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21、グリージャの王家

 グリージャは、わが国と隣国ルーセン、そしてシュルフト帝国に囲まれた小国だ。言語的にはシュルフト帝国やアルティニア帝国と同じシュルフト語を話すが、我が国の王家とも通婚関係がある。――実は、おばあ様のおばあ様はグリージャの貴族の出だ。

 

 もちろん、グリージャ王家はシュルフトの七大公家や、アルティニアの皇帝家とも婚姻関係があって、どちらの陣営に与するか迷い、中立を宣言していたにも関わらず、突如、帝国側について我が国に宣戦を布告した。その時の奇襲攻撃で殿下の部隊は潰滅し、父は戦死したのだ。殿下の部隊だけで二百人近く、全体では一万人を超える我が軍の兵士が死傷したと聞いている。


 むしろ我が国の国民感情としては、シュルフト帝国やアルティニア帝国は正々堂々と戦った敵国だが、グリージャは卑怯な裏切り者、という認識だ。


「グリージャは国が小さい。議会も一応はあるが、国を代表するような求心力はない。そんな国で王家を潰せばどうなるか」


 政情不安から内乱が勃発し、騒乱は国外にも飛び火するかもしれない。


「何より、共産化するとやばい。共産主義者のやつら、コミンテルンとかいう地下組織を作って、外国にまで革命を輸出しようとしているからな」

「グリージャの共産化を防ぐために、グリージャの王制を存続させなければならない、ということですか?」


 わたしの問いに、殿下が眉間に皺を寄せたまま、頷く。


「そうなんだが……問題は、その王家にロクな人材が残っていない」


 グリージャ国王のコンラート四世は病弱で、その母のディートリンデ王太后が国政に容喙(ようかい)し、例の突然の裏切りにも彼女が関わっているという。


「王太后を隠居させて離宮に幽閉したのはいいが、国王の容態も悪化して、戦後処理なんてできそうもない。国王周辺の意向としては、国王は退位して長男のアーダルベルト王太子を即位させたいのだが――」

「アーダルベルト王太子に、何か問題が?」


 わたしの問いに、殿下が極めてバツの悪そうな表情をした。


「アーダルベルト王太子は三十歳になるはずだが、非常に評判が悪い。愛人の家に入り浸って、正妃は愛想をつかして離縁したいと言っているとか。……彼女はシュルフト帝国の、ブルンスマイヤー家の出なんだが」

「……どっかの誰かさんみたいですね……」


 殿下は嫌そうに眉を顰め、肩を竦める。


「アーダルベルトの愛人は七つくらい年上の未亡人で、遺産目当てに夫を毒殺したんじゃないか、なんて噂されているんだぞ? 年下の可愛い恋人との長い初恋を叶えた、俺と一緒にしないでくれ」

「……ご自身の行状を美化するのがお上手ですこと……」


 わたしの呟きを聞こえないふりで誤魔化し、殿下が続ける。


「まあ要するに、アーダルベルトの国内人気は最悪ってことだ。小国のグリージャは戦争で経済的にも疲弊しているのに、王太子が戦争中から愛人宅に入り浸りではね……この国難に、そんな国王を戴きたいと思う奴はいまい」

「……他に王子様はいらっしゃらないので?」

「色ボケ王太子の下には、王女しかいない。これが問題の、エヴァンジェリア王女だ」


 殿下がわたしをじっと見つめた。


「つまり、その方が、殿下の縁談のお相手?」

「ああ。二十歳になるはずだが、他には王女はいないからな」

「でも……よりによって、グリージャの王女のお相手にアルバート殿下を、というのは、非常識ではありませんの?」


 グリージャの突然の宣戦布告によって、アルバート殿下の部隊が大きな被害を受けたのは、有名な話だと思っていた。敗戦後に、被害者とも言える王子と加害国グリージャの王女の縁談なんて、国民感情からも受け入れがたい話だ。

 わたしの表情を読み取って、殿下が苦々しげに頷く。


「俺もそう思うし、俺自身も嫌だ。……そもそも、中立を宣言していたグリージャが、突然、同盟軍側に着いたのも、彼女に関係がある。――三年前、当時十七歳だったグリージャの王女と、アルティニア帝国のグスタフ皇太子の長男、フェルディナンド大公との婚約が調った。王女を未来の帝国皇后に、というのが、グリージャの中立破棄の理由だ」


 わたしは思わず息を呑んだ。わたしたちの間に沈黙が流れ、ゴトン、ゴトンと列車の揺れのリズムが響く。殿下が、窓の外の風景を眺めながら、心底忌々し気に言った。


「今時、アルティニアの皇后になったところで旨味があるとは思えんが、グリージャのディートリンデ王太后はかつて、アルティニアの皇太子妃になれずに、小国グリージャに嫁いだことを根に持って、どうしても、自分の孫娘を皇后にしたかったらしい」

「……それで、中立を破棄……」


 わたしは王妃やら皇后やらを望むべき立場に立ったことがないから、グリージャの王太后の気持ちはさっぱり理解できない。皇太子妃ならともかく、皇太子の長男の嫁に孫娘を押し込んだところで、将来、皇后になれるとは限らないのでは……。

 そしてそんな理由で中立が破棄され、奇襲攻撃を受け、父を含めた多くの将兵が命を失った。殿下自身、危うく死ぬところだったわけで、何と言うか、やるせなくて涙が――。


 思わず俯いて涙を拭ってしまったわたしに気づき、殿下が慌てて、わたしを抱き締めた。


「すまない、こんな話をして、お前を傷つけて――本当に、こんな話を耳にすると、とっとと共産革命でも何でも、起きてしまえと思わざるを得ないのだが、共産化の影響はグリージャ一国では済まないから――」

「いえ、申し訳ありません。大丈夫です」


 殿下の胸に抱き留められ、ガタン、ガタン、と揺れる汽車の振動を受け止める。


「……俺も、裏側のくだらない事情を知ったのは最近のことだ。どのみち、グリージャは我が国と開戦に踏み切ったせいで、結果、国境地帯を占領され、休戦協定の前に降伏を表明する羽目になった。――ま、占領したのは俺なんだけど」


 殿下の言葉を聞きながら、わたしは頭の中に地図を思い描く。グリージャは昨年のうちに降伏し、王太后も幽閉されて政治の表舞台から締め出された。その過程で、フェルディナンド大公とグリージャのエヴァンジェリア王女との婚約も破棄されたらしい。


「それで、グリージャとしては我が国との関係を改善し、ついでに出来の悪いアーダルベルトを廃嫡したいらしいのだ」

「……それで、アルバート殿下と王女の結婚を?」


 殿下が渋い表情で頷く。


「グリージャは女子の継承は可能だが、未婚の女王というのは前例がなく、かつ、王配が政治に深く関わることになるそうだ。グリージャとしては、この上、シュルフトやアルティニアから迂闊な王族を迎え入れるのは嫌だと。……それで、グリージャ側から内密の打診があったらしい。我が国にも、王配を送り込んでグリージャを実質的に保護国化したい、という一派がいて、俺は婚約もしていなくて、ちょうどいいと」


 未婚の王族男子は殿下と第二王子のジョージ殿下だけで、しかし、ジョージ殿下はもう、いつ死んでもおかしくないくらいの容態なのだそうだ。つまり、我が国だって王太子殿下に男児が生まれていないから、王家の継承は危機的状況なのだ。別の国に王配を送り込んでいる場合ではないだろうに。


 わたしが呆れたように呟けば、殿下も頷く。


「父上も同じ考えで、速攻で断ってはいる。父上は俺が帰国したらステファニーと正式に婚約させ、親グリージャ派を封殺するつもりだったらしい。――でも、俺が婚約を拒否したことで、話がややこしくなって――」

「……その動きを封じ込めるために、ステファニー嬢との婚約を急いだのですか……」


 わたしが呟くと、殿下がわたしを抱き締め、耳元で囁く。


「……もう、本当に勘弁してほしい。マクガーニに何を言われようが、ハンプトンから船に乗って新大陸に逃げるべきだった。王子だからって、国の思惑に振り回されるのは、もうたくさんだ」


 ……ああそれで、あの外交部の若い方の官僚が、わたしをジロジロと見ていたのだ、とようやく、合点がいったのだった。  

 

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