31、かかったネズミは
ビリーについての報道が出た、数日後。
その日、殿下はオーランド邸にいて、マクガーニ夫妻と娘のアグネス、それから息子のアレックスを招いていた。本来、年明け早々に招待する予定が、ジョージ殿下の逝去でのびのびになっていたものだ。ジェニファー夫人は安定期に入って、だがまだお腹も目立たず、傍目には妊娠に気づく人はいないだろう。アグネスは真っ先にユールに飛びつき、がっしと抱き込んで離そうとしない。
「かわいい~! いいな、わたしも欲しい!」
「きゅ~ん」
身動きを封じられたユールが哀れっぽく救けを求めるが、アグネスは気にもしない。
「アグネス、可愛いのは今だけだ。その犬種はでっかくなるぞ?」
アグネスを注意する、兄のアレックスは十六歳。休暇はもうすぐ終わり、来週にも寄宿舎に戻るのだと言う。何となくだが、ジェニファー夫人に対し、腰が引けている。――もともと自分の家庭教師だった女性が、いつの間にか父親と恋に落ちて後妻になったら、微妙な年頃だし素直になれないかもしれない。
その日は昼餐を囲み、午後のお茶まで歓談する予定で、メイヴィス夫人が丹精込めた料理の皿が並ぶ、テーブルに向かう。殿下とわたし、マクガーニ夫妻とアレックス、ジェニファー、そしてカーティス大尉とシャーロット嬢。
今日の料理、メインは鹿肉のステーキに、港町発祥のカレン・スキンクというスープ。鱈の燻製とジャガイモをミルクで煮たもので、アサリや人参も加わっている。他は豆のサラダ、ウサギ肉のプディング。食べ盛りのアレックスと、栄養が必要なジェニファー夫人のためにたっぷりと準備された。
和やかな会話が食卓に繰り広げられる。殿下はアレックスの勉強について尋ね、わたしとシャーロット嬢は、アグネスとピアノの教本の話をした。
昼食が終わって、殿方はシガー・ルームで煙草を、女性と子供たちは、ピアノのある音楽室でピアノを弾く。アレックスが意外にピアノが上手くて驚いた。新大陸の方で新しく生まれた、ラグタイムという曲だそうで、初めて聞く軽快なリズムに、アグネスが踊り、その周囲をユールが駆け回る。
新しもの好きの殿下が好みそうだ。
「あっちではジャズっていう、黒人の音楽が流行り始めているんだそうです」
そんな話をしているところに、呼び鈴が鳴って、ジェラルド・ブルック中尉がオーランド邸に駆け込んできた。
「リンドホルムの、ラルフから電報です。奴らが動いたと」
「何があった」
ジェラルド・ブルック中尉はわたしと、それからジェニファー夫人やアグネス、そしてシャーロット嬢を見た。
「……女性のいるところでは……」
「……ビリーを殺した犯人について、進展があったのですね」
わたしはジェニファー夫人らにはこのまま音楽室にいてもらい、居間に移動した。
先に電報を読んでいた殿下が、立ち上がってわたしに歩みより、言った。
「エルシー、落ち着いて聞いてくれ。昨夜、ビリーの墓が墓あらしに遭った。予想はしていたので、見張りがすぐに曲者を捕らえたのだが……その中に、リンドホルム城の執事、アーチャーがいた」
毒殺の証拠隠滅に、犯人がビリーの遺体を奪いに来るのは予想されていて、特務はそれを張っていた。網にかかったのはつまり――。
「嘘よ! どうしてアーチャーが?!」
わたしは悲鳴を上げた。
アーチャーはリンドホルム城の執事で、父やわたしたち家族に献身的に尽くしてくれた。その彼が、ビリーの死に関わっているなんて、信じられない。
「エルシー……俺は以前から、主犯かどうかはともかく、アーチャーは関わっていると思っていた」
「なぜ?!」
殿下は眉を顰める。
「まだ十四歳の当主が、食事中に倒れて突然、死んだ。普通はもっと疑い、警察に届け出たりするだろう? ビリーは身体は弱かったが、突然死ぬほどの病気ではなかった。アレルギーの既往もないのに、動顛した祖母や姉はともかく、普段は冷静な執事までがあまりにもあっさりとサイラスの診断を受け入れ、大急ぎで埋葬してしまった。もし毒殺なら、給仕をした者を疑うのは当然だ」
殿下はわたしの手を取り、大きな両手で包むようにして、わたしをソファに座らせ、自分も隣に腰を下ろす。
「……もう、知っていると思うが、ビリーの遺体から、毒物が検出された。……エルシーはビリーの死の直後、彼の遺体を見たか」
わたしは無言で首を振る。突然の死がショックで、わたしは遺体から目を逸らした――。
「診察したサイラス・アシュバートンは、明らかな毒殺の兆候をすべて見逃し、病死として死亡診断書を出し、証拠隠滅とばかりに埋葬する。サイラスの関与は間違いない。アーチャーと、サイラスの身柄はすでに拘束した。ダグラスもおそらく関与しているが、現在、リンドホルムにはおらず、重要参考人として手配した」
「でも、なぜアーチャーが……」
「動機についてはまだ。……ひとまず、リンドホルムの警察で検死審問が開かれるはずだ。……おそらく、エルシーの出廷も求められる。唯一残る近親者だし、ビリーが倒れたとき、その場に居合わせたから」
わたしは自分の体温が急速に奪われて、身体が冷えていくのを感じる。寒い――。
カタカタと震え始めたわたしを、殿下が慌てて抱きしめ、額にキスをする。
「……俺も一緒に……」
「無茶ですよ! 王子がそんな、三年前の田舎の殺人事件に顔を出したら、大変なことになります!」
ジェラルド・ブルック中尉が叫び、マクガーニ中将閣下も太い眉を顰める。
「エルスペス嬢には、誰か別の者をおつけください。向こうにはシモンズもおりますし」
「前は偽名で動けた」
「以前とはお立場が違います。新聞に顔写真も出た。次は誤魔化せません。第一、王都で死ぬほどやることがあるでしょう?!」
懸命に諫めるブルック中尉を宥めるように、カーティス大尉が口を挟む。
「……良ければ僕が」
しかし、殿下は眉を顰めて首を振った。
「ダグラスはおそらく王都にいて、デイジーと接触する可能性が高い。ジョナサンには王都にいてもらいたい。一人はロベルトをやる。以前にもリンドホルムに行ったことがあるし。後はメイドのハンナと……護衛を兼ねてジュリアンを付ける。ジョナサンはシャーロットとともに一度、ロックウィル伯爵家に戻れ。もしかしたらダグラスが網にかかるかもしれない」
「わかりました」
「――僕を! 僕を連れて行ってください!」
いきなり部屋の外から声がして、殿下も、そしてマクガーニ閣下がギョッとする。
「アレックス? 聞いていたのか」
「ご、ごめんなさい。でも僕――法科なんです。弁護士志望で。検死審問について、この前習ったところで」
「見世物ではないぞ、下がっていなさい」
マクガーニ閣下が息子を叱りつけるが、アレックスは食い下がる。
「お願いです! 興味本位じゃありません! ビリーは……ビリーとは、ロックウッドのスクールで、同じ寮だったんです!」




