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デルフォス巡想記Ⅱ 〜騎士の苦悶〜  作者: 陰東 紅祢


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ダンスレッスン.2

 ペブリムは優雅な身のこなしで難なくドリーをエスコートし、失敗する事も無く踊り終えると組んでいた腕を解く。

 ドリーは軽く会釈をするとすぐに部屋の隅に戻り何事もなかったかのように澄ました顔で立っていた。

 その優雅さに、リリアナが惚けた顔のままでいるのを見ながらペブリムはそんな彼女に手を差し伸べる。


「では、リリアナ様」

「え!? も、もう?」


 突然現実に引き戻されたかのように、リリアナは慌てふためきながら自分自身を指さし、隣に立っているモーデルとドリーを見ると、二人は大きく頷くだけで何も言わない。

 嫌とは言えない雰囲気に背中を押され、リリアナはペブリムの前にそろそろと歩み出る。そして目の前に差し伸べられている手を見つめ、もじもじと恥ずかしそうに視線を下げた。


「リリアナ様?」

「は、はい!」


 そう言うと、リリアナはちらりと視線だけを上げる。

 白手袋がはめられたその手を見つめ、確かに線の細さのある女性らしいものであるのに、レルムのそれと重なって見えてしまうせいか、手を取る事に躊躇いが生じてしまった。


「お手をどうぞ」

「……っ」


 ペブリムが促すと、リリアナはおずおずとその手に自分の手を重ねてくる。

 緊張からか指先が小さく震えているのを見て、ペブリムは一瞬目を細めた。


 ――さて、どうしようか。


 頭の中を過るのは、彼女が自覚なく抱え始めている感情をどうやり過ごせば良いかということだった。

 躊躇いがちに添えられたリリアナの手を柔らかく握り返し、するりと腰に手を回す。

 

「……っ!」


 瞬間的に、リリアナの体に緊張感が走り力が入ったのが分かる。

 思った以上に細い腰を含め、全身がまるで石のようにガチガチに固まってしまい動きがないリリアナに対し、ペブリムは冷静に声をかけた。


「リリアナ様。右腕を私の腕に乗せてください」

「……は、はい!」


 ペブリムに指示にリリアナが右手を持ち上げて二の腕に乗せると、より距離感が近づいた事でリリアナの顔がますます赤らんでいた。そしてぎゅっと目を固く瞑り、視線を下げてしまう。


「……顔を上げて下さい」

「う……は、い」


 そう指示すると、瞑っていた目を恐る恐る開き、落ち着き無く視界をさ迷わせながら何とか視線を合わせてくる。緊張と恥ずかしさに、涙目になりかけている様子を見て思わずペブリムは笑ってしまった。


「ダンスは、まったく初めてですか?」


 少し意識を散らすためにそう訊ねると、リリアナは躊躇いながら視線を下げながら呟いた。


「む、村では、収穫祭のお祝いで、焚火を囲んで自由に踊ったりしたことはありましたけど……」

「では、今は、その時のように楽しんでください」


 にっこり微笑みながらそう言うと、リリアナの瞳から僅かに緊張感が抜けたのが見えた。


「楽しむ……?」

「はい。今はそれで十分ではないでしょうか」


 そう言えば、リリアナはいつもの調子を取り戻しかけた。しかし、あまりに至近距離で見つめ合うことが恥ずかしいのか、また、上げていた視線を下げてしまう。


「リリアナ様、目線を上げてください」

「……はいぃ」


 ぎこちなくもう一度視線を上げると、リリアナの心臓は音を立てて壊れてしまうのではないかと思うほどにバクバクと脈打っていた。


「これが基本姿勢です。簡単でしょう?」


 ペブリムがにこやかに説明をし始める。しかしリリアナにはただ頷き返す事しかできないでいた。


「それでは、少しだけステップを踏んでみましょうか。リリアナ様は歩くのと同じように足を踏み出して頂ければ大丈夫です。まずは左足を横へ……」


 ペブリムの指示に習い、リリアナは言われるままに左足を横へ踏み出そうとする。ペブリムは彼女の動きに合わせて、自然と体がそちらへ動くよう上手くリードしていく。


「次は右足を……」


 軽く踏み出せた一歩目に続いて、落ち着いた声音でペブリムが次の一歩をそっとリリアナに囁く。

 耳元で指示を出すペブリムの声を頼りに足を踏み出していくとすんなりと動けることに、リリアナは次第に楽しさを覚え始めたのか、目が輝き始めていた。


「……」


 動きと呼吸、相手の歩幅……。それを体にしっかり叩き込むように集中し始めたリリアナに、ペブリムは感心した。


 サボり癖はあるものの、物覚えは悪くない。

 そう聞いていた通り、リリアナは繰り返すステップの足取りを少しずつ覚え始める。


「……お上手です」

「……!」


 ダンスを踊っている途中ペブリムが褒めると、瞬間的に現実に引き戻されたのかリリアナの顔がカァッと赤らみ、同時にステップが乱れて思い切りペブリムの足を踏んだ。


「あ! ご、ごめんなさい!」

「いえ。では、もう一度……」


 仕切り直し、もう一度同じステップでダンスを始めてみた。しかし、先ほどの一件でペースが崩れてしまったのか、すぐにまたペブリムの足を思い切り踏んでしまう。


「ああああああ、ごめんなさいぃ!!」


 ――余計なことを言ったかもな。


 すっかりパニックになってしまったリリアナに、ペブリムも浅く息を吐くとそっとダンスの姿勢を解いた。


「少し、休憩をしましょう」

「は、はい……」


 一度頭の中をリセットしてから仕切り直しをしなければ、リリアナの頭には入らない。そう判断する反面、彼女が集中している間は何も言うまいとペブリムは心の中で思った。


 休憩を一度挟んだ後、仕切り直してダンスレッスンを始めれば、リリアナは自分がすべきことに集中し始め、途中詰まることはあったとしても無事に一日のレッスンを終えることが出来た。


「体験とはいえ本当に素晴らしいダンスでした。これなら何があっても問題はございませんね」

「そ、そうですか?」


 一連の流れを見ていたモーデルが拍手と共にそう言うと、リリアナは汗を拭いながら嬉しそうに表情を明るくする。


「今後のレッスンも期待していますよ。殿下」


 追い打ちをかけるような言葉と微笑むモーデルにリリアナの背筋に冷たい汗が流れ、表情が固まる。そんな彼女の様子を見ていたペブリムとドリーは、小さく笑った。

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