表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/8

6 蠢くもの

喰い千切られる衝撃、引き裂かれる激痛。

襲いかかるであろうそれらから身を守る為、イノリは自らを掻き抱いた。

が。

構えど襲来しない絶望に、イノリは恐る恐る目を開く。



「――…え……?」



躍動した獣が首を切られ、血飛沫を撒き散らして墜落する。

四肢を切断された獣が、断末の咆哮をあげる。

影、だ。

夜の闇よりも更に深い黒が、獣を引き裂いていた。

牙を剥き出しにし、それに飛び掛かる獣。

しかし今度は背後から伸びた影に貫かれ、成す術なく墜ちていく。


イノリの凍えた体内が脈を打ち始めた。


影が何なのか、全く分からない。

イノリは腕から流れる血も、爪に食い込んだ土も頭になく。

ただただ、全てのものを切り裂くその暗い闇の熱に、魅入っていた。


また一匹。獣が叫びをあげる。

地面から伸びたかと思うと、全く別の角度からの一突きで獣の命をあっさりと奪っていく。

闇の中、全てを蹂躙するように躍動する影。



――俺を、護ってくれた……?



ぞくりと肚の中で、何かが蠢く。

どくどくと胸が鼓動を打つ。

血液が、沸騰する。

陶酔したように、目が離せない。



獣たちが降らせる赤い雨が止むまで、イノリはその場から動けなかった。




+++++++++++++++++++++++++




ツキン、と引き裂かれた右腕に皮膚が張るような痛みが走った。

イノリはそっとそこを摩る。

あれから1週間。幸いにも、腕の怪我は深くはなかった。

あの夜。

あの森。

獣が殲滅された後、影の姿も見えなくなっていた。

疲労困憊のイノリがその体を引き摺るように戻った寮は、案の定混乱の最中だった。

ピノは学舎の周辺でロケットを探していたようで、程なくシィマによって連れ戻されていた。しかしロケットの捜索に出たイノリが戻らなかったため、彼の身の安全を考慮したタックが学府側に所在不明を報告。教師陣が急ぎ捜索に乗り出そうとしていた頃、血泥に塗れたイノリが帰寮したのだ。

何よりも先ず怪我の治療を、と担ぎ込まれた医務室で、ピノはずっと泣いていた。


――ありがとう、ごめん、駄目だよ。


渡したロケットを握りしめ、大粒の涙を零しながら彼は感謝と、謝罪と、控え目な戒めを繰り返しイノリに言い続けていた。

夜の森に侵入し危険に巻き込まれたことから、イノリは翌一日自室謹慎となった。ただ、それは怪我をしているイノリを慮ってのことで、処分は形だけのものであることは誰の目から見ても明らかだった。

代わりにバジーは5日間の謹慎処分を受けた。

イノリは学舎から外に出る。いつもなら授業が終わると自室で勉強の続きをするのだが、今日は少し外の空気の下、考えたかったのだ。

一本の木の幹に寄りかかり、イノリは目を閉じた。

あの夜の出来事を、イノリは一部、報告していない。

ロケットを発見した後、獣同士の争いに遭遇してしまいなんとか逃げ帰った、と説明している。

何故だろう。秘密にしなければ、と思ったのだ。そしてその方が事実よりも納得がいくことも、理解していた。



あれは。

あの影はなんだったのだろう。



意味不明な存在だ。あの森に生息している、ということだろうか。

稀に瘴気に侵され自我を狂わされる獣はいるが、それとは確実に異なっている。

何よりも、俺が殺されそうになった時に現れた。

万が一偶然だったとしても、獣を殲滅した後俺に襲い掛からなかったことの説明がつかない。

俺を護ること、が目的だった?


――何故?



イノリはふ、と上を見た。逞しい木は、豊かに茂る葉を揺らしている。

ちらちらと、太陽の光と葉の影がイノリの顔に落ちる。


輪郭は流動的だった。獣の姿ではない。

ただ、ほんの瞬く間、見た気がするのだ。

一瞬、影が人のような形になったことを。



どくん、と胸が高鳴る。



微精霊は粒子状の筈だ。

人型をとるのは、とれるのは―――。




「おい」



その声に、イノリは我に返った。

「こんな所でまた善行の計画か?」

イノリはそっと息を整えた後、振り返った。

「バジー…」

「ポイント稼ぎ出来てよかったじゃねえか。血が薄いと、苦労するな」

「…君はもう少し、考えた方が良い。家柄の効力は万能では無いんだ」

「お前はそれが喉から手が出る程欲しいんだろ?」

つきん。また腕が痛む。

イノリは静かに答えた。

「君と話すことは何もないよ」

こんな奴と言い争っても拗れるだけだ。

そう思い、イノリはバジーの横を通り過ぎようとする。

しかし、バジーは怪我をしているイノリの腕を掴んだ。

「いつっ…!」

「そうそう、顔に出せよ」

バジーは歪んだイノリの顔を見て、笑った。

「優等生の仮面で隠してんだろ?お前見てると気色悪いんだよ。怖いならしっかり震えてみせろよ」

「離せ」

「居場所作りに必死なんだろ?お前の価値証明に必死なんだろ?言ってやろうか、お前がなんであの森に入ったか」

「何言って…」



「死んでもよかったんだろ」



イノリの身体はびくりと震えた。

固まるイノリを見、満足気にバジーは続ける。

「賢ぉいイノリ・エンヴォルヴ君が夜の森の危険を甘く見積もる筈がない。友の為に規律を破った人間。友の為に傷を負った清い人間。そしてあわよくば、友の為に散った優しぃく可哀想ぉな人間。描いたのはそんなところか?」

バジーは嗤う。イノリを見下ろして。

「気持ち悪いよ、お前」

イノリの体の表面は、冬の湖のように冷たくなっていた。

違う、違う、違う。

俺は本当にピノに家族の写真を返したくて。

あの時本当に怖くて。

だが、イノリの心の奥底に蹲る少年は、バジーの言葉を振り払えなかった。

死体が残らないのは避けたい、と。

友人の為を想って危険を犯し命を落としたのだ、と。

可哀想、と。

そう、想ってくれればと、考えていた―――。

バジーはゆっくりとイノリの耳元に唇を近付けた。



「誰もお前なんか見ていない。お前は不要だ。後無しが」



イノリの幼い心に刃が刺さる瞬間、それは起こった。

ず、という不可思議な音と共に鎌鼬のような黒い風が走る。

イノリは何かから背を引かれ、思わず後ろに尻餅をついた。

同時に目の前のバジーに大きな音を立てて巨木の枝が落下した。

潰れた蛙のような悲鳴を上げ、バジーが蹲る。

驚いてイノリは木を見上げた。


木の枝は、まるで鋭利な刃物で切られたような断面を見せていた。



そして。

黒く伸びた影が、するりとイノリの影に収まっていった。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ