王雲祭一日目 午後 パート1
学食の購買で昼食を済ませ、約束のPC室前へ向かう。
廊下には文化祭を楽しむ生徒や来場者が行き交っている。
クラスの出し物の呼び込み。
部活動の展示案内。
校内放送。
学校全体がお祭りの空気に包まれていた。
スマホで時刻を確認ーー12時55分だ。
少し早かったかもしれない。
飾りのない壁にもたれながら待っていると、
「やっほー」
聞き慣れた声が飛んできた。
そちらを向くと春百が手を振りながら近づいてくる。
「おう」
「待った?」
「数分な」
「なら誤差だね」
春百は納得するように頷いた。
数秒ならまだしも、数分は誤差とは言わないだろ。
時間ちょうどだから何も言わないけど。
「英語部のシフトは終わったのか?」
「うん。ばっちり」
「お疲れ」
「和人も文芸部あったでしょ?」
「まあな」
互いに文化部であるから、多少の苦労は察すことができる。
「お客さん入ってる?」
「そこそこ」
春百が「ふーん」と頷く。
「そっちは?」
「そこそこ」
「真似をするんじゃない」
「だって本当にそんな感じだし」
その返事に思わず笑ってしまう。
一日目だし、どこも似たようなものなのだろう。
「で、プランナーさん」
春百が両手を腰に当てる。
「今日の予定は?」
「まずは脱出ゲーム」
「あー、言ってたね」
昨日連絡していたので、ここはマストだ。
「その後もう1個か2個、何かやる予定」
「考えてないの?」
「候補はいくつかあるから」
「そ。なら良し。私を楽しませてね」
なんだか上から来た。プレッシャーをかけてくるなよな。
「精進する」
「うむ」
「じゃあ行くか」
「はーい」
俺達は喧騒の中へ、二人並んで歩き出す。
春百と回れる時間は少ないので、存分に楽しむとしよう。
***
2年C組の前には、思った以上に人が集まっていた。
教室の入口から廊下にかけて列が伸びている。
「結構並んでるな」
「そうだね。人気あるんじゃない?」
春百が列の先を見ながら言う。
とはいえテーマパークほどではない。十組ほど並んでいるだけだ。
待ち時間も十分程度だろう。
「せっかくだし、その間にルール確認するか」
列の横には大型の案内ボードが複数並んで設置されていた。
---
『THE LAST LOG ――失われた王雲祭記録を復旧せよ』
参加人数 1~4人
所要時間 35-50分程度
撮影・録画・通話・通信禁止
[あらすじ]
第100回王雲祭の運営システムに重大な障害が発生。
文化祭運営関連の記録データの大半が失われた。
文化祭実行委員であるあなたは、復旧チームの一員となる。
四つのデータ保管区画を調査し、失われた記録を復旧せよ。
---
「へえ」
春百が少し身を乗り出した。
「ちゃんとストーリーあるんだ」
「臨場感あるな」
俺は説明文をもう一度読む。
失われた記録。
データ保管区画。
単語選びから、情報科学部あたりが制作していそうな雰囲気がうかがえる。
その下に、これまでの挑戦者の記録が並んでいた。
---
謎平均解読率 84.7%
部分復旧率 72.3%
完全復旧率 41.8%
最速完全復旧記録 28分34秒
挑戦者数 87組
---
「完全クリアした組が四割ってこと?」
「そうじゃね? そこそこ高いな」
県内トップクラスの進学校だ。
今日は平日ということもあり、参加している大半は北高校の生徒だろう。
となれば、これくらいの割合でもおかしくはない。
きっと明日、明後日と進むにつれ、完全クリア率は落ちることだろう。
「でも、そんなに簡単じゃなさそうな気がする」
春百が腕を組む。
「だろうな。普通より少し難しいくらいじゃないか?」
一般客、とりわけ生徒たちの家族や地域の学生向けとなると、それほど難易度を高く設定はしてないはず。
いいところ中の上くらいだろう。
「そっか。じゃあ、パーフェクト狙っていこう!」
「やる気だな」
「もちろん」
春百は自信満々だった。
その様子に思わず笑う。
確かに、難しすぎて無理という数字ではない。
集中すれば届くラインだ。
せっかく来たのだから、活躍しようじゃないか。
列はゆっくり前へ進んでいく。
待っている間にも、教室から出てきた参加者たちの声が聞こえてきた。
「惜しかったなー」
「あと一問だったのに」
「完全クリア無理だろあれ」
そんな感想がちらほら聞こえる。
春百が俺を見る。
「ますます楽しみになってきた」
「俺も」
期待を高めていると、列の先頭が見えてきた。
受付担当の生徒が参加者を案内している。
俺たちの番になると、慣れた様子で説明が始まる。
「二名参加ですね。制限時間は六十分です」
「はい」
「電子機器・カメラ等での撮影、録画、外部との通信は禁止となります」
「了解です」
「問題の内容についてSNS等への投稿もご遠慮ください。答え合わせはゴール後に行えます」
俺たちは頷く。
「途中退出は可能です。体調不良などがあれば、こちらの腕章をしたスタッフに声をかけてください」
受付担当の人が、右腕の赤い腕章を見せる。
「それでは、こちらのQRコードからエントリーしてください」
受付横のパネルに表示されたコードをスマホで読み込む。
画面が切り替わった。
---
CULTURE FESTIVAL BACKUP RECOVERY SYSTEM
データ復旧率 0%
---
ロード中のマークが表示され、まもなくして、
---
SYSTEM
文化祭運営データの一部消失を確認。
バックアップキーを復元してください。
最初の調査区画:データ保管室
---
画面が表示される。
本格的に作り込まれているようで、思わず「へえ」と唸る。
「まんまゲームじゃん」
春百も楽しそうだ。
「それではどうぞ」
受付の先輩が部屋の入口を示す。
俺はスマホを持ち直した。
「じゃあ、行くか」
「うん!」
春百が笑う。
俺たちはデータ保管室へ足を踏み入れた。
最初に目に入ったのは、壁一面に並んだ歴代王雲祭のポスターだった。
すべて透明なアクリル板で保護されている。
近くには注意書きがある。
---
『展示物保護のため触れないでください。
必要な情報は目視で取得可能です』
---
「触れないのか」
「まあ、たくさんお客が来るならそうなるよね」
春百が頷いて納得している。
そのとき、スマホに新しいメッセージが表示された。
---
SYSTEM
記録異常を検出。
誤ったデータを特定してください。
---
「異常データ探しか」
ポスターを順番に見ていく。
---
第97回王雲祭
第98回王雲祭
第99回王雲祭
第001回王雲祭
---
「あっ、和人!」
春百がすぐに声を上げた。
「あれ」
指差した先を見る。第"001"回王雲祭。
「ふっ」
俺は思わず吹き出してしまう。
今年は第100回だ。1回目のポスターが混じっている時点で明らかにおかしい。
「速攻で見つけたな」
「私こういうの得意だから」
春百は得意げに胸を張りつつ、スマホに記録の異常『001』を入力する。
すると、俺と春百のスマホの画面が同時に切り替わる。
---
SYSTEM
異常記録を確認。
正しい記録を入力し復元してください。
---
「えっと、『100』を入れればいいのかな?」
「だと思う」
春百が頷き、『100』を入力する。
すると、ピロンと成功音が鳴り、データ復旧率のメーターが0→7%に上昇する。
「おー」
春百が少し嬉しそうに声を上げる。
「なんかメーターが上がった」
「面白い仕掛けだな」
次の問題は、文化祭準備の記録写真だった。
教室後方の掲示板には、十枚の写真が並んでいる。
どれも王雲祭の準備風景を撮影したものらしい。
スマホには、
---
SYSTEM
記録データの一部が破損しています。
欠損した記録を復元し、四桁の暗証番号を入力せよ。
---
と表示されている。
「四桁?」
春百が首を傾げる。
「とりあえず写真を見てみるか」
俺は掲示板へ近づいた。
写真の下には日付と簡単な説明が添えられている。
---
10/15:看板骨組み完成
10/20:最終確認
10/17:ステージ背景塗装
10/21:開会直前
10/16:模擬店装飾開始
---
だが、十枚すべてに日付があるわけではなかった。
二枚だけ、日付欄が黒く塗り潰されている。
説明文の残りを読む。
---
10/??:看板色塗り
10/??:看板設置
---
「なるほど」
俺は小さく頷く。
「日付が二つ欠けてる」
「あっ」
春百もすぐに気付いたようだ。
「だから四桁なんだ」
欠けているのが二桁の日付なら、二枚で四桁になる。
まずはその二枚の日付を特定しろ、ということだろう。
俺たちは改めて写真全体を見渡した。
看板骨組み完成が10月15日。
その後に色塗り。
そして設置。
最終確認が20日。
大まかな流れはすぐに見えてくる。
「色塗りが18日かな?」
春百が聞いてくる。
「骨組みの次だし」
「ああ」
俺は頷き、写真を見比べる。
色塗りの写真では、背景に置かれた装飾パネルがまだ未完成だった。
一方、看板設置の写真では、その装飾が完成した状態で映り込んでいる。
「設置の方が後だな」
「じゃあ19日か」
18日と19日。順番も含めて矛盾はない。
「入力は1819だね」
春百がスマホを操作する。
数秒後、成功を示す電子音が鳴った。
画面が『SUCCESS』に切り替わる。データ復旧率が7→14%になった。
「よし」
思わず声が漏れる。
今のところ順調だ。
「順調順調」
春百も上機嫌だった。
まだ最初の教室だというのに、復旧率はすでに四分の一近くまで回復している。
完全復旧への道筋も、少しだけ見えてきた気がした。
部屋の最後には三枚の大型ポスターが展示されていた。
ただし、そのままでは内容を読むことができない。
三枚とも画像が九つのブロックに分割され、順番がばらばらになっていた。
いわゆるスライドパズルだ。スマホに、
---
SYSTEM
欠損データを復元してください。
---
と表示される。
「なるほど」
俺は一枚目を眺める。
「画像を完成させるのか」
「パズルだね」
春百が楽しそうに言った。
九つのブロックを目で追う。
文字の切れ目や背景色を頼りに、スマホの画面上のパズルの並べ変えていく。
そして数分後。
最初のポスターの内容が見えてきた。
---
□OST & FOUND
文化祭本部
---
「ん?」
春百が首を傾げる。
「なんか変じゃない?」
「確かに」
ポスターとしては完成している。
だが、一番左の文字だけが抜け落ちていた。
「LOST & FOUNDか」
「落とし物預け場だね」
春百が納得したように頷く。
「じゃあ、この文字はLだ」
俺はスマホにメモしておく。
続いて二枚目。
---
□AME CORNER
ゲーム研究会
---
「ああ、こっちもか」
「GAME CORNERだね」
「なら、Gか」
三枚目も復元する。
---
C□MING S□□N
王雲祭スペシャルライブ!
---
「COMING SOON!」
春百が即答する。
「Oだな」
三枚とも画像自体は完成している。
だが、なぜか一文字だけ欠損した状態になっていた。
どうやらそれが問題らしい。
取得した文字は、L、G、Oの三つ。
「意味が通じるのは……」
俺が考え込むより早く、春百が口を開いた。
「LOGだね」
「ああ」
確かにそれしかない。
春百は『LOG』をスマホに入力した。
数秒のロードが流れ、文字が表示される。
---
『LOG』
KEYWORD ACCEPTED
---
データ復旧率が14→20%に上昇すると同時に、新しい文章が表示された。
---
LOG-01
バックアップデータの整合性を確認。
異常なし。
復旧作業を継続せよ。
次の調査区画:言語データ区画
---
「どうやら、このエリアはクリアしたみたいだな」
春百は満足そうに頷いている。
「思ったより面白いね」
「だな」
そう相槌を打って、教室から出る。
扉や通路もSF仕様で、未来のラボにいるような気分だ。
通路を進むと、次の区画が見えてきた。
「よし、次」
春百が前をずんずん進んでいく。
「早っ」
「遅れないで」
そのやる気に、「はいよ」と返して歩くペースを上げた。
***
次の部屋の入口には、『言語データ区画』と書かれている。
壁面には英語、中国語、フランス語らしき文字列が並び、どこか研究施設のような雰囲気がある。
「なんか急に海外っぽくなったな」
「名前からしてそうだもん」
春百が笑う。教室へ入ると、スマホが反応した。
---
**SYSTEM**
言語データ区画へ接続しました。
翻訳ログおよび言語データに複数の異常を確認。
問題を解決し、最後にキーワードを入力してください。
---
データ復旧率は20%のまま。
どうやらここからが次のステージらしい。
最初の問題は、そばの大型モニターに表示されていた。
---
What has many keys but can't open a single door?
---
英語のなぞなぞか。
訳すと「たくさん鍵を持っているのに、ひとつもドアを開けることができないものは何か」だ。
春百は問題文を見た瞬間、
「分かった」
と言った。
「早いな」
「英語部だし」
春百は得意げに胸を張る。
「答えはピアノだよ」
「……なるほどな」
そう言われて、俺もピンとくる。
「keysは鍵だけじゃなくて鍵盤って意味もあるから」
その解説に軽く頷いてやると、春百はスマホに『PIANO』と入力した。
すると成功したようで、画面に
---
KEYWORD FRAGMENTS『O』
データ復旧率が20→25%
---
と表示される。KEYWORD FRAGMENTSというのはなんだろう。
「キーワードのかけら?」
キーワードのかけらか。なるほど。
おそらく問題を解くと文字が集まって、最後キーワードになるパターンか。
「これはやりがいがあるな」
「ふっ。面白いじゃん」
春百が挑戦的な笑みを見せる。この調子で活躍してもらいたい。
二問目は少し移動して、教室中央付近のモニターだ。
---
**SYSTEM**
自動翻訳辞書に不正な登録を検出。
誤った英語データを三つ特定してください。
① サラリーマン
② インターネット
③ スマートフォン
④ コンピューター
⑤ アルバイト
⑥ バス
⑦ レストラン
⑧ テレビ
⑨ ノートパソコン
⑩ チョコレート
---
「和製英語を選ぶ問題か」
「うーん」
春百が腕を組む。俺は選択肢の一つに確信を持つ。
「サラリーマンは確定だ」
「あー、そっか」
春百が大きく頷いて続ける。
「あとはノートパソコンだね。英語ではlaptop」
「確かに」
ここまではすぐだが三つ目で少し迷う。
「スマートフォン」
「それは通じる」
俺は首を振る。
「テレビは違うし……」
数十秒ほど悩み、春百が声を上げた。
「あっ、アルバイトだ」
「ほう?」
「確かドイツ語由来なはず」
それは初耳だ。
①②⑤を選択し、入力する。
---
SUCCESS
KEYWORD FRAGMENTS『Y』
データ復旧率25→30%
---
「やった」
「よく知ってたな」
「英語だけ勉強してるわけじゃないからね」
春百は得意そうな表情で語った。
その後も、単語の並べ替え問題や、
意味の異なる同音異義語を見抜く問題、
複数言語の共通点を探す問題などが続いた。
どれも一筋縄ではいかなかったが、二人で相談しながら解いていった。
そして次がおそらくラスト。
部屋の奥の方にあるモニターの前で、俺たちは足を止めた。
---
**SYSTEM**
変換テーブルの一部が欠損しています。
法則を解析し、欠落した翻訳結果を入力してください。
いま → sea
こえ → pole
とき → cry
あに → ?
---
「なにこれ?」
春百が首を傾げた。俺も考える。
sea、pole、cry。関連性は見当たらない。
「うーん……」
春百が唸る。
「海、ポール、泣く」
日本語にしても繋がらない。
しばらく沈黙が続いた。
「待てよ」
一分ほど悩み、ふとひらめいた。
「どうしたの?」
「英語じゃないな」
「え?」
俺は日本語側を見る。
いま
とき
こえ
あに
「ひらがなを一文字ずらしたら、単語になる」
試しに、五十音表で一文字進めてみる。
「『い』を『う』にして、『ま』を『み』にしたら『うみ』」
「あっ!」
春百の目が大きくなる。
「同じく『こえ』が『さお』、『とき』が『なく』になるな」
「じゃ、poleの訳は『さお』だったんだ」
春百が声を上げる。法則は特定できた。
「じゃあ、『あに』はーー」
「「いぬ」」
声が被る。
「dog!」
「そうだな。他に単語の候補はないし」
春百が『dog』を入力する。
数秒後。画面が切り替わり、成功の文字が現れる。
---
SUCCESS
KEYWORD FRAGMENTS『M』
データ復旧率45→50%
---
これまで手に入れたキーワードのかけらはO・Y・L・E・M・Mの6つ。
意味が通るように並び替えると『MEMORY』。つまり記憶だ。
俺は最初の入力画面にキーワードを入力する。
---
『MEMORY』
KEYWORD ACQUIRED
---
どうやら成功のようだ。
続いて、新しいログが表示される。
---
LOG-02
言語データの整合性を確認。
異常なし。
復旧作業を継続せよ。
次の調査区画:論理データ区画
---
データ復旧率が順調に上がっている。すでに50%だ。
「復旧率、半分超えたよ」
春百が嬉しそうに言う。
「順調だな」
「完全復旧も見えてきたかも」
春百はにやりと笑った。
「このままいけばパーフェクト狙えるんじゃない?」
「まだまだ。油断禁物だ」
春百は俺の注意を流しつつ、次の部屋へ向かって歩き出す。
俺は苦笑しながら、その後を追いかけた。
***
次の部屋の入口には【論理データ区画】とプレートが掲げられていた。
壁には電子回路やフローチャートを模した装飾が並び、先ほどまでの言語区画とはまた違った雰囲気だ。
「なんか急に理系っぽくなったな」
「力が入ってるね」
春百が感心して言う。
「行くか」
俺たちは論理データ区画へ足を踏み入れた。
---
**SYSTEM**
推論ログの一部が欠損しています。
証言を解析し、エラー対象を特定してください。
A「犯人はBだ」
B「犯人はCだ」
C「私は犯人じゃない」
犯人以外は真実を言い、犯人だけが嘘をつく。
---
「これ、めんどくさいやつ」
「そうか?」
「論理系は得意じゃないから」
「なら、俺の出番だな」
そう意気込んで、俺は問題文を確認する。
「こういう問題はたいてい、犯人を仮定して矛盾を探していく。まずAが犯人の場合」
「うん」
「Aの言う『犯人はBだ』は嘘になるから、Bは犯人じゃないということになる」
春百が頷く。
「しかしそうすると、Bが言う『犯人はCだ』も嘘になる」
「あっ」
春百が目を瞬く。
「本当だね」
「でもこの条件だと、嘘をつくのは犯人一人だけ」
俺は肩をすくめた。
「AとBの二人が嘘をついてるから、矛盾する?」
「ああ」
つまりAは犯人じゃない。正直者だ。
「よってAは犯人ではなく、正直者」
「うん」
「正直者のAが『犯人はB』と言ってるからーー犯人はB。以上」
俺は説明を終える。
「え、終わり?」
「ああ、そうだ」
春百がぽかんとした顔をした。
「思ったよりあっさりだった」
「論理問題は、矛盾を見つけたら一気に進むことが多いからな」
そう言いつつ、俺はスマホに『B』を入力する。
するとすぐに成功の画面に映る。
---
SUCCESS
データ復旧率50→55%
---
「さすが和人」
「まあこれくらいはな」
「私、一人だったら絶対もっと時間かかってた」
春百が苦笑する。その反応に少しだけ気分が良くなる。
「よし、次行こう」
電子回路を模した装飾が施されている壁沿いに移動する。
二問目は部屋中央付近で通知が来た。
---
**SYSTEM**
数値変換ログに異常を確認。
法則を解析し、 欠損データを復元してください。
10 + 1 = 11
101 + 10 = 111
11 + 1 = 100
111 + 1 = ?
---
「なんだこれ」
春百がモニターを見上げる。
「計算問題?」
「そのようだな」
俺も問題文に目を通す。
「一行目は普通だね」
春百が指差す。
「10足す1は11でしょ」
「うん」
「二行目も合ってるし」
101+10=111。これもそのままだ。
「三行目も普通に――」
そこで春百の言葉が止まった。
「あれ?」
視線は三行目に向いている。
---
11 + 1 = 100
---
「100?」
11+1=12が正しい。100にはどう考えてもならない。
「これって誤字?」
「そんなわけないだろ」
俺は改めて数字を見直した。
10
101
11
100
並んでいる数字を眺めていると、ある特徴に気付く。
「全部、0と1しか使ってないな」
「確かに」
春百も気付いたようだ。
その瞬間、情報の授業で習った内容を思い出す。
「そうか、二進数だ」
「にしんすう?」
「コンピューターで使う数字の表し方だよ」
俺は簡単に説明する。
「十進数は0から9まで使うだろ?」
「うん」
「二進数は0と1だけで」
「へえ」
「だから見た目は同じでも、意味は違ってーー」
俺は頭の中で数値を変換する。
「二進数の10(いち・れい)は十進数なら2だ」
「なるほど」
「11(いち・いち)は3。100(いち・れい・れい)は4って感じだ」
春百の目が少し大きくなる。
「じゃあ、11+1=100は……3+1=4ってこと?」
「そうそう」
法則が見えたら早い。
残る問題は最後だけだ。
111は二進数なら7。そこに1を足すから、答えは8だ。
「8を二進数で表すと?」
「えっと」
春百が考える。数秒後、ぱっと顔を上げた。
「1000!」
「正解」
春百が嬉しそうにスマホへ入力する。そして数秒後。
---
SUCCESS
データ復旧率55→60%
---
「よし」
これでまた一歩前進だ。
「情報の授業でなんか、こんなのやったかも?」
春百が首を傾げる。
「間違いなくやってるはず」
「あんまり覚えてない」
「まあ普段使わないしな」
俺がそう言うと、春百は表情を切り替えた。
「次は私が活躍するから」
「期待してる」
そう返すと、春百は「うん」と元気に頷いた。
部屋の奥へ進む。
壁には巨大なフローチャートが描かれていた。
Aならこちら。Bならこちら。
まるでAIの思考回路を可視化したようなデザインだ。
「凝ってるな」
「情報科学部、本気だね」
春百が感心したように呟いた。
その後も、条件から正しい順番を導く問題や、図形の規則性を見抜く問題などが続いた。その途中、
---
LOG RECOVERED
論理演算モジュールの復元を確認。
異常データは中枢領域へ移動した可能性があります。
調査を継続してください。
---
というメッセージが届いた。
おそらく、中枢領域とは次の区画のことではないかと予想する。
データ復旧率が上がるたびに、この脱出ゲームのシナリオの真相に近づいていくようだ。
そして最後、部屋の一番奥にあるモニターの前で、俺たちは足を止める。
---
**SYSTEM**
推論規則の欠損を確認。
法則を解析し、次の値を入力してください。
2 + 5 = 7
1 + 4 = 9
2 + 2 = 10
6 + 3 = ?
---
「また変なのが来た」
春百が顔をしかめる。
「普通の足し算じゃなさそう?」
「一行目は合ってるけどな」
2 + 5 = 7
しかし、その次の行からは明らかにおかしい。
「また法則を見つけなきゃいけないのかー」
「だろうな」
俺は問題を見つめる。
2+5=7
1+4=9
2+2=10
数字を眺めても、すぐには共通点が見つからない。
「掛け算でもないし」
「桁数もバラバラだな」
春百が腕を組む。
「数列とか?」
「その可能性もあるにはあるが」
再び沈黙。
「うーん……」
春百が唸る。
「7、9、10……」
数字の並びだけ見ても法則は見えない。
俺は視線を問題文から外し、近くの机へ目を向ける。
そこには、この区画の装飾として置かれた大きなサイコロがあった。
白い立方体に黒い点。
「あ」
思わず声が漏れた。春百がこちらを見る。
「サイコロだ」
「え、サイコロ?」
俺は机の上の装飾を指差す。
「サイコロの向かい合う面の合計って覚えてるか?」
「えっと……」
春百は首を傾げる。
「合計が七になる」
1の裏は6。
2の裏は5。
3の裏は4。
試しに最初の式を当てはめてみる。
「2と5の裏は?」
「5と2」
「足すと7だ」
式が成立している。
「じゃあ1と4は?」
「6と3」
「合計で9だ」
「おお!」
春百が声を上げる。
さらに三つ目。
2と2の裏は5と5。つまり合計10で、これも一致する。
「なるほど!」
春百は完全に法則を理解したようだ。
「じゃあ最後は簡単だね」
俺は春百に回答を促す。
「6と3の裏は1と4だから――5!」
「正解」
彼女は勢いよく『5』を入力した。
---
SUCCESS
データ復旧率75→80%
---
「やった!」
春百が小さくガッツポーズする。その直後、スマホが振動した。
---
UNKNOWN KEYWORD ACQUIRED
『DECODER』
---
「ん?」
春百が画面を覗き込む。
「未確認キーワードて何?」
そう問われ、自分のスマホを確認する。
表示された文字は『DECODER』。意味は確か復号器。
暗号やデータを元の形へ戻すための装置や仕組みを指す言葉だったと思う。
「なんか重要そうな気がする」
「きっとどこかで使うんだろうな」
「じゃあ覚えとこう」
ここまでのゲームの作り込みを見る限り、単なるおまけとは思えない。
そう考えたところで、画面が再び切り替わった。
---
LOG-03
論理データの整合性を確認。
異常なし。
復旧作業を継続せよ。
最終調査区画:中枢データ区画/システムコア管理ログ領域
---
「異常なしか」
LOG-2の言語データと同じで、LOG-3も問題なし。
異常があるとするなら、次の区画だろう。
「いよいよ最終区画だな」
「ここまで来たら最後まで行くしかないね!」
春百は自信満々だ。俺も同意する。
ここまでノーミスで来ることができた。
残るのは最後の区画。あと一息だ。
***
中枢データ区画は、白とも黒ともつかない無機質な空間だった。
床も壁も境界が曖昧に溶け合っていて、空中には断片的な数字やアルファベットが浮かんでは消えていく。まるでデータ空間に、そのまま入り込んだような感覚を覚えた。
---
**SYSTEM**
最終データ統合作業を開始します。
図形認識ログの欠損を確認。
法則を解析し、欠落した図形を特定してください。
→↑←
↓→↑
←↓?
---
早速問題だ。三×三のマスで矢印が表示されている。
「何この矢印?」
春百が首を傾げている。
「こういうのはしっかり見ないと」
俺は腕を組みながら眺める。
まず一行目。
→↑←
九十度ずつ回転している。
二行目を見ると、
↓→↑
やはり同じく九十度ずつ回転している。
今度は縦方向にも目を向ける。
一列目。
→
↓
←
二列目。
↑
→
↓
「なるほど」
俺は頷く。
「行・列で九十度ずつ回転してるな」
「あ、そうか」
春百が唸る。
法則をもとに正しい矢印の向きは、
「→が答えか」
俺はスマホに『→』と入力する。
数秒後、成功音が鳴った。
---
SUCCESS
データ復旧率 80→83%
---
「おー、さすが!」
「よし」
順調だ。なかなか面白い問題だったな。
最初の問題を解いた場所から少し移動したところで、スマホが反応した。
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**SYSTEM**
暗号化ログの欠損を確認。
暗号規則を解析し、元の単語を入力してください。
BMQIB
CFUB
HBNNB
EFMUB → ?
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「うわ」
春百が顔をしかめる。
「急に難しくなった」
「最終区画だからな」
俺もモニターを見上げる。
意味不明な文字列が並んでいた。
「アナグラム?」
「いや、何か規則がありそうだ」
文字数は各行でほぼ同じ。Bがやたら多いのは何なんだ。
しばらく眺めていると、ふとピンとひらめいた。
「これ、一文字ずつずらしたら単語になる」
試しに最初の『BMQIB』を頭の中で変換する。すると、
「A・L・P・H・Aーーアルファ」
「おお!」
春百が目を見開いた。
続いて『CFUB』はBETA、『HBNNB』はGAMMAになる。
「ギリシャ文字だね」
「ああ。答えはーー」
EFMUBを同じように戻す。答えはすぐに見えた。
「DELTA!」
春百が勢いよく入力する。数秒後、成功音が鳴った。
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SUCCESS
データ復旧率 83→87%
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「やった」
春百が嬉しそうに拳を握る。
これまで復旧率は3-4%上昇している。
上がり幅的に考えて、残りは3、4問である可能性は高い。
もう少しの辛抱だ。
その後も図形認識やパターン解析の問題が続いた。
一問だけ意見が割れた場面もあったが、二人で検証を重ねて突破していく。
データ復旧率が94%に達したところで、スマホの画面が切り替わった。
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**SYSTEM**
最終認証を開始します。
これまでに取得したキーワードを入力してください。
□□□
□□□□□□
□□□□□□□
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「来たな」
俺は小さく呟く。ここまでの流れと文字数を考慮すると、入力するものは明らかだった。
「最初はLOG」
春百が入力する。
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『LOG』
ACCEPTED
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一行目の枠が青く光る。
「次はMEMORY」
続けて入力。
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『MEMORY』
ACCEPTED
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二行目も光った。そして最後。
「DECODER」
「よし。通った」
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KEYWORDS VERIFIED
LOG
MEMORY
DECODER
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すると、三つの単語の一部が白く光り始めた。
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L[O]G
M[E]M[R]Y
[D]E[C][O]DER
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「なんだ?」
春百が首を傾げる。光っている文字はO、E、R、D、C、Oの六つ。モニターにも新たな表示が現れる。
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**SYSTEM**
抽出データを確認。
文字列を再構成してください。
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どうやらこれが最後の問題らしい。
「アナグラムだな」
俺は並んだ文字を見る。O、E、R、D、C、O。
「うーん……CORDER?」
「いや」
俺は首を振る。
このゲームのテーマは『失われた文化祭記録』だ。
LOG、MEMORY、DECODER。
もっとふさわしい答えがあるだろう。
春百が「あっ」と顔を上げた。どうやら同じ結論にたどり着いたらしい。
「答えはーー」
「「RECORD」」
声が重なった。二人で顔を見合わせて笑う。
俺はスマホに最後の答えを入力した。
一瞬のロード、そして画面が切り替わる。
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KEY ACCEPTED
CULTURE FESTIVAL DATA
100% RESTORED
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同時にモニターのデータ復旧率が100%になる。
「やった!」
春百が勢いよく拳を突き上げる。
「パーフェクト!」
「よっしゃ」
俺も自然と笑みがこぼれる。スマホには最後のログが表示された。
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LOG-FINAL
全データの整合性を確認。
異常なし。
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「全データ異常なし?」
春百が首を傾げる。俺も少し違和感を覚えた。
だが今はそれより報告だ。
出口近くのスタッフにスマホ画面を見せる。
「完全復旧ですね。おめでとうございます」
スタッフは笑顔で頷いた。そして一枚のカードを差し出す。
「最後にこちらを読み取ってください」
カードにはQRコードが印刷されている。
「これは?」
「完全復旧達成者限定コンテンツです」
なるほど。俺と春百は顔を見合わせた。
早速コードを読み込むと、動画の画面が表れる。
画面中央の▷再生ボタンを押す。
画面に映ったのは――文化祭実行委員長だった。
会議室らしき場所に座り、正面を見ている。
「報告します」
男子の声が部屋に響く。一人称視点のようだ。
「調査の結果、文化祭運営データに異常は確認されませんでした」
「はい」
委員長が頷く。
「バックアップログ、言語データ、論理データ、中枢データ。
すべて正常で、失われた記録は存在しません」
「そうでしたか」
委員長は静かに言った。そして一拍置き、
「本当に異常はありませんでしたか? データの欠損も? バックアップ障害も?」
「はい。すべて問題ありません」
「なるほど……」
委員長は小さく笑った。
「それなら安心しました」
そう言ってから、少し申し訳なさそうな表情になる。
「私からも報告があります」
画面の向こうが沈黙する。
「今回の障害報告はーー真っ赤な嘘です」
数秒。静寂が流れた。
「え?」
戸惑った声が返ってくる。
委員長は苦笑した。
「そもそも文化祭運営システムに障害は発生していません。
データも失われていませんし、バックアップも正常です」
沈黙が流れる。
「つまり――最初から全部、演出だったということですか?」
その問いに委員長は頷いた。
「申し訳ありません」
しかし、その表情は笑っている。
「文化祭は今年で第百回です。
ですが、私たちは普段、残された記録を意識することはほとんどない……」
委員長は顔を上げる。
「だから今回は、記録を見るのではなく、探す形にしました」
委員長は画面を見つめる。
「皆さんが集めてくれたキーワードは四つでしたね。
LOGは記録。
MEMORYは記憶。
DECODERは解読者。
そしてRECORDーーそれらすべてを合わせた答えです」
委員長はふっと笑う。
「皆さんは今日、記録を完成させる側になりました」
そう告げて、委員長は静かに一礼した。
画面がゆっくり暗転した。
まもなくリザルト画面が表示される。
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『THE LAST LOG』
・RESULT
データ復旧率:100%
完全復旧記録:36分15秒
ENDING:TRUE END
・LOGIC DATABASE
データ保管室
Q1. 正解
Q2. 正解
・・・
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「なるほどね」
最初に口を開いたのは春百だった。
「単なる脱出ゲームじゃなくて、文化祭の歴史を復旧するゲームだったわけだ」
「そういうことだろうな」
最初から失われたデータなど存在しなかった。
けれど、だからといって無意味だったわけではない。
実行委員長の思いは確実に伝わった。
「このオチ、結構好きかも」
「俺もだ」
そう答えると、春百は満足そうに頷く。そして、
「パーフェクトクリア、やったね」
ぱあっと笑顔を見せた。




