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デルフォス巡想記Ⅱ 〜騎士の苦悶〜  作者: 陰東 紅祢


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ダンスレッスン

「早速、明日出してみます」

「……はい」


 力なく頷くレルムに、リリアナは感づいて不思議そうな顔を浮かべて首を傾げる。


「……レルムさんも、何かありました?」


 その問いかけに、レルムの胸が一度大きく跳ねる。

 隠していたつもりが、彼女の前では自然と顔に出るようになっていたのだろうか。


「いえ。何でもございません」


 レルムはあくまで自然に微笑み、話をはぐらかした。

 これでリリアナの目を誤魔化せるかどうかは分からないが、悟られたくはなかった。

 気持ちを引き締めるように、軽く手を握りしめる。


 ――リリアナ様に、自分事で余計な心配をかけるようでは、まだまだだ。


「では王女殿下。今日はもうお休みください。明日はまた忙しくなりますよ」


 そう言うと、リリアナの表情が露骨なほどに曇らせる。肩を落とし、嘆くように深く長いため息がこぼれた。


「……明日は新しいことやるって言ってました……」

「でしたらなおの事、しっかりお休みください」


 室内に戻るよう、促すようにリリアナの背に手を当てる。するとリリアナはピクッと体を揺らし、突然驚くほど姿勢が良くなった。

 不思議に思い、レルムが顔を覗き込むとリリアナの顔が妙に赤らんでいる。


 ――あぁ、そうだった。


 レルムは彼女が自分に向けてくる感情を思い出した。それはまだ若く小さな芽だが、育てば何かと問題になりそうな感情だ。だからと言って邪険に扱うこともできない。


 バルコニーから室内に入る窓の傍に立ってリリアナを室内へ連れ戻すと、レルムはあくまで護衛騎士として振る舞い、胸元に片手を当て恭しく頭を下げた。


「……では、良い夢を」

「は、はい! お、おやすみなさい」


 その後は、彼女の顔を振り返ることなくレルムはその場を離れた。



         ***


                  

「殿下。今日まで行ってきたレッスンの成果は、まずまずと言ったところでしょう」


 翌日。ペブリムは充てられていた任務の為に、ダンスホールに来ていた。

 目の前にはリリアナと、眼鏡を光らせているモーデルの二人が立っている。そしてホールの隅にはドリーも静かに控えていた。

 モーデルのリリアナに対する評価は非常に厳しいものがあるが、この短期間で『人様の前に出るだけなら大丈夫だろう』までいけたのは、成長が早いとも言える。


 ペブリムはそんな二人を、ドリーとは対極の位置に立って見つめていた。


「各国からお越しになる王族の方々は、殿下の動きや言動など全てを見にいらっしゃると思ってください。緊張されすぎて失敗のないようにお願い致します」

「は、はい……」


 そんな自信はない、とでも言いたそうな頼りない返事にモーデルはため息を一つ吐くが、すぐに軽く咳払いをして言葉を続けた。


「では、先日もお伝えいたしましたように、今日は新しいレッスンに入らせて頂きます」

「……」

「パーティ当日には、不測の事態が起きる場合もございます。例えば、ダンスに誘われたり……」

「ダ、ダンス?!」


 思いがけないその言葉に、リリアナは思わず声を上げてしまった。そんな彼女をチラリとみやりながらモーデルは小さく頷き返す。


「当然、そう言う事もございますよ。ですので、今日はダンスがどう言ったものか体験されてみて下さい」


 唖然としてしまうリリアナは、青ざめた顔でぱくぱくと言葉にならない言葉が漏れる。


「ダンスの講師は、ペブリム様にお願いします」


 そう言われ、ペブリムがリリアナの前に歩み出ると、リリアナの動きが一瞬固まった。


「リリアナ様。よろしくお願いいたします」

「……は、はい」


 昨日のことを思い出したのか、リリアナの耳が僅かに赤く染まり、モジモジと指先が遊び始める。そんなリリアナに気付く様子もなく、モーデルの話は淡々と続いた。


「ペブリム様は主にわが国の総司令官をされているお方ですが、ダンスについてはこの方の右に出るものはございません。まずは、実際にご覧になっていただきます」


 モーデルの言葉に、リリアナは感心したようにペブリムを見上げた。


「……そうなんですか?」

「買いかぶりですよ」


 困ったようにニコリと微笑むペブリムに、リリアナは軍を執り仕切る切れ者でありながらダンスも上手いとは、彼女は本当に凄い人なんだと感心したようについ見つめてしまう。


「では、ドリー。確かあなたもダンスについての知識があったわね?」

「はい、かしこまりました」


 モーデルの指示を受け、それまで部屋の隅に立っていたドリーは、一歩前に出てスカートを軽く持ち上げ、綺麗なカーテシーをする。


「え、うそ、ドリーもダンスできるの?」


 モーデルと共に端に避けたリリアナの言葉に、ドリーは小さく微笑んだ。そんな彼女の前にペブリムが静かに立つ。そして差し伸べられたペブリムの手を躊躇いなく取ると、二人は慣れた様子でポーズを取る。


 ドリーの左手はそっとペブリムの手を握り返し、逆に右手はペブリムの二の腕に添えられる。ペブリムの左手はドリーの腰に回され、二人は近すぎるほどの距離で向かい合って立っていた。


「……」


 リリアナは呆然とそんな二人を見詰める。

 身長のあるペブリムは、ドリーと組んでも全然引けを取らない。互いに互いの顔を見つめあいながら、軽やかに足を踏み出していく。

 くるくると足並みの揃ったステップを踏んで踊る二人の様子を見て、リリアナはため息にも似た声を漏らしながら、二人に見入っている。


「ペブリム様はリードがとてもお上手ですが、他の方が皆そうとは限りません。基本中の基本であるステップのみを今回体験して頂きます」

「……あ、あたしに出来るんでしょうか」


 つい、いつものように話してしまい、横目で睨まれたリリアナは思わず自分の口を手で塞いだ。


「今は難しいでしょうが、いずれはマスターして頂きますよ」

「……」


 有無も言わせぬモーデルの一言に、リリアナは二の句を告げる余裕はなかった。

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