2 ついでに汗をかこう
「めっちゃくちゃ馴染んでる」
ブフォ、とミダはその青年を見て吹き出した。
汗を拭い水を飲んでいた青年は顔を上げる。短い黒髪、黒目をした真面目そうな青年はミダを認め、おお、と声を上げた。
「ミダじゃないか」
「久しぶり」
「遠いところよく来たな」
そう自分で言ってから青年は首を傾げた。
「何で来たんだ?」
「青少年の学びのお手伝い」
「そうか、それはいいことだ」
青年は反対側に首を傾げた。
「誰のだ?」
あれ、何だかちょっと…。
イノリは思う。
非常に短時間ではあるが、目の前の黒髪の青年が真面目そうな外見とは裏腹に、かなり独特であることをイノリは読み取った。
更に、もう一つ強く感じることがある。
深く観察をしようとしたイノリの肩にミダが手を置いた。慌ててイノリは背筋を伸ばす。
「初めまして。イノリです」
ぺこりと頭を下げたイノリに、青年もお辞儀を返す。
「初めまして。ヨルド・アンシャルだ」
「イノリは僕の弟子と言っても過言ではない」
「そうか、お弟子さんか。俺はミダの友人と言っても過言ではない」
胸を張り堂々と巫山戯たミダの言葉に、ヨルドは至極真面目に答えた。
―この人、て、天然だ…。
イノリはどんな表情で居ればいいか分からず、ぐにょりとした中途半端な顔になっていた。
そこに、もう一つの声が飛び込んでくる。
「おう、ヨルド。知り合いか?」
ひょいとヨルドがイノリ達の後ろに目を遣る。
「はい、親方。何でも青少年の学びの手伝いだそうで。…ん?何するんだ?」
ミダは親方と呼ばれる男を振り返って微笑んだ。
「お邪魔して申し訳ございません。この子、ヨルドの甥なのですがどうしても仕事を見てみたい、と言って聞かなくて…。丁度数日休みが取れたので、この機会に、と。…もしよろしければ、明日から簡単な作業でいいのでお手伝いさせていただいてもよろしいでしょうか?」
イノリとヨルドはギョッとしてミダを見る。
親方はイノリを上から下までしげしげと眺め、ガハハと笑った。
「感心感心!若いもんがこんな力仕事に興味があるなんて、嬉しいねえ。分かった、こっちとしちゃあ人手はあるに越したこたねえんだ。よろしく頼むよ。あんちゃんもやるかい?」
「いえ、お恥ずかしいことに私はあまり体が丈夫ではなく…」
イノリは薄目でジトリとミダを睨んだ。
しかし悔しいことにミダの美しすぎる外見は、有り余る程の説得力を持っていた。
「そうかい。確かにこんな別嬪さんを汚しちまうのは心苦しいわな。そんじゃ、明日から頼んだぞ、坊主」
ばしんと背中を叩かれ、イノリは引き攣った笑顔を返す。
親方と呼ばれた人物が十分に離れたのを確認し、イノリはミダに詰め寄った。
「ミダさん、どういうことですか!」
「視野をだね、広げようじゃないか若者よ」
「え、俺明日からここで働くんですか?」
「ちょっと待て、ミダ」
ヨルドも声を上げた。
「イノリ君は、俺の甥ではない」
おう、とミダは天を仰いだ。
「ヨルド、あれは冗談だ」
「冗談だったか。面白かったかもしれないぞ」
そこで親方の作業再開の号令が響き渡った。
「行かなくては。…明日から来るのなら、朝9時に開始する予定だ。じゃあ、また」
小走りにヨルドは去って行った。
後ろ姿を見送った後、改めてイノリはミダに抗議した。
「ミ・ダ・さん」
「いいじゃん、経験だよ何事も」
「経験って言ったって…。…水路、ですか?」
そ、とミダは返事をした。
ここはミダの家から馬で半日程移動した位置にある、サーザルという街。
ヨルド達は、農業用水路の工事に汗を流しているようだった。
「ヨルドはマイペースだけど良い奴だよ。たまには汗かくのもいいでしょ。一緒に働いてみな」
「ヨルドさん…」
さっきまでここに居たヨルド・アンシャルという青年。
「…凄く、強いですよね」
その身に内包されている力の器、のようなものが常人とは桁が違っていた。
「…ミダさんと同じくらい」
そう。
ミダ・オラティオ、リガレ・ヤフタギーと等しい程に。
ミダはイノリを見て、微笑んだ。
そしてくるりと向きを変え、歩き出す。
「とりあえず宿取ろ。別嬪さんは汚れたくありません」
いけしゃあしゃあと宣うミダに慣れつつある自身に、イノリは溜息をついた。




