3 無言の拝
「失礼いたします」
厳かな雰囲気で馬車の扉が開く。
恐らくルキア教の関係者であろう人物は、顔を下げたままミダとイノリが出るのを待っていた。
―紗幕の神官の正体は、内部であっても機密事項なのか。
顔を上げても紗に遮られ、ミダ達の相貌は分からない。だが、それ以上に「見てはならない、知ってはならない」という掟を彼等は遵守しているのだ。
それ程までに異質な立場の、紗幕の神官。
一体、何なんだ――?
先を行くミダの一歩半後ろをイノリは歩く。
森の中、のようだ。リガレが言っていたモンゾという地だろうか。
暫く進むと、細長い4本の石柱で四角く囲まれた場所に出た。
ふい、とミダは無言で手を払う。すると後をついてきていた者達はその場に跪き、顔を伏せた。
ミダはその囲まれた部分に入っていく。
場の中央には、ミダの身長を超える石が置かれていた。ミダは裾を払い、石の前に膝をついた。
おずおずとイノリも真似ようとしたが、ミダの指がくい、と動いているのに気がつく。
歩いて来た間隔を保ってやや後ろに跪こうとしていたが、意図を汲み自然な流れでミダの隣に修正をする。
「イノリ」
小さくミダが話しかける。イノリはミダの声に違和感を覚えた。
「これが何だか分かる?」
ミダは真っ直ぐ石を見上げて言った。イノリも目だけで石を窺う。
そして、あ、と気付く。
「…精霊鉱、ですか」
あまり精製前の状態を目にすることはないが、石が放つ空気は間違いないく精霊鉱だ。だが、属性までは感じ取れない。
「そう。だけど、これは複合型」
「複合型?」
「属性が一つじゃない」
「なっ…」
思わず声をあげそうになったが、必死に飲み込む。
「そんな物、聞いた事が無い…!」
「公表されてないからね」
冷静にミダは言う。まるで礼拝をしている、その姿勢のままで。
「複合型は特殊な力を持つ。故に秘され、管理下に置かれている」
イノリは最早言葉が出なくなっていた。
自分が知っている、生きている領域は世界のほんの一部でしか無いことなんて、誰しもが分かっている常識だ。
だが、これは違うだろう!
愛でていた蕾が花開いた時、その中には虚が広がっていたような。
幾万枚の鏡の世界に閉じ込められたような。
…否、得も言われぬ、墜ちていく恐怖。
「それを使うか否かを、判断する」
ミダは告げ、音も無く立ち上がった。
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次に訪れたのは少し寂れた建物だった。職員と見られる人々は皆、一律に白い服を身に纏っている。
―癒院か?
ミダの後ろで、イノリは思う。しかし直ぐにそれが間違いであることを感じ取った。
何故だろう、時間が流れていないような感覚。
世界から切り出されたような、独特の空気感。
そして静かな、とても静かな人間たち。
―違う、此処は―――。
イノリはじんわりと汗ばんだ拳を握る。
――安息院だ。
安息院とは、もう死を待つばかりの人間を受け入れ、最期の時を穏やかに迎えられるよう心を配る施設だ。
建物の中は殆ど話し声が聞こえない。見舞う者も、いないということだろうか。
代わりに何処からとも無く、微かな呻き声が響く。
イノリの全身はこの建物を恐怖した。
―嫌だ、此処に居たくない。
どうしてこのような場所に来ているのだろう。
それと向かい合うのが恐ろしい。
しかし、ミダの確固たる歩みはそれを赦さない。
ある扉の前で、断罪のような進行は止まる。
決められた暗号のように、ミダは扉を叩いた。
トン、
トン。
悲鳴のような、軋んだ音がする。
ゆっくりと扉を開いたのは窶れ切った女性だった。
「…、……」
かくんと首を折り、礼をする女性。
寝台の上では枯れ枝のような高齢の女性が、息をしていた。




