王女教育
「お披露目、ですか」
あの日から一週間。
ペブリムの傷はまだ完全に癒えていないが、職務机に向かえるほどには戻っていた。
傷の痛みも大方消え、剣を振るうこと以外であれば通常業務に戻ってもいいと言われ、溜まっていた仕事を黙々とこなしている矢先に、ポルカに呼び出され今に至る。
ポルカは、自室の職務机に腰を下ろしたままペブリムを見つめ、にこりと微笑んだ。
「せっかくあの子が戻ってきたのだもの。長い病状からようやく回復したという名目でお披露目パーティを開こうと思っているの」
後継者不在と周りに気付かれては、デルフォスにとって不都合になる。その為に王女は生まれながらに病に臥せっている、と表向きには公表してあった。
「リリアナ様が無事に戻った以上、これまでの建前は取り払っても問題なくなりましたからね」
「ええ」
ペブリムの言葉に、ポルカは深く頷いた。
「そこで、王女殿下には王女教育を受けて頂こうと思っている」
傍に立っていた大臣が手にした巻物を手渡してくる。
それを広げて見れば、中にはペブリム自身が請け負う王女教育の項目が並んでいた。
「あなたが忙しいのは十分理解しているのだけど、このご時世でしょう? 今はまだ教育に必要な人材を揃えられなくて……。仕事を増やしてしまって申し訳ないのだけれど、お願いできないかしら」
申し訳なさそうに微笑むポルカに、出来ないと言えるはずもない。そもそも、王女教育は今後において必要で最重要事項だ。
「かしこまりました」
ペブリムがそう答えるとポルカはほっとした顔を浮かべ、代わりに大臣が申し訳なさそうにする。
「ペブリム殿の手を煩わせることになってしまい、申し訳ない。受けてもらえること、感謝する。このことはレルム殿にも伝えておいてもらえますかな?」
「……かしこまりました。そのように」
浅く頭を下げると、ようやく大臣もホッとしたような顔を浮かべた。
「王女教育に関しては、もうすでに始まっているわ」
そう言えば、とペブリムは思った。
一週間前に部屋を訪ねて来て以降、リリアナは部屋を訪ねてくることもなければ城内を歩いている姿を見ていない。王女教育がすでに始まっているなら、見かけることがなくても当然だった。
「お披露目に関しては一ヶ月後を予定しています。国の情勢に関しての教養知識は後から付けてもらうことはできるのだけど、立ち振る舞いやダンスに関しては他者から見える部分でしょう? だから今はそちらを重点的に見てもらいたいと思っているわ」
お披露目に関しては、もう少し後にずれ込ませても本来なら問題はないのだろうが、先日のブリッジベル要塞崩壊と、別要塞の構築に関して完全に敵の動きを食い止め切れたと言えない以上、悠長にしてはいられないのが事実だった。
――国民たちも、王女の復活を望んでいる……。国民や他国に向けて早めにそのお姿を見せることで、安心と同様にデルフォス王国の揺らぎを隠すことと、けん制目的もある。
ポルカはペブリムの目つきが変わったことに感づき、にっこりと微笑んだ。
「頼みましたよ、ペブリム」
「はい。お任せください」
深く頭を下げ、ペブリムが部屋を後にした。
長い廊下を歩き部屋へ戻っていると、遠くから教育に殊更厳しいと名高いモーデルの声が聞こえてくる。
『なんですか、その言葉遣いは。それでは気品を疑われてしまいますよ!』
ペブリムが思わず足を止め、そちらに視線を向ける。
『ご自身のことはあたしではなく、わたくしとお呼びくださいと先ほどから申し上げておりますよ!』
なるほど、と思わず頷いてしまう。
庶民として育ってきたリリアナならば、当たり前のように言っていた呼称。しかし、ここではそれが通用しないとなれば、直すのも一苦労するだろう。
『で、でも……』
『でもではございません! 王女たるもの、そのような言い訳がましいお言葉を使っていては恥をさらすのと同じです』
黙って話を聞けないリリアナの言葉に、ピシャリと遮断してしまうモーデルの教育の厳しさは本物だ。
彼女の手にかかれば、否が応でも言葉遣いは矯正されることだろう。
ペブリムが止めていた足を再び踏み出すと、リリアナたちのいる部屋の扉が勢い良く開き、驚いてまた足を止めてしまう。
「殿下! どちらへ!?」
「ちょっと休憩!!」
狼狽えるモーデルの言葉に、切羽詰まったように声を上げるリリアナの声が聞こえてくると同時に、部屋から駆け出てきた。
「殿下! まだ終わっておりませんよ!」
「だから、休憩だってば!」
「殿下!!」
後を追うモーデルから逃れるため、リリアナは脇目も振らず、ドレスをたくし上げて目の前の庭園に逃げていく。
「あぁ! もう! あのように足を見せて!!」
後を追いきれないモーデルが、困り果てている姿を見ていたペブリムは、思わず口元に拳を充てがいクスッ笑ってしまった。
それに気付いたモーデルがペブリムを振り返ると、乱れた髪を慌てて直し、基本的で綺麗なカーテシーをする。
「ペ、ペブリム様! お見苦しい姿をお見せしてしまいました」
「いや、いい。……王女殿下に手を焼いているようだな」
「お元気でいらっしゃるのは良いのですが……なにせ、自由でいらっしゃると言いますか……」
「あの方は一般人として生きてこられたからな」
困り果てているモーデルに対し、ペブリムはリリアナが駆けて行った方へ視線を向けた。
「私が連れ戻してこよう」
「お、恐れ入ります」
モーデルが頭を下げると、ペブリムは中庭に足を踏み出した。




