想定外の動き
会議室へやってくると、その場にいた各部隊の隊長や騎士たちの面々が一斉にこちらを振り返る。
「どういう事だ?」
レルムが協議台まで歩み寄り、広げられていた地図へと視線を落とす。すると先のミシェリア半島へマージ兵の制圧に向かっていた騎士団長が、訳が分からないといった顔で口を開いた。
「それが……我々も理由が分からず……」
レルムが深手を負い城へ戻って来て、ポルカの指示のもとすぐに追撃用の別軍を派遣していたのだが、彼らが現地へ到着して間もなくは、激しい攻防を繰り返していたという。だが、ここのところ不可思議なことが起きていることを、騎士団長は感じていた。
「……マージ兵の減退?」
「はい。日を追うごとに兵士の数が減っていることを感じていました。我々が仕留めた人数は然り、それを上回るように明らかに少なくなり、ついには……」
「いなくなったと?」
「はい。それが約二週間前です。様子を見に偵察隊を向かわせたのですが、跡形もなく忽然と」
「リズ……マージ総司令官は?」
「マージ総司令官の姿は始めからどこにもありませんでした」
リズリーが始めからいなかった?
その言葉を聞いた瞬間、レルムの眉間に深い皺が刻まれる。
あの日、自分の身に傷を受けるのと同時に彼女の腕にも傷を残した。だが、手負いになるほどの傷には至らなかったはず。そもそも、全ての片が付くまではその場を離れることはないはずだが……。
「……町人たちは?」
「……」
その問いかけに、一瞬騎士団長は口を閉ざす。だが、おもむろに口を開いた。
「マージ兵が去るのと同時に……」
「……!」
強引に侵略をされ、要塞建築を進めさせられていた人々の無念を思うと、言葉が出ない。
ここまで非道な行いを命じたリズリー本人はその場におらず、他の兵たちの手を汚させる行いも人として疑ってしまう。
――彼女の戦の基準は、全て私にあると言うことか……。
その場にレルムがいないのなら、ことを進める意味がない。それでも後を追って来ざるを得ないようにと、残忍なことを平然とやってのけるリズリーに、レルムは苦し気に顔を歪め、きつく拳を握りしめた。
――私が、人々を苦しめる核になっていると言うのか……。
「レルム様……」
「……状況は分かった。すぐに救護班を現地に向かわせ、人々の弔いを」
レルムはそう言うと、会議室を後にした。
その日の深夜。
レルムはいつも通り、城内の見回りに出向いていた。しかし、その表情はいつもよりも固く暗い。
静かな城内を靴音を響かせながら歩いていたレルムの足が、いつしか止まった。
じりじりと手元のランプの中で炎が蠟を溶かしていく様を見つめる瞳には、深い責任の色が滲んでいる。
「……」
一瞬、強い風が吹き、傍にあった庭園に月明かりが差して明るくなった。
レルムが暗い表情のままそちらに目を向けると、その視界の端にポルカの姿が映る。それに気付いたレルムが、慌てて廊下を渡ってこちらに歩いて来るポルカを振り返った。
「陛下。このような夜更けにいかがされましたか?」
レルムがそう声を掛ければ、ポルカは肩のショールを軽く引き寄せながらランプを持ち上げる。
「仕事をしていたら、いつもとは違うあなたの姿が窓越しに見えたのよ」
「陛下……」
「……ミシェリアでのことね?」
多くを語らずともすぐに理由を察するポルカに、レルムは言葉を吞み込んで僅かに視線を外した。
ポルカは小さく息を吐き、心配そうにレルムを見上げながら首を捻る。
「近頃は、表情に少し余裕が出来たと思っていたのだけど……。やっぱり、そう簡単にはいかないわね」
「……」
「ミシェリアでの話は私も聞きました。何の罪もない人々のことを思えば胸が痛むわ……」
ポルカ自身もやるせない思いから表情が曇る。一角とは言え、デルフォス領地の人間が消されてしまったとあっては、王妃としての責任を重く受け止めなければならない。
「今回のことは、あなた一人の背に背負うものではありません。王不在の今、私の責任でもあるの」
「陛下……しかし……」
「そういうことなのよ。私の力不足もあったのだわ」
頑として譲らない強い口調で話すポルカに、レルムはそれ以上言葉が出ない。
じっと見据えるように見つめていたポルカは、複雑な表情を浮かべているレルムに対しふっと目尻を緩ませて微笑んだ。
「そんな顔をしないの。あの子が心配するでしょう?」
「……それは」
「王家の人間に余計な心労をかけさせるのは、あなたの本意かしら?」
「いえ……」
「……レルム。あなたが真面目で、他人の痛みも自分が引き受けてしまうほど責任感が強いことは、長く見てきたから理解しているつもりよ? でもね、あなたはあなた。このデルフォスになくてはならない大事な存在であることを、忘れてはいけません」
ポルカの言葉が、胸を刺す。
レルムの視線とポルカの視線が交わると、ポルカはようやくふんわりと微笑み返した。
「じゃあ、私は部屋に戻るわ」
「部屋までお送りいたします」
そう言うと、ポルカは小さく頷いた。
すぐそこだとはいえポルカの部屋へ送り届けたレルムは、部屋を後にするとゆっくりと見回りに戻る。
レルムは再び庭園の傍まで戻って来ると、一度そちらに目を向けた。
月明かりに照らし出された中庭の中に、幼い頃の自分とリズリーの姿を見る。何の因縁もしがらみも持たない、自由で気ままだったあの頃のリズリーは良く笑う、明るい少女だった。しかし、今の彼女の眼光には凍てつくほどの冷たさと暗い野望しか見えない。
――リズリー……君の目的は一体なんなんだ……。
レルムは、固く手を握りしめた。




