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39、糾弾

 採寸を終えてサロンに出て行くと、殿下が残してくれた護衛のジョナサン・カーティス大尉が待っていて、わたしを守るように赤いソファに導く。勧められたソファ座ると、対面の三人がけのソファには、ステファニー嬢と付き添い婦人が座って、紅茶を飲んでいた。ミス・リーンがやや不貞腐れたような表情で、一人がけのソファに座っている。カーティス大尉がわたしの背後に守るように立ち、わたしの前にも紅茶が置かれた。


「ジョナサン、あなたもお座りになったら。あなたはもともとバーティの護衛だけど、わたくしたちとも友人として付き合ってきたじゃない。貴族のあなたに、愛人の護衛を命じるなんて、バーティもあんまりよ」


 ステファニー嬢が言うが、カーティス大尉は首を振る。


「殿下が僕に命じたのは愛(・)人(・)の(・)護(・)衛(・)じゃない。……今は職務中なので、お気になさらず」


 ステファニー嬢とジョナサン・カーティス大尉は戦前から面識があるのだろう。だが、大尉は敢えて、一線を画すように護衛の立場を崩そうとしない。


「先ほどは失礼をしたわ。採寸中のところに踏み込むなんて……ごめんなさい」


 しおらしく謝罪するステファニー嬢に、わたしはどう答えるべきかわからず、ミス・リーンを見た。ミス・リーンが居住まいを正し、わたしに向かって謝罪した。


「ミス・アシュバートン。採寸中に他者の侵入を許すなんて、高級メゾンにあってはならない失態です。本当に申し訳ございません」


 ミス・リーンにお詫びされて、わたしはかえって恐縮した。……確かに、採寸中の無防備な時に襲われたら、命に関わる。ステファニー嬢のしたことは、メゾンの信頼を脅かす愚挙だ。


「いえ、ミス・リーンのせいでは……」

「僕も、護衛としてお詫びします。……レディ・ステファニーの護衛の男がフィッティング・ルームに入りそうになって、そちらを排除するのに気を取られて、レディ・ステファニーの侵入を許した。申し訳ない」


 ジョナサン・カーティス大尉にまで詫びられ、わたしはますます困惑する。


「いえ……びっくりはしましたが……」

 

 わたしは目を伏せ、紅茶のカップに砂糖を入れ、銀のスプーンで混ぜる。熱い紅茶を一口啜って気持ちを落ち着け、切り出した。 


「で、お話と言うのは何です? ミス・リーンのメゾンにはご迷惑をかけているので、手短にお願いします」


 ステファニー嬢は飲んでいた紅茶のカップをソーサーに戻し、テーブルに置いて、わたしをまっすぐに見た。


「短刀直入に言うわ。……バーティと別れて欲しいの」


 わたしは半ば予想していたのでそれほど驚かなかったのだが、背後でカーティス大尉が息を呑んだ。


「近々、わたくしとバーティは正式に婚約するわ。国王陛下のご裁可が降りたのよ」


 ステファニー嬢の青い瞳が、どこか勝ち誇ったように煌く。


「……バーティ?」


 聞き慣れない呼称にわたしが首を傾げると、ステファニー嬢はさも軽蔑したように言った。


「アルバート殿下の愛称よ。子供の頃から、ご家族にはそう呼ばれているわ。……聞いたことはなくって?」

「いいえ」


 わたしが首を振ると、ステファニー嬢は少しばかり得意そうに言う。


「そう。さすがの彼も、愛人に愛称で呼ばせたりはしなかったのね」

「レディ・ステファニー!」


 わたしの背後から、カーティス大尉が口を挟む。


「殿下は、僕にミス・アシュバートンの護衛を命じる時にこう仰った。『愛人の警護を命じるわけじゃない。ミス・アシュバートンは俺のただ一人の大事な恋人だ』と。愛人呼ばわりは控えるべきだ」

「でも、要するに愛人でしょう? アパートメントに囲って、ドレスや宝石を買い与えて、身体の関係がある。……さっき、見たわ。あなたの肌に……それで頭に血が昇ってしまって、淑女らしからぬ暴言を吐いてしまったけれど」

 

 ステファニー嬢はそう言って、少し気まずそうに視線を逸らし、唇を舐めた。

 それから気を取り直すように続けた。


「でも、所詮は愛人でしょ? 本気だったら、手を出したりせずにもっと大事になさるわ。……以前の、わたくしに対するみたいに、礼儀を守って紳士的に振る舞うはずよ。バーティはそれのできる方だもの」


 ステファニー嬢はわたしをまっすぐに見た。


「バーティとわたくしの結婚は、子供のころから決まっていたの。わたくしは王子妃に相応しくあるようにと常日頃言われてきたし、王妃陛下も娘同然に可愛がってくださった。社交界デビューのエスコートももちろんバーティで、戦争さえなければとっくに婚約して、今頃はもう、結婚していたはずよ」


 それはそうだろうなと思うので、わたしは黙って聞く。


「バーティはいつでも優しくて、紳士だった。わたくし幼いころは、彼を試すように無茶を言ってばかりだった。それでも、バーティは一度として怒ったりなさらなかった。いつだってわたくしを、一番に優先してくださった。そんなバーティにいつも甘えてばかりで……本当に子供だったわ」

 

 ステファニー嬢が少しだけ、視線を落とし、紅茶を一口飲む。

 

「四年前、彼の出征が決まって、生きて帰って来られるかわからないからと、婚約話を白紙に戻したいと仰ったの。バーティはわたくしのためだって言い張って、結局、婚約は白紙になった。……皮肉なものね。婚約を白紙に戻すと言われて、ようやく、わたくしは彼の愛を実感できたのよ」


 青い瞳を夢見るように潤ませて語るステファニー嬢は、殿下に愛されていたと、信じて疑っていなかったのだろう。


「当時の戦況は本当に過酷で……わたくしはただただ、無事のお戻りを神様に祈ってお待ちしたわ。三年前にバーティのいた部隊が潰滅したって聞いた時は、本当に胸が潰れるかと思って――」


 ふと、ステファニー嬢は我に返ったようにわたしを見て、微笑む。


「あなたのお父上の、マクシミリアン・アシュバートン中佐は、その戦いの時にバーティを庇う形で戦死なさったそうね?」

「……詳しくは聞いておりませんが、そのようなことだと理解しております」

「バーティはきっと、アシュバートン中佐の家族に対して、心を痛められたのね。優しい人だもの。だからあなたを秘書官に登用して、金銭的な援助をするために愛人にしたのではなくて?」


 ……祖母の入院を差配して治療費を殿下が出したのは、たぶん、父への恩返しの気持ちだろう。ただ、金銭的な援助をするために、わたしを愛人にしたわけではない、と思う。援助をしたいだけなら、別に愛人にする必要はないもの。

 

 わたしが不審に思うようすを察知したのか、ステファニー嬢が言った。


「ついでに、身体の欲を満たしたかったのかしら? ……バーティも男性ですもの」

「レディ! 殿下に対してあまりに不敬です! ミス・アシュバートンに対しても。発言を取り消してください。それでなくとも、淑女にあるまじき下衆な想像だ」


 カーティス大尉が背後から詰る。この人は貴族出身だけあって、殿下よりよほど王子様っぽい潔癖さがある。


「あら、ごめんあそばせ。……でもとにかく、わたくしとの正式な婚約が決まったのに、愛人を囲っているのは外聞が悪いし、わたくしも結婚前からの愛人を許容するほど捌けてはいないの。だから……別れて」

 

 ステファニー嬢にまっすぐに見つめられて、でもわたしも彼女の青い瞳をまっすぐに見返した。ステファニー嬢はわたしのその態度を、些か傲岸だと思ったらしい。


「……あなた、見かけよりも性格の強い方なのね。普通はもう少し、周囲に恥じらったりするものでしょう? わたくしとバーティが婚約寸前なのは有名な話だわ。その彼を誘惑して愛人に収まって、贅沢な暮らしをして。言うなれば娼婦と同じじゃない」

「レディ!」


 カーティス大尉が咎めるが、ステファニー嬢はわたしを糾弾する手を緩めるつもりはないらしかった。


「あなたが伯爵家の出と聞いて、信じられなかったわ。わたくしだったらそんな風にお金を得るくらいなら、死んだ方がマシよ」


 それは、おそらく一度も生活の苦労をしたことのない人間の発想だ。

 病気の家族を抱えて、純潔のために死ねるはずがないのに。

 

 わたしは声が震えないように気をつけながら、ステファニー嬢から目を離さずに言った。


「わたしから誘惑したわけでも、わたしからあれこれ強請っているわけでもありませんもの。ミス・リーンに確認していただいてもいいわ。ここのお店での買い物はすべて、殿下のご希望だって」


 わたしがミス・リーンを見れば、ミス・リーンも頷いた。


「そうね。買い物は全部、殿下が選んでいらっしゃるわ。ミス・アシュバートンはいつも、そんなに要らないって言う方ね」


 わたしはミス・リーンに対し、肩を竦めて見せ、ステファニー嬢に向き直る。


「わたしに恥じるところなどないわ。別れて欲しいなら、わたしではなくて殿下に言ってくださらないと。わたしに選択権なんてありませんもの。……あなたもグレンジャー卿も、わたしの方から殿下を誘惑して、お金や宝石を強請っていると、勝手に思い込んでいるみたいですけれど――そもそも殿下は、女性に同情から貢ぐタイプじゃないわ。どっちかと言うと……」

 

 殿下は気前はいいけれど、割と損得勘定にシビアだ。同情で金を出したりはしない。  

 わたしはふと思いつき、背後のカーティス大尉を振り返る。


「ねえ、カーティス大尉、レディ・ステファニーの語るバーティ殿下と、わたしの知ってる殿下はまるで別人みたいなんですけど、本当に同じ人?」


 その問いに、大尉が思わずと言った風に吹き出した。


「……確かに、殿下は戦争を機に人が変わられた。以前の殿下は、僕に言わせれば優しいというよりは無気力な人でしたからね。自分の意志や感情を抑えて、周囲の言いなりでした。戦争で地獄を見て、殿下は変わられた。たぶん、レディ・ステファニーの知る殿下と、現在の殿下はまるで別人ですよ」


 その言葉に、ステファニー嬢の顔色が変わる。


「……ジョナサンは、バーティは戦場で人が変わったから、わたくしから心変わりしたと仰るの?」

「これはあくまで僕の意見ですが――殿下はもともと、レディ・ステファニーに特別な好意はなかったけれど、決められた婚約者だからと、紳士的に接してきた。でも戦場で地獄を見て、周囲の言いなりになるのをやめたんだと、僕は理解しています」

「そんなわけないわ! バーティはわたくしを愛してくださったわ!」


 カーティス大尉の辛辣な意見に、ステファニー嬢が激昂して立ちあがり、ガチャンと紅茶のカップが倒れる。ほぼ飲み干していたので、テーブルに零れたりはしなかったが、祖母がこの場にいたら眉を顰めるに違いない。


「あくまで僕の理解だと申し上げましたでしょう。昔と違い、今の殿下は全てを自分の意志で決めています。ミス・アシュバートンに近づいたのは殿下からです。彼女の方から殿下を誘惑したわけでないのは、断言できますよ。二人を別れさせたいなら、殿下を説得するべきです」


 ジョナサン・カーティス大尉はそう言うと、ミス・リーンに向かい言った。


「話し合いはこれで終わりです。……レディ・ステファニーにはお帰りいただきましょう」




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