↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
135/176

32、ビリーとアレックス

 アレックスの言葉に、わたしはハッとして顔を上げ、思わず立ち上がる。


「……本当に?!」

「嘘じゃありません。彼は学年が一つ上で……寮で同室だったんです。ほんの数ヶ月でしたけど、すごく世話になって――」


 わたしは信じられなくて、アレックスの顔を穴が空くほど見つめる。


「お前、今までそんなこと言わなかったじゃないか!」


 マクガーニ閣下に咎められ、アレックスは俯き、しどろもどろになる。


「……だって……ビリーのお父さんが、父さんの友達だなんて、知らなかった。ミス・アシュバートンがビリーのお姉さんだなんて、僕も驚いて……。僕が初めての寄宿生活にまごついた時、いつも、ビリーが助けてくれて……家はストラスシャーの古い城だから、聖誕節の休暇は遊びに来ないかって言われて……でも、その秋にお父さんが戦死して、急に爵位を継ぐことになって、さすがにその冬の休暇は僕、遠慮したんです。そしたら――休暇中にアレルギーの発作で亡くなったって。……僕、絶対、嘘だと思ったんです。食事だって一緒に摂ってたけど、アレルギーなんて聞いたことない。怪しすぎるって。絶対、何か事件だって、舎監の先生にも訴え出たけど、相手にしてもらえなかった……」


 アレックスは悔しそうに拳を握り締める。


「それで――僕、法科に変わりたいって父さんに言って……」


 マクガーニ閣下が目を丸くする。


「なんだと? 転校したいと言い出したのは、そんな理由だったのか」

「僕は初め、医者になりたかったから理科系の強いロックウッドのハリソン・スクールを選んだけど、ビリーのことでいろいろ調べているうちに、法科に興味を持って、今のエインズミルのダンバー・カレッジに転校したんです」

 

 アレックスはわたしと、殿下に向かって真剣に頭を下げる。


「お願いします! ビリーのことはずっと気になってて……僕の……初めての友達だったんです! たった二か月だったけど」


 ぐずっと鼻水を啜り上げて涙を拭うアレックスの様子に、殿下はしばらく考えていたが、マクガーニ閣下とわたしを交互に見て言った。


「アレックス、俺の代わりにエルシーを守れるか?」

「はい! 命を懸けて!」

「なら、今すぐ家に帰り、夕方の列車に乗れるように準備するんだ。マクガーニは打ち合わせがあるからここに残る。一人で準備できるか?」

「できます!」

「じゃあ、ストラスシャー方面に向かう西駅で待ち合わせる。切符はこちらで用意するから、改札の前で待ってろ!いいな?!」

「はい!」


 飛び上がるように返事をしたアレックスと、事情を聴いたジェニファー夫人、アグネスは、急ぎ邸に戻ることになった。


「ごめんなさい、急なことで……」

「いいえ、今度はわたくしたちの家にもいらして」

「バイバイ、ユール、今度はもっとたくさん遊びましょうね!」


 アレックスたちを見送り、わたしたちも大車輪で仕度にかかる。シャーロットと別れの挨拶を交わし、ユールを抱いた殿下とキスをして、わたしは喪服に黒いヴェール付きの帽子を被り、ハンナとともに馬車に乗る。


「大丈夫だ、エルシー。必ず、上手くいく」


 殿下に頷けば、馬車の扉が閉ざされ、馬車が動き始めた。窓の外を殿下の姿が遠ざかる。


 ――リジー。怖い。こんな時に、側にいてもらえないなんて。


 わたしは左手薬指の、サファイアの指輪を右手で握り込んだ。




 わたしとジュリアン、ハンナは、王都の西駅の改札前で、ロベルトさんとアレックスと落ち合う。

 

「俺んとこにも電報は来たからさー、事情はわかったけど、なんでマクガーニ閣下のお坊ちゃんがいるのさ」


 切符と荷物を確認しながら、ロベルトさんが面倒臭そうに言う。


「僕はビリーの友人です。ある意味、事件の当事者ですよ!」 

「マ・ジ・で?!」


 ポーターにも手伝わせながら予約した一等個室(コンパートメント)に乗り込み、ジュリアンが窓を開けて弁当を人数分買う。ロベルトさんとアレックスは、構内で売っている新聞をあるだけ買い込んできた。


「ハンナまで遠出することになって、ごめんなさいね」

「いいえ。初めて行く場所だから、ドキドキします」


 出発のベルが鳴り、汽車は滑るように動きだす。窓の外、夕暮れの王都が後ろへと飛んでいく。

 旅行者向けの、シュルフト語の新聞もあって、それはハンナが目を通す。


「第三王子殿下の結婚問題の記事は、もちろんありますが、他の記事を超えるものではありませんね」

「ビリーの問題はまだ公にされていないけど、広まるのはアッと言う間だろうなあ」


 ロベルトさんが言う。


「司令部を出る前に、ラルフと電話がつながって、あらかたは聞きました。墓あらしは三人。執事のアーチャーと、下男のジムと馬丁のニック。この二人はアーチャーに命じられたようで、理由は知らされていないっぽいっすね」


 彼らがビリーの墓を暴き、柩を掘り出した時点で潜んでいた特務が拘束。即座にビリーの遺体を警察署に運び、遺体から毒物が検出されたため、死亡診断書の虚偽記載でサイラスの身柄を拘束し、ダグラスを全国手配したという。


「解剖は以前にもしていましたが、改めて正式な令状を取り、毒物を再検出。アーチャーは毒殺の容疑を認めている」


 真っ青になったわたしの手を、隣のハンナが握ってくれた。


「毒物はなんなんです?」


 アレックスの問いに、ロベルトさんはメモを見ながら答える。


「えーっと……亜砒酸……三酸化二砒素って書いてあるけど、なにこれ」

「あ、砒素ですよ」


 アレックスはこともなげに言い、自分の鞄からいくつか本を取り出す。


「これは毒物に関する本で、これはいろんな毒殺事件について書いたもの。砒素が使用された事件は、このあたりに……」

「なんでそんな本ばっかり!」

「砒素の特徴は無味無臭なんです! 毒殺にはもってこいですよ! ただし、青酸カリに比べると効果が出るのが遅くて、急性砒素中毒の症状としては――」


 滔々と語り始めたアレックスの言葉を聞きたくなくて、わたしは思わず両手で耳を覆った。その様子を見たロベルトさんが、アレックスを咎める。


「アレックス、その話は後で聞く。遺族の前でする話じゃねーだろ」

「あ、ご、ごめんなさい……」


 しまったと青ざめるアレックスの表情に、わたしは慌てて首を振り、ポケットからハンカチを取り出して、目尻の涙を拭ってから、言った。


「こちらこそ、ごめんなさい。……よかったら、ビリーが学校でどんなだったか教えて。休暇で戻って尋ねても、女にはわからないって教えてくれなかったの。友達も全然、知らなくて……」


 その夜、列車の中で、わたしはアレックスから、ビリーの話をたくさん、聞いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。