番外編:レオン視点「線を越えるな」
治癒魔法は万能ではない。
痛みを和らげることはできても、命を救えるとは限らない。
——そんな当たり前のことを、彼は何度も自分に言い聞かせてきた。
それでも、できる限りのことはしたかった。
レオンがセカンドリーフで関わっていた利用者のひとり、バシュルさんは、老いたドワーフだった。
無口で、頑固で、笑わない。
それでも、誰よりも早く起きて、廊下を掃く姿はいつもまっすぐで。
「腰の痛みはどうですか?」
「……少しマシだ。あんたの魔法、たいしたもんだな」
そんなやりとりを何度も重ねて、少しずつ言葉が増えていった。
レオンは、魔法で痛みを散らすたびに、胸の中で願っていた。
(せめて、最後の時まで、自分の足で立てますように)
しかし、その日——
「……倒れてたの。朝の見回りで、ヴァルゴが見つけたって」
リリが告げた言葉に、レオンの手は震えた。
間に合わなかった。
昨日の夜、少し熱っぽかった彼に、あともうひと言、何か声をかけていれば。
(いや、違う。線を越えたくなるな)
そう言い聞かせる。
治癒魔法士として、できることはすべてやった。
それ以上は、魔法の領分ではない。
でも、人間としては……その線を、どうしても越えたくなる。
その夜、レオンはバシュルの個室にひとり残った。
ベッドの脇に置かれていた小さな木の置物——
それは、バシュルが昔、鉋一本で削って作っていた“精霊像”。
「……立派に、最後まで歩かれました」
誰に向けてでもなく、そっとそう言って、レオンは魔法で花を灯した。
小さな、青い光。
その灯りが、ドワーフの頑固な魂を、空へと導いてくれるようにと願いながら。
(俺は、線を越えない。けれど、心は、見送るためにある)
そう、静かに自分に言い聞かせた。




