第2-34話
アーノルドがクジャンへと向かった翌日の早朝。
アーノルドがまだ帰ってきていないヒールベルの屋敷前。
朝霧が掛かっているような鬱蒼とした朝だというのに、その屋敷の前が異様に騒がしい。
広い通りだというのに、埋め尽くすように並ぶ者達がいるからだ。
その服装から分かることは罪牢局の人間だということ。
人数は二十人から三十人程度と大所帯。
それだけの人数がアーノルドの屋敷の門前に立つメイド長に詰め寄っていた。
「罪人を匿うとは何事かッ‼︎ 我々が罪牢局の者と知っての狼藉か⁉︎ 貴様も牢獄に入れられたいくないならば、さっさと貴様の主人を出せ‼︎」
「——我が主人は現在外出中でございます。どうぞお引き取りを」
早朝だというのに近所迷惑など気にした様子もなく怒鳴り声を上げる男に対して、メイド長は臆した様子もなく淡々と言葉を返していた。
「……あくまでも我々に歯向かうと。だが、いないと言うのならばその確認のために屋敷の中を検めさせてもらおう」
ピキリと青筋を浮かべ、見下すような視線と共に無理矢理押し入ろうとした男の前へと立ち塞がったメイド長は淡々と繰り返す。
「お引き取り願います」
臆する様子もなく、取り付く島もないといった様子のメイド長に、苛立たしげに舌を鳴らした男は自ら一歩メイド長との距離を詰める。
あと半歩近づけば体が当たるほどの距離だ。
「……そのような非協力的な態度を取るのなら、お前一人ではなくこの屋敷の者全員を逮捕しなくてはならなくなるぞ? それでもいいんだな?」
怒りを滲ませながら脅すような言葉を吐く。
威圧すら滲ませたそれに対し、並の使用人ならば恐れ慄き、返事すらできずにへたり込むであろうが、メイド長はまるで意にも返さず、虫ケラでも見るかのように冷厳とした視線で淡々と同じ言葉を告げる。
「お引き取り願います」
「貴様ッ——‼︎」
少し脅せば言うことを聞くとでも思っていたのか、それとも自身の権力が通じなかったことが我慢ならないのか、その言葉を聞いた男はより一層その表情を怒りに滲ませ、一歩メイド長から距離を取りながら自身の腰に差す剣へとその手を伸ばす。
だが柄に手をかけ半身ほど抜いたまではよかったが、それが完全に抜き放たれる前に別の男がその男の手に自身の手を被せて止めた。
「——おいおい、落ち着けよ。その程度で剣を抜こうとすんじゃねぇよ。だからお前はまだまだ青いのよ」
そう言いながらニヒルな笑みを浮かべた男はキザったらしくメイド長に流し目を送る。
年齢は四○代前後くらいか、恰幅もよく、程よい脂肪がついた中年オヤジといった様相で、人相の悪さはマフィアよりもマフィアらしいといった感じだ。
どこから現れたか、いつの間にか部隊の人数も倍以上に増えている。
その一人一人の実力を感じ取り、メイド長の目が僅かばかり険しげに据わる。
「レヴォド執行官⁉︎ いつおいでになったのですか⁈」
上官なのか、姿勢を正した男がそう問えば、レヴォドは煩わしそうに手を振る。
「いまだよ、いま。緊急だってんで朝早くから叩き起こしやがって。俺が出張るようなことかと思ったが、随分上も——いや、奴さんも無茶しやがるぜ」
そう言い、眠たそうに欠伸をしたレヴォドはその男に手でシッシと下がるように指示すると、メイド長へと向き直った。
「ご婦人。俺は第二執行大隊・大隊長のレヴォドってもんだ。この服装でお疑いかもしんねぇが歴とした罪牢局の執行官さ」
そう言いながら、執行官の役職を示す軍帽にあるバッチをトントンと指し示す。
他の者はピシッと罪牢局の制服を着ているが、レヴォドは軍帽こそあれ、その服装は私服なのか少し洒落た軽装であった。
「まずは部下の非礼を詫びよう。アンタの主に対する忠義はなかなかどうしてたいしたもんだ。これだけの男達に囲まれて恫喝紛いの言葉で脅されりゃ、涙の一つでも浮かべて逃げ出すってなもんだが、たいした度胸だ。流石は貴族の屋敷で働いているだけはあるってもんだな」
偉業を称賛するかのように笑みを浮かべたレヴォドであるが、次の瞬間にはその目を邪悪に眇める。
「だがこの国に来て間もないアンタは知らねぇかもしんねぇが、この国では執行官に叛くことそのものが罪とも言える。まぁお貴族様のメイドともなればそのくらいは当然知ってるだろうがな? だからよ、あいつが言った通りこのままアンタとこの屋敷にいる全員を捕縛することもできるんだぜ。俺らを妨害したって罪でな」
丁寧に丁寧に子供に教えるかの如くそう言ったレヴォドはそれまで取り繕っていた口端を愉快げに歪める。
「だが俺たちに与えられた権利はそれだけじゃねぇんだわ。強制捜査権っつてな? 抵抗する者の全てを調べて没収できんのよ。例えばこの屋敷もだが、屋敷の中の金銀財宝や——アンタの体の中までな?」
下卑た笑みを浮かべながら舌舐めずりをしたレヴォドと同じくニヤニヤと舐め回すように見てくる男達にメイド長の目が若干吊り上がる。
端からそれが狙いかと。
最初からアーノルド出せなどと言いながらも屋敷に入ることの方を優先していた。
外出中だと聞いたのならばまずはどこにいるのかと問うだろう。
そうではなく屋敷に入ろうとしたのはこの屋敷を荒らすため、そしてついでに使用人達に乱暴を働くためかと。
明確な敵であるとメイド長が認定すると同時、一際愉しげに笑みを深めたレヴォドは嘲るように肩をすくめた。
「だが俺も鬼じゃねぇ。ご婦人の身体を弄り、犯すなんてのは紳士のやることじゃねぇだろ?」
片眉を上げながらそんなことを言うレヴォドにその部下達がヒソヒソと嘲るようにささやき声を漏らす。
「大隊長が紳士?」
「何の冗談だ?」
「いつものやつだろう? 放っておけよ」
「ああやって希望を持たせて落とす。いつものやり口だな」
「まぁ俺達は俺達で中の若い娘を食えればそれでいいじゃねぇか。貴族の邸宅なら貴族の令嬢もいるかもしれねぇぞ? 行儀見習いだっけか? いい制度だよな〜」
「夜番なんざ退屈でつまらねぇと思っていたが、ラッキーだったぜ。貴族の使用人なんざ滅多に犯せねぇレアもんだからな。他の奴ら羨ましがるだろうぜ」
常人であれば聞こえぬであろう声量であろうと、常人ではないメイド長には鮮明に聞こえてきた。
犯罪者を取り締まるどころか、犯罪者のような発言をする男たちに思わずメイド長の体から闘気が漏れ出てくる。
アーノルドがいない今、何人たりとも屋敷内に侵入させないことがメイド長、ひいてはこの屋敷の使用人の仕事。
既に門内の庭園には他の使用人達も出てきている。
鉄壁の門番のように門前に立つメイド長の迫力など威圧にすら感じないのか、レヴォドは最後の通告だとでも言うように優しげにささやきかけた。
「さぁご婦人。そこを退いてはくれないか? 俺達はアンタの主人に用があるだけだ」
「——お引き取り願います」
これまでで一番硬質な声色でそう告げたメイド長に、男達はニヤリと笑みを浮かべ、愉しげな笑い声を漏らし始める。
「クク……、通告も拒否と。なら仕方ねぇよな。我らが罪牢局に歯向かう者が巣食う屋敷への強制捜査を執行する。よしお前ら! お楽しみの時間——」
それまで意気揚々としていたレヴォドは突然言葉を止め、何かを警戒するかのように別のところへと視線を遣った。
レヴォドが言葉を止めたのは、よく聞かなければ聞こえぬであろうほど小さいにも関わらず、閑静な住宅街にコツコツと響く足音が異様なほど大きな音として耳に入ってきたからだ。
いや、実際にはこの場の空気が僅かに変わったことを感じ取ったというべきか。
朝霧に隠れる人影をレヴォドは部下の声すら無視して注視していた。
――∇∇――
時刻は遡って丑三つ時。
アーノルドは馬車に揺られながら眠っていた。
クジャンから帰ろうとしたアーノルド達であるが、当然夜にわざわざ馬車を出すような者などいなく、アーノルドは十倍ほどの値段を払って馬車そのものを買い取った。
ある種ぼったくりとも言える値段であるが、状況等諸々考慮すればぼったくりとも言い難い値段である。
その馬車の中で目を閉じ眠るアーノルドは馬車の速度がガクッと変わったことを感じ取り、目を覚ました。
窓から外を覗けば、本来の速度の三分の一以下の速度しか出ていない。
「……どうした、コルドー」
御者を務めるコルドーに静かに問うと、コルドーは起こしてしまい申し訳ございませんと謝りながら、視線鋭く前方に目を遣る。
「まだかなり先ですが、何やら戦闘が起こっているようです」
アーノルドも神経を研ぎ澄ませてその様子を探る。
確かに何者かが戦っているような気配がある。
かなりの人数が戦っているが、どうやら戦闘自体は一対多数のようだ。
「この時間にか? 面倒ごとの匂いしかしないな。迂回できるか?」
整備されているがゆえに基本的にその道から逸れて馬車を走らすことはない。
迂回するとなれば大回りして別の街を経由して戻ることになる。
かなり時間がかかるがそれでも良いですかとコルドーが問おうとした瞬間、誰かに覗き見られているかのようにゾクリと背筋に電気のようなものが迸った。
それは当然アーノルドも感じ取っていた。
「……感知されたか」
発生源はまさにアーノルドが感じ取った戦闘が起きていた場から。
覗けば覗かれる。
当然と言えば当然であるが、この距離である。
戦闘中にこちらにまで目を向ける余裕があるとは相当な手練れであろう。
それに気づけば戦闘も終わっているようであった。
残っているのは一人側の方。
「どうしますか?」
「この距離なら避けても無駄だろう。行け」
「はっ」
敵にせよ敵でないにせよ誘っているということは逃す気がないということだろう。
避けようとするだけ無駄だ。
それから数分進むと、積み重ねられた人の山の上に一人の男が座っていた。
あの後起きてきたパラクにはまだ眠るリリーを見ているように言いつけ、アーノルド達が馬車から降りて近寄ると、男はその山から飛び降りた。
暗澹とした夜ゆえに見にくくはあるが、その顔に仮面のようなものを被っていることがわかる。
その仮面の隙間から月明かりに照らされた濃緑の瞳が不気味に光っていた。
「何者だ?」
そう誰何すれば、その者は慇懃無礼に一礼した。
「これは名乗りもせず失礼致しました。ラン・デジールが一天、第四沖天のハクガイと申します。ハクとお呼び頂ければ光栄に存じます、アーノルド・ダンケルノ様。以後お見知りおきくださいませ」
男はそう言い、ニヤリと挑発的な笑みを見せた。
――∇∇――
朝霧の中から現れたアーノルド達を見たレヴォドはその顔を露骨に顰めた。
「……おいおい、空気読めよ。せっかく今からお楽しみだったてのによ。少なくとも昼までは帰らねぇって話だったが、随分とお早いお帰りだな? 中で楽しみながらお前の帰りを待つつもりだったんだが……」
アーノルドが軍服達を押し除け、門前まで来るとレヴォドがそんな言葉を浴びせてくる。
「……奴の言った通りか」
ハクガイの目的は平たく言うのならば売り込みであった。
自分がアーノルドの担当にさせてくれと。
自分の能力をアーノルドへと示しにきたわけだ。
伝えてきたのはアーノルドに逮捕状が出て、屋敷が襲撃されているだろうといった類のもの。
それ以上の何かを知っていそうではあったが、渡してきた情報はその程なもの。
担当させてくれなどと言いながらアーノルドがどう切り抜けるか見定めるといったところか。
顧客を試そうなどとは聞いていた以上に不遜な輩なようだとアーノルドは鼻を鳴らすが、不思議と嫌な気分はしなかった。
とりあえずはこの場をどうにかするのが先決かと、先ほどから薄らと笑みを浮かべているレヴォドにジロリと視線を向けた。
「それで? 何の用だ」
「用か? なにお前さんがとある事件の犯人だってタレコミがあったから捕まえにきたわけよ」
「事件? ……誰がそんなことを言った?」
「情報源を明かせってか? 馬鹿言っちゃあいけねぇぜ。明かせと言われて明かす奴なんざいねぇよ。それより、ここにお前さんらだけで来たってことはそっちに行った奴らを殺してきたか?」
おそらくはハクガイが積み上げていた人間の山のことだろう。
ここに集う者達と同じく罪牢局の制服を着ていた。
ハクガイは全員昏倒させていただけのようであったが、おそらくレヴォドの口ぶりからしてアーノルドを捕まえにきた部隊だったのだろう。
もしくはただの足止めか——。
「捕まえてくるなんて大見得切っておいてザマァねぇな。まぁいい。早く帰ってきたってのは残念だが、どうせ俺がやることに変わりはねぇしな。テメェをとっ捕まえてヤルことをやって奪うもん奪って帰るだけだ。よし、お前ぇらは先におっ始めときな。俺はこいつらをパッパと片付けてから行くからよ」
自信満々にそう嘯いたレヴォドに部下達が色めき立ち、声を上げる。
「おぉ‼︎ 流石大隊長、分かってるぅ‼︎」
門前に立つアーノルドを無視して中に押し入ろうとする部下達の行動にアーノルドの機嫌が急転直下する。
「——この私の前でそれを許すとでも?」
ビリビリ——と、まるで地震の前触れかのように空間が振動し、重厚な殺気が辺りに充満しだしたことで、それまでパーティーで酔ったように楽しげだった男達の表情が一変し、アーノルドから距離を取るように飛び退いた。
恐怖に固まる者はいないが、押さえつけられるかのような重圧に額に汗を浮かべる者は多い。
少なくとも嘲笑うかのような腹立たしい表情は消え去った。
そしてそれまで飄々とした笑みを浮かべていたレヴォドも、先ほどまでの薄ら笑いを引っ込めて何かを見定めるようにその表情を硬く引き締めていた。
罪牢局の執行官は星一二以上を必要とする役職。
実行部隊としてはトップの役職であり、三人だけしかいない大隊長ともなればその実力はかなり高いはず。
最初にメイド長に突っかかっていた者は執行官補佐という役職であり、星九以上が必要とされる。
そしてそれ以外の補佐官達も星六以上は最低限必要だ。
レヴォドは大騎士級、他の者達は騎士級相当の力と考えていい。
他の国ならば、一人一人が部隊の長を任されるほどの実力であり、この部隊一つが精鋭部隊として王直属と言われても不思議ではない。
レヴォドの部下達が押し入ろうとしたのをやめたからかアーノルドは威圧を抑えた。
「警告は一度だけだ。二度目はない」
そんなアーノルドをジッと見据え、ニヤリと傲岸な笑みを浮かべたレヴォドは部下達の臆した空気を変えるためか、軽口を叩く。
「おいおい。部下達が怖気付いちまったじゃねぇか。俺達の仕事を邪魔するってか?」
レヴォドの部下達を見渡したアーノルドは小馬鹿にするように鼻で笑う。
「仕事? 強盗、強姦が仕事などとほざくのは野盗や山賊の類であろう。どうやら評判通りただの無頼漢の集まりであったようだな。だが貴様らのような屑どもの相手をしてやるほど私は暇ではない。さっさと去れ。そうすれば命は助けてやろう」
アーノルドは今回の件、必要以上に事を荒立てるつもりはなかった。
そもそもどうでもいいというのもあるが、ハクガイが去り際に言っていた言葉。
『——ついて行く必要も従う必要も微塵もないですよ? たとえ従わなくても今回それで貴方が不利益を被ることはないので』
信じるかどうかという問題はあるが、事実であるならば、少なくとも今回のこの件は罪牢局全体の総意ではないということだろう。
ならば誰がアーノルドを捕えるという命令が下したかという問題は残るが、流石にそんなことを聞くためだけにわざわざ国の機関相手に喧嘩を売りはしない。
道具にそんなことを聞こうとも無駄だからだ。
面倒だとばかりにアーノルドはため息を吐いた。
するとそんな態度のアーノルドが癇にでも触ったか、最初にメイド長に詰め寄っていた執行補佐官がアーノルドを睨んでくる。
「無頼漢? 屑どもだと……? 貴様……、罪人の分際で我らを愚弄するかッ! 誇り高き罪牢局への侮辱、言い違えたとは言わせんぞ⁉︎ 犯罪者風情が、貴族だからとその罪が免れるなどとは思わぬことだ‼︎」
「……言い違える? 何も言い違えてなどおらん。それよりも、私を犯罪者と謗るか。ならばまずは問うてやろう。貴様らは何故この私を犯罪者などと称する?」
「はっ、反省の弁すら述べず開き直るか。我々を前にしてその傲慢さ。流石は貴族といったところか。ならば覚えておけ。貴族の地位などこの国では毛ほども意味などない。この私が貴様について来いと命じたのならば、貴様に許されたことは黙って私に従いついてくることだけだ! 貴様などという驕りで、上に立っているなどという幻想など捨てろッ‼︎」
立場をわからせようと組み伏せでもするつもりかアーノルドの手を掴もうと近づいてきたその男を、リリーを屋敷の中の使用人へと預けて戻ってきたパラクが横合いから殴り飛ばす。
「許しもなくアーノルド様に近づくな」
虫ケラを見るかのように這いつくばる男を見下しながら冷然とそう言ったパラクは男に唾でも吐きかけるかのように表情を顰めた。
「貴様ッ……‼︎」
殴られ、吹き飛ばされたことで口の中でも切れたか、血を流しながらも血走った眼で睨んでくる男にパラクは相手にするつもりもないと嘲るように鼻を鳴らす。
それを見てギリっと歯を噛んだその男をアーノルドが憮然と睥睨した。
「くだらん正義感か狂妄か知らんが、私が貴様如きの言うことを聞く道理など——ない。罪人だと言うのならば私を納得させるだけの何かを持ってくるのだな」
少なくともアーノルドがこの国に来てから罪人として拘束されるようなことはしていない。
マフィアを殺したことも、襲撃者を殺したことも、この世界での常識とアーノルドの地位をもってすれば裁かれるような罪ではない。
だがそんなアーノルドの態度が気に入らないのか、男は憎悪を宿した目で顔を真っ赤にしながら拳を震わせている。
「ッ……‼︎ 黙れッ‼︎ 罪人風情が誰に対してそのような口を聞いている‼︎ そうでなくとも執行補佐官であるこの私にその口答え……ッ、身の程を弁えろッ‼︎ たかが一貴族程度、この私の匙加減一つでどうとでもできるんだぞ? 二度とこの国に入れぬようにすることも、殺すことでさえな! 貴族だから殺されぬと思っているのならば、その考えは今すぐ捨てることだな。死にたくなければ貴様は黙って私の前で這いつくばっておけ!」
たかが地位ゆえの権力を自分の力などと勘違いするその醜行はいつ見ても醜悪極まりないものであった。
執行補佐官ということで自分の強さには自信があるのだろうが、パラクにああも無抵抗に殴られておいて未だその自信を失わぬ根源がただの役職などとは。
罪牢局の人間の大部分は腐っているとは聞いていたが、ここまでかとアーノルドは呆れたようにため息を吐きながら厳然と睨み返す。
「罪人とは言うが、何についての罪か、未だ何も喋らんのはなぜだ?」
「はっ、冤罪だとでも言うつもりか? 人を殺しておいて図々しい」
人殺し。
人を殺せば確実に罪に問われるなどという世界ではないが、それでも人殺しは忌避され、多くの場合は犯罪者として処されるのは変わらない。
人により、その罰の度合いが違うだけだ。
アーノルドも少し考えてみたが、正直いままで殺しすぎて、心当たりもいっぱいある。
最近で言えばボルネイを殺しに行ったことは確かに正当防衛には当たらぬであろうが、それでもあれはマフィアの領分で起こったこと。
無法地帯とも言えるあそこで起こったことに、わざわざ罪牢局が介入することはないことは確認済みだ。
あるとすればアノッソファミリーの誰かが今回の結末を気に入らないと罪牢局の人間に働きかけたということくらいであろうが、それもしっくりとはこない。
もしくは——。
「レヴォド様、さっさと罪人を拘束しましょう。抵抗するというのならば痛めつけてやればいいだけです。私にやらせてください」
ただの正義感から罪人であると思っているアーノルドを捕えようとしているのか、それとも自身の権力を振りかざしたいだけなのか、その声色からイマイチ判断できぬ男にアーノルドがめんどそうにため息を吐くと、レヴォドもまた同様にため息を吐いた。
「ライグ。お前が罪牢局の仕事に誇りを持っていることは俺も分かっている。分かっているが——出しゃばるな。今この場で全体に命令を出すのは俺だ。小隊長のテメェの仕事じゃあねぇよ。この前も含めて二度目だぜ? 何度言わせる気だ。俺の領分を侵すな」
執行補佐官だけならばともかく執行官がいるこの場において全ての命令権はレヴォドにある。
執行官がいない平時においては執行官の権限を持つ執行補佐官であるが、その役割はあくまでも補佐だ。
「申し訳ございません……、ですが——」
「——ですが、何だ」
これまでに聞いたことがないような低音で放たれた言葉にライグはびくりと肩を跳ねさせた。
「い、いえ、なんでもありません……」
意気消沈したかのようなライグに鼻を鳴らしたレヴォドは、気を取り直したように薄らと笑みを浮かべてアーノルドに向き直る。
「すまんな坊ちゃん。たしかに捕まえるにしてもどういう罪状で捕まえるのかくらいはちゃんと説明しなきゃならねぇよな?」
実際平民ならばそんなことをしなくても問答無用で捕まえるであろうが、貴族に対しては流石にそんな横暴許されないのが普通だ。
少なくとも他国では。
「まぁ本来ならそこの兄ちゃんが俺の部下を殴った時点で職務妨害罪で問答無用で捕まえてもいいんだが……俺も無駄に部下を減らしたくはねぇからな。まずは対話といこうか」
戦い合えば互いに無傷とはいかないことを理解しているのだろう。
だがそう言いながらも実際戦い合えば負けるつもりなど毛頭ないとばかりにニヤリと嗤うレヴォドにアーノルドが不快げに鼻を鳴らすが、あごで続きを促した。
「ここ最近、罪牢局のところに一家の失踪事件の報告が数件挙がってきてたのよ。とはいえそれ自体は別に目くじらを立てるようなことでもねぇ。この国が開かれてから他国に行ったって奴もそこそこいるからな。国を出るときに書類が発行されるが、まぁ……まだまだ杜撰なお役所仕事だ。漏れの一つや二つ程度あるだろうよ。だから数件程度の失踪なんて気にもされねぇから特段探されることもねぇ」
「……何が言いたい?」
「まだ話は途中だ。まずは黙って聞いていろよ」
苛立たしげに問うたアーノルドを適当にあしらった後に、胸ポケットに無造作に突っ込まれていたタバコを取り出し、火をつけて吹かしたレヴォドは口角をあげる。
「で、だ。これがここにきて進展を見せたのよ。失踪したと思われていた一家全員が見つかったのよ。それも一組じゃなくて複数だ」
嬉しげな声色で愉しげに話すレヴォドはまるでアーノルドの反応を待つかのようにタバコを吹かしながらニヤリとアーノルドの目を真っ直ぐと見つめてくる。
「……良かったではないか」
「——ただし死体でだがな」
アーノルドの反応を待って、わざわざ神妙な声色でそう言ってきたレヴォドはニヤッと笑みを浮かべる。
「酷い有様だったらしいぜ? 拷問まがいのことをされた跡まであったんだとよ」
「それで?」
アーノルドからすれば終始意味のわからない話を聞かされているだけゆえ、若干不機嫌そうにそう問うと、レヴォドの後ろでずっと腕を組んでいたライグが殴りかからん勢いで口を挟んでくる。
「ええい! 白々しい‼︎ 貴様らがやったことはわかっているんだ‼︎ そのようにしらを切ったからと逃げられると思うなよ⁉︎」
犯人だと決めつけるような言動にアーノルドの表情が僅かに暗く曇るが、ハァとくだらなさそうに息を吐くだけだった。
「知らんな。私には無関係なことだ。そもそも犯人だと決めつける前に聴取くらいしたらどうだ?」
何を以って犯人だと決めつけているのか。
全くもって理解できない。
「無関係? 貴様しかいないんだよ‼︎ そのような虚言で逃げられると思うなよ⁉︎ しらばっくれるな‼︎」
アーノルドに何も喋らせないといった風に捲し立ててくるライグに、流石にアーノルドも少しばかり苛立たしい気持ちが湧いてきた。
「言葉が通じん馬鹿の相手はしてられんな」
どうにかしろとばかりにレヴォドに視線を送れば、レヴォドも呆れたように肩をすくめるだけだった。
そもそも相手の目的を思えば止める理由もないのだろうが。
あとはコルドー達に任せ、アーノルドは屋敷の中へと帰ろうとした。
明確な罪状、それも証拠がないのならば、いくらこの国といえど貴族であるアーノルドを不当に逮捕することはできないからだ。
ここまでは付き合ってやったが、これ以上付き合うのも馬鹿らしい。
「逃げるつもりか? 逃さんと言ったはずだぞ? この私の命令に背くとは……どうやら罪を重ねたいようだな? 諦めてさっさと罪を償え!」
そう言いながらライグがいつの間にか取り出していた鞭のようなものを振るう。
それに気がついたパラクとコルドーがその鞭を斬るべく動くが、ライグはその鞭を蛇のように変幻自在に動かし、その剣を上手く避けさせアーノルドの右手首へとその鞭を巻きつけ、引き寄せるために引っ張った。
ライグはニヤリと笑うが、アーノルドが動くことはなく、驚いたように目を見開く。
レヴォドはアチャーとでも言っているかのように顔に手を当てていた。
「……私は知らんと言ったが?」
引っ張るライグの力に拮抗するように力を込めながら、射殺さん眼光を以って睨みつけてくるアーノルドにライグが今度は苛立たしげに表情を歪める。
すぐにアーノルドが魔法でもってその鞭を斬り裂くが、ライグは気にした様子もなく、にくたらしげに嗤う。
「罪人の常套句だな。罪牢局が決定を下した以上貴様が犯人であることは既に確定事項だ。何を言おうとも無駄なんだよ。そもそも執行補佐官であるこの私を不快にさせた時点で貴様が無事に帰れる未来などない」
プツンと何かが切れたように殺すかと頭にその考えがよぎるが、一旦踏みとどまる。
「……証拠はあるのだろうな? それ以上言いがかりをつけてくるのならば——貴様、殺すぞ」
まるで我慢の限界を試されているかのような気分だった。
そうでなくとも冤罪はアーノルドが蛇蝎の如く嫌うことの一つだ。
ただの何も知らぬ操り人形ならば慈悲をくれてやろうかとも思ったが、何事にも一線はある。
ただ職務に忠実なだけならばともかく、自らの気分を害したから相手を捕まえるなどとほざく者など生かしておく価値もない。
面倒ごとを避けたければ極力武力衝突は避けろとハクガイは言っていたが、そんなものに従う理由もない。
あくまでもアーノルドが動くのは自分の意志。
ライグの返答次第では殺すつもりであった。
対するライグはそのあまりの気迫に気圧されてか、今までの勢いが嘘であったかのように表情を固まらせていた。
ただの子供の戯言と流すにはその言葉に乗る重さが違った。
殺すという言葉と同時、死に満ちた何かがライグの体を蹂躙するかのように駆け巡った。
それは第六感か、それとももっと明確な何かであったのか。
これまでに感じたこともない何かであった。
ライグも人を殺したことはあるが、それでも殺すよりは捕まえるのが本来の仕事だ。
それゆえライグとアーノルドでは経験一つとっても異なるし、そもそも強さの格が違う。
執行補佐官程度の実力ではアーノルドを抑えることなど到底出来はしない。
だがライグは子供と侮っているのかすぐにその気持ちごと振り払うかのように嘲りの笑みを浮かべる。
「はっ、良いだろう。そこまで言うのならば教えてやろう。現場にはな、黒髪が落ちていたのだ」
「——ライグ」
レヴォドが咎めるようにその名を発するが、ライグはそれが聞こえていないのか自分に酔っているかのように言葉を捲し立てる。
「被害者の中に黒髪はいない。抵抗された際に引き抜かれたのだろう⁈ それが動かぬ証拠だ!」
「ライグ‼︎」
この場一帯に響き渡るような大声にライグは驚いたようにレヴォドの方へ振り返っていた。
下がれと言外に睨まれたライグはアーノルドを親の仇のような視線で睨みながらも渋々ながらレヴォドの後ろへと控えに行った。
「そこの馬鹿はどうやら道理すらも理解していないようだが、まずは頭の教育からやり直したらどうだ?」
いまの言葉のどこが証拠だとアーノルドは呆れたようにレヴォドを睨みつける。
「誰であれ犯罪を犯す奴ってのは憎いもんだろう? この世から犯罪者を排除するのが俺たちの仕事だからよ。どうしても罪人を見る目は厳しくなっちまうってもんよ。だからまぁ、多少感情的になって無礼を働くのは多めに見てやってくれよ、お貴族様」
アーノルドが犯人だという意見自体は変えるつもりがないのか、嘲るように目を眇めながらそう言ってきたレヴォドにアーノルドの表情が険しく染まる。
「貴様達自身が犯罪者の分際でよくもそのようなことをほざけるものだ」
罪牢局の執行官達の悪行は有名だ。
捜査という名目で強盗、強姦、殺人等。
やりたい放題だ。
だが誰も逆らえやしない。
罪牢局のトップを筆頭に強力な後ろ盾があるがゆえに。
逆らえば待っているのは投獄という未来だけなのだから。
昔に声を上げた市民達もいたが、それ以来その者達を見た者はいない。
暗黙の了解として、自然と誰もが口を閉ざすようになっていった。
罪牢局の中にも派閥のようなものがあり、誰もがそういうわけではないようだが、いま力を持っているのは過激派の中でもかなりの過激思考に染まった人物のようで他国の者達への狼藉はほとんどその者によって黙殺されているようだった。
だからかより調子に乗るようになっているのだろう。
先ほどのアーノルドの言葉が聞き捨てならないとばかりにライグが鼻で笑うような声で言い返してくる。
「我々が犯罪者? 我々は裁く者だぞ? 大義の元で為される行為が犯罪などと。所詮は大義も理解できぬ凡俗の戯言だな。我らの行いを犯罪などと断じるのは罪人だからにすぎない。民達は我らの行為に感謝することはあれ、非難することなどないからな。非難する者はそれにされて困る罪人だけだろう? それにそもそも我々は法の番人であり、何をしようとも許される存在だ。我らこそが法そのものなのだからな。それゆえ犯罪者風情に何をしようが許されて然るべき。それを、神聖なる我らの行いを犯罪などと。それも我らを犯罪者と称するなど許しがたい侮辱だ! レヴォド様‼︎ 早く拘束の許可を‼︎」
一種の狂信的な何かを感じはするが、アーノルドはそれがただ自身の犯罪行為を正当化するための詭弁にすぎないことを感じ取っていた。
本物の狂信者はこの程度ではないと。
あれらは生きている世界そのものが違うが、目の前の男はただ自分に酔っているだけにすぎない。
熱り立ち、一人剣に手をかけ今にも飛び出そうとしているライグにレヴォドはめんどくさそうにため息を吐いた。
「はぁ……、同じ日に二度言わせる気かよ。めんどくせぇなぁ。めんどくせぇ奴を俺に押し付けやがって」
レヴォドは愚痴るようにそう小さく呟き、一人進み出てくる。
「まぁだが奴が言ったように証拠があり、その容疑者として浮かび上がったのがお前ってわけだ。まぁなんだ……とりあえずこの国でこれからも暮らしたいってんなら、一先ず抵抗は諦めろってこった。俺達に逆らえばそれこそお尋ね者だからな。つってももう殺してんのかもしれねぇから手遅れかもしれねぇがな。じゃあとりあえずご同行願おうか? 抵抗しなきゃ無理やり連れて行かなくても済む。抵抗するのならば相応の対応をしなければならなくなるからよ。痛い目にあいたくなければ大人しくしとけよ。な?」
お互いその方がめんどうが少なくて済むだろうと囀るレヴォドにアーノルドは拒否するように腰に差す剣を鳴らす。
「黒髪というだけで私が犯人だと決めつける理由がわからんな。その程度で証拠などと本気で言っているわけではあるまい。それに黒髪など他にもいるだろう」
レヴォドはその言葉を予想でもしていたかのように、憐れむ視線を向け、それとは対照的に嘲るような笑みを浮かべる。
「他っていうのはエルテミス様のことか? エルテミス様はここ数日商談でこの街から出ていないことが確認されている。既に複数人の証言も取れているから覆らねぇぞ? ついでに言えば、いまこの国に黒髪はお前とエルテミス様だけだ。だからお前しかいないんだよ」
ライグのそれとは違うが、諦めろという態度がその節々から滲み出ていた。
だが当然アーノルドがそれに頷くこともない。
「ライグの言葉に付け足せば、事が起きてたのはアレーボ旧市街地だ。お前さん方、昨日そこを通っただろう?」
ニヤリと下卑た笑みを浮かべるレヴォドに、アーノルドはやっと得心がいった。
アレーボ旧市街地はアーノルドが昨日襲われた地点、その近辺一帯だ。
たしかにアーノルドはその周辺で襲撃者を殺した。
だが先ほどライグやレヴォドが言ったようなことをしていなければ、複数の一家惨殺ということにも関わっていない。
要は誰かが意図的にアーノルドを嵌めたということだろうと。
襲撃を指示した者か。
あるいはそれを知る誰かか。
狙いは黒剣の没収による、紛失による強取といったところだろう。
「まぁ冤罪であることには変わりないか」
小さくそう呟いたアーノルドの言葉を拾い、ライグが噛み付いてくる。
「まだ罪を認めないか! だが認めなくとも結果は変わらんがな。貴族だからと優遇してもらえると思ったら大間違いだ。お前は虫が湧く硬い牢の中で当分は過ごし、己が犯した罪と向き合うんだよ」
「……最後に一つ貴様に聞こう。貴様のその、確信の根源はどこにある」
「根源? 何を意味のわからぬことを。貴様が罪人だと罪牢局が決めたのだ。それだけで貴様が罪人であるという証拠であろう」
微塵も疑いを持っていないその様にはもはや憐れみすら湧いてこなかった。
「なるほど。貴様は思考を持たぬただの操り人形か。哀れだが同情する価値もないか」
「さっきから何をごちゃごちゃと。その口——」
「もう貴様は喋るな。耳障りだ。自分で考えることもなく命令に従うだけの犬ならば、犬らしく命令があるまで控えておけ。私は愚昧を相手にするほど暇ではない」
その言葉に怒髪天でもついたか、顔を真っ赤に口をパクパクと言葉を失った様子のライグを横目にレヴォドが失笑を漏らし、アーノルドを見据える。
「悪いが弁明の言葉は牢の中で言ってくれや。俺らは言われた仕事をこなすだけだからよ。まぁ……恨むなら目ぇ付けられる行動をしたテメェ自身を恨むんだな」
「……まるで今回の件が誰かの恨みによって生み出された冤罪かのように言うのだな」
アーノルドがそう言うとレヴォドは知らなかったのかとでも言うようにニヤリと意味深に嗤った。
それは明らかに肯定の笑みだろう。
そしてライグは知らない——いや、知っていてもどうでもいいといった感じか。
「罪牢局の捕長が貴様を犯人だと言っていた。だから冤罪などではない。いい加減くどいぞ」
ライグがうんざりといった様子でため息を吐くが、アーノルドの方がため息を吐きたい気分であった。
初めからまともに相手をするだけ無駄な人間であったと。
「まっ、ということだ。もう逮捕状も出てんのよ」
レヴォドはヒラヒラと動かした紙をアーノルドの方へと放り捨てる。
拾えとでもいうことか。
それを嘲るような笑みを浮かべながら見ている補佐官達。
アーノルドはその紙を見ようともせず靴で踏み捻る。
「無駄だ無駄だ。踏み潰そうが、逃げようが、ここでどれだけ反論しようが、結果は変わらねぇよ。さぁどうすんだ? 考える時間はもう十分やったぞ? 大人しく捕まるか? それとも一丁前に抵抗でもしてみるか?」
被虐の笑みを浮かべながら、どれでも選べとでも言うかのように笑みを見せたレヴォドに暗い表情のアーノルドが一つ問う。
「貴様らが冤罪に加担するのは上に逆らえんからか?」
そう問われたレヴォドは一瞬呆けたような表情を浮かべたが、すぐに恍惚とした表情を抑えきれないといった感じの醜悪な笑みを浮かべながら笑い声を漏らす。
「そんなもん楽しいからに決まってんだろ? 冤罪だと喚きながら抵抗する屑共の表情ときたら傑作だぜ? それに夫婦ならば尚良しだ。旦那の目の前で妻を犯してやる快感は一度経験すれば忘れられからな。あれほどゾクゾクするもんなんざ他にはねぇってなもんだ。まぁお前が聞きたいのは冤罪に加担して罪の意識があるかってこったろ? ねぇよ。むしろそんなもんを生み出してくれる偉い方には感謝しかねぇ。そのために執行官なんてめんどくせぇもんをやってんだからよ。法は弱者は縛るが強者は縛らねぇ。法を扱う側の俺らには法なんてねぇも同然だからな。誰かを虐げているその瞬間、俺は生きているんだって実感できる。テメェら貴族だって似たようなもんだろ? だから安心しな。テメェの屋敷の使用人共もテメェを捕まえた後にちゃんと食ってやるからよ」
下卑た表情を浮かべるのはレヴォドだけではない。
聞くまでもなく他の者達の返事も同じだろう。
唯一ライグだけは毛色が違うが、それでも冤罪に加担していることには変わりない。
「——そうか」
一切の感情がない声でそう言うと同時、アーノルドの殺気が高まり、それぞれがそれぞれ己の武器に手を翳す。
「——殺せ」
アーノルドが短くそう命じると、待ってましたとばかりにレヴォドがゾクゾクとした笑みを浮かべる。
「俺らに仇為す叛逆者共の取り締まりの時間だ! イルブ、エルード、リヒグはあのデカいのを抑えてろ! ライグはテメェを殴ったあの兄ちゃんに落とし前つけてこい! あとの奴らは出てきた中の奴らを倒しな! ああ、女の顔は殴るんじゃねぇぞ? それは後のお楽しみだ! 男は殺そうが嬲ろうが好きにしな!」
行動開始という言葉と共に、歓喜の声を上げながらアーノルドの屋敷の敷地内へと踏み入れていく補佐官達。
だがアーノルドの屋敷の使用人達も各々の武器を構え、侵入者への迎撃を開始する。
相手の数の方が多いが、その質で言えば負けていない。
使用人の中で最も“強い”メイド長に中へ向かえと合図を送ったアーノルドは屋敷の中は一先ず置いてこの場に集中する。
外にいるのはアーノルドとレヴォド、そしてコルドーとパラクの相手が四人。
「お前の相手は俺だ。色気もねぇ上に男のガキの相手なんざ面白くもねぇが、世間知らずの坊ちゃんにゃぁ少しばかり教育を施してやるとしよう。ちょいとばかし力があるからと調子に乗っているようだが、この世には覆らねぇ力の差があるってことを知らなきゃならねぇよな」
「ぬかせ。この私の領域を侵しておいて生きて帰れるとは思わぬことだ」
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カクヨム様から送られたメールなので投稿するのもカクヨム様だけにしております。




