番外編:リリ視点「やさしさの理由」
夜のセカンドリーフは、静かだった。
窓の外では虫の声。ほんのかすかな風が、森の木々を揺らしている。
リリは、ランプの灯りの下で日誌をつけていた。
その文字は、魔法の輝きをほんのり帯びながら、少しずつページを埋めていく。
「……今日のミケ婆さんは、気持ちよさそうに午後の陽だまりで眠っていました」
その一行を書き終えて、リリは小さく息をついた。
「ほんと、こんなふうに誰かの暮らしを支えられる日が来るなんて……」
昔の自分が聞いたら、きっと笑う。
剣と短剣を背に、声の小さな商人から金貨を巻き上げていたあの頃の自分が。
まだ十代だった。
行くあてもなく、飢えと寒さに震えていた日々。
拾ってくれた盗賊団の中で、彼女は生きる術を学んだ。
「情けは、身を滅ぼすぞ」
年長の団員は、よくそう言っていた。
そのたびにリリは、「情けなんて知らない」と言い返していた。
……でも、あの日だけは違った。
略奪の帰りに見かけた、小さな村の老婆。
壊された家の前で、ひとりでぼんやり座っていたその姿を、リリはどうしても忘れられなかった。
何も言わずに、そっと干し果物を置いて立ち去った。
あの時から、何かが心の奥で変わり始めていたのかもしれない。
「リリさん、まだ起きてるの?」
神田の声に、我に返る。
「あ……はい、少しだけ記録を見直してました」
「無理しないで。リリさんが倒れたら、こっちが困るんだから」
その言葉に、リリは思わずふっと笑う。
「ありがとうございます。……でも、神田さんがいてくれるから、安心して動けるんです」
彼は少し照れくさそうにうなずき、「おやすみ」と言って廊下を去っていった。
灯りを落とし、寝台に身を横たえる。
天井の木の梁を見つめながら、リリは心の中でそっとつぶやいた。
(あのとき、あの村の老婆が、私に何も言わずに微笑んでくれた——)
(……だから今、私は人に優しくなれるのかもしれない)
この世界で、罪も過去も洗い流すことはできない。
でも、支えることはできる。
それが、リリがここにいる理由。
今日もまた、誰かの暮らしに、そっと寄り添うために——




