理由
部屋へ戻されたペブリムは、問答無用で寝室に押し込まれる。
「ドリー、タオル持ってきて!」
「はい」
「あ、あと汗拭く水と……それからそこにある包帯とガーゼも!」
まるで手慣れたようにドリーに指示を出すリリアナは、くるりとペブリムに向き直ると、腰に手を当ててむっと顔を顰めたまま怒ったような表情を浮かべる。
「汗は傷口に良くないんです。今から拭いて新しく包帯巻くんで、服を脱いでください」
今のリリアナの頭の中は、ペブリムを“傷を負った患者”としか思っていないのだろう。平然と衣服を脱ぐ指示を出す。
まさかこんなことになるとは思っていなかったペブリムだったが、王女である彼女のいう事に従う以外の選択肢はなく、言われるままに服のボタンに手をかけて脱ぎ始める。
「あ……! いや、ちょ、ま、待って!! 待ってください!」
半分ほど脱いだところで、突然ハッとなったリリアナが慌て始める。ふと顔を上げれば、真っ赤な顔をしながら大慌てで両手で顔を覆い隠して顔を背けた。
ペブリムが不思議そうな顔を浮かべていると、リリアナは顔を隠して背を向けると何も言わずにその場にしゃがみ込んでしまう。
「リ、リリアナ様?」
ドリーが驚いて声をかけると、リリアナはいやいやをするように首を横に振りドリーを手招きで呼び寄せ、傍に近づかせる。
「い、勢いで言っちゃったけど……なんか、今凄いことしてるよねあたし」
「え……?」
「いくらなんでも脱げなんてさ……やばくない?」
「……」
こそこそと話しているようだが、まるで隠しきれていない。
一人で慌てふためき、後ろから見ても分かるほど顔を真っ赤にしているリリアナを見ていたペブリムとドリーは、しばしの沈黙のあと思わず小さく噴き出してしまう。
「わ、笑わないでください! あ! だめだめ! ちょ、振り返れないんですけど!?」
反動で振り返ろうとして、リリアナは再び背を向けて一人でパニックになっている。
ドリーは肩を震わせながら必死になって笑いを堪えようとしていたが、どうしようもなくなり顔を俯けてしまった。
「ドリー酷くない!?」
「い、いえ、も、申し訳ありませ……」
震える声でなんとかそう答えるも、言葉尻が堪えきれずに飲み込み顔を背ける。
ペブリム自身も、そんな二人のやり取りを見ている内に、知らぬ間に笑みが浮かんでしまっていることを自覚した。
本来なら丁重に断るところだが、こうなった彼女が引かないことを旅の中で知っている。
「……リリアナ様に処置をして頂けるなら、身に余る光栄ですね」
「え?」
そう言うと、ペブリムがリリアナに背を向けて着ていた上着を脱いだ。
リリアナが恐る恐るその背を振り返ると、巻いている包帯には、汗に混じって背中にまで滲んでいる血の跡が見えた。その瞬間、リリアナの表情が再び村医者の娘としての表情に戻る。
「……背中にまで滲んでますよ。血」
「無理を押しました」
僅かに顔を下げ、ペブリムがそう言うとリリアナはそっと傍に近づいて来る。
「包帯、外していきます」
「はい」
留められていた包帯を外し、巻き取っていくと傷口に当てていたガーゼを取り去る。鎖骨から腹部にかけて縫われている傷は深い。じんわりと傷口から溢れ出る赤い雫は静かに鍛え抜かれた腹部へ向かって流れていく。
「……ガーゼ足りないかも」
「では、医務室から頂いてきますね」
ドリーはそう言うと部屋を後にした。
リリアナは血が衣服に染み込まないようガーゼで押さえ、水を濡らした布を固く絞り、背中の汗を丁寧に拭い始める。
静かな室内に、汗を拭う音だけが小さく響く。
「……なんで、こんな無茶しようとしたんですか」
リリアナがふと、そんなことを呟いた。
彼女の言葉に、ペブリムは静かに瞼を伏せて僅かに顔を伏せる。
「……このような結果を招いた、自分自身の未熟さが許せませんでした」
「怪我が治ってからでもいいじゃないですか」
「……そうですね」
彼女に咎められては、ぐうの音も出ない。
「ですがこうしている間に、この状況を逆手に取ったマージが奇襲を仕掛けてくる可能性を考えると、一刻の猶予も許されないのですよ」
「……」
そう言うと、今度はリリアナが言葉を呑んだ。
「あたし、まだここに来て全部を知ったわけじゃないですし、まだ何も知らないことの方が多いですけど……でも、大事な人には無茶をしてほしくない、です」
リリアナの言葉にペブリムが顔を上げて肩越しに僅かに振り返る。視界の端に見えるリリアナは口を一瞬閉じると、僅かに声を張って誤魔化して言い訳するように早口に喋り出す。
「ぺ、ペブリムさんは村からずっと近くで励ましてくれたじゃないですか。だから凄く頼れる人だし、ペブリムさんがいたから今あたしがいるわけで! そ、それにここには王妃さまもいるわけだし、ドリーだってもう友達みたいだし……」
まくしたてるように話すリリアナに、ペブリムは薄く笑いながら再び間を向いた。
「……ありがとうございます」
「……」
静かに礼を言うと、リリアナはそれまで無意識に入っていた肩から力を小さく抜く。そしてぽろりと呟いた。
「だから、無理しないでほしいんです……。誰かがいなくなるのは、怖いし」
「?」
リリアナはタオルを水に浸し直して絞りながら話を続けた。
「あたしの村での両親は、ある日突然事故で死んでしまったから……」
「……」
「ゲーリも当時はまだ子供だったのに、小さかったあたしを守ろうと泣く間もなく頑張ってくれてたの、忘れられなくて。だから、またそんな思いしたくないんですよね」
その言葉に、ペブリムは静かに聞きながら自分の手を見つめる。
自分はそのために存在している。誰もが悲しまないように、国に暮らす人々が見ず知らずの人間の手によって、ささやかな幸せを壊されないように……。
「……そのために、私が……私たちがいるんです」
「……」
「私は、この国に暮らす人々の平和を守らなければならない。陛下やあなたをお守りしなければならない……。多くの人々の未来の為に、戦わなければならないのです」
自分で言いながらもう一度自分自身を見つめ直すペブリムに、リリアナは視線を落とした。




