あなたはあなた
リリアナを探し、中庭を歩いているがどこにもその姿が見えない。
軽量のドレスとは言え、それを着たままあの少しの間に一体どこへ行ったのかと思い、中庭の隅に生えた大振りな木の傍まで歩いて来る。
「……足が早いな」
ペブリムがため息交じりにそう呟き、木の傍から離れようとすると背後に大きなものが落ちた音が聞こえてくる。驚いてそちらを振り返ると、そこには一足の女性ものの靴が落ちていた。それを拾い上げ、上を見上げると、太い木の枝にしがみついているリリアナと目が合った。
「あ」
「……」
ペブリムと目が合った瞬間、リリアナの表情に苦笑いが浮かぶ。
「……何をされているんですか」
「え……っと、き、気分転、換?」
「危ないので早く降りてきてください」
「……は、はい……」
リリアナはペブリムの冷静な言葉に、気まずくなったのかしょんぼりとした様子で返事を返し、木を抱きしめるような体勢から体を起こした。そしてもう一足の靴に指を引っ掻けてポイっと投げると、自分が腰を下ろしている木の枝に手をかける。
「リリアナ様……?」
「あ、降りるんでちょっと離れててもらってもいいですか?」
「ちょ……っ」
何をしでかすのかと、ペブリムが焦りの色を見せるよりも早く、リリアナは小さな掛け声と共に枝の上から身を乗り出し、枝にぶら下がった。かと思えばやや反動を付けてひょいと地面の上に飛び降りてしまう。
――とんだお転婆っぷりだな。
こちらが手を貸すまでもなくリリアナは何食わぬ顔で地面に降りると、パタパタと服に付いた埃を払い、脱ぎ捨てた靴を拾い上げた。
「あのぅ……もしかして、連れ戻しに来たんですか?」
ペブリムの前に歩いて来たリリアナは、気まずそうに上目づかいに見上げながらそう訊ねる。
「……はい。モーデルが困っておりましたよ」
「……ですよね」
リリアナはペブリムから靴を受け取ると、むくれたような顔でその場に座り込んだ。膝を立て、その膝を抱えるようにしながらぷっと頬を膨らませる。
「分かってますよ。やらなきゃいけないことだって」
「……」
「最初の数日は我慢してたんですよ? でもやたら厳しいし、こっちの言い分全然聞いてくれないし……酷くないですか?」
村娘らしさが抜けないリリアナは、大袈裟なほどため息を吐きながら小難しい顔を浮かべて靴を地面の上に置いた。
これまで自由に生きてきた人間が、突然規則に頑なに縛られるこの状況はよほど窮屈だろう。
昔から規則や家に縛られてきたペブリムにとっては当たり前だと思うことも、リリアナには当たり前にはならない。
ペブリムがなんと返して良いか分からずにいると、リリアナは立てた膝に顎を乗せ見つめてくる。
「……傷、もういいんですか?」
「はい。ご心配おかけしました」
その言葉に、リリアナはホッとしたように安堵の笑みを浮かべた。
「でも、まだ一週間ですからね。傷はまだ開く可能性ありますし、無理したら駄目ですよ」
「……はい。ありがとうございます」
リリアナはやんわりとした笑みを浮かべるペブリムから視線を逸らすと、風に揺れる草を見つめた。
何かを考えているその横顔からは笑みが消えている。その姿がポルカととても良く似た雰囲気を持っていると感じた。
「……あたし、色々考えてたんですよね」
「?」
「ここに来てからも何かとバタバタしてたじゃないですか。その中で、ペブリムさんがレルムさんだったって知ったり、そのペブリムさんが実は昔結婚までしてたんだって分かったり……」
その言葉に、一瞬ペブリムの心が動揺する。しかしそんなことを顔に出すこともなく、リリアナの言葉を待った。
リリアナは言葉を選ぶように一瞬言葉を呑んだが、すぐにまた顔を上げてペブリムを見て笑いかける。
「正直驚くことばっかりで、動揺したりもしましたけど、あたしどう考えてもそれにしか行き当たらないって言うか……」
「……と、言いますと?」
「つまり、ペブリムさんはペブリムさんってことです」
その言葉に、ペブリムは驚いたように目を見開きリリアナを見る。
「その人がどんな人だって、あたしにしてみれば今のその人が全てだから、別にあ、そうなんだなって思うだけなんですよね」
「……」
リリアナは様子を窺うようにペブリムを見ると、恐る恐る訊ねてきた。
「……これじゃ、ダメですかね?」
「……え?」
「う〜ん……。なんて言うか、前に見たペブリムさんそこを凄く気にしてそうだなって思ったんですけど……違います?」
思い掛けない言葉に、二の句が告げられない。
そんなペブリムに、リリアナは困ったように笑いながら言葉を続ける。
「あたし、両親が死んでからゲーリや周りの大人の顔色ばっかり窺って来たんで、ペブリムさんの表情とかに反応しちゃってつい、そうなのかな? って思ったんです。間違えてたらごめんなさい」
「……い、いえ」
リリアナはそう言うとようやく立ち上がり、そばに置いた靴を履き再びペブリムを見上げる。
「それ、言わなくちゃなって思ってたんで、伝えられて良かったです」
ニコッと屈託なく笑う。
「……リリアナ様」
「?」
「……いえ。ありがとうございます」
心の中を見透かされたような気分だった。
思えば、リズリーも心を読むことが上手かった。しかし、それは長年近くで互いを見てきたからこそ分かるのだと思っていた。それを、リリアナは容易に越えてくる。そのことに驚いてしまった。
――ここは、違う。
ペブリムは無意識にもそう感じていた。




