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は、は、と無理矢理に空気を体内に捻じ込む。

背後から幾つもの足音が近づいている。


――やばい、やばい、やばい。


暗い森の中、イノリは我武者羅に走る。

狂ったような唸り声に追いつかれるのは、もう時間の問題。


――微精霊を…!


イノリは逃げながら必死に集中する。しかし、走りながら微精霊を召喚したことなどない。

魔素(マナ)を練ることが、出来ない。


「くそっ…!!」


声を出した弾みで、倒木に躓いてしまう。


「…っ…!!!」


べしゃり、と土に転がる。

その時背後から獣が飛びかかり、倒れ込むイノリの腕を掠めていった。


「っつ…!!」


腕に目を走らせたイノリは、服がぱっくりと裂け肌に一筋の線が入っているのを確認する。

ぷく、と赤い玉が生まれたかと思うと、ぱたた、と血が溢れた。

暗闇の中でも不可思議なほど、鮮やかな赤が大地に散る。


ずり、とイノリは後ずさる。

気が付けば複数の獣に取り囲まれていた。生臭い息の温度までも伝わる。

獲物の獲得を確信している獣達は、ゆっくりといたぶる姿勢に移行していく。


――ああ、俺はここで死ぬのか。


イノリは腕を押さえながら、静かに下を向く。


ここまで、死体を探しに来てくれるだろうか。

食い荒らされて、死体なんて残らないか。

それは駄目だ、せめて欠片でも見つけてもらって。

あんないい奴が可哀想、と想ってくれれば。


――可哀想。



「…っはっ……」



イノリは小さく笑った。



俺の人生はなんだったんだ?

一体、何の意味があったんだ?

――何のために、生きればよかった?



ぽたり、と雫が土に落ちていく。

腕から滴る赤い血と、頬を伝った透明なもの。



「誰か…」



獣が上半身を低くし、飛びかかる体勢に入る。



「誰か、俺を見つけてよ……!」



掠れた悲鳴。

それを号令のように、一斉に獣が跳躍した。



自分の体に、爪や牙が食い込む。

襲いかかる激痛を想像し、目をぎゅっと閉じせめて我が身を一瞬でも長く守ろうとした。


だが。



厚みのあるものを引き裂く、不快な音。

苦しむ獣の叫び声。



――…え……?



恐る恐る目を開いたイノリは、その光景に釘付けとなった。



夜の闇よりも、もっともっと、深い黒。

その黒が、イノリを取り囲む獣を切り刻んでいる。

夥しいほどの血が、大地に散らばる。

不可解な存在に牙を剥き出しにし、飛び掛かる獣。

ぐんと伸びた一筋の黒が、それを両断する。

悲痛な叫びが木霊する。



イノリは腕から流れる血も、爪に食い込んだ土も頭になく。

ただただ、躍動する影に魅入っていた。



ぞくりと肚の中で、何かが蠢く。

どくどくと胸が鼓動を打つ。

血液が、沸騰する。

陶酔したように、目が離せない。




間違いなく、それは仄暗い昂揚だった。





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