お披露目パーティ
「ごめん、無理。これもう絶対無理なやつだわ」
レルムとの特訓を経て、お披露目パーティ当日の夜。
たっぷりとしたドレープカーテンの隙間から大広間を見下ろすと、リリアナを一目見ようと駆けつけた大勢の人間達が談笑している姿が見える。そんな姿を見ているだけで、例えようのない緊張感と吐き気を覚えたのか、リリアナは青ざめた顔でカーテンの影に隠れた。
想像を超える沢山の人間達の波を見ていると目が回りそうで、顔色も悪い。
「リリアナ様。覚悟を決めるしかありませんわ」
すぐ後ろで励ますようにドリーが言うと、リリアナは今にも泣き出しそうな顔で彼女を振り返った。
「だって、こんなに沢山人が来るだなんて聞いてない」
今朝早く、まだ完全に目覚めてもいない内から始まった準備。
うつらうつらとしている間に、ドリーを筆頭に数人の侍女達によって夜着を脱がされ、ペチコートやコルセットをこれでもかと言わんばかりにギュウギュウ締められ、これまでとは格段に違うゴージャスなドレスを着させられていたのだ。
息苦しさは、コルセットのせいだけじゃない。
これから始まろうとしているパーティと見た事もない人口密度のせいだ。
「いや、やっぱり無理だよ。無理無理。そもそもあたし、王女様って器じゃないし」
蒼ざめたままの顔をひたすらに振り、ついでに手も横に振る。
「そうは仰られても、もう後には引けないところまで来ていますわ」
「だけど……」
往生際が悪い。それは十分に分かっているつもりだった。
一度は覚悟を決めてここへ来た以上、ここに乗っ取ったやり方でやると決めた。それでも、大広間に集まった人々の声の多さを聞くとやっぱりどうしても尻込みしてしまう。
「ダメダメ、無理だってば。だってもう、習った事全然思い出せないし頭真っ白だし……」
両手を固く組んでぎゅっと目を閉じ、半べそ状態になる。
「体調不良とでも言って、出ないって事に出来ないかな」
「あらまぁ……。具合が悪いの?」
ふいに後ろから声がかかり、リリアナは飛び上がった。
咄嗟に背後を振り返ると、そこにはやはり綺麗なドレスをきちんと着こなして威厳を感じさせるポルカとレルムの姿があった。
「お、王妃、様……」
緊張と不安のあまり口走ったドタキャン宣言に、リリアナの顔が思わず引きつってしまった。
ポルカはそんなリリアナを責める訳でもなくにこやかに微笑んだ。
「何も心配はいりませんよ。あなたは微笑んで座っているだけでいいのです」
「で、でも……」
「大丈夫。全部私に任せて。何かあっても、私やドリーたちもうまく立ち回ってくれますから」
ポルカはにこやかにそう言うと、ポンポンと肩を叩いた。
リリアナはそれ以上何も言えず、チラリとレルムを見る。その視線に気づいたレルムはふっと目尻を緩ませて微笑んだ。
「殿下。ここに集まった多くの方々が、あなたのことをずっと待っておりました。その御姿を見せることに意味があるパーティです」
深く考えず、ただそこにいてくれるだけでいい。
レルムの言葉に、リリアナはぐっと口を引き結ぶ。
「あたしがこの大事な場面で間違えちゃったら、王妃様や他の人にも迷惑になるんですよね……」
リリアナのその言葉に、ポルカもレルムも少しだけ驚いたように目を見開いた。
緊張感から逃げ出したい理由が、自分の都合ではなく周りの人に迷惑をかけてしまうことを恐れているのだと言う理由に、彼女の責任感の強さを見た気がした。
「……付きっ切りで教えてくれたモーデルさんにも、恥をかかせる事になっちゃうし……」
ボソッと呟いた言葉が聞えたモーデルは、感激したように口元に手を当てた。
リリアナはコルセットに締め上げられていることだけでなく、緊張から無意識に呼吸が浅くなっていた。それに気付いたレルムが一歩リリアナに近づく。
「リリアナ様。深呼吸をしてください」
リリアナは言われるままに深呼吸をした。何度か深呼吸を繰り返すうちに少しだけ落ち着いてくる。
やがて、覚悟を決めたようにぎゅっと手を握ると、一度息を飲み込む。
「……よし、頑張る」
そんなリリアナの姿を見たポルカは、ニッコリと笑みを浮かべた。
その時、大広間からファンファーレが鳴り響く。その音に、それまで談笑していた全員が口を閉ざし静けさを取り戻す。
「お集まり頂きました紳士淑女の皆様。お待たせいたしました。ポルカ王妃と、この度無事にご帰還を果たされましたリリアナ王女の登場です」
大臣の声が大広間全体に響き渡る。
ポルカはもう一度リリアナを振り返ると、いたずらっ子のような笑みを浮かべた。
「私から行きますよ。あなたはレルムに付き添って貰って来て下さい」
「はい! ……は、え?」
元気よく返事を返してから、間の抜けた声を上げて聞き返すもポルカは先に歩いて行ってしまった。
大きな歓声があがる中、目を瞬いているリリアナの横にそっとレルムがつく。
「では、参りましょう」
「え? ちょ……っ、ええええ?!」
「手をこちらに……」
差し出された腕に戸惑っていると、レルム自らがリリアナの腕を取りそこに絡ませてくる。
「ご、ごめんなさい。こう言うの慣れてなくて、凄い、恥ずかしい……です」
「時期に慣れますよ。さぁ、参りましょう」
レルムに誘われ、リリアナはぎくしゃくしながら歩き出した。
赤紫色のドレープカーテンをくぐると、すぐに眩しい光が目の前に飛び込んでくる。
レルムにエスコートされて階段の上からリリアナが姿を見せると、ポルカの時以上に大きな歓声と拍手が沸きあがった。
「お席までご案内します」
そっと囁かれ、レルムと共に階段を降り始める。足を踏み外さないよう細心の注意を払いながら、一歩ずつ階段を下りていくとロープに囲まれた玉座まで連れてこられた。
二つ並んだ玉座の一つにはすでにポルカが腰を下ろしている。
リリアナはレルムに手を取られたまま、そっと指定されていたもう一つの玉座に腰を下ろした。
「……笑顔を忘れないでください」
完全に腰を落ち着かせるのを待っていたレルムは、傍を離れる間際にリリアナにそう耳打ちをする。
ぞくっとするような感覚を感じながらも、リリアナは緊張感のある引きつり気味の笑みを何とか浮かべた。
圧倒的な人数の注目を一身に浴びるリリアナの隣にレルムは立った。
これが、リリアナにとって初めて王女として行う公務の第一歩。いずれ、この状況にも慣れていくことだろう。今はただこの場で静かに佇んでいることが、リリアナがなすべき仕事だった。




