1 光刺す
おはよ、と何人かに声をかけられる。
その度にイノリは「はよ!」と笑顔で返す。
校舎に入ったところで、後ろからガバリと肩を組まれた。
「うおっ…!っ、と、お前なあー…」
「よっす。本日も素晴らしい体幹だこと!」
シィマは悪戯っぽくニシシと笑う。イノリは胸の前で手を交差させながらニヤリとやり返す。
「惚れちゃやーよ」
ぶは、とシィマは吹き出した。
「もう手遅れなの。俺の体はもう、貴方無しでは生きていけない。正確には貴方の歴史学のノートである」
「その消えゆく者の言葉は俺にはもう、届かなかったのである」
ああん?とシィマが言い返そうとした時、凛とした声が廊下に響いた。
「イノリ・エンヴォルヴ。シィマ・カスタマオン」
「はい!」
間髪を入れずふたりは姿勢を正し、声の主に向き直った。
白いシャツ、黒いロングスカートに身を包んだ女性がイノリ達を見つめていた。
「我が校の校訓を」
「はい!
”汝、善く歴史を識り、現在を見据え、未来を思索せよ。
知を求むる者には、精霊みずから道を示さん。
強き者は正しく、すべてに平等たれ”」
ぴたりとふたりの斉唱が重なったことに、女性は少し眉を下げた。
「口馴染みが良いことですね。期待していますよ」
「承知しました、トランスペアリ先生!」
ふ、と笑みを溢し、トランスペアリと呼ばれた女性は去って行った。
それを見送り、イノリとシィマは顔を見合わせる。同時に小突きあい、吹き出した。
そんな彼らの見慣れた光景に、学友達も笑っている。
「ふたりとも急ぎなよー!一限ベルクの庭だよ!」
「やべ」
すれ違う学友から投げ掛けられた言葉に飛び上がり、イノリとシィマは我先にと駆け出す。
朝の陽射しが射し込む廊下は輝いていた。
笑い声、椅子を動かす音、花の香り。
平和というものを正しく表現した、光景。
ふざけ合いながらそれぞれのロッカーからローブを取り出す。
軽口を叩ける友人、学びの環境、得難い時間。
遠く、遠くに感じる世界。
大丈夫、合っている。
イノリは口を大きく開け、目尻に皺を寄せる。
楽しくて堪らない。
そう、見えるように。




