35、検死審問
検死審問が開かれるリンドホルムの公会堂には、早くもかなりの数の新聞記者が詰め掛けていた。フラッシュの光の中を、わたしは公会堂へと入る。
「エルスペス・アシュバートンだ」
「アルバート殿下の愛人――」
幸い、内部の写真撮影は禁止で、新聞記者も中には入れない。――傍聴席に何人かいるだろうけれど。
反対側の被告席には、執事のアーチャーと知らない男二人。少し離れて、現・伯爵サイラス・アシュバートン。
いつも髪をぴっちり撫でつけ、ボウタイに黒いモーニングコートを着ていたアーチャーが、髪は乱れ、無精ひげも生えている。わたしに気づいて、ハッとして、そして深々と頭を下げた。
サイラスおじ様はまだしもマシな服装をしている。一応、伯爵だから、拘置所の待遇もいいのかもしれない。わたしに気づき、気まずそうに視線を逸らす。
検視官と検死陪審員が入場し、警察側のエヴァンズ警部と、警視庁のウォード警部が席に着く。
検察官が開廷を告げた。
警察のエヴァンズ警部がまず、墓あらしの状況から説明した。墓あらしは三人。リンドホルム城の執事アーチャーと、下男のジムと馬丁のニック。その後、彼らが掘り出していた、ウィリアム・アシュバートンの遺体を念のため司法解剖に回したところ、致死量を大幅に上回る砒素が検出され、死因は毒物による中毒死が疑われる。三年前の死亡診断書には「アレルギーによるショック死」と記載されており、診断書を書いた医師、サイラス・アシュバートンによる虚偽記載を疑い、サイラス・アシュバートンをも即時に拘束した、と。
次に検死を担当した医師が証言した。この医師はリンドホルム警察と契約した、専門の法医学者だと言う。
「間違いありません、死因は砒素による中毒死です。遺体にはまだ、その兆候がはっきり残っています」
次いで、ジョンソンとスミス夫人が証言台に立ち、遺体は間違いなく、ウィリアム・アシュバートンであると証言した。
そして、検視官がわたしの名を呼んだ。わたしは立ちあがり、証言台へ移動する。聖典に手を置き、宣誓する。――今日は、指輪をはめてきた。いろいろ言われるかもしれないけれど、殿下の指輪無しで乗り切る自信がなかった。
「ミス・エルスペス・アシュバートン、あなたはウィリアム・アシュバートンの姉ですね」
「はい」
「彼が死んだ時、夕食のテーブルにいたのは誰ですか」
「わたしとビリー、それから祖母、そしてサイラス夫妻。給仕は執事のアーチャーと、スミス夫人が行いました」
質問はだいたい予想通りのものだ。陪審員が手を挙げて質問した。
「アレルギーによるショック死というのを、信じたのですか? 毒殺を疑わなかった?」
「まさか毒殺だなんて、疑いもしませんでした。彼はまだ十四歳でしたし。祖母も、わたしもパニックになっていて、葬儀も何もかも、全てアーチャーとスミス夫人に任せてしまいました」
わたしの証言が終わると、検視官は執事のアーチャーに尋ねる。
「あなたの名は?」
「ディック・アーチャー。リンドホルム城の執事しております」
「当日のことを憶えていますか」
「はい。よく憶えております」
アーチャーはわたしを見て、それから目を閉じ、祈るような表情で言った。
「私が、ビリー坊ちゃまのスープに、サイラス様から渡された薬物を入れました。薬の効果が出ないうちにスープの皿を下げ、厨房ですぐに洗うように指示しました」
わたしはただ茫然と、アーチャーの告白を聞いていた。
「何という薬ですか?」
「存じません」
アーチャーが俯き、しばらく考えてから、顔を上げる。
「サイラス様に言われたんです。秘密を暴露されたくなければ、この薬をビリー坊ちゃまに飲ませろと。あの秘密を大奥様に知られたら、間違いなくわたしは解雇されてしまう。だから、サイラス様の言うとおりにするしか、なかったんです。……ビリー坊ちゃまはあの薬で……サイラス様が病死と診断し、死亡診断書を出しました」
検死審問は不審死の死因を明らかにする公開審問で、裁判ではない。だからビリーの死が毒物によるもの、他殺の疑いが強いことを確定するだけのもの。――犯人を暴き、動機を明らかにするものではない。
アーチャーがサイラスに脅された秘密が何なのか、もちろん気になったけれど、警察は捜査上の秘密に関わるとして、アーチャーの審問を拒否し、検視官も認めた。
ついで、サイラス・アシュバートンにも同様の審問が行われたが、サイラスは黙秘を貫いた。もっとも、彼が死亡診断書を偽ったのは覆しようのない事実として、認定された。アーチャーの言うとおり、毒物を混入する指示を出したのがサイラスなのか、あるいは別の人物の指示に従っただけなのかは、警察の捜査を待つことになる。
わたしは殿下からもらったサファイアの指輪を握り込んで、じっと座っていた。
サイラスは、ビリーの次ぎの法定相続人である、ジェームズ・アシュバートンの戦死を知っていたのだろうか?
しかしあの頃、サイラスはわたしの代襲相続は間違いなく認められると思い込んで、わたしとダグラスの結婚話をおばあ様に持ち込み、こっぴどく断られていた。
――代襲相続の申請が却下されたのと、ジェームズ・アシュバートンの戦死が伝えられたのは、ほぼ同じ頃。
アーチャーはわたしの代襲相続は認められると信じ、サイラスの言いなりに毒物をビリーの皿に入れた。彼が握られていた秘密とはいったい――?
検死審問の後も、わたしたちはリンドホルム城に滞在した。
ビリーの遺体を再び柩に納め、改めて埋葬しなければならなかったからだ。ビリーの家族はもう、わたし一人で、埋葬に立ち会ったのはジョンソン夫妻とスミス夫人、ジェファーソン先生と、アレックスだけだったけれど、教会の外にはびっしりと新聞記者が詰めかけていた。
三年前に病死とされた少年伯爵の死因は毒殺だった。――爵位を継いだ直後に毒殺された十四歳の少年伯爵。それだけでも十分、センセーショナルだと言うのに、彼には大きなおまけがついた。
少年の姉は、第三王子であるアルバート殿下の愛人。
父はアルバート王子を庇って戦死し、その後、跡継ぎである少年が急死し、残った姉は代襲相続を申請するも、慣例に反して申請は却下され、爵位は父の従兄に移る。姉は領地も財産も失い、祖母とともに王都に出て、事務員として働き、貧しい生活を支えてきた。
戦後、戦地から戻ったアルバート王子は、恩人の家族の困窮に驚き、金銭的な援助を行う一方で、彼女を愛し、結婚を望んだ。
彼女の権利を取り戻すために王子が動いたことで、事件の発覚を恐れた犯人が死体を奪おうと墓を暴き、監視していた王子の配下に拘束され、少年の死体からは毒物が検出された――。
『毒婦か、あるいは復讐の聖女か――?』
新聞各紙はこの事件を大々的に報じ、王子に近づいたのも全て、弟の死の真相を暴くためではないか、などと言いだした。
あるいは代襲相続が却下され、すべてを失った令嬢が、殿下を篭絡して玉の輿に乗ろうとしているのだ、とも。
中には、ビリーの殺害自体、代襲相続を狙ったの姉の犯行などと言う、とんでもない推理を披露した記事もあったとか。
牧師様の祈りが続く中、ビリーの柩には土がかけられていく。柩に入れるため、王都のアルバート殿下からは温室咲きの白薔薇が二百本、届けられた。それもまた、王都でスキャンダラスに報道されたに違いない。
弟の死が毒殺で、それに現・伯爵であるサイラス・アシュバートンが確実に関わっている。サイラスの爵位を剥奪し、あらためて、わたしへの代襲相続が認められるのではないか、とは、大筋の意見だ。
代襲相続が認められれば、わたしはまだ生まれていない、将来生まれるはずのリンドホルム伯爵の代理人となる。
建国以来続く、名門リンドホルム伯爵の娘で、わたしの子がリンドホルム伯爵を継ぐことが確定し、わたしの夫は伯爵と同じ権利を行使できる。
アルバート王子とわたしとの結婚において、最大の障壁となっていたのは、わたしが爵位を失っていることだった。それが解消されれば、殿下はより強固に、議会に対しレコンフィールド公爵令嬢との婚約の失効と、わたしとの婚約の承認を求めるだろう、とも――。




