23、ハンナ・ギーレン
事前にジュリアンから事情を聴いていた、ヴァルターさんが面接を行う。わたしとジュリアンも同席した。
「ハンナ・ギーレン嬢……アルティニアのビルツホルンのご出身。ランデル語がお上手ですね」
「はい。父がランデル人でしたので、幼少期はランデル語で育ちましたから」
母親はビルツホルンの没落した下級貴族の出で、ランデル大使館勤務の父親と結婚し、彼女が生まれたという。
「でも、母は父に騙されていたんです。本国にも正式な届けを出したと、父は偽っていたんです。父は、本国に妻がいたので」
「……ひどい話ですね」
「ええ、わたしが十歳の時に父が帰国する段になり、初めて明らかになったんです」
母親は当然、怒り狂ったけれど、外交官特権に守られた父親は帰国した。その後、ハンナの母とハンナは、ランデル大使館に訴え出て、僅かばかりの慰謝料を得たという。
「父はランデルの外交部では出世コースに乗っていたんですが、その件で大使への道を絶たれたそうです。向こうの、正妻だという女から恨み言の手紙が来ましたけど、いい気味ですよね」
ハンナは表情一つ変えずに言う。――このハンナと言うメイド、なんと言うべきか、わたしに似ていなくもないのだ。無表情なところとか、気の強いところとか。
「そんな事情がおありなのに、どうしてランデルに?」
ヴァルターさんの質問に、ハンナは頷く。
「はい。ランデル大使館の仕事は臨時雇いばかりで、それにわたしはレディース・メイドが目標なんですが、アルティニアは血統主義が強くて、混血は立場が弱いんです。その点、ランデルは移民もそれなりに出世できそうですし、なにより――」
我が国にはシュルフト系の移民がそれなりにいる。……実はヴァルターさんもそうらしい。我が国は産業資本家が勃興したせいで、執事やメイドなどの家内使用人の需要が増え、さらに実力主義が浸透しているせいだと言う。
ハンナはジュリアンをちらりと見て、言った。
「ミスター・アンダーソンも誘ってくださったので。王家に連なる伝手は強いですよね。……個人的なことですが、わたしと母を捨てた、父を見返してやりたい気持ちもあります」
大使館で仕事中のハンナはほとんど余計な口を利かないけれど、非常に率直なタイプの人だ。
「……王家に関係する邸ですし、外国人のあなたは試用期間が通常の倍となり、別に思想調査が行われるかもしれませんが、それでもかまいませんか? 試用期間内に雇用が取りやめになった場合は、王家からの正式な紹介状は出せません。もちろん、私の、個人的な紹介状はその限りではありませんが……」
ヴァルターさんが上目遣いにハンナを見て言えば、ハンナが頷く。
「もちろんです。外国で働くリスクは承知しています。……でもできれば、ミス・エルスペスにはもう一度お仕えしたいと思っていました」
ハンナの茶色い目が、わたしを見る。
「〈シンデレラ〉が〈プリンセス〉になるのを、間近で見たいのです。ミス・エルスペスのお人柄が気に入っているというのもありますが」
わたしは思わず吹き出してしまう。
「わたしも没落した貴族の娘で、あなたのお母様と境遇は変わらないわ?」
「だからこそ、ですね」
ハンナも笑い、ヴァルターさんが困ったように眉尻を下げる。
「このオーランド邸はレディースメイドが不足しています。試用期間からでよければお願いできますか」
こうして、ハンナがわたし付きのメイドに仮採用された。
翌日、ジョージ殿下の葬儀は、大雪の中行われた。
オーランド邸も王室の旗を半旗にして掲げ、追悼を意を表す。バールの離宮から陸路を戻った柩は、一旦、王宮に安置され、そこから葬列を組んで聖アウグスト大聖堂に向かう。
国王陛下と、ずっと離宮で看病を続けていた王妃陛下が、馬車に同乗し、王太子妃殿下と三人の王女殿下の馬車が続く。王太子殿下とアルバート殿下は雪の降りしきる中を、柩を守るように騎乗し、近衛兵と殿下の侍従官らが騎馬で従う。王妃陛下の弟であるレコンフィールド公爵とその夫人、ステファニー嬢とすでに嫁いだ姉君たちも、馬車で参列した。――ちなみに、公爵の嫡男チャーリー卿は親族の一人として騎乗で柩を守った。
これらの状況を知らせてくれたのは、葬列が王宮を出るのを見届けてから、オーランド邸に入ったロベルトさん、そして、沿道で行列を見送ったカーティス大尉の妹のドロシー嬢だ。
「この大雪の中を馬に乗るなんて、殿下もお兄様もとんだ災難よね? 王族が風邪ひいたらどうするつもりなのかしら」
ドロシー嬢が言うが、王宮から聖アウグスト大聖堂まではいくらもないし、頑丈そうな人ばかりだから、大丈夫とは思うけれど。殿下も配下の方々も、数か月にわたる塹壕戦を生き抜いたのだし。
「でも、聖アウグスト大聖堂、年末に行きましたけれど、すごく底冷えしました。あんなところで葬儀なんて、凍えそう……」
シャーロット嬢が毛織のショールをかき寄せながら言う。
「シャーロットは寒いの苦手だものね。あたしが、結婚式ここにする?って聞いたら、こんな寒い場所ではムリって――」
「ドロシー!」
シャーロット嬢がドロシー嬢を睨みつける。
「葬儀は仕方がありませんわ。暖かくなるまで待つわけにもいきませんし。それより、ドロシー嬢も寒い中、来てくださってありがとう」
ジュリアンとハンナがアフタヌーンティーを運んできて、わたしたちの会話は一旦、途切れる。オーランド邸の料理人、メイヴィス夫人のアップル・パイ。ビスケットと熱い紅茶。ドロシー嬢も甘いモノには目がないらしく、しばしはしゃぎながら舌鼓を打つ。
「でも、ミス・エルスペスってわたしたちと同じ年でしょう? 妙に落ち着いているって言われません? シャーロットなんてすっかり、頼っちゃって」
ドロシー嬢が銀のフォークでアップルパイを小さく切りわけながら言う。
「そりゃあ、あなた方と違って、苦労していますもの。十七の歳から家族の生活を背負って働いていましたし」
わたしの答えに、ドロシー嬢が申し訳なさそうに身を捩る。
「そうよね。……わたしたち、何のかんの言って家族に甘えていたわ。自分では大人のつもりだったけど。わたし、デイジーの境遇について、全然、知ろうともしなかったのよね」
わたしが少しだけ、身を乗り出す。
「そうあの人……わたしの親族の男と恋仲だったみたいね。わたしも全然知らなくて……」
ドロシー嬢が言った。
「上の、クリスお兄様が亡くなったとき、わたしはまだほんの子供で、でも実はそのころから、わたし、デイジーが好きではなかったの。クリス兄様の婚約者だってのに、ジョナサン兄様に妙に頼っている感じがして。クリス兄様が亡くなって、ジョナサン兄様がデイジーと結婚するって話になりかけた時、わたしは大反対したのよ。でもお父様には叱られたのよね……」
大尉の兄、クリスが亡くなったのは十年前だと言うから、ドロシー嬢は九歳かそこら。さすがにクリスの死因は説明できない。当時のジョナサンがデイジーをどう、思っていたかはわからないが、ジョナサンと結婚させることでカーティス家は責任を取ろうとしたが、二人の婚約は成らなかった。
「デイジーはジョナサン兄様との結婚を断って、王都の三十も上の富豪の後妻になったの。……どうやら実家に借金があったみたい。うちのお父様は堅実というよりはケチだから、デイジーの実家の借金を肩代わりなんてしなかったと思うから、ウチとの結婚がダメになったのは、それはそれでよかったのかもしれないわ」
デイジーの結婚はクリスが死んで三年後、デイジーは二十三かそこらだと言う。
「ちょうどその直後ね、お兄様は軍で、第三王子殿下の侍従に抜擢されたの。うちもお父様が新規に事業を始めて、領地から王都に出ていくことが増えて、王都に住むデイジーとの交流が復活したの。もっとも、お兄様は滅多に家にも帰らなかったから。……子供だったわたしは、デイジーが何を考えていたか、気にしたこともなかったわ」
そして四年前。出征直前の大尉と、シャーロット嬢の婚約が決まる。
「シャーロットのご両親は、デイジーを信じ込んでいて……その陰で、シャーロットにひどいことを言っていたなんて、気づかなくてごめんなさい」
ドロシー嬢がシャーロット嬢に謝る。
「う、ううん……ドロシーが悪いわけじゃあ……」
二人のやり取りを余所に、わたしは別のことを考えていた。
ダグラス・アシュバートンが王都の法律事務所をクビになったのは三年前……その原因がデイジーとの不倫だとすれば……デイジーはカーティス大尉とシャーロット嬢が婚約した頃、ダグラスと付き合っていたことになる。
それ以前からの仲だったのか、カーティス大尉の婚約がきっかけだったのか。
不倫がバレてダグラスはクビになり、故郷のストラスシャーに戻る。デイジーと夫は離婚せず、夫は二年前に死んで未亡人になる。
――ジョンソンは、数か月に一度は、ダグラスから手紙が来ていたと言っていた。
そして二か月前、わたしと殿下との関係がゴシップ紙にすっぱ抜かれ、ダグラスはデイジーと連絡を取る――。
「そう言えば、デイジーの愛人だと名乗る男が、うちの周囲をうろついていたわ。あれが、ミス・エルスペスの親戚の男?」
わたしはドロシー嬢の声に我に返る。
「……そうなの?! その話、カーティス大尉にはなさった?」
「お父様がしたんじゃないかしら。お父様もお母様も、デイジーとの付き合いは考える、って言っているし、うちに来られても困る、って追い返したはずよ?」
「ありがとう、もし、またその男が来たら、カーティス大尉にすぐに知らせてくださる?」
「ええ、もちろん」
ドロシー嬢がにっこりと頷くのを見て、わたしは思う。
はっきりした性格のドロシー嬢ならともかく、シャーロット嬢がダグラスに脅しをかけられたりしたら、危なかった、と。もし、ダグラスとデイジーの関係に気づかなかったら、もっと大変なことになっていたかもしれない。




