4 時には熱く語るのも
夕暮れ。
本日の作業は終了し、男達の姿は既にない。
がらんとした作業現場をイノリは眺めていた。
――楽をしたいのか?
――十と百。君は、どちらを選ぶ?
ヨルドの問答は、きっと大切なことだったのではないか。
そして、自分はまた、外してしまったのではないか。
少しでも考えをまとめたくて、イノリは帰路につけずにいた。
「お、坊主。まだ残ってたんか」
突然後ろから声をかけられ、思わずイノリは飛び上がる。
その様子を見て、ガンズは猫かよと笑った。
「親方。お疲れ様です」
「おう、お疲れ。どうかしたか?」
「あ…いえ、あの…。…大変な仕事だな、って思っていました」
「地味な作業だろ?きったねえしな!」
「そんなことは…!」
慌てて両手を顔の前で振る。
その少し汚れた白い掌を見、ガンズは目を細めた。
「坊主の周りじゃ、こういうのなかっただろうな」
イノリはガンズの言葉、その目から言わんとしていることを悟り、言葉を失った。
ガンズは目尻に皺を寄せながら続ける。
「お前さん、貴族かなんかだろ」
「あ、あの」
「構いやしねえよ。皆、何かしらの事情ってもんはある。俺としちゃ、働いてくれるだけでありがてえからな」
言い訳も謝罪も酷く場違いに感じ、イノリは言葉を発せないでいた。
ガンズはそんな不器用で誠実な少年を見て、笑う。
「…泥臭えだろ」
ゆっくりと歩き出したガンズに、自然とイノリは付き従う。
「汗水垂らして、時間をかけるより…って思うよな」
イノリは返事をしなかった。ただ、それが答えとなることを知っていた。
「俺がまだ若え、下っ端だった頃な。なんでも助成金が出るとかで建設事業が椀飯振舞な時期があった。それ急げってなもんで、予算があるうちに微精霊の術者をたんまり雇って、水路を作ったんだ」
ガンズは足を止め、掘削途中の水路を見下ろした。
「魂消たよ。あっちゅうまにご立派な水路の一丁あがりだ。ああ、俺らみたいなもんは時代から溢れていくんだなって、柄にもなく思っちまった」
ガンズは苦々しく首の後ろを掻いた。
「だがな。その水路は10年と保たなかった」
「え?」
「派遣された術者が失敗した訳じゃねえ。…あんまりにも早く完成したんでな、本来躓く箇所で誰も躓かなかったんだよ。砂溜まりが出来やすい部分も、離れたところに生えてる木の根が石壁を割っちまうことも。人の手と人の目で試しためしで作業してりゃ予測出来たのに、空から落っこちたみたいに出来ちまった水路を、誰も自分事と捉えられなかったんだ」
風が吹いた。
砂埃が流れていく。
「労力をかけることは、必ずしも無駄じゃねえと俺は思ってる。一個一個積み上げてな、育てていくんだ。のろのろと完成してくのも悪かねえよ。何せ、その方が愛着を持っちまう」
――一から十に飛びたいのかイノリ君は。
――間がない十は、十であることを知らないからな。
ヨルドの言葉が、在るべき隙間に嵌っていく。
そうか。
段階を踏まずに完成した城は、脆いのだ。経験も想いも積み重なっていない、描いた姿のままの、紙の城なのだから。
人々がどのように過ごし、どのように笑うのかを感じながら、創り上げていく。
それが人の営みなのか。
感じ入っているイノリの隣で、ガンズは一際大きな声で言った。
「なんてな。偉そうなこと言ったが、俺らみたいなのはこの仕事じゃねえとやっていけねえからな。精々泥に塗れて汗を流してやるさ。なんせ、その後の酒の味は極上だ」
ニヤリとガンズは笑った。
イノリはあ、と思う。もしかして、自分の半分も生きていない子供に語ってしまったことを、ガンズは少し恥ずかしく思ったのかもしれない。
イノリはふふ、と笑う。
「その味を知るのを楽しみにしています」
「いい顔だ」
ガハハと笑いながらガンズはイノリの背を叩いた。
「見回りも済んだし、俺は帰る。坊主も気をつけてな」
「はい、お疲れ様です」
去っていくガンズの背を見送り、イノリは再び水路に目をやった。
近道が、最善ではない。
回り道が、豊かにすることもある。
存在価値を保とうと、必死になっていた過去の自分。
常に意味のあること、最も効率的なことを狙っていた。
自分は沢山のものを零してしまっていたのだろう。
ほんの少し、視野が広がった気がした。
よし、とイノリは明日の朝運ぶべき土に目をやる。
それは「明日は任せておけ」という、偶然行った意思表示だった、のだが――。
「…え」
積まれた土塊に違和感を覚える。
イノリは駆け寄り、手で土を掻き分ける。
「嘘だろ…」
灰色に鈍く光る、それを手に取る。
この感覚。
間違いない。
土塊の中にあったのは、小さな精霊鉱だった。




