【第8話】新人教育は一日にして成らず!怒りのミルダと、チームの危機!
朝――
セカンドリーフの食堂では、ミルダが不機嫌そうにパンをちぎっていた。
「……誰じゃ、ワシの朝食を勝手に“やわらか食”に変えたのは!」
場が凍りつく。原因はレオンだった。
「す、すみません! ミルダさんの歯が悪いって聞いてて、つい……!」
「つい、で勝手に変えるとはのう! 食の楽しみを奪うとは、どういうことじゃ!」
「ご、ごめんなさい……!」
優一が間に入る。
「レオン、ミルダさんはまだ自分の食事を“選べる”状態なんだ。
配慮は大事だけど、“奪う介護”になっちゃいけない」
レオンは、しょんぼりと肩を落とした。
その後もトラブルは続いた。
グランが力任せに車椅子を押しすぎて、スライムの長老が遠心力で飛んでいく(ぷるん)。
サラはゴルムの皮膚に傷を見つけて「もしかして褥瘡?」と大騒ぎ。
当のゴルムが「それはワシの種族紋様じゃあ!!」と怒鳴る。
昼下がり、優一はため息をつきながら職員室でひとりごちた。
「……やっぱ、教えるのって難しいな」
昔、自分が新人だった頃の記憶がよみがえる。
緊張でオムツ交換がうまくできず、先輩にため息をつかれたあの日。
でも、諦めずに続けた先に――誰かの「ありがとう」があった。
夕方。優一はみんなを呼び集めた。
「みんな、今日は怒られっぱなしだったな。でもそれでいい。
怒られるってのは、“ちゃんと利用者と関わってる証拠”でもある」
「……でも私、向いてないのかも」サラがつぶやく。
「俺、迷惑ばっかりで……」レオンも。
優一は静かに言った。
「間違えることより、“関わらないこと”のほうが、よっぽど怖いよ」
「“プロ”っていうのは、ミスをゼロにすることじゃない。
ミスを“次に活かす”ために立ち止まらないことだ」
「それを、一緒にやっていくのが“チーム”だよ」
しばらくの沈黙のあと、グランがポツリと言った。
「よし、ワシは“飛ぶスライム”の補助具を開発しよう」
「それ、なんでそっちに……!」
皆がふっと笑う。空気が少し、やわらかくなった。
その夜――
施設の裏庭、誰にも見えない場所でヴァルゴが詩を詠んでいた。
「怒りとは、心の渦なれど、
学びとは、そこより生まれる光……」
その背に、小さな風が吹いた。
次回:「認知症の魔女、記憶の森へ」
ミルダの記憶が混乱し始める。
“本人の人生”に寄り添うということ――優一たちの新たな試練が始まる!
第8話までお読みいただき、ありがとうございます。
今回は、介護の中でもとくに大切にしたい「その人を知る」というテーマに触れてみました。
介護というと、つい“何をしてあげるか”に目が向きがちですが、
実はそれ以上に、“その人がどんな人生を歩んできたか”を知ることが、
本当の意味での支援につながると僕は思っています。
過去があって、今があって、これからがある。
異世界であっても、それはどの人にも変わらないことです。
これからも、“人と人の物語”として、介護の優しさや難しさを丁寧に描いていけたらと思っています。
次回も、どうぞよろしくお願いします。