニラアイスがあり、それを隔てて深紅のベリーソースが模様を作っている。

写真ではイマイチ立体感が掴めなかったが、実物はまるで一流の絵画のように洗練されている。


「……なんか、すごいな」


俺の反応に対して日代さんがくすっと笑う。


「だね」


彼女の料理も俺のものと構成は同じだ。

ロール状のクレープの上に、オレンジが三切れ乗っている。

その横に白色のアイスが置かれ、橙色のソースが上下に広がっている。


「写真撮ろー」


日代さんはすかさずスマホを取り出し、料理にカメラを向ける。

それにつられてというわけではないが、俺もスマホを取り出し、カメラを起動する。


「よしっ」


日代さんはそう言って、スマホをしまった。俺も不慣れながら何度か撮影を試み、できの良い画像を確認してスマホをポケットにしまう。


「じゃあ食べよっか」

「うん……えっと、シェアはどうすればいい?」


俺は返事をしつつ、日代さんに問いかける。クレープはロール状なので端っこを輪切りにして渡すとかだろうか。お皿はソースで一面埋まっていて空白の部分がないため、空きスペースを活用するという方法を取ることができない。一応、フォークの下に敷かれていた白紙を使えないこともないが、何せ薄いため机を汚してしまいそうだ。


「最初の一口だけ相手のものを食べるのはどうかな?」


その提案を検討してみる。

最初の一口目を日代さんに食べてもらい、以降は自分が食べるということか。

これならば衛生上は問題ない。しかし、一口のサイズによっては量的に損する可能性はある。

とはいえ彼女の口の大きさからして、そんなに大食らいということはないだろう。店の雰囲気的にもガツガツ食べるというのは控えざるを得ない。


「そうしよう」

「じゃあ、お皿を交換して、クレープの端っこの方を食べて返却するって感じでいいかな?」


日代さんが身振り手振りで説明してくれる。わかりやすい説明ですぐに理解できた。


「うん。わかった」


そう返事をして、目の前のお皿を交換する。なかなか変則的ではあるが、人と食事をシェアする機会などほとんどなかったため、なんだかワクワクしてきた。


「ありがとう。じゃあ……」


日代さんはお皿を受け取ると、クレープの長い端をフォークで押さえて、短い方にナイフを入れる。

切られたのは約1センチほど。一口サイズが控えめでよかった。

俺も見よう見まねでクレープを切り分ける。彼女よりも少し厚く切ってしまった。


「いただきます」


そう挨拶をして、日代さんはクレープを頬張る。

その様子を伺いつつ、自分も橙色のソースのかかったクレープを口に入れる。


するとまずはクレープ生地のやわらかく、もっちりした食感が舌に触れ、ほんのりした甘みが広がった。

そしてすぐに、中に隠れていたグレープフルーツと思しき果実のみずみずしい果汁がじゅわっと弾け、爽やかな酸味とほのかな苦みで満たされる。

咀嚼を終えて飲み込むと、かすかに香る柑橘の皮の香りが鼻に抜ける。橙色のソースはやはりオレンジがベースのようだ。


「うーん」


普段口にすることのない味わいに、唸り声を上げる。すると目の前の日代さんも似たような声を上げ、その表情を緩ませていた。


「はあ、美味しい。ありがとね」

「こちらこそ」


お礼を言って、お皿を交換する。そして各々の料理を楽しむことにする。


再度フォークを手に取り、そっと桃を刺す。冷たい果肉から、甘い香りがふわっと立ち上った。

口に入れると、柔らかくほどけるような舌触りと、上品な甘みが広がる。

次はバニラアイスをスプーンで一口。とても濃厚な味だ。冷たさと甘さが一気に押し寄せ、舌を楽しませてくれる。


「うまい」


思わず声が漏れる。日代さんはというと、クレープを幸せそうに噛み締めていた。


それではいよいよ本命のクレープだ。

端の方を見ると、赤い果実が見えた。おそらく苺だろう。

ナイフで切り分けて一口頬張ると、苺の酸味がベリーソースの甘酸っぱさと重なり、生地のもっちり感と一緒に舌の上で溶けていく。

これは間違いなく絶品だ。このお店は大当たりだ。


「これまで生きてきた中で、一番美味しいクレープだ」

「私も」


俺の答えに、日代さんは楽しそうに笑った。



 カフェの静かな空気の中で、甘さと酸味のバランスが絶妙なクレープを、俺たちはゆっくり堪能した。皿の上のクレープが少しずつ減っていき、気づけば料理を平らげていた。


味を楽しむのに夢中で話をする暇もなかったわけだが、「そういえば」と日代さんに話を振られる。食後の雑談タイムに突入だ。


「古暮くんって中学校でサッカー部だよね?」


俺は目を見開く。そしてすぐさま一つの疑念を抱いた。

俺がサッカー部だったことを一部の人にしか伝えていない。ライトや奏くらいだろうか。

女子と言えば春百にしか伝えていないわけだが、まさかそこから情報を仕入れたということだろうか。

日代さんはたくさんの生徒たちと交流しているようなので、可能性としてはゼロではない。


「背番号10番、MF(ミッドフィールダー)だったよね?」


学校・背番号・ポジションすべて完璧に当てられてしまった。

俺は驚きを隠せず、思わず問い返す。


「え、よく知ってるね? ……もしかして試合どこかで見てた?」


ここまで詳しいとなると、俺が大会に出場しているのを見たとしか予測しようがない。

まさか超能力者なんてことはあるまいな。


「うん。私、2つ年下の弟がいるんだけど、北東中でサッカーやってて。去年の中総体で弟はベンチ入りしてなかったんだけど、応援しに行くっていうから、私も気まぐれで付いて行ったんだよね」


日代さんの弟もサッカー少年だったとは。


「そっか。それで偶然、俺の試合を見てたわけだね?」

「そうそう。きれいなヘディングだったなー」

「あはは。あれは運が良かっただけだよ」


地区大会の準決勝、俺は強豪校相手にコーナーキックからヘディングで一点を勝ち取り、勝利することができた。そのことを褒められてしまい、顔が少し熱くなる。


「プレイも冴えてたじゃん。私の弟も同じポジション……うーん、何ていうんだっけ? ボ……」

「ボランチ?」


MFの真ん中(たいていは二人)の選手のことをボランチという。完全にサッカー用語なので、素人が記憶するには厳しいかもしれない。


「あ、そうそう。ボランチをやってるんだけど、切り替えが速いとか、守備が上手とかって褒めてたよ」

「そっか。それは嬉しいな」


サッカーの攻撃は華があり、守備は泥臭い。

俺たちのチームが特に鍛えたのは守備だったので、そこを他人から評価されるというのはとても喜ばしいことだ。


「私も見ててさ、古暮くん、どの選手よりも走り回って指示を出してて、すごくかっこよかったよ」

「……ありがとう」


真正面から褒められるとは思わなかった。

頬が熱くなるのを感じ、俺は顔をそらす。こんなの照れない方が無理ってものだ。


「決勝は惜しかったね。何回かゴールしそうな場面があったと思うけど」

「うん。相手も守備が上手くて、攻撃の差で負けたって感じだね」


決勝戦は0-1で対戦相手の勝利だった。どちらも守備は相当なレベルで、ずっと硬直状態が続き、最後の方でスタミナ切れのところを攻撃されて敗北してしまった。


「どっちが勝ってもおかしくなかったと思うよ」

「ははは」


俺も他の皆も本気でやってはいたが、疲労が溜まってくると冷静な判断ができなくなってくるからな。

スタミナの差が勝負の差といったところだろう。


「そういえば古暮くん、高校では文芸部に入ったんだね」

「うん」


日代さんが話題を変えてくる。いつまでも昔の話をされるのは恥ずかしいやら悔しいやらなので、ちょうどいい。


「サッカーを続けたいとは思わなかったの?」

「もちろん考えたけど、他の事をやってみたいっていう気持ちが強かった」

「文学を学びたい的な?」

「そうだね。中学のとき、サッカーの傍ら、漫画やライトノベルを読み始めたんだけど、もっといろんな本を読んでみたいなと思って」


正直なところ、中学一年の頃は本を読む機会はあまりなかったが、二年に上がってから新しい友だちができてサブカルにハマってしまった。自分からサブカルの世界に踏み込んだのではなく、他の人に毒されて、もとい勧誘されてオタク道の門をくぐったのだ。


「ふーん。それで」

「うん」

「どんな活動してるの?」

「たいていは読書してるけど、毎月読書会があるし、不定期だけど詩とか俳句の発表会がある」

「へえ。いろいろあるんだね」


日代さんは感心の声を漏らしながらコクコク頷く。


「なんか肩凝りそう。ずっと座り作業でしょ?」

「うん。たまに立ちながら読書してる」


いつもは教室の指定席に腰掛けているが、たまに気分を変えて窓際に行ってみたりとか、教室の後ろの方で突っ立って本を読んだり。他の部員がいないときにこっそり試してみてはいる。


「はは」

「運動しなくなった分、プライベートで運動する機会を増やしてるし」


そう言うと、日代さんは「さすが」と目を見開く。


「まあそれでも多少は体力落ちたけど。体育祭で不甲斐ない結果を残しちゃったし」

「ふっ、まだ引きずってるんだ」


日代さんが苦笑いで応える。この発言はあまりよろしくなかったかもしれない。


「来年悲惨な結果を残さないように、運動は続けていくつもりだよ」

「えらい。来年も同じクラスかどうかわかんないけど、お互いがんばろー」

「うん」


話が一段落する。今度は日代さんについて聞いていこう。


「えっと、日代さんはバレーボール部だよね?」

「そうだよ」

「バレーは高校から始めたの?」

「ううん、中学から」

「じゃあ四年目か。すごいね」

「そんな褒められる程のことでもないよ」

「いやいや。俺、結構飽き性なところがあるから、それだけ続けられるのはすごいことだよ」


そう褒めると、 日代さんは唸りつつも肯定した。


「私も飽きっぽいところあるけど、バレーは珍しく長く楽しめてる方かも」


日代さんも俺と似たような性格の持ち主ということか。どこか親近感が湧いてくる。


「日代さんはどこのポジションやってるの?」


バレーボールはサッカーと同じで団体競技だ。前3人・後ろ3人いて、それぞれ役割があるわけだが、果たして彼女はどこのポジションなのだろうか。イメージ的には華やかなスパイカーだ。


「私はウィングスパイカーだよ」


予想が当たった。観客から一番注目を浴びるポジションだと思うので、日代さんにはピッタリなのではないか。一応ポジションについて確認してみる。


「点を取るポジションだよね?」


そう問うと、 日代さんはうなずいた。


「得点を取るのが主な役割だけど、レシーブにも参加するから、攻守どっちもやらなきゃいけないんだよね」


バレーボールはローテーションがあるのが厄介なところだ。

ポジション固定できれば良いのだが、戦略の幅を広げるというところだろうか。

ルールに関してはあまり良くわかっていないので、あまり考えても意味はないか。


「そういえば高総体には参加したの?」

「うん。先週県大会があったよ」

「日代さんは試合に出たの?」


運動神経がいいのは周知の通りだし、何せ経験者だ。レギュラー入りしても全然おかしくはないだろう。


「うん。何試合か出たよ。レギュラーではなかったけどね」

「ええ、すごい!」


県大会出場レベルともなると、さすがにハイレベルなんだろうな。一年生がレギュラー入りするというのはなかなか難易度が高いか。


「それで、戦績は……?」

「三回戦で負けました」


日代さんは肩を落としながら答える。 県大会ということは地区大会は突破しているだろうし、三回戦ってそこそこいいところまで行っているので、相当強い部類に入るのではないか。


「県大会で二回勝つって結構優秀だと思うんだけど、満足してない感じ?」

「そうだねー。あんまり活躍できなかったから」


日代さんは顔を下に向ける。補欠として試合に出ているだけで十分貢献できているのはないか。


「来年成果を上げればいいんじゃないかな?」

「……うん。もっと練習頑張る」


日代さんはニコッと笑い、


「よかったら次の高総体、見に来てくれないかな?」


と聞いてくる。俺は少し考えて「予定がなければ」と頷いた。



 その後も、甘い香りが残る店内でゆるい雑談を交わしていき、ふと進路の話題が挙がった。

将来何をしたいかという問いに、日代さんははっきりした答えを持っていなかった。


日代さんは、子どものころから母親が製菓会社で働いており、家には試作品の焼き菓子やチョコが並ぶ日常だという。スイーツの食べ歩きをしているのは母親の影響が大きいらしい。

そのため、将来はその延長線上にある仕事を選ぶのも悪くないと考えを述べてくれた。


俺も父が音楽家で、小さい頃からピアノをはじめとし、様々な楽器に触れてきた。

となれば必然、音楽家を目指すという選択肢が浮かぶわけだが、他の道を模索しているため保留している。振り返ってみると、自分の境遇は日代さんとかなり近いと感じた。


入学時点で進路が決まっているのが大多数のなか、彼女は数少ない同士だ。

これから仲良くしていけそう——そんな予感が、自然と湧き上がっているのを実感した。


「そろそろ行こっか」


 スマホをちらりと確認して、日代さんが呟いた。俺は頷いて席を立った。


「会計は俺が済ませるね」

「え、割り勘で——」

「こんな良いお店に誘ってくれたお礼だよ」


そう言って伝票を受け取り、レジへ向かう。背後で「ありがと」と少し照れたような声が聞こえた。


「ありがとうございました。またお待ちしております」


店員の挨拶を受けながら、店の外へ出る。解散場所である西口の方へ、二人並んで歩いていく。

お腹がほどよく膨れ、遅い時間帯。えも言われぬ心地の良さに、言葉少なに進んでいく。


「あの、今日はありがとう」


お礼の言葉を述べると、日代さんはこちらに顔を向けて笑みを見せた。


「こちらこそ、誘いを受けてくれてありがとう」


満足げな表情の彼女に、俺は笑顔を向ける。お店が大当たりだったというのも良かったし、雑談の雰囲気も非常に良かったと思う。

放課後デートというのは人生で初めてだが、こんな大当たりを引いてしまってよいのだろうか。俺の運は普通よりちょっと良いくらいの認識でいたが……。


「古暮くん、帰りは歩き?」


日代さんが聞いてきたので、俺は自転車だと返す。


「日代さんは?」

「私は車。父が迎えに来てくれる」

「そっか」


ならば家の前まで送っていく必要はないか。もう少し一緒にいたかったが、仕方ない。


そして間もなく、西口へやってくる。自動ドアをくぐり抜けると、日代さんが「あっ」と小さな声を上げた。


「あれ、私の父の車」


彼女が示す先には、黒のミニバンが止まっていた。


「じゃ古暮くん、また来週」

「うん、気をつけて」


助手席側のドアを開ける前に、彼女は一度こちらを振り返り、柔らかく笑った。

そして車が走り去っていく。その影が見えなくなるまで、俺はその場に佇んでいた。

地下の駐輪場で自転車を回収し、LUCUAを後にする。



 家に帰り、明里が作ってくれた簡単な夕食を軽く済ませる。

食後、風呂に入って部屋へ戻ると、机の上に置いていたスマホが小さく震えた。見ると、日代さんからのラインが来ていた。


「今日はありがとう、すごく楽しかった!」


思わず口元が緩む。すぐに返信を打つ。


「こちらこそ。誘ってくれてありがとう」


数秒もしないうちに既読がつき、返事が来る。


「お店も当たりだったね」

「店も雰囲気良かったし、クレープも最高だったよ」

「うんうん。いろいろ話もできたし」

「だね。進路迷い中の仲間を見つけられた」


『同士よ!』ーー送られてきたシロクマのスタンプに笑う。


「なんか、古暮くんと話してると落ち着くなー」


不意打ちのようなメッセージに、一瞬指が止まる。どう返事をしたら良いのか少し迷いつつ、オウム返しすることにした。


「俺も日代さんと話してるとめっちゃ落ち着く」


メッセージを送信すると、すぐに既読がつく。即返信があるかと思ったが、なかったので少し待ってみる。


「古暮くんもそう思ってくれてたんだ。嬉しいな」

「俺も」


またしてもオウム返しをする。小っ恥ずかしくて気の利いた文章を考えられないので仕方がない。


「また今度お出かけしようね。近いうちに」


日代さんが前向きな姿勢であるのは、とても嬉しい。社交辞令の可能性は……あまり高くない気がする。


「次は違う味も試してみたい。抹茶とか」

「ふふ、渋いねー」

「マイブームだから」

「そっか。じゃあ、抹茶味のスイーツのお店、ピックアップしてみるね」

「お願いします」


丁寧にお願いする。日代さん厳選のお店とは楽しみだ。そう外れることはないだろう。


「じゃあ、また学校で」

「うん、また」


スマホの電源を落とし、ベッドに横たわる。

おしゃれな店と豪華な一品。甘みと酸味。彼女の笑顔を思い返す。

非常に心地よい余韻を残し、俺は眠りについた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ