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【書籍化】公爵家の三男に転生したので今度こそ間違えない 〜黯然の愚者が征く己の正道譚〜  作者: 虚妄公
トライデント魔導王国編

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第2-35話

「アーノルド様……」


 レヴォドと対峙するアーノルドに対してコルドーが自分に迫ってくる三人を牽制しつつ声をかけてくる。


 レヴォドの相手はアーノルド一人では手に余ると判断しているからであろう。


 実際アーノルドもそのコルドーの判断には同意だ。


 いまのアーノルドが相手にするにはレヴォドは手に余る。


 おそらくアーノルドよりも二、三段階は強い。


 実力を考えるならばレヴォドの相手はコルドーがすべきだろう。


 だが、アーノルドは問題ないとばかりに鼻を鳴らす。


「お前はそっちの三人を片付けていろ。こいつは私が殺る」


 コルドーは僅かに渋った様子を見せたが、そのままアーノルドの邪魔にならぬようにか三人と共に少し離れたところへと移動していった。


 そしてレヴォドを見れば、腰にある剣には手を伸ばさず、拳をゴキゴキと鳴らしていた。


 まるでアーノルドなど素手で十分だとでも言うかのように。


「……その腰の剣は飾りか?」


「あ? ガキ相手にこの愛剣を抜けってか?」


 嘲るように挑発してくるが、アーノルドの表情は憮然としたままだ。


「たかが素手で私を制圧できると——いや、言うだけ栓なきことか」


 アーノルドが厳然とそう言葉を溢すと、レヴォドが鼻で笑う。


「はっ、略取が俺の仕事だからな。身代金を得るためには無傷で捕らえなきゃならんだろう?」


 先ほどの野盗という言葉への意趣返しか、ふざけた態度でそんなことを宣ってくる。


 いくら罪人とはいえ、アーノルドが貴族という事実は覆らない。


 剣で傷をつければ、貴族に傷を負わせたといういらぬ罪がまたレヴォド側にも生じる可能性がある。


 いくら国が違うとはいえ、貴族という地位はそう安いものでもない。


 たいした貴族でなければ、いまの国同士の関係を考え、少しの傷程度で事を荒立てるのは避けるであろうが、アーノルドはダンケルノ一族の人間である。


 そのような国同士の関係など考慮するはずもない。


 一切の瑕疵なく事を収めるのならば、剣よりも拳の方が都合がいいのだ。


 そしてレヴォドは拳だけで事足りると踏んでいた。


 そもそもどこまでいこうがガキはガキ。


 レヴォドが直接相手することを選んだのも他の者ならば下手に傷をつけるかもしれないからであった。


 さっさと捕まえてからあのデカいのを倒せばよいくらいにしか思っていない。


 そんな考えで余裕が透けて見えているレヴォドにアーノルドはそうかと低く呟いた。


「——ならばそのまま死ぬといい」


 アーノルドもまた剣を抜けなどと言うつもりもない。


 これは立ち合いでも何でもなく、ただ敵を始末するだけの作業だ。


 むしろ好都合と、アーノルドは腰の黒剣へと手を伸ばしてそれをゆっくりと引き抜いた。


「ほう、良い剣じゃねぇか。だが丸腰の相手にも容赦無しかよ。武人の風上にもおけん奴だな? まったく若い奴は矜持も趣もなくていけねぇ。拳の相手は拳って相場が決まってんだろ? とはいえ、まだそんなもんを理解できる歳でもねぇか?」


 レヴォドは嘲るようにそう嘯き、アーノルドが僅かに表情を顰めると一層愉しげに笑みを浮かべていた。


 アーノルドとレヴォドが睨み合う中、間合いでも図るかのように互いがジリッと足を鳴らす。


 軽口を宣ってはいるが、それでもレヴォドの目に嘲りはなく隙さえあれば今すぐにでも間合いを詰めてくるだろう。


 睨み合いの果て、機先を制すとばかりに先に動いたのはアーノルドであった。


 だがレヴォドの首筋に鋭く斬り込んできたアーノルドの剣の腹をレヴォドは下から殴り上げた。


 そのアーノルドの攻撃にレヴォドの口角が得意げに上がる。


 子供にしては速いが、思っていたよりも全然遅いと。


「見えて——ッ⁈」


 丸見えだと挑発の言葉を放とうとしていたレヴォドの顔に、間髪入れず回し蹴りが飛んできていた。


 レヴォドは虚を突かれたようにギョッと表情を変化させる。


 油断といえば油断だろうが、油断してなかろうともレヴォドにとっては予想外の攻撃であった。


 貴族とは名誉を重んじる。


 それは子供とて貴族である限りは変わらない。


 矜持と名誉こそが貴族を貴族たらしめんとでも言うかのように振る舞う者たちは、それに付き従う騎士までも剣と魔法のみに執着し、泥臭い体術を駆使してくるような者はいなかった。


 それは貴族の名誉を汚すものだとして。


 それゆえ貴族であるアーノルドが足での攻撃などしてくるはずがないという意識がレヴォドの根底にあったのだ。


 ただでさえアーノルドは半端な貴族だ。


 貴族という枠に固執しているのならば一際貴族としての体面に拘るだろうと。


 だからこそ先程の言葉で確認し、アーノルドが体術に対して顔を顰めたことでそうだと確信したつもりだった。


「……ッ!」


 だが予想の外にあろうとも、もはや条件反射というレベルでレヴォドの体が勝手に動く。


 それもただ避けるだけでなく掌底を放つ体勢で回し蹴りとは逆側に行くようにアーノルドへと詰めていた。


 先に攻撃を仕掛けたのはアーノルドの方であったにもかかわらず、攻撃が当たったのはレヴォドの方が先であった。


 アーノルドがその打撃に顔を顰めると同時に回し蹴りがレヴォドへと当たるが、レヴォドは上げた肘で冷静にそれを防いでいた。


 とはいえ凄まじい衝撃を殺しきれてはいない。


 互いが互いの攻撃の威力により少しばかり吹き飛び、距離ができた二人であるが、苦々しく顔を顰めているのはレヴォドだけであった。


 だがそれはダメージによるものではない。


(硬ぇ……ッ!)


 まるでビクともしない巨大な建造物でも殴ったかのような感触。


 掌底を喰らわした自分の手の方がヒリヒリと熱を持っている。


 岩をも砕く威力をもった掌底を喰らわせてこんなことは初めてであった。


 確かに徒手は専門ではないが、仕事柄素手での制圧の方が都合が良い時も多いため、下手な体術家よりも打撃の威力は強いと自負していた。


 “クセ”で手加減していたとはいえ、あの感触は全力で打っていたとしてもどれだけダメージが入ったか怪しいものであるとレヴォドは冷静に分析していた。


 どういうことだと内心舌打ちをしていると、“いつも間にか”再度迫ってきていたアーノルドの鋭い回し蹴りが再度叩き込まれる。


「ッ⁉︎ ぐっ……⁈」


 腕を上げ、ガードに徹するが、自身の腕ごと顔に蹴りが叩き込まれ、レヴォドは近くの屋敷を取り囲む外壁を貫きながら勢いよく吹き飛んでいった。


 大きな音を立ててガラガラと崩れる外壁が乱雑に積み上がっていく。


 アーノルドもレヴォドを追い、積み上がった瓦礫の上から大の字に倒れているレヴォドを睨み見た。


 一見隙だらけであるが、アーノルドはそれ以上安易に近づくことはなかった。


 それからすぐ、たいしたダメージもなさそうに起き上がったレヴォドはゴキゴキと首を鳴らし、悪態を吐きながらアーノルドを睨んでくる。


「イテェイテェ……、油断したぜ。名誉だなんだと益体もねぇことをベラベラと喋る奴かと思いきや……、随分俗っぽいんだな? それよりも、なんだお前。体に鋼でも仕込んでんのか?」


 アーノルドの体はクレマンによる鍛錬で常人とは比べ物にならないほど強化されている。


 本職でもない者が付け焼き刃で放った程度の打撃を通すはずもない。


 少なくとも先ほどのレヴォド程度の打撃ならば、衝撃こそあれダメージは全くないと言って良い。


 だがアーノルドの攻撃も、その威力は相当あるはずであるのにレヴォドにはあまり通用していないようであった。


 下手な魔物ならば爆散し、そこいらの騎士ならば腕が簡単に折れるくらいの威力はあった。


 にも関わらず、レヴォドは痛がる様子もない。


 アーノルドの方こそ鋼でも仕込んでいるのかと悪態を吐きたい気分であった。


 おそらく身体強化による素の防御力が高いのだろう。


 ということは相当エーテルの練度が高いということ。


 総合的な防御力ではアーノルドが上回るであろうが、エーテル単体の練度で言えばレヴォドの方が圧倒的に上だろう。


 生きてきた年数、積んできた修練の度合いが段違いに違うため然もありなんといったところであるが、まったくのノーダメージというのはこれまでの修練を否定されたようで些か不愉快であった。


 とはいえ、相手が自分よりも格上の相手であることは端からわかっている。


 その程度で一々感情を揺さぶられる程でもない。


 だがだからこそ、たとえ誘いかもしれないとしてもこれ以上相手が立ち直るのを待ちはしない。


 アーノルドは瓦礫の山を踏み砕き、レヴォドに向かって駆け出した。


「ハッ、答える気はねぇってか? まぁいい……来いよッ‼︎」


 相変わらず剣を抜くつもりはないようで素手だ。


 アーノルドが足に地面を着ける瞬間を狙い、地面を踏み抜く勢いで振動を巻き起こし、アーノルドの体勢を崩してくる。


 幸い体勢が崩れるほどではなかったが、それでも勢いは削がれ、足が刹那止まった。


 その瞬間を寸分違わず狙って迫るレヴォドの、空気を斬り裂くような拳を避けながらアーノルドは交差の狭間に黒剣を振るが、レヴォドはまたしてもそれを素手で弾いた。


 曲芸とも言える芸当である。


 一つ間違えればレヴォドの腕が真っ二つになる可能性すらある。


 そんなリスクを負って、超高速で振った剣を正確に殴るなど誰にもできる芸当ではない。


 レヴォドが得意げに笑みを浮かべているのも道理だろう。


 だがその程度はもはや織り込み済みだった。


 そのレヴォドの腕を瞬時に掴んだアーノルドはそのまま足払いでその体勢を崩しにかかる。


「チッ! 貴族のクセに足ぐせがわりぃ……‼︎」


 ガクッと体が落ちかけ、舌打ちをしながら表情を崩したレヴォドであるが、頑強な足腰で四股でも踏むかのように体勢を立て直し、間髪置かず拳打を放ってくる。


 だがその攻撃はアーノルドにとって致命的にヌルい。


 クレマンならばその間に数発は見舞ってくる。


 その攻撃が当たる寸前、パシッとその拳を掴んで止めたアーノルドにレヴォドが一瞬その目を見開いた。


 すぐに引き抜こうと力を込めるがビクともせず、本当の意味で目を見開くことになる。


(おいおいマジかよ⁉︎ ガキのクセになんつぅ力だ……ッ‼︎ ——ッ、ヤベェ……ッ‼︎)


 そして剣を振り上げたアーノルドにレヴォドが叫ぶ。


「ちょっと待——ッ⁉︎」


 アーノルドの攻撃に対してレヴォドは避けきれぬと判断したか、舌打ち混じりに自身の剣を抜き放った。


 互いの剣がぶつかった衝撃で一旦距離ができた二人であるが、互いが間髪入れず間合いを詰めるべく動く。


 互いに必殺の間合いに入らせぬように打ち合う剣戟の音が一秒間に数度といった速度で鳴り響き、時に剣同士がぶつかったとは思えないような甲高い轟音までも轟かせていた。


 一撃交わるたびにアーノルドとレヴォドの周囲に風が吹き荒れる。


 レヴォドは余裕そうに歯を覗かせ、アーノルドはずっと変わらず無表情であった。


 そして互いの攻撃の衝撃で一歩下がった後、示し合わせたかのように押しつ押されつの鍔迫り合いが生じ、両者はそこでやっと足を止めた。


「はっ、まったく面倒なこった。あんまり調子にのんじゃねぇよ。そんなにおいたが過ぎるとそれだけ仕置きも過激なもんになんぜ?」


 自分に剣を抜かせんじゃねぇとでも言いたげな言葉にアーノルドはより視線を険しげに細め、更に押し込むように力を込める。


「御託はいい。貴様の拳程度でどうにかなるとでも思っているのか?」


 勘違いも甚だしいと憫笑する。


「言ってくれるじゃねぇか。そう言われちゃ俄然拳でお前をのしてやりたくなるじゃねぇか」


 そうは言うが、もはや剣を引っ込める気はなさそうでその柄は固く握られている。


 だがかと言って、すぐに決着を決めにくるつもりもなさそうであった。


 レヴォドはあくまでもまだ受けにまわっている。


「他の奴らが私の屋敷の使用人を押さえ込むまでの時間稼ぎだろうが、無駄だ。数的有利程度でやられる程、私の屋敷の使用人共は柔ではない。むしろ貴様が早く私を倒さなければ、死ぬのは貴様の仲間の方だぞ?」


 アーノルドが命令を告げた以上、使用人達は命を賭してそれを遂行する。


 人数の有利では確かに向こうに軍配があがるが、質では圧倒的にアーノルドの方が上だ。


 末端の使用人であってもその武力は並の騎士の実力を凌駕している。


 こちらも無傷とはいかないだろうが、相手の補佐官達を見る限り彼らが勝つ未来などない。


 最初こそ人数差による均衡が保たれるであろうが、それが崩れればあとは雪崩のように止まることなく崩れ散るだけだ。


 それゆえ時間がないのはアーノルドではなくレヴォドの方だとアーノルドは微笑する。


 だがレヴォドの余裕の笑みは崩れない。


「おいおい、ここにいる奴だけが全てだとでも? 俺らは罪牢局の捕縛部隊だぜ? 一度命令が下れば、何人、何十人倒れようが、お前を捕まえるまで増援が止むことはねぇよ。我慢比べならこっちの方が有利だぜ?」


 確かに国と個人の違いはその数だろう。


 どんな人間であれ、休みなく攻められればいずれ力尽きてしまう。


 損失を考慮に入れないのならば、そして倒すのではなく時間を稼ぐということに終始するのであれば、確かに不利なのは増援を見込めぬアーノルド達の方だろう。


 レヴォドは先ほど大隊長と呼ばれていた。


 ならば、通常数百人から千にも及ぶ規模の部隊を率いているということを意味する。


 ここにいるのは百にも満たないゆえ、たしかにほんの一部に過ぎないのだろう。


 だがアーノルドは呆れたようにため息を吐いた。


「見え透いた嘘だな。さっきの逮捕状、正規のものではないだろう。正式な命令でないのならばいくら貴様が大隊長とはいえ、全部隊を動かすことはできんはずだ」


 とはいえ、おそらくレヴォドの命令ならばと個人的に動く者はそこそこいるはず。


 それゆえ、レヴォドの言葉もあながち嘘というわけでもないだろう。


 それを証拠にレヴォドの嘲るような笑みには微塵も陰りはない。


「それで……、貴様らはいったい誰の命で私を捕らえにきた? それともただ命令に従うだけの犬ではそれすら知らぬか?」


 僅かに怒りが滲む声でそう問うと、レヴォドはニヤリと笑みを浮かべる。


「はっ、挑発の才能はねぇようだな? だがそれを知ってどうする? 仕返しとばかりにマフィア達にしたように乗り込むつもりか? ……悪いことは言わねぇからやめときな? お前の実力程度でどうにか出来るほどこの世は甘くねぇよ。確かにお前は思った以上に強い。その歳でその実力なら……まぁあと数年、十数年もすれば俺より遥か高みにいるだろうよ。——だがいま俺に勝つのは無理だ。それに万が一、億が一、俺に勝てたとしても少なくとも俺より強いのが二人はいる。どう足掻こうがお前にそいつらを殺すのは無理だ」


 ある種、憐憫と諦観が混じったような声色であった。


 だがアーノルドは特に反応はしない。


「だが文句なら全部弱いテメェ自身に言いな? 強ければ標的にされることもねぇのがこの世の摂理だ。悪党共は相手が弱いとそれを隙とみなし欲を抱く。相手を見下し、何をしても問題ねぇとな。だが奴らが強い奴相手に抱くのは躊躇だ。手を出したらどうなるかと考え、保身に走る。だが残念ながらお前には躊躇わせるほどの強さがなかったってわけだ。だからさっさと諦めなッ‼︎」


 唾を吐き散らす勢いと共に一気に間合いを詰めてくる。


 先程までより二段階は鋭い動きだ。


 その速さに一拍遅れたアーノルドは咄嗟に後ろに跳びながら迫るレヴォドの剣の間に自身の剣を差し込んだ。


「ッ……‼︎」


「よく防いだなッ! だが、あんだけ大口叩いておいて一撃でのされたなんてのは締まらねぇよな⁈」


 次いで上段から振り下ろされた一撃を真っ向から受けたアーノルドは苦悶の声を漏らす。


 その一撃によりかかった圧によりアーノルドの足元が凹みひび割れていた。


 先ほどまでの拳打などとは比べ物にならない重さだ。


(チッ……‼︎ やはり口だけではないな……ッ!)


 僅かに押し返したアーノルドは、その少しの余力でレヴォドの腹に蹴りを入れて引き剥がす。


「クッ……クク、これで星六だと? はっ、等級管理局の奴らもついに仕事を放棄でもしたか? 評価と実力が乖離しているにも程がある」


 蹴りを入れられても尚余裕そうなレヴォドは抑え切れぬ笑いを漏らしながらもそんなことを宣う。


 だがその愉快げな表情も、突如周囲の空気が重々しく変わったことにより引っ込むが、またしてもニヤリと笑みを浮かべる。


「……なんだ、ついに本気か?」


 アーノルドの体から薄く金色のオーラが漂い始め、まるで辺りを浄化するかのように薄暗い周囲を煌めかせる。


 それを見たレヴォドの表情は楽しげに歪むが、アーノルドがオーラを纏おうともレヴォドは全くオーラを纏う気配がない。


 舐めているのか、それともあくまでも極力傷付けるつもりはないという意志ゆえか。


 どちらにせよアーノルドからすれば舐めているのと変わらない。


 だが徐々に濃くなるその“色”を見て表情が一転、驚いたようにレヴォドの眉が跳ね上がる。


「あ? それは——」


 戦闘中に気の抜けたような表情を晒していたレヴォドの視界から突如アーノルドが消え、レヴォドは舌打ちとともにその場から跳び退いた。


 そして左にジロリと視線を向けると共に歯を食いしばりながら剣を盾にするように向ける。


 その瞬間甲高い金属音が生じ、衝撃を出来るだけ押し殺しながら踏ん張った。


 遅れて残影のように煌めくオーラを目で追い、アーノルドの位置を確認したレヴォドは険しげな視線を向け、舌打ちをしながら頬の血を拭う。


「掠ったか」


 そんなことを言いながらも意識は付けられた傷にはない。


(あのオーラ……金色色(こんじきしょく)か?)


 レヴォドに向かってくるアーノルドから立ち昇り揺れているオーラはいま尚金色の煌めきを放っている。


(もしそうなら……俺が目で追えんほどのあの速さも“納得”だが……)


 戦い最中であるというのに、上の空でそんなことを考えながらレヴォドは繰り出されるアーノルドの攻撃を冷静に捌いていた。


 様々な可能性が浮かび、その煩雑さに内心舌打ちをしたレヴォドは思わず顔を顰める。


(ッチ! なら尚更殺すわけにはいかねぇってわけか。……そうなればこの状況もめんどくせぇな)


 何度も攻撃を捌く中、レヴォドは煩わしそうに歯をギリッと噛み、アーノルドの剣を大きく弾いて距離を取った。


(出来るだけ無傷が望ましいが……、ここまでして未だ有効打の一つも与えられていねぇ。それになぜか増援もまったく来ねぇ。これ以上引き伸ばせば本当にこっちがやべぇか。……ああめんどくせぇ! チッ、捕まえた後は上に投げるとするか。奴らがどこまで把握しているのか知らんが、元々そこは奴らの仕事だしな。そこまではこっちの知ったこっちゃねぇよ)


 思案を終えたレヴォドが小さくため息を吐くが、そんなレヴォドにアーノルドが不快さを露わに口角を下げながら歯を覗かせる。


「どうした、その程度か?」


「ハッ、たかがこの程度でイキがんなよ」


 レヴォドはニヤリと嗤うと、予備動作もほとんどなく極大のオーラブレイドをアーノルド目掛けて放ってくる。


 威力こそ絶大であるが、距離もあるため十分避けられる。


 不意打ちにしては必要となる速度が圧倒的に足りない。


 だが——後ろにはアーノルド達が侵入していると言える屋敷の使用人が様子でも見に来たか、二名のメイドが遠くの木陰から覗いていた。


 なんの武力も持たぬただのメイド。


 アーノルドが避ければ、その二人は確実に死ぬだろう。


 どちらが悪かわからないような()みを浮かべているレヴォドが斬撃の隙間から垣間見える。


 お前にそいつらを見捨てられるかとでも言うかのようであった。


 そもそも避けると思われていること自体が癪だ。


 ——この程度避けるまでもない。


 アーノルドもまた、対抗するようにオーラブレイドを放ち、レヴォドのオーラブレイドを迎撃した。


 二つの斬撃の衝撃で巻き起こった砂埃を裂きながら現れたレヴォドは凶悪な笑みを浮かべながら斬り込んでくる。


 アーノルドもそれがわかっていたかのように向かい受ける。


 すぐに息つく暇もないほどの激しい攻防を繰り広げる二人。


 常人には視認することもできぬ速度で、一手間違えればその瞬間終わる応酬を繰り広げている。


 だがその応酬を終わらせるべく動いたのはレヴォドであった。


 アーノルドがレヴォドの顔を目掛けて放った刺突の一撃を傷を負うことも厭わず“素手”で掴んだレヴォドはニヤッと笑みを浮かべ、斬り込んでくる。


 掴まれた剣をレヴォドに引っ張られたため、アーノルドは前のめりに体勢を崩してしまうが、咄嗟に捻り、レヴォドの剣が体を掠めながらも無理やり膝蹴りを叩きこむ。


「ぐっ……‼︎」


 呻き声を上げ、よろめいたレヴォドであるが、そのまま追撃を放とうとするアーノルドに向かい唾を吐きかけてきた。


 反射的に顔を片腕で守ったが、それにより出来た無防備な腹にレヴォドが痛烈な蹴りを見舞ってきた。


 然程ダメージはないが、それでも衝撃は凄まじく、かなりの距離を吹き飛ばされる。


 吹き飛んだ先は先ほどのメイド達がいる木陰の近く。


「……ッチ。おい……、死にたくなければさっさとここから去れ」


 そう静かに警告するが、二人とも腰でも抜けているのか動く気配がない。


 二人の戦闘中の重圧に当てられたのならば仕方ないとも言えるが、アーノルドは煩わしそうに舌打ちをした。


「はっ、わざわざそんなことを言ってやるなんざ、聞いていたより随分とお優しいんだな? てっきり見捨てるかと思っていたが……、わざわざそんな奴らを守るために正面からアレを受けるとはな」


 嘲るようにそう言いながらゆっくりと近づいてくるレヴォドを睨む。


「こいつらを守ったか。勘違いも甚だしい。あの程度の攻撃をわざわざ避ける必要などないだけだ」


「はっ、そうかよ。だが、避ける必要はなくとも受ける必要もねぇだろ?」


 エーテルも無限ではない。


 温存出来るところならば温存するのが普通だ。


 フンと鼻を鳴らすだけでそれ以上何も言ってこないアーノルドに、乾いた笑みを浮かべながらも、それよりとレヴォドが話しかけてくる。


「お前のそのオーラ。色は金色か? それとも黄色か?」


 神妙な声色でそう尋ねてくるレヴォドにアーノルドは眉を顰める。


「それが何だ? くだらん問答などする気はない」


 そう言いながら、アーノルドはオーラを一層溢れさせる。


 先ほどまでは全力でなかったアーノルドであるが、全速力でレヴォドへと突っ込んでいく。


 僅かに目を見開いたレヴォドであるが舌打ちまじりですぐに表情を引き締めて構える。


「ッチ! う、ッぜぇ……ッ‼︎」


 気がつけば目の前にまで迫っていたアーノルドの剣を弾いたレヴォドは自らの闘気(オーラ)を一気に高め、その剣に纏う。


「チッ、恨むんじゃねぇぞ?」


 そう言ったレヴォドは腰を低く落とし、体内のエーテルを爆発的に高める。


 アーノルドも瞬時に身構えるが、その瞬間にはレヴォドの声が耳元で聞こえてくる。


「——幻軌戒剣」


「……ッ‼︎」


 傍目から見ているメイド達にはただ一瞬の出来事であった。


 気がつけばアーノルドの目の前にいたはずのレヴォドがアーノルドの背後で剣を振り切った状態でいたのだ。


 そしてアーノルドの体のあちこちから血が噴き出たのを見て、キャアアアと悲鳴を上げながらそのメイド達は臨界点に達したのか気絶した。


「ッチ。元々浅く斬るつもりだったが、ズラしやがって。腱だけを斬るつもりだったってのに斬れたのは薄皮だけか」


 振り返りながら悪態を吐くレヴォドにアーノルドは思わず舌打ちをする。


 血が噴き出たのは最初だけで、その斬り傷はそれほど深くもないが、それでも傷を負うほど対処できない攻撃であったのは事実。


 直感的にヤバいと感じ、体を動かしただけでレヴォドの動き自体はまったく見えていなかった。


 相手が本気で殺しにくるつもりで攻撃してきていたら、今頃深傷を負っていたかもしれなかった。


 あくまでもいまの軽傷という結果は相手がアーノルドを殺す気でなかったからにすぎないだろう。


「まったく。俺の配慮を台無しにしやがって。一箇所だけならともかく、四箇所全てともなれば次以降生半可で済ますわけにはいかねぇぞ」


「配慮か……、そんなものを頼んだ覚えはないが……そもそももう貴様に次など与えはしない」


 アーノルドはそう言うと、それまで金色だったオーラの色を黒く変色させた。


 それに一際驚いたのはレヴォドだ。


 オーラの色が変わるなど普通ならば“ありえない”からだ。


 そのありえないことがいま目の前で起きた。


(なんだ? どんなトリックを使ってやがった? いや……、いま使ったのか? そもそも黒いオーラなんてもんは文献でも見たことがねぇぞ。ただのハッタリか?)


 だがアーノルドから感じる不吉なまでの威圧感は先ほどまでのそれを遥かに凌駕していた。


 それは下手をすれば自分の命にも届くような——。


 数年はなかった背筋が凍るような錯覚を覚え、額に汗を浮かべたレヴォドは体の反応とは逆に笑みを浮かべた。


「あの豚が……デタラメな情報寄越しやがって。殺すことになっても文句言うんじゃねぇぞ」


 レヴォドは皮肉げに笑いながら赤紫色のオーラを纏い始めた。


 ——∇∇——


 パラクは嘗てないほど視線険しく目の前にいるライグを見据えていた。


 そのライグの右手には剣が、そして左手には鞭がある。


 剣と盾や両手に剣などはこれまでも見たことはあるが、その二つはこれまでに見たことがない組み合わせだった。


 そもそも鞭を使う者を見たことがない。


 だがその鞭の技量は先程一度目にしている。


 一度は出し抜かれ、自らの主への狼藉まで許してしまった。


 二度目はない。


 何より先程までの暴言、それに関してたとえアーノルドが気にしてなかろうが、パラクは許すつもりがない。


 それに何より、目の前の男の眼が気に入らない。


「さっきはよくもこの私を殴ってくれたな。その罪はお前一人の命で償えるほど軽くはないぞ?」


 そのライグの視線はレヴォドと対峙しているアーノルドへチラリと向けられる。


 言外にその罪は主であるアーノルドにもあると言ってきているのだろう。


 だがそう言われようとも、パラクは絶対零度の瞳で表情一つ動かさず睨むだけであった。


「はっ、貴様を殺す前にまずはお前が後生大事に抱えていた女。あいつを貴様の前で犯してやるとしよう。本来ならば職務に忠実な僕であるこの私がそのような些事に手を出すというのもおかしな話であるが——貴様は別だ。そうでもしなければ私の気が済まぬからな。この私に反抗するだけに留まらず殴ったのだ。たとえこの世を見守る神であろうとも私の行動には諸手を挙げて支持するだろう」


 女とはリリーのことだろう。


 だがたとえパラクを倒そうとも中には他にもたくさんの使用人がいる。


 その中にはパラクよりも強い者もいる。


 パラクよりも弱く、高く見積もっても同程度のライグ程度がリリーの下へと辿り着けることはないだろう。


 だがその妄言が叶うことなどないとは分かりつつも、パラクは更にその表情を険しくさせ、その表情には不機嫌さが滲み出ていた。


 その表情が気に入ったか、ライグはニヤリと嫌な笑みを浮かべる。


「本当ならば、あの生意気な貴様の主をこの手で殺してやりたいところだが、奴は法による罰を受けなければならないからな。この私が私刑を下すわけにはいかん。だが安心しろ。奴の代わりに貴様はこの私が苦しめて苦しめ抜いて殺してやろう。我々に反抗する者は誰であろうが殺してよい権利が与えられているからな。私に対して手を出しておきながら、この私の手で死ねることを感謝するんだな」


 自己評価がどこまで高いのか、本心からそう言っているであろうライグにパラクが嫌悪を露わに顔を顰める。


「もはやお前の言葉一つ一つが不快で仕方がない。アーノルド様の命令でもあるが、それとは別に自分の意志で僕は貴様を殺す」


「ふっ、あっちのデカブツならばともかく、貴様ごときが私を殺す? ふ、ふふ、くくく、流石は貴族に仕える騎士(どうけ)か。私よりも若い貴様ごときが己龍術を修めた私に傷一つでも付けられると本気で思っているのか?」


 パラクにはもはやこれ以上交わす言葉など必要なかった。


 一刻も早くライグを殺すこと。


 それだけに集中し、剣に水色のオーラを纏う。


 その程度はライグにとっても何でもないのか、未だその表情から余裕の色は消えない。


 そして数瞬続いた睨み合いの果て、パラクが地を蹴り駆け出す。


 ライグはその瞬間を狙っていたかのように鞭を振り、パラクの足元へと狙いを定めてくる。


 ライグの手の僅かな動きを読み取り、咄嗟に向きを変えたパラクであるが、飛び退く形になったためライグとの距離が先程までよりも開いてしまった。


 鞭が当たったところは、小型の爆弾でも落ちたかのように爆煙のような砂埃を上げ、いまだ耳鳴りのように地が唸っている。


「はっ、よく避けたが、はたしていつまで避けれるか……見ものだなッ‼︎」


 そう言いながら、振った鞭がパシんと音を立てながら再びパラクのいた地面を爆せさせる。


 幸い、避けれないほどではない。


 いくら鞭の先端の速度が音速を超えていようと、それを操る手元が音速を超えることはない。


 ならば手元を見ていればある程度、軌道の予想を立てることはできる。


 だが明らかにただの鞭ではなさそうであった。


 ただの鞭では地面が爆せることなどない。


 おそらくは魔物を素材とした特注の鞭だろう。


 当たれば最悪その箇所が抉り取られることも考慮に入れて動かなければならないとパラクは冷静に分析していた。


 ライグの剣術の腕はわからないが、どちらにせよライグを殺すためには近づかなければならない。


 いまも雨のように降り注ぐ鞭を躱してはいるが、近づけば近づくほど避ける難易度は跳ね上がる。


「はっ、小鼠のように逃げ回るだけか? さっきまでの威勢はどこにいった⁉︎」


 その挑発に乗って近づくほどパラクも馬鹿ではない。


 というよりも、もはやライグの言葉になどで感情が動かないと言うべきか。


 パラクはただジッとライグの手元と向かいくる鞭だけを観察していた。


 動きの癖を見抜くためだ。


 無策で突っ込むよりもまずはあの鞭を処理する方が手っ取り早い。


 鞭が直線的に来る時と、うねるように変則的に来る時で僅かに手の動きが違うことを見極めた。


 直線的な動き——ここだとパラクは迫る鞭を注視し、一瞬を逃さぬように瞬速の剣を振るう。


 だがその鞭は生き物のように変幻自在に動き、剣が空を斬ってしまう。


「——ッ‼︎」


 言葉を失っているパラクに向かって、龍のように迫る鞭がパラクを捕らえようとまるで網のように展開する。


 それを完全に避けるのは無理だと判断したパラクは体を差し出すくらいならとその手を鞭へと差し出した。


 両手を鞭で縛られている状態になる。


 それを見てライグがニヤリと悪どい笑みを浮かべた。


 引っ張られ、重心が前に傾き体勢を崩したパラクはそのまま簡単に宙へと引き上げられた。


 そしてそのまま勢い良く地面に叩きつけられる。


「グハッ……‼︎」


 受け身も取れず叩きつけられたパラクはそのダメージ全てを体で受け止める。


「ははははははは、どうだ? 剣しか知らず、鞭がどんなものか知らん貴様ら貴族の騎士がこの私を負かすなどと、よくそのような大口を叩けるものだな⁈ 私は貴様のような口だけ達者な奴が嫌いなんだ。まだまだこれから——ん?」


 ライグを持つ鞭が水色のオーラを放つようになる。


 ライグのオーラは水色ではない。


 考えるまでもなくパラクのオーラだろう。


「はっ、何をするつもりか知らんが無駄な足掻きだ」


 両手が封じられた状態で何が出来ると嘲笑するような笑みを浮かべ、再度上に打ち上げようと力を込めるが、鞭の持つ弾性力がまるで無くなったかのようにしなしなと萎びていた。


「なっ……⁈ いったい何をした⁈」


 そう怒鳴り、いくら鞭を操ろうとし腕を動かすも、水に濡れた紙のようにしなしなと萎びたままで鞭が動く気配はない。


 次第にパラクの腕をかたく縛っていた鞭も緩まり、鞭の呪縛から抜け出していた。


「何って、いまから死ぬ貴方が知ったところで無意味でしょう」


 額から血を流しながらも不敵な笑みを浮かべるパラクにライグがギリっと奥歯を噛む。


「戯言を! 鞭一つ封じた程度で良い気になるなッ!」


 ライグはそう言うと鞭を捨て、激昂を露わに剣を手にパラクへと走り向かってくる。


 パラクは敵が迫っているとは到底思えないほどゆったりと立ち上がった。


「はっ、立ち上がったからと今更何ができる! さっさと死ね‼︎」


 オーラを纏ったライグの剣が迫るのを見ながら、パラクは息を整えるように吐き出し、静かに呟く。


「——水霜(みなしも)


「無駄だ‼︎ もう遅い‼︎」


 それと共にライグの剣がパラクを貫く。


 ——否、貫いたように見えただけであった。


 驚愕に目を見開いたライグであるが、その後すぐ口から勢いよく血を吐き出した。


 ライグはそのときになって初めて斬られたと気がついたが、いつ斬られたのか全くわからなかった。


 だがそんなことを考えている暇もない。


 ライグはどこにいるかも知れぬパラクが迫ってきているだろうと、振り向きざまに剣を振り回した。


 未だ興奮冷めやらぬのか薄く笑みを浮かべているライグであるが、その笑みも胸から生える冷たい感触に固まったような笑みへと変わる。


 後ろから刺されたライグは腕に力を込めようとするが、逆に力が抜けていくのを感じていた。


 口端から流れ出てくる血を無視して、背後にいるであろうパラクに呪詛を振り絞る。


「貴様……、この……ようなことをして……許されるとでも——」


「私に許しを与えるも罰を下すのもアーノルド様であり——断じてお前ではない」


 無慈悲に、冷厳にそう言うと、パラクは刺している剣をライグの胸から勢いよく引き抜いた。


 膝から崩れるライグの首を無慈悲に刎ね飛ばしたパラクは背中の痛みに思わず顔を歪め、愚痴るようにため息を吐く。


「この程度の敵相手になんて様だ……。アーノルド様やコルドー様ならもっとスマートに決められただろうな」


 パラクはそう呟きながら、周囲を見渡す。


 本音で言えばアーノルドの救援に向かいたいところであるが、アーノルドがそれを望んでいないだろうこともわかる。


 それにコルドーならばともかくレヴォド相手にパラクの実力では足りていない。


 コルドーを見れば、三人相手ということで決め切れてはいないようだが、苦戦している様子もない。


 じきに決着をつけるだろう。


 パラクはアーノルドの方をチラリと見て、奥歯を噛み、屋敷の方へと向かった。


 ——∇∇——


「ッチ‼︎ 俺の一張羅を台無しにしやがって‼︎」


 アーノルドが黒いオーラを出してからレヴォドは防戦一方となっていた。


 レヴォドが着ているスーツのような服も所々切れて、もう着ることはできない有様になっている。


 もちろんまだ余裕はある。


 だがアーノルドの力の上がり幅が尋常ではない。


 殺さずに制圧するどころか、それを考える余裕すらもはやなくなってきている。


「それがお前の『能力(ギフト)』か⁈」


 オーラの色が変わるなど本来ありえないということと急激な能力の上昇によってレヴォドはアーノルドの黒いオーラを能力によるものと結論付けたのだろう。


「チッ……仕方ねぇか」


 レヴォドはそう言うと、自身の剣を逆手に持ち前へと突き出した。


 周囲の大気が収斂し、揺れ動く感覚にアーノルドは咄嗟に距離を取る。


 するとレヴォドがポツリと呟く。


「——戒珹(かいじょう)・幻妖蘭陵」


 レヴォドがそう呟くや否や、揺ら揺らと紫炎のようなオーラが天に上がり一帯を包むように広がっていく。


 周りの朝霧と混じり合うかのように溶け込みながらもそれは生き物のように意志を持って動いているかのようであった。


 そしてそのオーラ溶け込んだ朝霧からまるで輪を作るようにレヴォドの頭上で回転する小さな妖精のような何かが出現した。


 魔法とは明らかに違う原理によって生み出されたそれはアーノルドが未だ辿り着けぬ境地——。


「『能力』か……」


「出すつもりもなかったが、殺さずにお前を制圧するには必要だと判断した。ここ数年でここまで引き出した奴はお前だけだ。まさかこんなガキに使うことになるなんざ思いもしなかったがな。光栄に思いな」


 どういう能力かはわからない。


 小躍りするようにレヴォドの頭上を回っている様々な武器を持つ妖精達が悪戯めいた笑みを浮かべたように見えたアーノルドは素早く駆け出したが、ほぼ同時にレヴォドも駆け出していた。


「ハハ、突っ込んでくるとは勇ましいなッ!」


 レヴォドがそう言うと、妖精三匹がレヴォドよりも先にアーノルドに向かって突っ込んできた。


 一匹目を躱し、二匹目も辛うじて躱したアーノルドは三匹目を剣で打ち払った。


 そして速度を緩めることなくレヴォドへと立ち向かう。


 互いに速度が乗った状態で真っ向から打ち合ったことによる衝撃が地の草木を打ち鳴らした。


 そのまま押し込もうとしたアーノルドが力を込めた瞬間——突如、“三箇所”から血が噴き出てきた。


 予想外の傷を負ったことで気勢が削がれ、押し込むどころか押し込めれそうになったアーノルドに追い討ちをかけるように妖精が横合いから迫ってくる。


 それを辛うじて体を逸らして避けた。


 次いで迫るレヴォドの剣を間一髪で往なし、それを持つ手に蹴りを叩きこむことで距離を離した。


「……痛ぇじゃねぇか」


 たいして痛がる様子もなくレヴォドがそう言うや否や、アーノルドの目の下付近が横一文字に切れ、血が噴き出た。


「……ッ⁈」


 その飛び散った血がアーノルドの視界を刹那塞ぐ。


 その瞬間を狙っていたかのようにレヴォドが目の前まで迫ってきていた。


 視界が見えずとも蹴りをしてこようとしていることはわかるが、腕を上げてガードをしようとするも間に合わない。


 アーノルドはモロに腹へと叩き込まれ吹き飛んだ。


 だがそれをしたレヴォドは腑に落ちないといった様子で顔を顰めながら、戻った妖精を手に乗せる。


「相変わらず……人間を蹴ったとは思えねぇ感触だな」


 怪我をさせぬようにという意識ゆえに咄嗟に蹴りを選んでしまったが、失敗だったかと呟きながらアーノルドの方を見据える。


 吹き飛ばされたアーノルドであるが、そのまま体勢を立て直して着地するくらいの余裕はあった。


 さっきまでとは違い、全力の蹴りだったからか多少のダメージは入ったが、あと十発喰らおうがこの程度ではアーノルドは倒れない。


(相手が舐めていて助かったと言うべきか……。しかしどういった能力だ? 具現化系の能力だと思ったが、完璧に避けたはずの攻撃が当たっているとなれば……)


 アーノルドが最初に斬られた三箇所はアーノルドが避けず、打ち払わなければ喰らっていたであろう箇所だ。


 四度目に切れた顔の傷も避けていなければそうなっていただろう傷が刻まれている。


(……因果すら無視した、結果そのものを強制的に植え込むような能力か?)


 だがアーノルドはその考えをすぐに否定する。


 それは『能力』の範疇を超えている。


 明確に『能力』について知っているわけではないが、そこまでのことが出来るのならばそれはもう騎士の最終到達点とも言える『皇神抃拝フィーネ・エンデ・レルム』の領域だろうと。


 それに今まで何人か見てきた超越騎士級ほどの威圧感をレヴォドからは感じない。


 とはいえ、いまはそんなことはどうでもいい。


 集中すべきはどう攻略するかだ。


 アーノルドは確かに避けた。


 そして斬り払った。


 だが結果として避けれてもいなく、斬り払えてもいない傷を負っている。


 可能性はいくつも思い浮かぶが、それを全て検証するなど危険すぎるし、そもそもそれがわかるまでレヴォドが待ってくれるはずもない。


 アーノルドは再度剣を構えた。


 今度は五匹の妖精が陣でも組むかのように迫ってくる。


 アーノルドは縦横無尽に走り、それらを避けつつ演舞のような華麗な動きで一匹ずつ始末していくが、その最後の一匹、当たっても致命傷にならぬように当たる箇所を調整しながらわざと受けた。


 それに面食らったようにレヴォドが目を見開くが、妖精が持つ武器そのものはアーノルドに当たると共に霧散するだけでダメージになりはしなかった。


 そして悪戯が成功したかのようにケラケラと笑っている妖精が霧散していくのをチラッと見ながらアーノルドが小さく呟く。


「……やはりこいつら自身に判定があるわけではないのか。ただの幻影とは」


 ただのとは言うがアーノルドが見破れぬほどの幻ともなれば相当高度なものだ。


 やはり『能力』によるものは厄介だとアーノルドはその目を細める。


 それにそれがわかろうともいまの現状に対しては何の解決策にもなりはしない。


 それ示すかのようにアーノルドの体に新たなに五つの傷が増えた。


 どういう理屈で傷が増えているのかがまだわからないのだ。


「おいおい、幻だと思ったとしても自分の体で実験するなんざ、どういう神経してやがんだ? 一歩思い違えばそれで終わってたんだぜ?」


 愉快げに目を眇めたレヴォドであるが、すぐにその獰猛な白い歯を覗かせる。


「——だが、幻だと分かろうが状況は変わらねぇがな?」


 たいしたことはない傷であるが、出血量が増えてきているのはまずい。


 一つ一つはたいした傷ではないが、すぐに止まるほど浅くない傷もいくつかある。


 それに動けば動くほど出ていく血は多くなる。


 回復する手段がないわけではないが、まだ出すには早い。


 アーノルドは足に力を込め、地が捲れ上がるほどの踏み込みでレヴォドへと迫る。


 あの天を舞う妖精がただの幻覚であり、実体がないのならば構うことはないと最速でレヴォドを叩きにいった。


 懲りもせず、レヴォドの周囲の妖精達がアーノルド目がけて飛んでくる。


 槍の先端を突き出しながら迫る妖精が眼前に飛んでくるのを見ながらもそのまま突っ込むが——当たる寸前、紙一重でアーノルドは躱すことを選択した。


 そのまま駆け抜けていった妖精であるが、アーノルドの頬にはその妖精が持っていた槍が刻んだ真新しい傷から流れる血が滴っていた。


 妖精は槍につく血を弄びながらアーノルドを嘲るようにケラケラと笑っている。


(いまのは明らかに実体があった……。虚実変幻自在ということか? 厄介な)


 アーノルドは思わず舌打ちを漏らす。


「ケッ、勘のいいガキだぜ。あと少しで決着がついていたかもしれねぇのによ」


 そう言い、余裕そうに肩をすくめるレヴォドにアーノルドは黒い斬撃を飛ばす。


 それを見て舌打ちをしたレヴォドはそれを迎撃するのではなく、避けるべく横へと跳んだ。


 それを予測してたかのように絶好の位置に迫っているアーノルドに煩わしそうに再度舌打ちをしたレヴォドはポツリと呟いた。


「そろそろ効いてきてもいい頃なんだがなぁ」


 一合交え、そのまま押し込もうとした瞬間、アーノルドの体が突如糸でも切れたかのように脱力し、膝から崩れ落ちた。


「なっ……、くっ……毒か……?」


 アーノルドは毒の抗体を人並み以上に持っている。


 だが能力が生み出した新種の毒ならば、アーノルドの抗体を超えるものも存在するかもしれない。


「はっ、安心しろ。毒じゃねぇよ」


 それから気力を振り絞って立ち上がったアーノルドに意外そうに目を見開いたレヴォドはニヤリと笑みを浮かべる。


「我慢強い奴だな。だがそうでなくちゃ面白くもねぇよな。せっかく戒珹まで披露してやったんだからよ」


 レヴォドがそう言っている中、妖精達は何かの儀式でもしているかのようにアーノルドの頭上を円陣を組みながら踊っている。


 いますぐにでも斬り払いたいが、まだ腕が思うように動かない。


 そして良く見ればその妖精達から粉のようなものが振り撒かれていた。


 本当に良く見なければわからない程度の微小な粒子だ。


 戦いの最中に動きながらでは見逃してしまうだろう。


「なんだこれは……?」


「はっ、それも俺の『能力』の一部よ。まぁ少しばかり教えてやろう。俺の『能力』には三段階ある。これまでのは戒珹、要は下準備ってところだ。妖精共が舞台を整えるために齷齪と動く第一部であり謂わば前座。そして妖精共はその場にいる人物を次の舞台に上がる演者か、それとも観客かに振り分ける。とはいえ観客になった奴は退場(夢の中)だがな」


 そうなりゃゲームオーバーだぜと言うレヴォドをアーノルドは睨みつける。


 この降り注いでいる粉は眠り粉といったところか。


 感覚としては眠気というよりは麻痺に近かった。


 だが慣れてきたのか、それとも妖精が演者と認めたからなのか少しずつ体が動かせるようになってくる。


「まさかここまで耐えるとは思わなかったがな。気力だけは一人前ってわけだ。さぁ踊る準備はいいか?」


 その瞬間レヴォドを中心にブワッと赤紫色のオーラが広がり、アーノルドごとその場一帯を飲み込んだ。


 ——『紂宴(ちゅうえん)・幻懼牢廷演武』


 視界が赤黒く染まる中、レヴォドのその声だけがアーノルドの耳に響いてきた。


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