09_Regression test
トラックで材木を運び込む製材所の従業員や大工たちの目を盗み、鳥居の中へ駆け込んだのは、日が天中に差し掛かった頃だった。
「うっわ……確かに頭が、なんか違うな」
息を切らせながら階段に座り込んだ辻本が、思わず、といった調子で呟く。
「なんだお前、今まで神社とか来たこと無かったのか」
「お前んちと違ってうちはそういうの縁遠いんだよ」
軽口を叩くのもそこそこに、私も彼の隣に腰掛ける。
そして今一度、紙片を手に入れた経緯と正体について語った。
「そういやオハナシとか書いてたことあったな、お前。確かにそれがあるなら朱音と彩乃さんは関係あるか。姉妹かどうかまでは確定できんけど」
「姉妹じゃないなら、そんな嘘を吐く必要が分からない」
「まあ、それはそうだ」
同意して、彼は大きく溜息を吐く。
「で、さっきのは何かあったのか?」
「さっき?」
「首飾り拾って、それでお前、感電したみたいに固まって倒れそうになったんだよ。めちゃめちゃびびったぞ」
「すまん、そんな風になってたのか……」
「で、お前視点だとどうなってたんだよって話。あと、それがなんで有香里んちにあったかの考察」
促されて、私は思い出しながら記憶を語る。
夜の庭、白装束の少女。手渡した手書きの本。
「これは記憶だと思う。昔、実際にあったこと、って意味の」
「分かるっての。でもどういう状況だよソレ」
「……分からない、すごく急いでて、時間が無い感じだった。でも、あの子は朱音だ」
「顔、見たのか?」
「よく覚えてないけど、そう感じた」
「ますます分からんな。朱音が何でそんな時代劇みたいな服着て、夜にお前んとこ行って、本を貰っていくんだよ」
「分からないけど……コレで答えが分かるかも知れない」
私は握ったままの手を開く。
くしゃくしゃになった紙片と、玩具の首飾り。
よく見れば首飾りの金具近くに、細長い白い紙が結んである。
「おみくじみたいだな」
しげしげと眺めながら、けれど彼は首飾りに触れようとしない。
「俺にも何かバシーンってきたら困るだろ」
言い訳に苦笑し、仕方ないなと私は紙を解いていく。
解き切る前に結び目から落ちたのは別の紙片。
辻本が拾い上げてしげしげと眺めるものを見て、私はどきりとした。
「それ、昨日の夜、私の窓に投げられたやつに似てる」
言われた辻本も驚いた顔で、手元の小さな紙飛行機と私の顔を交互に見る。
暫く後、眉間に皺を寄せ。
「あのさ、その、昨夜お前んちの庭に来た子……朱音じゃねーの」
「は……?」
「このミニ紙飛行機、俺が朱音に折り方教えたんだよ。誕生日プレゼント代わりに、誰にも内緒だぞってな。お前にも教えたことない、すげー飛ぶ特別製」
確かに一時期、紙飛行機作りが流行った時期があった気がする。大方は本に載っている紙飛行機の作り方で満足していたが、熱心な者はオリジナルの折り方を研究して飛距離を競っていたものだ。
「……まあ、勝手に誰かに教えちまったかも知んないし、現物から逆算で折り方知ったかもだけど」
悪友の言葉で私も思い出す。鳥居の中にいるお陰か、思い出す記憶は鮮明だった。
「そういえば、家族とかにバレずにこっそり会いたいとき、うちの窓に飛ばしてたやつだ。そう……あの日も」
「あの日?」
「さっきコレ拾ったときに見えたんだ。朱音と、たぶん最後に会ったときの」
言いながら首飾りを見せる。子供用の小さな玩具は、大人になった私の手のひらにすっぽり収まってしまう。
先程のフラッシュバックで見たことと共に、昨夜の出来事が浮かび上がる。
二つは同じシチュエーションではなかったか。
同じ時点の出来事を、私は見て、体験したのではないか。
「変な白い和服?着て……家のこととか忘れそうだって言って、大人たちから逃げて……家族の……家に帰るんだって。私と、有香里ちゃんと、お前にも会わなきゃって言ってた。有香里ちゃんにはこの首飾りと紙飛行機を渡しに行ったのかも」
儚げな、思わず手を伸べたくなる縋るような眼差しを思い出す。
彩乃ならあんな顔はしない。
「私は、朱音に本を渡したんだ。私が書いた話の本」
「彩乃さんが渡したっていう切れっ端の本のことか?」
「ああ。……そうだ、元気とか勇気が出るお話が欲しいって言われて書いた本。朱音ちゃんに頼まれたんだ。それで渡した。そう、そうだ」
一つの取っ掛かりから引きずり出される記憶。
脳の、ニューロンに繋がったシナプスが連携しているかのように。
「あれは、彩乃ちゃんのために書いたんだ」
二人は双子、誕生日も同じ。
朱音への誕生日プレゼントがあるなら、彩乃の分も用意した筈だ。覚えていないけれど、やはり病気がちで入院している妹がいることを聞いていたに違いない。
「へー。んじゃ、俺も彩乃さんに何か贈ったんかね」
「そっちは覚えてないけど……本の方は、プレゼントだから朱音ちゃんに渡したんだと思う。でも逃げて、捕まったときに誰かが朱音から取り上げて、そんとき千切れたかのかも」
「で、そいつがお前んとこに戻して、切れ端は彩乃さんが拾ったのか。どうせ作者の名前ちゃんと書いておいたんだろうし」
「……正解」
そういうものだ。本を書いているときは子供だろうと作家気取りになるものである。
「で、話を絞ると、いま分からないことは、朱音ちゃんと有香里ちゃんの行方不明の真相と、今どこにいるか。それに記憶喪失の原因。でいいよな?」
「二人の行方不明と記憶喪失は神様関連っぽいけど、俺たちが神社でスッキリするからおかしいってお前が言って」
「そこは結局、手掛かり無しだけどね」
「けどさっきの、お前の記憶、ますます神様関連っぽさ増してね? 現代に白装束の着物って如何にもじゃん」
「私もそう思ってるけど、神社スッキリの説明が……」
(あれ、どうしてこの説明が必要になったんだっけ)
ふとそんな思考が過り、すぐに記憶の抜け穴に気付いて身震いする。
「辻本」
「何だ」
「私たちが神社でスッキリするのがおかしい、って、誰に説明しなきゃいけないんだっけ?」
真剣な顔で悪友に訊ねると、彼は一瞬、面食らったように目をぱちくりした。
「は? それは……えっと、あー……あの子だろ、そう、彩乃さん」
「今、すぐに思い出せたか?」
「……いや。プレゼントの話のときまではちゃんと思い出せたのに」
「私もだ。一瞬すっぽり抜けてた」
「……」
私たちの沈黙の間に、蝉時雨が降り注ぐ。
夏の日の蒸し暑さを忘れるほどに、私たちは寒気を感じていた。
「……もしかして今もここで現在進行形で、忘れさせようとされてるのか?」
辻本が呟く。
そうかも知れない、と答えた私の頬を伝ったのは、きっと冷や汗だったろう。
「前も彩乃さんのこと、お前忘れてたって言ってたよな。こんな感じだったか」
「そうかも知れない……」
私は呟くように答え、それを聞いた辻本がポケットから携帯電話を取り出した。
「今までの情報とか考えとか、メモっといた方が良いな。一通り打ち込むから、確認してくれ」
「分かった」
彼がメモを打ち込む間、私は耳鳴りのように自分の動悸を聞いていた。
これまで、神社に行けば頭の靄が晴れ、記憶が戻るものだと疑わなかった。それは彩乃から教わったことで、私も最初にこの鳥居を潜って体験したことだ。
けれど当の彩乃は、この神社では逆に頭の靄は濃くなったと言っていた。
そして今回、私たちは頭がスッキリした感覚はあるにも関わらず、彩乃のことを忘れかけている。
(最初だけが例外だった? あのとき、神社に行くと頭がスッキリするということを、彩乃ちゃん本人からしか聞いていなかった。だから関連で思い出せたのか?)
行方不明になった朱音と有香里。彼女たちの記憶は私たちの中から消されていた。
そして今は彩乃だ。
記憶を奪うのが神様の力だと言うのなら。
「……神様が、彩乃ちゃんを狙っている?」
ぽつりと漏らした言葉に、辻本がメモを打つ手を止めてこちらを見た。
「次の『神隠し』対象ってことか?」
「かも。いなくなる方はもっと子供だし、戻って来られる方だと思うけど」
「いなくなるまでの法則とかあんのかね」
「さあ? でも『それっぽい』のは確かだし、病気みたいに進行してるなら、リミットはあるかも」
「そうだな。俺らも大学あるし、始めっから締切はあったようなもんだが、より深刻な締切ができちまったか」
うんざりした顔で、辻本はボタンを押す。
私はメールの着信を確認した。
「彩乃さんに送っとけよ。忘れないうちにな」
「分かってる」
受け取ったメールに警句を追記し、彩乃に転送する。
(早めに気付いてくれると良いけど)
気を揉んでいると、携帯を触って手を離したためか、解き切っていなかった首飾りの紙がはらりと落ちた。
折り畳まれた蛇腹がふんわりと開き、書かれた言葉が目に入る。
書き殴ったように乱れた文字で。
『あかねはやまにいる』
「君ら、何してるんだ、こんなところで」
不意に声を掛けられ、私の心臓は跳ね飛んだ。
振り向くと、三十歳くらいの男性が、石段の上から私たちを見下ろしている。
その顔には見覚えがあった。
「あ……ゲーム屋の」
「確かに君らはそっちにばっかり興味があった」
動悸を抑えポーカーフェイスを作る間に、男性は苦笑いをしながら私たちの高さに降りてきた。
「久々だね」
「はい。お久しぶりです」
私たちは慌てて立ち上がり、ぎこちなく会釈した。
彼は確か、町に一つだけある本屋の店員だ。文房具やDVDなども扱っていた筈だが、私たちにはゲームやカードを買いに行った記憶しかない。
(あそこで『たからばこ』のカード買い漁ったな。……ここだと思い出せるみたいだ)
思い出せること、頭の中がクリアなこと。それ自体がもはや罠のようだと思いながら、私はゲーム屋、もとい本屋の店員に愛想よく笑顔を向けた。
「えーっと、お祭があるって言うんで、ちょっと見に来たんですけど」
「それでどうして段に座ってたんだ?」
「あ、あんまり暑くて、ここ来るまでに疲れちゃったんすよ」
辻本も合わせて適当にへらへらと取り繕う。
「七年ぶりの祭だからな。前のは覚えてない?」
「そうっすね。まあまあ子供だったんで、あんましって感じです。えっと……」
「三宅だよ。うちは三宅書店」
その名には聞き覚えがあった。
「確か神主さんも三宅さん……?」
私の呟きに、ゲーム屋店員の三宅は軽く笑う。
「ここの神主は僕の叔父さんだよ。お陰で手伝いに駆り出されてるって訳だ。ほら『めをと行列』ってあるだろ? 相手役の巫女役、今回は僕がやることになってさ」
「そうなんですか。大変ですね」
「ああ。しかも『イブキ様』役の巫女が予定合わないらしくてずーっと代役でさ」
「代役って……」
「そうそう、外からのゲストらしいんだけどさ。日程合わせももっとちゃんとやっといて欲しいよ。前はこんなこと無かったってんだから、今回だけそうなら怠慢ってやつだろ?」
ゲーム屋の三宅は大きく溜息を吐く。
私たちも苦労を察して苦笑いを返した。
すると。
「あれ? まだ持ってたのか、その首飾り」
そう言って男性が、手元を驚いたように見つめる。目線の先には有香里の家から回収した、朱音にプレゼントした筈の玩具の首飾り。
今更隠すのも怪しいので、私はそれを目の高さまで持ち上げる。
結ばれていたおみくじのような紙は、さりげなく逆の手のひらの中にしまって。
「これ、ですか?」
「そうそう、女の子のプレゼントにいい物ないかって、真剣な顔してよ。だから一肌脱いでやったろ?」
話の流れ的に、この首飾りを売るか渡したかしたのは彼のようだ。
「その節は有難うございます」
「いいってこと。その子がここの祭がえらく気に入ってるっていうからさ。言ったろ、祭のお守りだって。前の余りなんだよ」
「お守りの余り……?」
怪訝な顔をした私に、彼は慌てて手を振った。
「いや、余りって言っても、僕の子供の頃のお宝だからな? 大事にしてたんだぞ?」
「それは良いんですけど……今更だし。これってお守りなんですか?」
「ったく、あんとき説明聞いてなかったのかよ……ここの祭で授与してるんだ。七年に一度っていうと結構レアだろ?」
役場で読んだ資料に、確かお守りについて記述があった筈だ。
玉の首飾りや腕飾り――昨日、神主が腕に着けていたものもそうだろう。チラ見した程度だが、あっちは私の『プレゼント』と違い、数珠のように水晶か何かでできているようだったけれど。
掌の上の首飾りを見つめる私に、ゲーム屋の吉田は気の毒そうに。
「今も君が持ってるってことは、結局渡せなかったのか」
「あ……そうですね。恥ずかしくなっちゃって」
何か勘違いをしたようだが、説明が面倒なので置いておく。
「とりあえずメインイベントの大役、頑張ってください」
「楽しむだけの側は良いよなあ。僕も去年までそうだったんだけどさー」
「相手役の人、そんなに忙しい人なんですかね」
「さーね。詳しいこと聞いてないんだよ。ただ、神様役の条件にぴったりなパーフェクトな人材、みたいなことを言ってたかな」
「条件? 誰が言ってたんです?」
私たちに見上げられ、恐らく何も知らない彼は溜息交じりに答える。
「君らは会ったことあるかな? 町内会の会長の松井さんだよ」
「遅かったじゃん。そんなに神社で見ることあったの?」
町役場で私たちを出迎えた彩乃は、普段と変わらない様子だった。
ひとまずの無事な姿に私は安堵する。
「まあ、それなりに収穫あったよ。そっちこそどうだったんだ?」
「一応ね。コピーも取らせて貰ったし」
『神隠し』の対象になっているかも知れない。そんなメールを受け取った筈なのに、少女は曇りなく、むしろ悪戯を思いついた子供のように愉し気にニヤリと笑う。
「離れに帰ろ。ぼくはここだとあそこが一番、頭がスキッとするからさ」




