表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
64/68

前日譚1「その日、介護士はまだ現実にいた」

介護施設「ひなたホーム」——。

 神田誠は、その日もいつものように早番で出勤していた。


「おはようございます、神田さん。夜勤、ちょっとバタバタで……」


「大丈夫。あとは引き継ぐよ。おつかれさん」


 タイムカードを打ち、カートを引きながらフロアを回る。

 どの部屋からも、眠りの気配が残る。


 日勤が始まるまでのわずかな時間。

 神田はひとつひとつのベッドを覗き、名前を心の中で呼んでいく。


(おはよう、佐藤さん。今日も、ちゃんと目が覚めるといいな)

(昨日泣いてた高橋さん、今日は笑ってくれるだろうか)


 スタッフ不足。記録作業。介助拒否。家族からのクレーム。

 日々は戦場のようで、誰もがギリギリで立っていた。


 それでも神田は、利用者の「おはよう」が聞けるだけで報われる気がした。


 その日の午後——


「神田さん、〇〇さん……意識がありません」


 呼吸確認。バイタル。救急要請。

 冷えた手を握りしめながら、神田は声をかけ続けた。


「大丈夫です、今、救急車来ますから……!」


 ——でも、間に合わなかった。


 その夜、誰もいないロッカー室。

 神田は制服のまま座り込んでいた。


 ふと、視界が揺れた。

 涙が滲んだのか、照明がにじんだのか……。


 そして——


 次に神田が目を開けたとき、そこは草原だった。


 空には見たことのない色の雲、風には花の香り。

 遠くから聞こえるのは、見知らぬ鳥の鳴き声。


 神田は立ち上がり、ぽつりと呟いた。


「……なんだここは」


(……それでも、もう一度、誰かに“ありがとう”と言ってもらえるような介護ができたら——)


 このときまだ、彼は知らなかった。

 この世界で“もう一度誰かの手を握る日”が来ることを——。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ