リリアナと言う人.2
「み、見てたんですか……?」
カーっと顔を赤らめながら慌てふためくリリアナに、ペブリムは少しだけバツが悪そうな顔をする。
黙って見ていたと聞いては、あまり良い気はしないかもしれない。そう思いはするものの、嘘を吐けるほど自分は器用な人間でもなかった。
「夜の見回りの時に……」
「……な、何で声かけてくれなかったんですかっ!」
リリアナはますます顔を赤らめ、そわそわと落ち着きが無くなる。
「真剣に頑張っておられたので、お声がけしては邪魔になるかと思ったんです。日頃からあんなに努力されているとは知らず……」
「ち、違うんです! その……なんていうか、座学より体を動かしてる方が性に合ってるから……」
そう言うリリアナに、ペブリムは妙に納得する。
確かに座学の途中で逃げ出すだけではなく、木に上り下りするのも容易にこなすリリアナならば、と思う。
「そ、それに……」
「?」
それ以外に何かあるのかとリリアナを見れば、彼女はもじもじと指先を遊びながら視線をそらし、ボソッと小さな声で呟く。
「ぺ、ペブリムさんと一緒にできる、レッスンだから……」
「……」
その呟きを聞いて、一瞬ペブリムは固まってしまう。
リリアナは言った傍から、慌てて言い訳をするように言葉を続けた。
「だ、だって! ペブリムさん教えるの上手だし無理強いしないし、あたしの話ちゃんと聞いてくれるし、気遣ってくれるし優しいし、一緒にいると安心するし、一緒だったら頑張れちゃうなぁとか、みんなに認めてもらえ易いかなぁなんて思ったりもした、し……?」
早口にまくし立てながら話す言葉の語尾の勢いがだんだん弱まり、最後の最後では「何を言っているんだろう?」と疑問に思ったのか、リリアナは思わず首を傾げた。
ペブリムはあまりの勢いに言葉に詰まり、呆然としてしまっていた。そんなペブリムを見たリリアナは我に返ったのか、カーっと顔を赤らめながらパタパタと手を横に振った。
「あ、えっと、その! ち、違うんです! あ、違わないけど違うんです!! え、あたし何言ってんの??」
もはや何を言っているのか自分でも分からなくなっているのか、リリアナはパニックになっていた。
余計なことを口走ってしまったと頬に手を当てて顔を俯かせるリリアナに、ペブリムは浅く息を吐く。
「……そうでしたか」
「……き、聞かなかったことにしてください」
リリアナは苦し紛れにもそう呟きながら口を尖らせる。
正直、彼女が自分を慕ってくれること自体は有り難いと思う。何より自分の手助けがあれば、努力を惜しまず周りに認めてもらえるかも、と言う思いがあるなら応えないわけにはいかないだろう。
「分かりました」
「へ?」
「僭越ながら、私がお手伝いいたします」
リリアナは思わずポカンとした顔を浮かべる。
「あなたが一刻も早く周囲に認めてもらいたいと思う気持ちに、私も助力を惜しみません。夜のレッスンのお相手をさせていただきます」
「えっ!?」
「ですが、まずはその足を治してからに致しましょう」
ペブリムがそう言ってにっこりと笑うと、リリアナは真っ赤な顔をして口をぱくぱくと動かすことしかできなかった。
***
その頃、マージ王は荒れていた。
ようやく乗っ取った要塞の完成が遅れている事は然り、今がデルフォスにとって一番攻め入りやすい時だと言うのに、リズリーが動き出さないことが原因だった。
「リズリーの奴は何をしているんだ!」
大振りな体を揺らしながら憤怒の表情を見せるマージ王に、兵士達はビクビクと怯えの色を露にしていた。
「そ、総司令官殿は、先の戦いで負った傷がまだ癒えぬと部屋に篭っております」
「何だと? 一週間以上も経つと言うのにまだ傷が癒えないと言うのか? そんな馬鹿な話があるものかっ!」
強欲で自分の思うようにならなければすぐに処刑だと騒ぎ立てる荒くれ者のマージ王に、その場にいる兵士たちは慄いていた。
兵士達がマージ王のご機嫌を取ろうと必死になっている間、リズリーは一人部屋にこもっていた。
先の戦いで負った傷。剣を振り被った時、レルムが咄嗟につけた傷が腕にあるものの、彼とは違い深刻さを極めるようなものではなかった。しかしリズリーはその傷を大袈裟に取り扱い、一週間以上も部屋から出ず療養を続けているようにしていたのだ。
着慣れた部屋着に袖を通し、何気なく窓辺に立ってみる。
窓の外は雨が降っているために良く見えない。窓を叩く雨の音が、薄暗い部屋の中に響き渡っている。
リズリーは窓ガラスにそっと手と額を押し当て目を閉じた。
「……レルム。今とても、あなたに逢いたいわ」
――もう一度、その腕に抱かれたい。
そう願って止まない。だが、彼はもう自分の元へは戻らない事は分かっていた。何もかも、あの時から自分がそう仕向けたのだから。
閉じていた目を開いて、窓を流れ落ちる雨を見つめた。
雨が流れていくさまを見ていると、まるで自分を見ているかのように思えた。
「今でも、あなたを愛してる……」
リズリーはぎゅっと自分の体を抱きしめた。
レルムに深手を負わせて一週間以上もの時間が過ぎた。今は傷もだいぶ癒えている頃に違いない。
「……早く覚悟を決めて、私に会いに来てちょうだい」
リズリーはそっと腕の傷に手を当てる。いつか、この腕の傷が自分の命を脅かす傷になることを、願っている。




