秘密特訓・2
「……」
――そう言えば……。
目の前で体を震わせるリリアナを見つめていると、まだ十代だった時のことを思い出した。
昔から剣術ではリズリーに敵わなかったものの、唯一ダンスでは勝てた。
リズリーは剣術では舞うような軽やかな身の捌きで間合いを詰めてくると言うのに、ダンスに至ってはなぜか思うように体が動かず、息を潜めて硬直してしまう。結果、彼女は上手く踊ることができずに、いつも壁の花を飾っていることが多かった。
『……レルムとなら上手く踊れるのに』
そう言ってむくれていたのを思い出す。
――彼女も、息を詰める癖をもっていたな……。
レルムは無意識に、当時リズリーの緊張感を解くためにしていた行動を取った。
緊張で息を詰めたままのリリアナの頬に軽く指先を当ててみる。するとピクッと体を反応させたリリアナは、頬を掠める指の感覚とくすぐったさに堪えきれず、閉じていた口を開いて吐き出し、思い出したように大きく息を吸い込んだ。
「な、な……」
リリアナはレルムが触れていた頬に手を当て、真っ赤になりながら見つめてくると、レルムはそこで我に返り慌てて触れていた手を握り込んだ。
「すみません。息を詰めたままではレッスンにはならないかと思いまして……」
「い、いえ! だ、大丈夫です! おかげで思い出しました! 息するの!」
レルムの申し訳なさそうな言葉に、リリアナは慌てたように手を横に振った。
リリアナは自分の胸に手を当て、気恥ずかしそうに視線をそらしながらぼそっと呟く。
「……びっくりはしましたけど」
「驚かせてしまったようで申し訳ありません。こうすれば緊張感が解ける人がいたので……」
その言葉を聞いた瞬間、リリアナは急にムッと顔を顰める。
レルムは、なぜリリアナが突然そんな顔をしたのかが分からずに目を瞬く。すると、リリアナは面白くなさそうな顔をしながら、レルムを見上げた。
「ダンスの特訓、お願いします」
「……はい」
何か触れてはならないスイッチに触れたのだろうか。
レルムが手を差し伸べると先ほどとは打って変わり、リリアナは堂々とその手を取り、腰に手を回しても動じることなくまっすぐにこちらの顔を見つめてくるようになった。
レルムは突然の態度の変化に戸惑ったが、せっかくやる気になったリリアナの気持ちに沿うよう手解きを始める。
基本のステップを繰り返し繰り返し、体に叩き込むように何度も舞う。
リリアナもまた、ペブリムとの歩幅に慣れていたせいかレルムの歩幅に何度か戸惑いながらも、数回踊るうちに感覚を掴んだのか、こちらに合わせられるようになってきた。
――驚いた。ここまで急成長されるとは……。
危うい足取りに、何度も足を踏みかけてはいたがすぐに体勢を立て直し、何よりも高い集中力で独り言のようにステップのリズムを口にしている。
今は夜着に踵の高くない靴を履いているが、この調子であればすぐにヒールを履いた状態での練習に切り替えられるかもしれないと思った。
一曲終わるくらいの長さで舞っていた二人は、静かな月明かりの下最後のステップを踏むとふわりとリリアナの夜着が緩やかに揺らいで、静かに落ち着いた。
「……できた!」
リリアナは、踊り終えた瞬間に嬉しそうに笑いながらパッと顔を上げる。だが、すぐに顔を下げた。
「まだ前回から二回目だと言うのに、お見事でした」
レルムはふっと目尻を緩めて微笑むと、リリアナは照れたように視線を下げたまま僅かに口を尖らせる。
「……あの」
「はい」
「さっき言ってた人って……」
口籠ったリリアナだったが、それ以上の言葉を続けることもなく首を横に振った。
「やっぱり何でもないです! 今日はありがとうございました!」
「……いえ」
「また明日もお願いします! じゃ、おやすみなさい!」
リリアナはそう言うと足早にその場から離れ、部屋の中に戻って行った。
レルムはそんな彼女を不思議そうな顔を浮かべたまま見送り、気後れしたような気持ちになる。
ガチガチに緊張して照れていたかと思えば、突然怒り出したり、嬉しそうに笑ったり……。
表情豊かなリリアナは、正直見ていて飽きないと思った。
「……」
レルムは何気なく自分の手を見下ろす。それは先ほどリリアナの頬に触れた方の手だった。
自分でも驚くほど自然に手が伸びた。昔、ああやって触れれば、リズリーはほっこりとした笑みを浮かべて緊張を解いていたのを覚えている。
『……不思議ね。あなたのそばにいると、楽に息が出来るの』
当時のリズリーは、触れたレルムの手に頬を摺り寄せ、瞼を伏せていたことを思い出す。
リリアナも同じように緊張感を解いてくれるものだと、勝手に思い込んでいたところがあったのかもしれない。だが、彼女はレルムが思っていた方向とは違う方へ向かった。
――本当に、不思議な人だ。
レルムは、これまで生きてきた中で出会ったことのないタイプのリリアナに驚かされることばかりで、そしてそれも悪くはないと感じていた。




