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私の実家、その離れに到着した彩乃は、まずね、と少し怖い顔で私たちを見た。
「ぼくのこと、正体?のこと、疑ってたんだね」
言われて私は気付き、気まずい心持ちで辻本をチラと見遣る。辻本の方も気まずそうにこちらを向いていた。彼から送られたメールのメモには、彩乃が朱音の妹かどうかを疑う内容も含まれてしまっていたのだ。
「まーね? 言い分は分かるよ。確かにぼくはアヤシイもん。ぼく的には自分の事情は全部話してるつもりだけど、ホントだって証拠は見せてないもんね」
悪かった、と言う前に、彩乃は畳に足を投げ出して頬を膨らます。
「ごめん……」
「いーんだよ。ぼくだって逆だったらどうかなって思うし」
そう言って少女はボディバッグを探り、パスケースを取り出して投げて寄越した。
「定期券の後ろ」
言われるままに定期券を引っ張り出すと、隠れていた写真が目に入る。
「こっち来る前に入れてきたんだ。何回も何回も忘れそうになって、苦労したんだよ」
写真に写っていたのは二人の少女。
齢は十歳かそこらで、一人は長い髪を一つ結びにした快活なTシャツ姿で、もう一人は髪を肩まで切り揃えてパジャマにカーディガンを羽織っていた。格好は違うが、似たような明るい笑顔の二人は、双子と説明されるまでもないほど、瓜二つの顔をしている。
聞いていたが、これほどそっくりとは思わなかった。
「……彩乃ちゃんは髪短い方?」
私が訊くと、少女は嬉しそうに笑う。
「正解」
「小さい頃は病弱だったって言ってたからね」
私たちが話す間、辻本は写真をじっと眺めて溜息を吐いた。
「こういうのは早く出してくれよ」
「ぼくも思いつかなかったんだ。ここに入れたのはお守りのつもりだったし」
「実はこれも忘れさせられてたのかもな」
「もう何でもそれで説明が付けられそうな勢いだよ」
小さな蟠りと疑惑が晴れ、私たちは改めて、狭い離れで車座になった。
「で、ぼくが次の『神隠し』に遭っちゃうかも、って話だよね」
パスケースをボディバッグに戻した彩乃が口を開く。
私と辻本はほぼ同時に頷いて。
「状況的に結構ありそうだと思う訳よ」
「私もそう思ってるんだけど、彩乃ちゃんは怖くないの?」
「何が?」
少女はきょとんとこちらを見る。
「いやだって、よく分かんない相手につけ狙われてるんだよ? ストーカーみたいで気味悪くないか?」
「しかも相手は神様だぜ? 人間なら警察に通報って手があるけど、神様はどうやったって相手してくれないだろ」
「うーん、言われてみればそうだけど」
私たちの告げる不穏な事態に関わらず、返されたのは不敵な笑み。
「神様がお姉ちゃんたちをどうにかした犯人の一味なら、向こうから来てくれるのはわざわざ行かなくていいからラクじゃん? 渡りに船、っていうんだっけ、こういうの」
「……肝が据わってらっしゃる……」
ぼそりと呟いた辻本の言葉に頷いて返す。
齢よりどこか幼く見える少女は確かに、見た目よりずっと度胸がある。
そうして私たち三人は、改めて今日の報告をし合った。
辻本の記憶通り、恐らく『普通に』海外へ引っ越した有香里の家族。その家にあった朱音の残滓。幻で見た白装束の少女。
そして。
「『あかねはやまにいる』」
玩具の首飾りに結ばれていた紙の文言を、彩乃が小声で読み上げる。
「これ、誰が書いたの?」
「有香里ちゃんだと思う。朱音ちゃん本人なら『あたしは』って書くだろうし、他に首飾りごと託す相手も思いつかない」
今の私に記憶はほとんど無いが、思い出の中、二人の少女はとても仲が良かった。
よく笑い、よく泣き、よく仲違いをしては仲直りを繰り返していたのを朧げに覚えている。お互いにいざというときは『大事なもの』を渡す相手と考えていたに違いない。
だからあのときも、有香里のところへも行くと言っていたのだ。
受け取った有香里は更に伝言として、町を出る前にこれを残して行ったのだろう。
親友から託された伝言を更に託す相手とは誰なのか。
「これは、俺たち宛て、ってことで良いんだろうな」
幼馴染四人組の一人である辻本が、目を伏せて呟く。
「山、って、山の上の神社のことだよね」
彩乃の言葉に私は自信なく頷いて。
「たぶん、そうじゃないかと思うけど」
「たぶんじゃなくて、きっとそうだ」
確信に満ちた眼で少女が言う。
何故と問いたげな視線に応えるようにファイルを開き、挟まれたコピーを捲った。
「『めをと行列』は山の上と麓と、二人の巫女さんが夫婦役をやるんだよね」
黄ばんだ紙に描かれていたのは、色褪せ掠れた祭の挿絵と図解。
私たちも見た資料の元になった古書のコピーだろう。
「さっき、お姉ちゃんと最後に会ったときのこと思い出したって言ってたでしょ」
「ああ、たぶん」
「聞いてて思ったんだ。そのときの服、これじゃないの、って」
少女が開いたページにあるのは、白装束の二人が差し掛けられた傘の下に並んでいる姿。見覚えのある衣装に思わず目が釘付けになる。
「全身真っ白の着物って言うから、もしかしたらと思ったんだけど、どう?」
上目遣いの彩乃に、私は頷いて返した。
「……ああ、そっくりだ。細かいところまでは分からないけど」
「やっぱりそうなんだ。ね、こっちも見て」
少女は別のコピーを指し示す。
「こっちは『奥宮』の巫女さんについて。役割とか、どうやって選ばれるのかとか」
「選ばれる?」
「うん。『奥宮』の巫女さんは神様の憑坐なんだって。だから神様に選ばれなきゃなれないんだ」
細い指が、コピー用紙に写された筆の文字列をなぞる。
「よりまし?」
「えーと、神様が取り憑く人? 神様になる人、かな? それが『奥宮』の巫女」
「そんな幽霊みたいな……」
「でもそう書いてあるんだ。神様が人を呼んで、呼ばれた人が山に入る。山に入ったうち、自力で『奥宮』に辿り着いた人が巫女になれる人、なんだって」
「自力!?」
説明を聞いて辻本が素っ頓狂な声を上げる。
「『奥宮』はてっぺん近くにあるんだろ? 高くはないけど山は山だぜ? しかも登山道でもない自然まんまのとこを?」
「そうだな。昔の人の方が山歩きはしてたかも知れないけど……いや、だから『選ばれた』って扱いなのかも」
いつだったか、亡き祖父が言っていた。山は人の領域ではないと。
「だからね、このメモの『やま』は『奥宮』で、お姉ちゃんは『奥宮』にいるってことだと思うんだ」
彩乃はそう話を纏めて目を輝かせた。
「ぼくが次の『神隠し』対象だっていうけど、何ならコッチから行っても良いくらいだよ」
そんな少女の解説を聞いて、私は唸る。
「成程ね。ゲーム屋の店員の言う『神様役の条件が揃ったパーフェクトな人材』っていうのは、七年前に山で迷って辿り着いちまった『奥宮』の巫女……それが朱音ちゃんか」
「うわ、信憑性上がるじゃん」
呟いた辻本は、少しどころでなく引いた表情だ。
自分の考察に箔が付いた彩乃の方は、嬉しそうに頷く。
「じゃあ早くお姉ちゃんを取り戻そう。そんで、ぼくたちの家に連れて帰るんだ」
「いや、でも、選ばれないと『奥宮』には行けないんじゃ……?」
不穏を消し飛ばす勢いで元気な彩乃に、辻本がぼそりと水を差す。
しかし彼女の自信は揺るがない。
「選ばれなきゃ行けないのは、山の中に入っちゃった人、でしょ?」
「ああ、そういう設定? 話? だったな」
「神様の憑坐になっても、巫女さんは人でしょ? だから巫女さんのいる山の上にご飯とか運んだり、お世話する人だって行かなきゃいけない筈だよ。今塞がってるっていう奥の参道はそのための道なんじゃない?」
「確かに、選ばれた奴以外は絶対誰も行けないんじゃ道なんか作ってもしょうがないな」
「っていうかマジで、すっかり神様が実在する流れで進んでるな、この話」
悪友の苦笑交じりの言葉に、私たちも苦笑いを浮かべる。
そしてふと思う。
「『奥宮』の巫女が朱音ちゃんで、正規の巫女が『めをと行列』に参加するのが久々なら、一体どれくらい空白期間があったんだろうな」
「どうだろうな。人ひとりずっと隠しておくんだろ? 現代ならフツーに犯罪だし、どのみち記憶は消せても戸籍とかは残るみたいだし、『前回』が何十年も昔だったりしてもおかしくないか」
「よりまし、だっけ? 人の身体が要るなら、巫女がいない間はどうしてるんだろうな、その神様」
「さあ……山の上にふよふよ漂ってたりするのかね」
「代わりのものに入ってたりするのかも。ほら、でかい石とか木とかのパターンあるし」
そういえば私の苗字を聞いたとき、神木によくある木の種類だと彩乃が言っていた気がする。実際、神様というものがどういう暮らしをしているかなんて知り様がない。今まで興味を持ったことすら無かった。
知ったところで、どうなるものとも思えないけれど。
それはともかくね、と彩乃は居住いを正して私たちを見た。
「ぼく、『奥宮』に行きたいんだ」
いつもの睨むような眼差しに明々と火が灯っている。
そんな気はしていた。
私と出会う前から、一人で双子の姉を探していたのだ。その行動力と積極性を考えれば、情報を得てすぐさま山に突入していないのが不思議なくらいである。
「だけど、ぼくだけだと、お姉ちゃんのとこに着く前に忘れちゃうかも知れないから……一緒に来てくれる?」
続いた言葉は彼女にしては気弱な物言いだった。
少し緊張してこちらを見る彩乃に、私は笑顔を見せる。
「それは勿論、一人で行かせる方が心配だからね」
「俺たちと離れてる間に『神隠し』になったら探せる気がしねーからな。遭難しちまうよ」
辻本も肩を竦めて笑う。
目指すは神社の裏手にあるという『奥宮』への道。今は塞がれていると聞いたが、二十歳前後の若者が乗り越えられないほど大仰なものではない筈だ。
「で、『奥宮』に朱音が居るとして、うまく連れ出せるかな」
「三人もいれば何とかなるんじゃない?」
彩乃は楽観的に言う。
小さく握られた拳には、きっと期待が詰まっている。
「けどとりあえず町の大人には気を付けた方が良いだろうな」
呟いた私に、辻本が首を傾げる。
「大人にか?」
「逃げた朱音を追っかけて捕まえた奴がまだこの町にいる筈だろ。七年前なら当時小学校低学年でもない限りもう大人だ。あとは朱音の、巫女のお世話してる奴も」
聞いた彩乃が、そっか、と目を丸くする。
「そんなら一人二人とかじゃないだろうし、誰にも見つからないのが一番よさそう。ってかぼくが偽名とか使ってたのは正解だったんだね。備えあれば嬉しいな、ってことかな」
「憂いなし、だろ。俺的に一番警戒しときたいのは町内会の会長だわ」
「なんで?」
「三宅の兄ちゃんが言ってたからな。今回の神様役を、パーフェクトな人材だってスカウトしてきたのは町内会長の松井だって」
「あと、神主さんもアヤシイんじゃない? 神社の管理とかしてるんでしょ?」
「確かに、そうだな……」
子供の頃は町内会なんて興味なかったし、町内会長にも恐らく会ったことなどない筈だ。
けれど、生まれ育った町の人間が、幼馴染の誘拐や監禁の実行犯だなんて良い気持ちはしない。しかも一人二人でなく、集団で。
神主に至っては両親と付き合いが長い人物である。身近な人間がそんなことをしているなんて、一層気分が悪い。
「……それで、実行はいつ?」
「早い方が良いだろ。長々やってたら何かの弾みで彩乃さんが朱音の家族だってバレるかも知れないし」
「そだね。ぼくも早い方が良い。というか、もう待ってられない」
「じゃあ今夜にでも?」
「異議なし」
「じゃ、俺も今日は泊まるって家に言っとくわ」
辻本が頷いて立ち上がる。
「設定は、こんな小さい町に来てくれた後輩の勉強を手伝ってやる先輩役でいきますか。うち帰って明日までにぜーんぶ忘れちまってたらクライマックスに間に合わねーからな」
そう言って携帯電話を片手に離れを出て行った。
早い方が良いのは私も大いに同意だ。彩乃が新たな『神隠し』の対象となっているなら、いつ記憶が薄れてしまうかも知れない。
事実、私たちは神社で彼女のことを忘れかけたのだから。
「……そうだ、ちょっと来てくれる?」
私はふと思いついて、彩乃を連れて離れの二階に上がった。
そこそこの広さの埃っぽい空間には、元から保管してあったり一階の居住スペースから引き揚げたものだったりが雑多に積み上げられている。
「おー、お宝とかありそう」
素直な感想に思わず笑いながら、私は幾つかの物品を手に取って彩乃に渡した。
「この辺のは大体、両親や祖父の趣味のものなんだ」
「スピリチュアル的なことに強いお母さんと、神様関係に強いお父さん、だっけ?」
「そうそう。で、彩乃ちゃんはここの離れに入ると神社に入ったみたいに頭がスッキリするって言ってただろ?」
「うん。神社じゃないのに不思議だなって思ってたけど」
「ここにある趣味のものに関係あるんじゃないかと思ってね。ほら、趣味が趣味だから、神仏関係のものも多いんだよ」
言いながら、自分には正体がちょっと分からない何かの像を手渡す。
彩乃は困惑しながらも受け取り。
「……それで、これどうすれば良いの?」
「これ持って外に出て、頭がスッキリするのが続けばビンゴ。あの神社に入っても、他の神社に入ってるときみたいに守ってくれるかも知れない。」
「え……あー、そゆこと」
私の考察はこうだ。
彩乃が都会の神社に行くと頭の靄が晴れたのは、この山の神『イブキ様』の影響が少なくなるからだろう。神社が神様の家だとするなら、よその神社は他人の家だ。逆にこの町の神社は『イブキ様』の自宅みたいなものなのだから、影響力は強くなる。
私や辻本の頭が『イブキ様』のホームでもスッキリするのは謎だったが、少なくとも彩乃についてはそれで説明がつく。
様々な神様仏様、その他諸々のスピリチュアルグッズが溜め込まれた離れもまた、『イブキ様』の影響を受け辛い空間なのだろう。ならば、離れに積まれたどれかを一つでも持って行けば、彼女を『イブキ様』の影響から、一時的にでも守れるかも知れない。
そんな考察を受け入れてくれたのか、彩乃は見慣れない不思議な品々を持っては、離れを出たり入ったりを繰り返し始めた。
傍から見れば不可解な行動だったが、個人宅の庭でのことで、怪しむ人はいない。
(……まあ、母さんとかに見られても、夕飯どきに言い訳すれば何とかなるしな)




