↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
136/176

33、再びリンドホルムへ

 翌日、昼過ぎにリンドホルム駅に到着したわたしたちを出迎えたのは、かつて我が家の顧問弁護士であったジェファーソン先生と、ラルフ・シモンズ大尉だった。


 ジェファーソン先生はもともと、真っ白な口髭を蓄えた、針金のように痩せた紳士だけれど、数年ぶりに見ればさらに針金度合いを増していた。足がよくないのか、ステッキに体重を乗せ、弱々しく立っている。


「ジェファーソン先生……! お身体がよくないと聞いておりましたのに」


 三年前、わたしの相続の件で何度も王都まで往復した後、リューマチの持病が悪化して、彼は顧問弁護士の職を辞した。


「ああ、エルスペス嬢……本当に久しぶりだ。いや、最近はまだマシだ。秋は本当にダメで……大奥様の葬儀にも出られず、あの世でお叱りを受ける覚悟だったのだがね」

「……今回はビリーのことでご足労をおかけします」


 わたしが目を伏せれば、ジェファーソン先生は口髭の陰で唇を歪めた。


「いずれは、来るのではないかと思っていた。――わしも、同罪かもしれん」

「先生?」

「早すぎる埋葬を不自然に感じたが、口を噤んだ。――今思えば、それが全てだ」


 歩きだせば、カツン、カツンとジェファーソン先生の杖の音が響く。

 わたしとジェファーソン先生、ロベルトさん、そしてラルフ・シモンズ大尉が一つの馬車に、残りはもう一つの馬車に乗る。


「まず、アーチャーはほぼ、罪を認めています」


 馬車が動き出してすぐ、シモンズ大尉が言った。


「ビリーの食事に毒を混入したことも認めました。毒の出どころはサイラス・アシュバートンだと」


 わたしは息を呑む。


「ですが、サイラスの方は黙秘を続けています。サイラスからダグラスの関与の証言を引き出したいのですがね」

「やっこさん、息子を守るために必死ってこと?」


 ロベルトさんの問いに、シモンズ大尉が頷く。


「おそらく。……今、毒の入手経路を当たってる。計画したのはダグラスだと思うのだが」


 ガラガラと車輪の音が響き、馬車が荒野(ムア)の脇を走り抜ける。どんより垂れこめた曇り空が広がり、荒野特有の荒涼たる風が通り抜ける。


「今、城(カッスル)は大騒ぎだ。伯爵が拘束されるなんて、前代未聞な上に、警察も出入りして……」 


 シモンズ大尉が言い、ジェファーソン先生も頷く。


「前伯爵の毒殺が疑われているので、現伯爵の不逮捕特権を警察は敢えて無視したらしい。……わしが弁護士だったら厳重に抗議するところだが、幸いにも、もう職を辞しているのでね。静観中だよ」


 ジェファーソン先生が顧問弁護士を退いた後、リンドホルム伯爵としては弁護士を雇っていないらしい。


「ダグラスが弁護士資格を持っているからな。……だが、年末に出掛けたまま、いまだに戻らない」


 わたしはふと気づいて、ジェファーソン先生に尋ねた。


「先生は、ダグラスが昔、勤務していた王都の法律事務所はご存知でした?」

「ん?……ああ、知っているが――」

「あそこが、ジェームズ・アシュバートンの財産も管理していたことも?」


 その話に、ジェファーソン先生はしばらく灰色の目をカッと見開き、杖を両手で掴んで彫像のように動かなかった。


「――なるほど、そういう、ことか……。つまりダグラスは、ジェームズ・アシュバートンの死と、サイラスの継承順が繰り上がるのを、知っていた、ということじゃな?」

「ええ。首謀者がダグラスってとこまで、持っていきたいんすけどねー。……アルバート殿下としては」


 ジェファーソン先生は白い眉を顰める。


「以前、わしのところに聞きにきた件と関わるのかね? 代襲相続の申請について」

「ええ、そうです。殿下がエルスペス嬢と結婚するためには、エルスペス嬢の代襲相続が認められるのが早道なんでね」

「あれはわしにも納得いかん!」


 ジェファーソン先生が吐き捨てる。


「……どうも、法務局内で何か圧力がかかっていたようなのだが……」

「法務局……」

「はじめ、申請が却下されたのがおかしいと、一緒に抗議してくれた官吏がいたのだが、部局を異動になってしまった。どうも上役の気に障ったらしい。悪いことをしたが、彼に話を聞けばもしかしたら……。わしの書斎に戻れば、彼の名刺もまだ、残してあるはずだ」


 ロベルトさんが身を乗り出す。


「それ! お願いします。俺も当たっているんですけど、法務省内の相続に関わる法務局で止まってしまう。そっから上に行けないんですよ。内部に知り合いもいなくて。名刺、後でもらいに行きます!」


 馬車はリンドホルムの城門をくぐり、葉の落ちた並木を抜け、懐かしい城が見えてきた。車寄せのあたりに、警察のマークの入った馬車と、自動車が数台、止まっていた。


 馬車を降り、玄関への石段を登ろうとすると、重厚な扉が内側から開き、執事の正装をした男性が出てきた。


「ジョンソン!」

「お待ちしておりました、お嬢様」


 その時、アーチャーが不在だという事実が、わたしの中にようやく落ちてくる。

 ジョンソンの背後から、スミス夫人も丁寧に頭を下げる。


「お嬢様、お待ちしておりました」

「スミス夫人……アーチャーは本当に……」

「はい。……そしてサイラス様も……」


 そんな会話をしていると、ホールの奥から甲高い声がして、わたしはハッとした。


「エルシー、あんたの差し金でしょう? どういうことなの?」

「待ちなさい、どこに――」


 ダダダと乱暴な足音とともに、赤い髪を振り乱したヴィクトリアが駆け寄ってきて、わたしに掴みかかる寸前で、追いかけてきた警官に止められる。わたしの前には咄嗟に、ロベルトさんとシモンズ大尉が立ち塞がる。


「離して、この女、この女が黒幕よ! 王子を誑かして、爵位を取り戻そうとしているのよ! 見て、あの指輪! 王子に貢がせるだけじゃ気が済まず、爵位まで! とんだ強欲の淫売だわ!」

「ヴィクトリア嬢、見苦しいですぞ」


 ジェファーソン先生が苦々しく窘める。


「なんでよ! 伯爵は伯父様よ! それで次期伯爵はダグラス! あたしはダグラスと結婚するんだから!」

「それはもう、わかったから、そのダグラスの居場所を教えて欲しいんだがね?」

「知らないわよぉ! どうせ、王都の女のところよ!」


 無理矢理、奥へと引っ張っていかれるヴィクトリアを目で追っていると、よれよれのコートに中折れ帽を被った中年男性が近づいてきて、わたしに挨拶する。


「失礼、ミス・エルスペス・アシュバートン? ウィリアム・アシュバートン卿の姉上の?」

「……ええ、そうです。ええと?」

「私はリンドホルム警察の、エヴァンズ警部です。弟さんと思われる遺体から毒物が検出されたのは、お聞き及びと思います。当初の届け出と食い違うので、検死審問(インクエスト)を開かなきゃなりません。お話をお伺いしても?――いえ、形式的なものでして」


 もちろん、覚悟していたので頷いた。


「……弟の遺体の確認も必要ですか?」

「いえ、それは、すでにこの城の執事のジョンソンと、家政婦のスミス夫人にお願いしまして、確認が取れました。若いお嬢さんには少々――」


 気を使ってくれたのだと知り、わたしは礼を言い、玄関ホールのソファで簡単な事情聴取を受けた。あの日、食卓を囲んだ顔ぶれと、食事のメニューについてだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。