番外編:ヴァルゴ視点「孤独の中で、灯を待つ」
夜勤は、静寂との対話だ。
誰もが眠る深夜。
揺れるランタンの灯の下で、帳簿をめくり、記録魔法を更新する。
——そんな時間こそ、ヴァルゴは一番“自分”でいられる。
「本日の血圧、安定。リザードフォークのミレーナ嬢、魔素のゆらぎなし。エルフのセリル、夢語り継続……ふむ」
魔法陣に触れながら、淡々と記録を残していく。
“この手がかつて、戦を操っていたとは、誰も信じまい”
かつて、魔界を治める候補にあった男。
だが、争いも、血の王座も、もはや過去だ。
人は歳を取ると、忘れてゆくものがある。
それはヴァルゴも同じだった。
自分がなぜここにいるのか、はっきりとした理由はもう思い出せない。
ただ、気づけばこの施設にいて、神田と出会い、
「夜勤、お願いできますか」と言われ——
気づけば“うむ”と頷いていた。
「我は、夜の番人にして、魂の記録者……ふ、悪くないではないか」
とある夜。
ひとりの入居者が、眠りながら呟いた。
「寒い……ヴァルゴさん……火を……」
その声に、ヴァルゴは無言で毛布をかけ、手をかざす。
微かに魔力が揺らぎ、空気が温まる。
(かつては、炎で軍を焼き尽くしたこの手が、今は一人のための暖を取るとはな)
声には出さず、静かに微笑む。
そして心の中で、誰かの名を思い出す。
かつて己に「お前は、温かさを知るために生まれてきたのかもな」と言った、
あの侍従の言葉を——
「……灯火とは、誰かが傍にいて初めて意味を持つのだな」
夜明け前。
窓の外の空が、ゆっくりと色づきはじめる。
ヴァルゴは、薄明かりの中でそっと呟いた。
「今日もまた、誰かの灯を守るとしよう。魔界の誇りにかけてな」




