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28、戦いの後で

「しかしだ――仮にも王妃が王都内で狼藉に及んだなどと表沙汰になれば――」


 王太子殿下の言葉に、だが、わたしは追い打ちをかけるように言い放った。


「わたしが口を噤んでも無駄ですわ。ハンナに警察を呼びに行かせるついでに、柵の外をうろついている新聞記者たちに、特ダネが撮れるからと、彼らを中に入れさせておきましたの。新聞記者たち、王妃陛下が暴れている時に絶妙のタイミングでやってきて、ばっちり写真に収めていきましたわ。さすがその道のプロだと感心したわ?」

「エルシー?!」


 アルバート殿下もびっくりして、わたしを見る。


「わざと、新聞記者に写真まで撮らせたって言うのか?」

「ええ。王妃とははっきりわからずとも、王妃によく似た老婦人が、アルバート殿下の愛人に暴行を働いたニュースは、明日にも王都を廻るでしょうね。――ごめんなさい、リジー。あなたのことは信じているけれど、わたし、王家を信じる気にはなれません。どれだけの約束が反故(ほご)にされたと思っていらっしゃるの?」


 わたしはまっすぐに王太子殿下を見つめる。


「す(・)べ(・)て(・)を明らかにしろと言うつもりはありません。でも今回の件については、わたしは引くつもりはないの。法廷でも何でも出るとこ出るわ。あの人はわたしのことを、爵位も失った卑しい平民女と罵った!」


 わたしは大きく息を吸って、はっきりと言った。


「わたしの父は国のために戦い、命を落とした。そのせいで我がアシュバートン家が爵位をが失ったことを、あの人はもちろんご存じだったのですよね? それにも関わらず、わたしの没落を嘲笑ったのよ。仮にも王妃に許される発言ではないわ!」


 わたしの発言に、王太子夫妻ははっと息を呑んだ。


「このことを公にせず、このまま名誉を守られ、息子の死に心を痛めて修道院に籠った、悲劇の王妃になるなんて、絶対許せません! 戦争で父を失った国民を罵倒し、暴行した犯罪者でしょう? たとえ王妃であっても、悪いことをすれば罪に問われるべきだわ。王家だからってだけで、何でも許される時代は終わっていますのよ、王太子殿下」


 王太子殿下は雷に打たれたかのように、愕然と琥珀色の目を見開いて固まっていた。それから、わたしの顔をじっと見つめ、パチパチと二、三度瞬きすると、大きく息を吸った。


「……そう、だな……その通りだ。私は王家を守ることが国を守ることだとの言い訳で、母の罪をずっと、誤魔化し続けていたのだ。――バーティに対しても、何もかも」

「兄上……?」


 アルバート殿下が問いかけるのに軽く微笑んで、王太子殿下が言う。


「す(・)べ(・)て(・)を明らかにすることはできないが、少なくとも今回の件については、王妃の罪を問おう。……完全に他と同じように裁くことも無理だし、今回のではたいした罪には問えないが、なかったことにはしないと約束する。その上で、王妃の精神状態を理由に、きちんと監視処置を取る。……しかし、ミス・アシュバートンの豪胆さには恐れ入るよ」


 王太子殿下が、妃殿下を見て笑う。


「ブリジット、王位の継承は関係なく、バーティはミス・アシュバートンに夢中で、他の女性を妻にするなんて、認めそうもない。無理強いすれば王位も国も捨てて、新大陸にでも逃げ込んでしまうだろう。それは、すぐさま我々自身の首を絞める。そうだろう?」

「……え、ええ……わかりますわ、あなた」


 王太子妃殿下がわたしを見つめ、目を伏せた。


「本当に、申し訳なかったわ。わたくしも、思い上がっていたの。あなたの立場を聞いていたのに、どこかでステファニーこそ正しい妃になるべき存在で、あなたのことを蔑んでいた。本当に愚かだわ……」


 王太子夫妻が立ちあがり、わたしたちは握手をして別れる。

 オーランド邸から王宮に向かう人々を見送り、殿下はわたしの耳元で言った。


「エルシー、肝心な時に側にいられなくて、済まなかった。……無事でよかった」

「ええ、大丈夫。……ただ、無茶をしたかもしれないわ。ごめんなさい」

「いや、いい。何があっても、俺はエルシーを離しはしないから」


 殿下と口づけを交わすのを、周囲の人たちが見て見ぬ振りをするのを感じて、わたしは恥ずかしくて死にたくなった。


 



 王太子夫妻が帰ってから、アルバート殿下は改めて、事情説明を求めた。

 居間に主だった者を集め、お茶と軽食も供された。――結局、騒ぎのせいでお茶を飲み損ねている。


 ソファに座る殿下の隣にはユールを膝に抱いたわたし、そして同じテーブルにカーティス大尉とシャーロット嬢。運んできた別のテーブルの周囲の椅子に、ヴァルターさんとジュリアン、ハンナ。それから、殿下の護衛について、現場に居合わせなかったラルフ・シモンズ大尉、ロベルトさん、ジェラルド・ブルック中尉。

 まずヴァルターさんが全員に紅茶を注ぎ、ジュリアンとハンナがビスケットとサンドイッチを配る。


「今日はご苦労だった。適宜、食べながら進めてくれ」


 殿下が言い、まず、カーティス大尉とヴァルターさんに、王妃陛下一行がやってきた状況を尋ねる。ヴァルターさんが一礼して答える。


「はい、呼び鈴が鳴りまして、私が応対しました。王宮の者だと言い、馬車の紋章も王家のものでしたので、むげにもできず、用件を尋ねましたところ、ミス・アシュバートンに話があると。アルバート殿下のお許しがなければ入れられないと申しましたのですが、降りていらっしゃったのが王太子妃殿下でしたので――」


 ヴァルターはかつて王宮に勤めていたので、ブリジット妃殿下も、王妃陛下も顔を知っている。


「その時は妃殿下だけだと思い、中にお入れしたのですが、すると馬車からもう一方、降り立たれまして――王妃陛下と気づき、仰天したのでございます」

「王妃はなにか言っていたか?」

「はい、私に気づいて、《まだ性懲りもなく、あの犬ころの世話を焼いているの? 王宮をクビにされても懲りないこと》と」

 

 事情のわからない者たちが顔を見合わせるのに、殿下が説明を加えた。


「王妃は、俺の存在が気に入らなくて、虐待していた。食事を抜いたり、暴力を振るったり。ヴァルターは俺を庇って王宮をクビにされていたのを、俺がこの邸を拝領したときに、探し出して執事をやってもらっている」

「……虐待? 王妃陛下が、アルバート殿下を?」

「……マジで?」


 ブルック中尉とロベルトさんが信じられないという風に呟く。


「黙っていて済まなかった。王宮を出てから、王妃と関わることもなくなったから、特に説明していなかった」

「……以前から、王妃陛下との関係が歪(イビツ)だとは感じていました。そういうことだったのですね」


 カーティス大尉が溜息交じりに言う。そして殿下に言った。


「僕は護衛として、王太子妃殿下に応対したことはありましたが、王妃陛下は遠くから見たことがあるだけで……ただ、ヴァルターの応対から予測を立て、ミス・アシュバートンに会いに来たのだとわかりました。ですが、僕もジュリアンも、追い返すことができず――」


 カーティス大尉が目を伏せる。


「せいぜい、罵詈雑言を浴びせる程度かと思い、それでも止めるべきだったと今なら思いますが、その時は、ただミス・アシュバートンにやり過ごしてもらうしかないと思ってしまいました。まさか暴力を振るうとは想像もできず、申し訳ありません」

「それはいい。……それでエルシーにはどう伝えた?」

「俺もカーティス大尉も、応対で抜けることができません。ですが、ハンナが玄関ホールを覗いているのに気づいたので、目で合図して、ミス・アシュバートンへの連絡を頼みました」


 ジュリアンが言う。話を振られたハンナが頷いた。


「はい。すぐにミス・アシュバートンに知らせました。その……」


 ハンナが躊躇ったので、わたしが微笑んで言った。


「いいのよ、正直に申し上げて。ハンナは皆の様子から、王妃か王太子妃ではないかと、あたりをつけて知らせてくれたわ。あれがなければ、その後、迅速に動けなかったと思うの。感謝しています」

「……知っていたのか!」


 殿下が目を見開いた。

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