揺らぎ
再確認するためでもあったのに、その言葉は酷くペブリム自身の胸を刺してくる。
――大層なことを言う割に、私はそれすらできてない……。
ペブリムは見つめていた手を固く握りしめた。
リリアナはペブリムに包帯をしっかりと巻きつけ、端を解けないように留めながら、ぽつりと呟く。
「……ペブリムさんがこんな深手を負うなんて、なんだか少し、信じられないです」
その呟きにペブリムが振り返ると、リリアナは視線をあげることがないまま、手元に余った包帯を見下ろしていた。複雑だと言わんばかりの表情を浮かべていたリリアナは、見つめていた包帯から視線を僅かに上げて窺い見るようにペブリムを見る。
「その……。リズリーと言う人は、そんなに強いんですか?」
「……」
遠慮がちに不安そうに訊ねてきた質問に、ペブリムは一瞬、微かに体を震わせ思わず言葉を詰まらせた。
リリアナは、単純にリズリーの強さについて知りたいだけだと言うのに、上手く言葉が出てこない。
ペブリムが視線をそらして言葉を呑んだ様子に感づいたリリアナは、察したような表情を浮かべる。
「あ……。え、っと……ごめんなさい。もしかして、聞いたらダメなことでした?」
ペブリムのプライドに傷を付けたかもしれないと思ったリリアナに、ペブリムは視線を合わせることなくゆるゆると首を横に振り、静かに口を開く。
「確かに、彼女は強いです。昔から手合わせをしても、いつも敵わない相手でした……」
「え……?」
ペブリムの脳裏には、子供の頃からリズリーと手合わせをしては負けていた記憶が蘇った。体格に差がつき始めてからは数回勝てることもあったが、頭の回転が早いリズリーには、すぐにやり込められてしまうことも多かった。
「もしかして……知り合い、ですか?」
リリアナが不思議そうに訊ねると、ペブリムはハッとなったように僅かに視線をあげる。
過去の記憶に引き摺られてうっかり話してしまったことを微かに後悔したが、いずれは知られるところになるならと、ペブリムはリリアナを見た。
「……リズリーは、幼い頃からの馴染みです」
「そう、だったんですね……」
あまり触れられたくないことではあったが、問われた以上応えないわけにはいかない。
ペブリムは瞳を伏せ、ふっと浅い息を吐く。
「……そして彼女は、私の妻でした」
「!」
瞳を開き、目の前にいるリリアナへと視線を向ける。
優しく面倒見がよく、無鉄砲なところもありながら行動力があり、正義感が強い。そんなリリアナを見ていると、なぜか思い出してしまう。彼女の指示で作られたあのリゾットも、ふとした瞬間に見せる行動や発言も、どこかリズリーに重なって見えてしまう。それが、根深く残るペブリムの胸の傷にどうしても障り、否が応でも過去の記憶を呼び覚まさせる。
――リズリーとリリアナ様は……どこか似ている。
伏せていた瞳を開いて視線を向けると、リリアナは驚いたように目を見開き、動きが固まってしまっていた。
「リリアナ様……?」
心配そうに声をかけると、呪縛から解けたようにリリアナは我に返り、先ほど以上に気まずそうな顔を浮かべて視線を下げた。
「あ……そ、そうなんですね。ご、ごめんなさい。ペブリムさんが結婚してたことあるなんて知らなかったから、ちょっと、ビックリしちゃって……」
「……」
そう言うとリリアナは手元の包帯をぎゅっと握り締めて立ち上がり、笑みを浮かべる。
どこかいつもとは違う、リリアナの張り付いたような笑みにペブリムの視線が思わず止まった。
「えっと……。あ、それじゃ、処置も終わったんで、あたしもう行きますね。このあと、王妃さまにも呼ばれているし……」
「……そうですか。ありがとうございました」
「と、とりあえず、傷が完全に治るまでしっかり休んでくださいね!」
ペブリムの言葉に、リリアナはなんとか浮かべた笑顔でそう言い置くと、そそくさと部屋を後にした。
静まり返った部屋に残ったペブリムは、深いため息を吐いてベッドに横たわり、高い天井をぼんやりと見つめていると先ほどのリリアナの顔が浮かぶ。
無理して作られた笑顔とは裏腹に、リリアナには珍しい硬い表情だった。
「……」
彼女が向けようとしている感情を、知らないわけじゃない。だからこそ背けなければならない。まだ育つ前に、芽を摘んでおかなければリリアナが傷つくだけ。そもそも自分は、それに値するだけの人間ではないのだから……。
ペブリムは何度目かの深いため息を吐き、そっと瞼を伏せる。
「……だめだな。こんな調子では、昔に逆戻りだ」
皮肉めいたように呟いた。
――昔。
それこそ、父に代わり総司令官の座に着任してまだ日も浅い頃、かなりの苦労を強いられた記憶が蘇る。
リズリーとの一件に動揺し、自分の在り方に迷走し、定まらない日々を送っていた若かりしあの頃。
当時、それまで父を尊敬し、ついてきていた部下たちは、誰一人としてレルムを認めてはいなかった。
『親の七光りのくせに』
『若造の指示なんか聞けるかよ』
嘲笑われ、馬鹿にされることも多かった。
味方が誰一人としていない中、それでも、やらなければならないことと歯を食いしばり、毎日のように足掻き続けた日々。
そんな中、唯一手を差し伸べてくれたのは、長くレルムの様子を見守ってきたポルカ王妃だった。
『あなたは、とても頑張っていますね。辛いことがあったと言うのに……』
誰も示さなかった理解を示してくれた、初めての瞬間でもあり、慈悲深いポルカのために忠義を尽くすと決めた瞬間でもあった。
それまで何を目標にすればよいか路頭に迷っていたが、方向を見出したレルムは、それまでの自分に蓋をして少しずつ功績を積み上げていくことで、徐々に部下から認められるようになり、そして今がある。
だからこそ、またあの頃のように揺らぎやすくなっている現状は、良いとはいえない。
ペブリムは閉じていた目を薄く開く。
「……なぜ、命まで取らなかった?」
剣を振りかざしたリズリーの顔を思い出す。
狂気に満ちた強い殺意に、何の躊躇いもなく剣を振り下ろされた。それをかわす余裕が持てず、刹那、レルムは覚悟を決めたが、彼女の剣は命までは取らないギリギリのところで斬り捨ててきた。
『覚悟のない人を相手にしなきゃならないなんて……興が削がれたわ』
リズリーの捨て台詞を鮮明に記憶している。




