*突入
泉は裏口に、ベリルは正門に向かう──多少、違和感のある服装だが堂々としていれば怪しまれる事はない。
閑静な住宅街にあって、その違和感が打ち消されるのは大賀邸の存在のせいだろう。かの邸宅における日常の様子は、一般家庭から見て普通とは呼びづらいものがある。
ここ数日間に至っては、まさに住民が見て見ぬふりで過ごすほどに慌ただしくなっていた。
正門──
「!」
大賀邸の前にいた警備の男たちが、まっすぐこちらに向かってくる人影に眉を寄せる。10m先で立ち止まった青年は、無表情でこちらを見つめていた。
特徴からしてベリルだと確認し、男たちは身構える。
ベリルはその様子を見やり、ヘッドセットを装着した。締め切られた門の外に2人、中に3人いる事が窺える。
「決行」
静かに口を開いた。
<アイサー>
<は、はい>
2人の応答のあと、足を速めて一気に正門に向かう。
「! 来るぞ!」
構えた2人にそのままの勢いで回し蹴りをお見舞いし、黒塗りの鉄格子を見据えてジャンプした。
「!?」
門の中でそれを見た男たちは、驚いて呆然と眺める──両手で鉄格子を掴み、腕の力だけで体を引き上げ左手を逆手にして素早く体を180度回転させ、棒高跳びの要領であっさりと敷地内に進入した。
「ハッ!? キサマ!」
男たちは我に返り青年に飛びかかる。しかし、彼の素早い動きについて行けず即座に叩き伏せられた。
起き上がってこない事を確認し小さく溜息を漏らすと、ヘッドセットに声を飛ばす。
「次に進む」
<了解>
裏口にいる泉は、ベリルの言葉に黒く小さい塊を取り出してボタンを押した。そして、叩き伏せた男たちをまたいで敷地内に足を踏み入れる。
監視カメラの映像を見ていた大賀側の監視ルーム──
「!? なんだっ?」
突然いくつかの監視カメラの映像が途切れ、慌てて通信ボタンを押す。
「監視カメラがいくつかやられました」
<なんだと!?>
アルジャンは険しい表情を浮かべ、喉の奥で舌打ちした。
「配線を切断したのは解る。だが、どうやって……」
この作戦のために配線を変えたはずなのに、それに気づかれていたというのか?
「ひと筋縄ではいかないか……さすがだな」
「大丈夫なんだろうな」
背後から、座椅子に腰掛けている由三郎が声をかける。周りには暗いスーツを着た男たちが老人を守るように取り囲んでいた。
老人の前にはノートパソコンが置かれていて、監視カメラの映像が映し出されている。映っているベリルの姿に、由三郎は下品に口角を上げた。
「確かに綺麗な男じゃな」
アルジャンはニヤけている老人を一瞥し、居間から見える庭に目を移す。
「奴の仲間は裏口から侵入してきた……あいつは確か、ブラスト・マニアだ」
爆発物に長けている傭兵の俗称だが、そんな奴を仲間にしていた事にさらに苛立った。
「配線なんて、そうそう大幅に動かせるもんじゃないんだよ」
泉は、口の端を吊り上げてつぶやく──場所や環境によって、動かせる範囲などは決まってくる。
24時間体勢での監視にも穴がある。宝石の奪還までは出来なくとも、配線を破壊する装置くらいは設置可能だった。
「さすがに全部のカメラって訳にはいかなかったけどな」
<次に進む>
ヘッドッセットからの声に、手にあるボタンを確認する。
「了解」
ボタンを押してベストのポケットに仕舞った。
「さてと、こっちは攪乱」
笑みを含んで発し、目の前に立ちはだかる男たちに駆け出した──
ヘッドセットから響く悲痛な叫び声を聞きながら、ベリルは攻撃を仕掛けてくる警備を倒していく。
すると、さすがに警戒を強めたのか廊下の角でこちらを窺ってなかなか攻めて来なくなった。進まなければならない以上、ここで足止めされるのは避けたい。
ベルトの後ろに装備していた、手のひらに収まる丸い物体を取り出して金属のピンを抜いた。それを廊下の向こうに投げる。
「!?」
「なっ!?」
転がってきた物に思わず顔を引きつらせた。
爆発系の手榴弾かと思いきや、ウニのようにトゲを突き出し、そのまま数秒ほど沈黙する。
「……?」
次の瞬間──
「うわっ!?」
けたたましいサイレンが鳴り響いた。
「早くなんとかしろ!」
「なんとかしろって言われても……っ」
小さな物体に、大の男たちが右往左往して取り囲む。踏みつぶそうにもトゲが邪魔をしてどうにも出来ない。
1人の男が懐からサイレンサー付きの銃を抜いて引鉄を引いた。爆発音と共にサイレンは止み、ホッと肩を落とす。
「今の音はなんじゃ!?」
語気を荒げる老人に背を向けて、男はヘッドセットからの報告を聞く。聞いたあと由三郎に振り返った。
「奴らの攻撃だったようだ」
上手い手を考えたな……眉をひそめる。
外に気づかれるのはお互いに避けたい、そこを突いてきた。そして銃を使わせる事に成功した。
いくらサイレンサーを装着しているとはいえ、日本において極力、使用は避けなければならない武器だ。
「鳥かごに誘い込んだつもりが、こっちに不利な流れになっている」
つくづく、ベリルという奴は手を焼かせてくれる──この代償は高く付くぞ。
「ひゃ~……凄いなぁ」
健吾は、ディスプレイを見つめて感嘆の声を上げた。
作戦開始、早々にベリルのカメラが突然ぐるりと回転して酔いそうになったけど、外のカメラに目を向けて何が起きたか理解した。
あっちこっち見ないといけないから追うのが大変で、シミュレーションの時とは比べものにならないくらいの情報量が駆けめぐる。
「た、大変すぎる~」
全部を伝えようとしなくていいって言われてても、これじゃあただ見ているだけになりそう。
「! あ……」
<どうした>
「アルジャンて人が居間にいる」
ベリルの声に応えてディスプレイを確認する。由三郎のそばを離れないだろうという彼の推測通り、男は居間の前の通路で指示をしているようだった。





