32、ビリーとアレックス
アレックスの言葉に、わたしはハッとして顔を上げ、思わず立ち上がる。
「……本当に?!」
「嘘じゃありません。彼は学年が一つ上で……寮で同室だったんです。ほんの数ヶ月でしたけど、すごく世話になって――」
わたしは信じられなくて、アレックスの顔を穴が空くほど見つめる。
「お前、今までそんなこと言わなかったじゃないか!」
マクガーニ閣下に咎められ、アレックスは俯き、しどろもどろになる。
「……だって……ビリーのお父さんが、父さんの友達だなんて、知らなかった。ミス・アシュバートンがビリーのお姉さんだなんて、僕も驚いて……。僕が初めての寄宿生活にまごついた時、いつも、ビリーが助けてくれて……家はストラスシャーの古い城だから、聖誕節の休暇は遊びに来ないかって言われて……でも、その秋にお父さんが戦死して、急に爵位を継ぐことになって、さすがにその冬の休暇は僕、遠慮したんです。そしたら――休暇中にアレルギーの発作で亡くなったって。……僕、絶対、嘘だと思ったんです。食事だって一緒に摂ってたけど、アレルギーなんて聞いたことない。怪しすぎるって。絶対、何か事件だって、舎監の先生にも訴え出たけど、相手にしてもらえなかった……」
アレックスは悔しそうに拳を握り締める。
「それで――僕、法科に変わりたいって父さんに言って……」
マクガーニ閣下が目を丸くする。
「なんだと? 転校したいと言い出したのは、そんな理由だったのか」
「僕は初め、医者になりたかったから理科系の強いロックウッドのハリソン・スクールを選んだけど、ビリーのことでいろいろ調べているうちに、法科に興味を持って、今のエインズミルのダンバー・カレッジに転校したんです」
アレックスはわたしと、殿下に向かって真剣に頭を下げる。
「お願いします! ビリーのことはずっと気になってて……僕の……初めての友達だったんです! たった二か月だったけど」
ぐずっと鼻水を啜り上げて涙を拭うアレックスの様子に、殿下はしばらく考えていたが、マクガーニ閣下とわたしを交互に見て言った。
「アレックス、俺の代わりにエルシーを守れるか?」
「はい! 命を懸けて!」
「なら、今すぐ家に帰り、夕方の列車に乗れるように準備するんだ。マクガーニは打ち合わせがあるからここに残る。一人で準備できるか?」
「できます!」
「じゃあ、ストラスシャー方面に向かう西駅で待ち合わせる。切符はこちらで用意するから、改札の前で待ってろ!いいな?!」
「はい!」
飛び上がるように返事をしたアレックスと、事情を聴いたジェニファー夫人、アグネスは、急ぎ邸に戻ることになった。
「ごめんなさい、急なことで……」
「いいえ、今度はわたくしたちの家にもいらして」
「バイバイ、ユール、今度はもっとたくさん遊びましょうね!」
アレックスたちを見送り、わたしたちも大車輪で仕度にかかる。シャーロットと別れの挨拶を交わし、ユールを抱いた殿下とキスをして、わたしは喪服に黒いヴェール付きの帽子を被り、ハンナとともに馬車に乗る。
「大丈夫だ、エルシー。必ず、上手くいく」
殿下に頷けば、馬車の扉が閉ざされ、馬車が動き始めた。窓の外を殿下の姿が遠ざかる。
――リジー。怖い。こんな時に、側にいてもらえないなんて。
わたしは左手薬指の、サファイアの指輪を右手で握り込んだ。
わたしとジュリアン、ハンナは、王都の西駅の改札前で、ロベルトさんとアレックスと落ち合う。
「俺んとこにも電報は来たからさー、事情はわかったけど、なんでマクガーニ閣下のお坊ちゃんがいるのさ」
切符と荷物を確認しながら、ロベルトさんが面倒臭そうに言う。
「僕はビリーの友人です。ある意味、事件の当事者ですよ!」
「マ・ジ・で?!」
ポーターにも手伝わせながら予約した一等個室に乗り込み、ジュリアンが窓を開けて弁当を人数分買う。ロベルトさんとアレックスは、構内で売っている新聞をあるだけ買い込んできた。
「ハンナまで遠出することになって、ごめんなさいね」
「いいえ。初めて行く場所だから、ドキドキします」
出発のベルが鳴り、汽車は滑るように動きだす。窓の外、夕暮れの王都が後ろへと飛んでいく。
旅行者向けの、シュルフト語の新聞もあって、それはハンナが目を通す。
「第三王子殿下の結婚問題の記事は、もちろんありますが、他の記事を超えるものではありませんね」
「ビリーの問題はまだ公にされていないけど、広まるのはアッと言う間だろうなあ」
ロベルトさんが言う。
「司令部を出る前に、ラルフと電話がつながって、あらかたは聞きました。墓あらしは三人。執事のアーチャーと、下男のジムと馬丁のニック。この二人はアーチャーに命じられたようで、理由は知らされていないっぽいっすね」
彼らがビリーの墓を暴き、柩を掘り出した時点で潜んでいた特務が拘束。即座にビリーの遺体を警察署に運び、遺体から毒物が検出されたため、死亡診断書の虚偽記載でサイラスの身柄を拘束し、ダグラスを全国手配したという。
「解剖は以前にもしていましたが、改めて正式な令状を取り、毒物を再検出。アーチャーは毒殺の容疑を認めている」
真っ青になったわたしの手を、隣のハンナが握ってくれた。
「毒物はなんなんです?」
アレックスの問いに、ロベルトさんはメモを見ながら答える。
「えーっと……亜砒酸……三酸化二砒素って書いてあるけど、なにこれ」
「あ、砒素ですよ」
アレックスはこともなげに言い、自分の鞄からいくつか本を取り出す。
「これは毒物に関する本で、これはいろんな毒殺事件について書いたもの。砒素が使用された事件は、このあたりに……」
「なんでそんな本ばっかり!」
「砒素の特徴は無味無臭なんです! 毒殺にはもってこいですよ! ただし、青酸カリに比べると効果が出るのが遅くて、急性砒素中毒の症状としては――」
滔々と語り始めたアレックスの言葉を聞きたくなくて、わたしは思わず両手で耳を覆った。その様子を見たロベルトさんが、アレックスを咎める。
「アレックス、その話は後で聞く。遺族の前でする話じゃねーだろ」
「あ、ご、ごめんなさい……」
しまったと青ざめるアレックスの表情に、わたしは慌てて首を振り、ポケットからハンカチを取り出して、目尻の涙を拭ってから、言った。
「こちらこそ、ごめんなさい。……よかったら、ビリーが学校でどんなだったか教えて。休暇で戻って尋ねても、女にはわからないって教えてくれなかったの。友達も全然、知らなくて……」
その夜、列車の中で、わたしはアレックスから、ビリーの話をたくさん、聞いた。




