1 学びに行こう
精霊は鏡である。
プネアルマ学府で繰り返された言葉。
だがこれはプネアルマで特別切り出された表現ではなく、精霊学の基礎と言える。
正しき手にのみ、正しく微精霊は応える。
一見すると単なる格言だが、十分過ぎる程歴史がその重要性を物語っていた。
「破鏡の禍」。
そう名付けられた幾つかの災厄がある。
破鏡の禍とは、微精霊の召喚に失敗したことによる大規模な術返しを指す。ただ単に召喚者に跳ね返った、ではない。反転したその喚び声が本人のみでは負いきれなかった場合、周囲にも災を及ぼしてしまう。突出して被害規模が大きいものを、この名で呼んでいた。微精霊を扱う者はこれを心しなければならない。何せ、ひとつの街が消滅した事象すらあるのだから。
ぺらり、とイノリは頁を捲る。
ティム氏から譲ってもらった本の何冊かは、精霊に関係するものだ。
ロイの正体は分からない。だが、イノリには一つの予感があり、それの是非を調べる必要があった。
そして、恐らくそれはルキア教にも繋がる筈だ。
自分が何故ミダの元に預けられたのか。
当初はロイという危険な存在を内包してしまったから、と思っていた。
きっとそれだけではない。ロイには、「危険」以外の何かがある。
ミダは「答え」を教えない。
リガレが言っていたように、教本のように問題と解決法と解答を、順序よく提供する気は毛頭ない、というのも確かにあるだろう。しかし、イノリは感じている。
「答え」そのものより、ミダはイノリに伝えたいものがあるのではないか。
だとするならば、イノリはミダの想いに応えたかった。
恐らく、きっと、で構成されている自分の脳内を客観視し、イノリは少し笑ってしまった。
ふわ、と目の前で小さな炎が回転しながらゆらめく。
「まだ糸を切るな」
ミダの静かな声に両手を前に翳したままで、イノリは頷く。
火球はその形を保ったまま、自転を続ける。
イノリの指先が震え出した。
「よし、オッケー」
イノリは弾かれたようにへたり込んだ。ふへえ、とよく分からない音が漏れてしまう。
「火も出来るようになってきたねえ」
ミダはのんびりと話ながら、イノリの隣に座った。
ここ数日、イノリはミダに微精霊召喚を見てもらっていた。何とか火の微精霊も喚べるようになってきたが…。
「いえ、こんなのじゃ駄目です」
イノリは唇を噛む。
もっと色々なことを知り、強くならないと。
俺は何も出来なさ過ぎる。
ミダは両手の拳をイノリの顳顬に押し付け、ぐりぐりと回した。
「お前は頭が硬いねえ…」
「いっ、イタタタタタタ痛いですって!」
ふーむ、とミダは何かを思案しながらぐりぐりを続けている。
「よし」
ぐりぐりを止めたミダはイノリの頬を両手で勢いよく包んだ。
平手打ちのような音が響き、イノリは顔を顰める。
「いちいち痛い…」
「明日から遠出をします!」
にっこりと笑ったミダに、イノリはまた何か始まったと眉を下げて聞いた。
「遠出、ですか」
うん、とミダは答えた。
「若人には社会見学が必要だよね」




