告白
「ところで、レルム。あなたのその体のことだけど……」
ポルカはちらりと扉の向こうへ視線を投げ、言い含むように言葉を続ける。
「あの子にはまだ話せていないようね?」
「はい……」
「いつまでも隠し通せるものではないわ。特に、あの子にとってあなたはとても近しい存在なんだもの。きちんと説明するべきです」
「はい……」
その時、扉の向こうで人の動く気配があり、直後に扉が開かれた。
「ご、ごめんなさい、遅くなりました!」
水瓶を抱えたリリアナが、気後れした様子で入ってくる。彼女なりに「先ほどの話を聞いてしまった」と言う事実を隠そうとしているのか、レルムには初めて見る不自然さが見えた。
それはポルカも同じだったようだ。しかしそんなリリアナを責めるつもりはない。
「あなたも、あまり無理をしないでね」
ポルカはリリアナの肩にそっと触れてそう言い置くと、部屋を後にした。
部屋に残されたリリアナは、気まずそうにしていたが、すぐに手元の水瓶に視線を落とす。
「あ、あの、水、飲みますか?」
「……ありがとうございます」
礼を述べれば、リリアナはレルムに背を向けて、テーブルの上に置かれていたグラスに手を伸ばし、水を注ぎ始める。
レルムは、そのか細く小さな背を見つめていた。
――か細くて弱々しく見えると言うのに、その内面は誰よりも強い方なのかもしれない。
旅を思い返せば、本来、もっと泣いたり喚いたり、取り乱すだろうと思っていた。しかし、彼女は戸惑いながらも落ち着いて事実を受け入れようとしていた。
ただの村医者の娘だったはずが、実は王家の人間だったと知れば、およそ受け入れ難いものだと言うのに……。
――そんな方だからこそ、この体のことを話しても大丈夫だろう。
レルムはそう思い、一度大きく息を吸った。
運よく、窓の外は明るさを帯びて日差しが届き始め、朝が近づいている。
「王女殿下。そのまま、話を聞いてくださいますか?」
「え?」
リリアナがグラスを手に振り返ろうとした瞬間、レルムはその動きを止めた。
「私はあなたに、言わなければならないことがあります」
レルムは痛む体を起こす。
頭は熱に浮かされて、痛みと揺れるような感覚を覚える。それでも今、この時でなければ話すタイミングがない。
リリアナは戸惑いながらも、レルムに背を向けたまま立っている。
窓から朝日が差し込み、それまで薄暗かった部屋が明るさを帯びていく。その光はレルムにも届くと、体の奥からゾワリとした感覚が体全体に走り抜ける。
いつまで経とうと慣れないこの感覚に、レルムは深い息を吐いた。
「……どうぞ」
そう発した声は先ほどとは違い、僅かに高く、線の細い声音に変わっている。
リリアナがゆっくりと、恐る恐る振り返ると驚きに目を見開く。
「嘘……」
目の前の事実にそれ以上の言葉がなく、息を呑んだリリアナの姿を前に、心情は複雑だった。
並の人間なら、驚きのあまりに気味悪がるだろう。
レルムと言う名の男性が、ペブリムと名乗る女性へと変貌し、目の前にいるのだから……。
ペブリムは彼女の視線を浴び、一瞬、息を詰めた。
「……私の体には、昼夜で性別が入れ替わる呪いがかけられています」
この事実を知るのは、この国の中でもポルカを含めたほんの一握りしかいない。その中に、リリアナを巻き込む形になるのだが、それでもこの事実を明かすことは複雑で……怖い。
――この方はどんな反応をするのだろうか……。
こちらを見つめたまま硬直してしまったリリアナに、ペブリムは僅かに視線を下げる。
――やはり、そうなるよな……。
仕えるべき主に秘め事はできない。しかし、その反応はいつまでも慣れそうになかった。
ペブリムは額から流れる汗をそのままに、痛みに顔を顰めて酷く痛む傷に手を当てる。
「……驚かせてしまい、申し訳ございません」
「……どうして、そんな……」
リリアナがやっとの事でそう切り返すと、ペブリムは顔を俯けて深く息を吐く。そうする事で少しでも痛みを逃がそうとするペブリムを前に、リリアナはグラスをテーブルに置いてそばに駆け寄ってくる。
「と、とにかく横になって下さい」
触れた肌は驚くほどに熱い。かなりの高熱が出ている事が分かり、リリアナはそっとペブリムの体をベッドに横たわらせた。そして汲んで来たばかりの冷たい水に布を浸して、そっと滲み出た汗を拭う。
ペブリムは天井を見上げたまま静かに話し出した。
「……この事をすぐに言い出せなかったのは、あなたが怖がると思ったからです」
痛みを堪えながらそう呟くように言った言葉に、リリアナは俄かに眉根を寄せる。
「あなたは、怖くはありませんか……?」
ペブリムは瞳を閉じ、らしくない発言だと思いながらも、熱に浮かされたようにそう訊ねる。
リリアナはぎゅっと布をきつく握り締めると、首をゆるゆると横に振った。
「あたし、そんな事で怖がったりなんてしません。……確かに、驚きはしましたけど……」
その彼女の言葉に、ペブリムは閉じていた目をゆっくりと開いて、リリアナへ向けた。
あまりに素直な言葉。しかしそれは傷をつけるための言葉でなく、この事実を容認する、ペブリムにはとてもありがたい言葉だった。
――この方は、やはりポルカ様の御息女で間違いないな。
ペブリムはほっと胸を撫で下ろす。
かつてこの事実を明かした時、ポルカもまた似たようなことを言っていた。
『私が怖がる理由はありません。それよりも、あなたの方がよほど怖かったことでしょう』
あの時の言葉は、いまだに忘れていない。
「とにかく今はゆっくり休んでください。傷に障ったら良くないですから」
リリアナはもう一度、温くなった布を水に浸して絞りペブリムの額に乗せる。その心地よさと、少し前に飲んだ薬がようやく効き始めたのか、ペブリムは再び眠りについた。




